戦闘国家の精鋭兵
作業が終わり食事とシャワーも済ませた。わずかな自由時間を過ごそうとしていたカイトにメッセージが届く。それに従い、管理棟に足を運んだ。
端末にIDを示す。訓練兵は許可が無ければ入れない。カイト本来のIDならば問題なく入れるが、もちろん使用しない。入り口を通過し、指定されたホールへ到着する。
「失礼します! テツオ訓練兵、入室します!」
中で待っていたのはジョウやバリー、アマテラスで陸戦隊に所属していた面々だ。彼らが一斉にカイトを見て、そして首をかしげる。
「……あ、思い出した! カイトの偽名だったわテツオって!」
「ちょっとバリー教官殿? これ使い出して二ヶ月過ぎてるんですけど?」
「いやだって、普段はハンマー2とかボックスとか別の呼び方だし……なあ?」
そうだそうだ、と皆が思い出したと頷く。こっちは真面目に勉強してるんだけどなあ、とぼやきながらテーブルに近づく。そして、見知らぬ兵士に視線を向ける。居ることは入室時には気付いていた。
数は二名、両方女性。一歩前に出ているのは、ライオンじみた特徴をもっていた。金色でウェーブの強い豊かな髪。ネコ科の耳と尻尾。身体全体からにじみ出る、強者の気配。
その後ろに控えているのは虎の特徴をもつ。仲間にも同種の特徴をもつ獣人がいる。が、明確な違いとしてこちらは毛の色が白だった。仲間は黄色である。こちらも静かにしているが、間違いなくプロフェッショナルであることが見るだけで分かる。
二人とも、存在感のある美女だった。プロボーションもよく、その戦士としての佇まいが無ければモデルかと勘違いしたかもしれない。そんな二人のうちの片方、ライオンの女性がカイトに視線を向けた。
「ジョウ陸戦隊長。彼でお間違いないか?」
「……そうだ。カイト、挨拶を頼む。顔も、な」
ジョウが自分自身の顔を指さすのを見て、何を言いたいのか察することができた。早速、暴乱細胞で出来たフェイスプレートを剥がす。それを見ても、二人は眉一つ動かさなかった。あらかじめ聞いていたのに加えて、自身の制御に優れている結果である。
「始めまして。戦艦アマテラス艦長アキラの直轄戦力、レリックマスターのカイトです」
敬礼をしながら挨拶すれば、二人もまた同じように敬礼を返した。
「覇獣大王国、中央司令部直轄特務戦闘団所属、キングソード隊隊長、グロリア大尉だ。こちらは副官のマルビナ中尉」
「始めまして、カイト殿。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
両者共に手を下ろす。そして説明を求めるために責任者に顔を向けた。やややり辛そうにしながら、ジョウが口を開く。
「こちらのお二人およびキングソード隊は、国元からアキラ様への協力戦力として派遣されてきたのだ。今後は、カイトと同じく艦長の直轄戦力として働くことになる」
「なるほど、改めてよろしくお願いします」
と改めて挨拶するものの、カイトは漂う妙な空気を感じ取っていた。ただ初対面という以上に、緊張感がある。特に、ジョウの警戒ぶりは少し異常であるように感じた。
そんな彼が、手元の端末を操作する。
「それで、だ。カイト、早速だがお前に艦長から命令が届いている。確認してくれ」
「はい。了解しました、確認します」
命令、という単語に素早く兵士として対応する。新兵訓練を二か月受けたのだ。これぐらいは条件反射でできるようになっていた。
しかし、送られてきたメッセージには目を見開く羽目になった。
『命令。キングソード隊との模擬戦で勝利せよ』
なんでやねん。とツッコミが喉から出る寸前だった。模擬戦、ならわかるが勝利せよとはどういうことだと。
「カイト、命令を読み上げろ」
「は! キングソード隊との模擬戦で勝利せよ、です!」
いいのか、というためらいを持ちながらも実行する。そして後悔した。はっきりと分かるほどの怒りと敵意を叩きつけられることになったのだ。殺意でないだけましだが、限りなく似通ったそれを浴びせられるカイトとしてはたまったものではなかった。
