地元企業の反応
訓練所が設置される星は、光輝同盟に参加しているとある大国から選ばれた。名前をロケド新星系連合。政体は議会制民主主義。ただし参政権を持つのは星間企業の重役およびトップのみである。
十四ある居住惑星の中で選ばれたのはローブン星系のローブン4。水も緑もある、しかしそれ以外にたいして特徴を持たぬ星であった。
ローブン4には五つの大型都市がある。それぞれが別々の星間企業の所有都市で、発展具合は懐具合によって異なっていた。アキラ達、というよりカメリアが選んだのはその中で下から二番目の都市。ノース・ラインズ社所有都市『ダルサンガ』。
カイトが新兵訓練を受けると決意した頃、ノース・ラインズ社中枢では大激論が繰り広げられていた。
「何としても、訓練所を誘致する! これには社運がかかっている!」
会議室の上座でそう吠えるのはこの会社の社長。アントニー・ブラックバーン。三十代半ばであり、星間企業の社長としては若手である。創業者は彼の祖父。三代目だった。
「なりません! 協定をお忘れですか! 他の企業が黙っておりませんぞ!」
金髪碧眼、引き締まったフォルムのアントニーと違い、反対意見を述べた壮年の男は非常に肥えていた。彼、マラート・バサロフは顔を真っ赤にして吠える。
「国外の組織との取引には、ローブン4に参加するすべての企業の同意が必要! 破ればどうなるか、今更説明は必要ないでしょう!」
そうだ! と同意する複数人の重役たち。だがアントニーは机に拳を振り下ろしながら反論する。
「言われるまでもない! ローブン4だけでなく、ロケド新星系連合内のすべての組織から取引停止を言い渡されるだろう。だがそれでも実行しなければならない! 何故ならば、誘致を成功させた企業がロケドのトップになるからだ!」
あまりに強い発言に、会議室にどよめきが広がる。ある者は失笑し、ある者は顔をしかめて呻いた。
マラートは大笑いした。
「はっはっは! 何を言い出すかと思えば。いかに頂点種の組織といえど、取引量には限度がある。トップとはまたずいぶんと夢物語を……」
「私が着目しているのはそこではない。頂点種に近づきたいと思う、それ以外の組織がターゲットだ。考えても見ろ。スタークラウンの守りは鉄壁だ。まともに接触しようとしても何十年と待たされる。どんな大国であってもそんな扱い。そんな頂点種の出張所が、我々の都市に作られる! これがどんな効果を及ぼすか!」
再び、会議室がざわめきに包まれる。今度はより大きく深刻だ。興奮と不安が混ざり合う。大きな体を揺らして、マラートが吠える。
「な、ならばこそ! 訓練所設置は断るべきだ! わが社にそんな多数を相手どる余力はない! ……そ、そうだ。いっそザムザム製薬にこの案件を投げては」
「君ならそう言うと思っていたよ、マラート。出向元だものな」
冷たい、否、敵意の籠った視線を社長が投げる。この星で一番勢力のあるザムザム製薬からの出向者はそれを鼻で笑う。
「当然でしょう。ロケド新星系連合でも指折りの企業です。それだけの体力と能力がある。……質問させていただくが、社長はどうやって外の組織とやり合っていくおつもりなんですか?」
「頂点種のスネをかじる」
苦笑と失笑が半々。そんな笑いが部屋に満ちる。しかしアントニーは揺るがない。
「笑いたければいくらでも。実際私も情けなく思う。しかしそれでもやらねばならない。私は言ったぞ? これには社運がかかっていると。考えても見ろ。ザムザムでもほかの企業でもいい。どこかが頂点種と渡りをつけ、外と太いパイプを持った時。それ以外の企業をどうするか」
笑いが止まる。各々の表情が強張り始める中、社長は訥々と話しを進める。
「まず、同業他社は潰すか取り込むだろう。そして大きくなった勢力で、ロケド新星系連合の支配に乗り出す。所詮営利企業の寄り合い所帯、力関係が変わればそのように動くなど火を見るよりも明らかだ」
「そ、それをノース・ラインズがやるというのか! 他の企業が黙っていないぞ!」
「やらなければやられる! 何度でもいうぞ、社運がかかっていると!」
両者、にらみ合う。同時作業で、マラートは思考を巡らせる。思考加速のサイバーウェアはインプラント済みだ。
『傀儡のくせに、チャンスが転がってきたらイキリよって。……何とか言い聞かせるか? いや、ウチとの契約を切っても強行すると言い切っている。止まる気はないか。ここで決裂では芸がない。最低限、名目が立つようにするか』
彼は大きく息を吐いて見せた。譲歩をする、という空気を醸し出す。
「……なるほど。確かに社長の言う事にも一理ある。これはチャンスであり、危機でもある。しかしながら、他社との契約を一方的に破棄するのはあまりにも外聞が悪い。どうでしょう? ここは他企業、いえこの際ロケド新星系連合の全組織による協力の元で行うというのは? これならば契約切りも起きませんし、他への名目も立ちます」
おお、と一同が歓喜の声を漏らす。誰もが、面倒事など御免だと思っていた。誘致を受けても避けても争いになる。回避できるならばそれに越したことはないのだから。
しかし、アントニーは大きく首を振った。
「ダメだ。すでに先方から拒否されている。この話を受けた時、最初に提案したからな。通話記録を見せてもいい」
「なんと……」
これにはマラートも苦々しく呻く。社長と頂点種、どちらの否定が強く作用するかといえばもちろん後者だ。前者であれば、社内社外共に工作のしようがある。だが後者ではどうしようもない。伝手もコネもないのだ。
社長は自嘲するように笑いながら話した。
「私は最初に聞いたよ。何故わが社にこのオファーを? とね。今更言うまでもないが、うちは国内でも下から数えた方が早い。手広く仕事をやっているが、各分野で強みが全くない。しいて強みをあげるなら誠実さだけだ。うちより大きな会社はいくらでもある」
アントニーは大きく息を吐いた。もやもやとした思いを一緒に出そうとして。もちろん、それが叶う事はない。
「相手側は何といったと思う? 他企業に勝る強みがない。国外へのコネがない。発展性も乏しい。社員と住民は鬱屈を貯めている。……募兵するのにうってつけの環境だといわれたよ。そうだとも、企業としての魅力はゼロと言われたんだ。……ああいや、都市と周辺環境の清潔さと契約への誠実さだけは褒められたかな?」
再び、弱々しく笑う。重役たちも同じだ。自覚はあるが、ここまではっきり言われてはそうするしかない。彼らは努力しなかったわけではない。誠実に仕事を続けてきた。その結果が手広い商売に繋がっているのだ。とはいえ、それだけで上手くいくわけではないというのも、身に染みてわかっていた。
「複数の企業の参加は、意見のすり合わせが時間の無駄になると切って捨てられた。あちらにとっては、我々の状況など考慮するに値しないらしい。……私がさきほど、頂点種のすねをかじると発言したのを覚えているな? 何故こんな情けない事を言えたと思う? 訓練所の設置に伴う全ての損失は保証するとあちらが申し出てきたからだよ」
「馬鹿な! 一体いくらになると思っているんだ!?」
「全て!? 販売している商品が売れなかったら、引き取ってくれると!?」
「……仮に内乱になったら、戦争支援までありえるのか?」
ついに黙っていられなくなった参加者が騒ぎ出す。あまりにも無法な力技。確かに、ここまで言われては否という理由はない。それどころか、否を言ったら何をされるかと恐ろしくなるまであった。
社長はざわめきが収まるまで発言を控えた。マラートは必至で頭を巡らせる。何とかして、出向元にこの案件を持ち込むすべはないものか、と。
その真剣な表情に、アントニーは考えを察した。
「ああ。ザムザムに話を持って行けないかと考えているのかい? 私も聞いてみたよ。何て返って来たと思う? 『保有都市周辺の環境汚染がひどく訓練所設置には不適切です。また、契約の履行に不備や不誠実な対応が目立つ』だってさ。あちらはしっかり我々を見ているようだよ」
「くっ!」
ザムザム製薬は、ロケド新星系連合内外に大きな影響力を持つ。戦力も、星間企業としては質も数もそろっている方だ。……だが、それも大国という枠組みの中での話。さらに言えば、ロケドはそのカテゴリーの中では小粒と言わざるを得ない。上を見ればきりがない。そして、手の届かない所にいるのが覇権国家である。
経済力と戦力で、好きに振舞ってきたツケがここに来た。
「……さて。そろそろ飲み込めただろうか? きつくても飲んでくれ。我々には選択肢がない。頂点種のオファーを受けて、支援を最大限に引き出す。それが会社存続の唯一の手段だ。できるならば、争いは最小限に抑えたい所だが、まずはわが社第一、だ」
ほんのわずかな時間で、重役たちは大きく消耗していた。自分たちが嵐に巻き込まれたと理解し、これから先の波乱を考えたからこそだった。しかしそれでも、多くの部下を率いるものとしての責任は投げ出さなかった。
頷く参加者たちを見回して、最後に顔をマラートへと向けた。
「と、いうわけだ。今まで世話になったなマラート君。出向元へ戻ってくれたまえ。契約を続けるかどうかについては、そちらの判断に従おう」
「……本気で、我々を敵に回すというのか?」
いままでならば、死んでもその選択肢は選ばない。しかし、アントニーはすでに決断済みだった。カメリアからの通信を終えたその時に。
「ああ。だって、頂点種よりは弱いだろう?」
「ぐっ……後悔しても遅いからな!」
そういい捨てて、マラートは巨体を揺らしながら会議室から早足で退室した。二名ほど、他企業からの出向重役が後に続く。残ったのはノース・ラインズ社の社員のみ。
それを見回し、アントニーは不敵に笑って見せた。
「さあ、それじゃあ今後について話をしようか。忙しくなるぞ? 困難は間違いないし、予想外の事はきっと起こる。妨害はあって当たり前。内戦になるかもしれない。それでも……わが社が飛躍する大きなチャンスだ」
そこにいるのは、外部の圧力に日々悲鳴を上げていた情けない若社長ではなかった。商機を目前にした、ビジネスマンがいた。