「……艦長は、我々よりこいつの方が強いと考えていらっしゃるという事か」
獣の唸り声のように、低いつぶやきをグロリア大尉が放つ。室内の誰もが口を開けない中、強く軍靴を鳴らしながら二人は出入り口に向かっていく。
「我々が受けた命令は、模擬戦をせよというものだけ。そちらの命令に合わせるつもりはない。準備して待つ。覚悟を決めて来い」
それだけ言い放ち、叩き付けるように扉を閉めていった。それを見送ったジョウが、大きく息を吐く。
「……大人しくしてくれて、よかった」
「あれで!?」
声を出したのはカイトだけだったが、仲間たちの反応もおおむね似たようなものだった。猿人の隊長は深く頷く。
「そうだ。以前だったら、間違いなく私が最初に血祭りにあげられていた。アキラ様のおかげだな……」
「なにそれ。どれだけ問題児なの?」
「いや、国元的には、まあまあよくある対応なんだ。強いやつが偉いというのが根本にあってな。これから協力していく部隊との挨拶で、手っ取り早くコミュニケーションを取る方法としてな?」
「バイオレンスすぎない?」
ジョウは体格の大きい猿人である。そんな彼なのに、今は少しやつれて見える。よほど心労が溜まっているのだろう。カイトとしては気遣いをしてやりたかったが、状況は悠長にさせてくれない。
「それで、一体どういうことか教えてもらえます?」
「うむ……カメリア主計長から連絡があってな」
ジョウ達の救出を故郷である覇獣大王国に伝えた事から始まった交流。傭兵部隊の参入に、かの国はとても乗り気であったらしい。もともと軍事大国であり、その戦力を外貨獲得手段としている。いくつもの国営傭兵団を保有しているし、民間軍事企業も多数ある。
最も得意な分野であるから、手練れのセールスマンが良い契約を次々と提案してくれて来た。
「……そこまでは順調だったらしいのだ」
「わあ、雲行きが怪しくなって来たぞ」
「うむ。軍のお偉方が交渉の席に現れて頭を下げてきたらしくてな」
曰く、国で最強の部隊をそちらに預けたい。若干の問題を抱えているが、そちらならば対処は可能である。派遣費用は兵士の給料だけでよい。そんな提案ではなくお願いをしてきたのだ。
「問題のある、最強部隊」
「そうだ。さっきも似たような事を言ったが、我々は種族的に血の気が多い。強いやつに従うという本能が、他の種族より強いのだ」
「ベンジャミン君はあんなに大人しいのに」
「そういう種族もいる。……我が故郷、覇獣大王国は人が多く兵も多い。精強な部隊というだけならば、星の数ほど存在する。そんな中で数十年に一度、どんな戦場でも負けなしという不死身の部隊が生れ落ちる。あらゆる不利な戦況を覆す、英雄たちが。それだけならまだいい。だが、そうなると必ずある問題を抱えることになる」
「問題、とは」
「上の命令を聞かなくなるのだ。強いから」
「だめじゃん」
「うむ、ダメなんだ」
深々と、ジョウがため息をつく。そしてその視線をバリーへ向けた。
「バリー。前に、お前より強いのが故郷にいるといっただろう?」
「ああ? ……そういえば聞いた気がするな。スーツを預かったときだったっけ」
「たぶんな。キングソード隊が、あの時いったそれだ。持ち前の身体能力、スーツや車両へのシステムリンク、戦士としての勘。どれをとっても一級品。我ら覇獣大王国という星間国家が生み出した戦争用芸術品。それがアレだ」
「……え。そんなのと戦って勝てって言ってきてるのアキラは。無茶ぶりが過ぎない? 負けなし最強部隊なんでしょ?」
あまりの事に眩暈すら覚えるカイト。が、ジョウはそれに対してはっきりと首を振った。
「いいや。負けなし、ではない。すでに一度、アキラ様に敗北している。手も足も出せない、どころではなく。指一本自由にさせなかったらしい」
「うわあ、えげつない……」
「そういうわけだから、現状アキラ様の命令には従っている。自分たちより強いわけだからな。だがそれだけでは今後に支障が出る。そこでお前の出番というわけだ」
「無茶言わないでよ! こっちはいまだ訓練兵! あっちは最強部隊なんでしょ!?」
頭を抱えてカイトは吠える。そんな彼に対してバリーは、やや呆れ交じりに説得し始める。
「そうだな。兵士としてならば、一万回戦ってもお前が負ける。才能も、基礎能力も、経験も、全部あっちが上だ」
「だよね!?」
「だから、兵士として戦うな。お前はそれができる」
「ええ……?」
何とも無体な話だった。今日まで兵士としての基礎を叩き込まれたというのに、そのように戦うなと言われたのだから。どうしろというのだと悩むカイトに、教官として彼の友人はさらに言葉を重ねる。
「これまでの訓練の中で、どうしようもなく負けた時を覚えているな?」
「それは、もちろん」
「どういう時、厳しい状態になるかは?」
「当然、嫌ほど」
「それを連中に押し付けろ。どれだけ優秀でも相手は兵士だ。だからその能力を発揮できないようにしてやれ」
しばし、カイトはその場で腕を組み考え込む。できるか? と己に問いただす。ここで学んだ知識とこれまでの経験、そして暴乱細胞の能力を勘案する。いくつもの方法が思い浮かぶ。手札が集まる。それを眺めて、判断する。
勝負は、できる。
「……勝てるかどうか、分からないよ?」
「初めから勝てると分かっている勝負など、ありえない。手を抜かなければ、後は我々でアキラ様にお伝えする」
「分かった、やってみる……じゃない。了解しました。命令を遂行します」
背筋を伸ばし、敬礼をもって答える。仲間たちもそれに答える。訓練兵とは比べ物にならない、年季の入った振る舞いだった。
「模擬戦はVRで行う。教室棟へ向かえ。ベンジャミンが待っている。おっと、フェイスプレートを忘れるなよ」
「は!」
早速その通りにして、カイトは部屋を後にする。見送ったジョウはもう一度大きく息を吐きだした。
「まったく。キングソードと勝負の舞台に上がれるというだけで、どれほどの事かを理解できぬというのは……。幸せというか、不幸というか」
「どっちかは分からんし興味もない。ただ、グロリア大尉たちの不幸は確定だ」
バリーは、観戦用のモニターを立ち上げながらつぶやく。
「今までのカイトは、銃を鈍器として使っていたようなものだ。使い時と、使う方法を知らなかった。必要な時を見極め、そこに暴乱細胞を使う。それがどれだけヤベー事か……連中は身をもって知ることになるんだろうな」
数分後、カイトの姿は教室棟にあった。待っていたベンジャミンに連れられて、VR訓練室へと向かう。
「手間かけさせちゃって悪いね」
「いいえ。これも仕事ですし……あの人たちが大人しくなってくれるなら喜んで」
「なんかされた?」
「まだ、です。でも、ああいう雰囲気の獣人兵士にはいい思い出無いですね」
ふむ。とカイトは気持ちを切り替える。獣の理に脳が茹っているのであれば、戦わない全ての者への態度など察するに余りある。極めて迷惑だ。ちょっとどうかと思うような命令だったが、仲間の為とあれば気分も変わる。
「よし、勝つか。えげつなく」
「応援してますね」
そしてVR訓練室に到着する。ふた部屋あり、隣には人の気配がある。キングソード隊がいるのだろう。カイトは構わず、もう一部屋に入る。主計課が準備をすませてあり、あとはもう専用のカプセルに入るだけとなっていた。
あだ名の由来になっているパワーバッテリーに偽装した箱を取り外す。暴乱細胞でケーブルを作り、自分と接続させて後は脇に置く。そしてカプセル内へ横たわる。本来ならばVRシステムの機能で眠りに近い状態になるのだが、カイトには必要ない。システムリンクでダイレクトに仮想現実に入り込むことができるのだ。
『あ、そうだ。戦闘フィールドに付いて一つリクエストがあるんだ。あっちが乗ってくれれば、だけど』
カイトは、ベンジャミンに要望を送る。地球にいた頃、やった事があるゲームの設定だった。




