傭兵団立ち上げ準備
話は、半年前にさかのぼる。戦艦アマテラスが既知宇宙の覇権国家、光輝同盟の中心地に到着して二週間。やっと惑星食らいとの戦闘による傷が癒え、カイトが日常生活に復帰した頃。
アキラに貸し与えられた区画の一つ。住宅エリアにて仲間たちが集っていた。なお、この区画であるが、ちょっとした居住可能惑星と同じレベルの表面積がある。超巨大構造物であるリングワールドならではのスケール感だが、理由は他にもあった。
その区画は全てリングの外周なのだ。内側は自然環境を内包する為、様々な制約がある。が、外側にはそれが無いので多くの面で自由が利く。いわゆるスペースコロニーと同じように作ればよい。リングに負担がかからない範囲であれば増設もできるのだ。
もっとも、当分増設などは必要ない。全体から見れば、リング外周の80%が未使用状態で封印保存されている。当分予定はないが、アキラが申請すればあっさり同じ面積の区画を借り受けられるだろう。
そんなわけで、アキラには広大な区画が貸し出されている。ちなみに申請すれば、内部の自然区画も借りられる。当然これは、彼女が頂点種だから通る話。他の種族であれば、たとえ大国の国家元首であっても通らない。
オーバーホールが開始されたアマテラスも、区画の一つにドッグを用意されそちらで作業している。宇宙港設備を全て設置しても、使用できる場所はまだまだ広大だ。居住エリアだけでなく、ビジネス、産業などに使用する地域も急ピッチで準備が進んでいた。
カイトたちがいるエリアもまだ、整備作業が進んでいる最中だ。彼らのいる場所はシールドによって騒音から防がれている。そこから外に出れば、凄まじい作業音の大合奏を聞く事ができる。
「えーと。こっちが就職希望者。こっちが帰国者か。……意外と志望者多いね」
さながら、ホテルのラウンジカフェのように煌びやかな部屋。柔らかなソファに座って、カイトはホロウィンドを見ていた。それに映し出されているのは、乗員たちの状況についてだ。それ以外については省かれている。
それ以外というのはアマテラス内で捕らえられていた犯罪者と、乗員として作業に参加しなかった者たちの事。海賊や密輸人、犯罪者であった者たちはそのまま司法機関に引き渡された。今頃正しく刑に服している事だろう。
過酷な奴隷労働や、それ以前の体験に依って働けなかった者達。彼ら彼女らも、医療やリハビリ機関に送られた。問題ないと判断された一部は、故郷に送り返された。同情する面もあったので、カイトとしては今後のご多幸をお祈りするだけだった。
今映し出されているのは、顔見知りの面々。乗員として逃亡サイバイバル生活を共にした者達。総勢六百人弱の動向である。
アキラは傭兵団を組織すると宣言した。乗員たちの多くがそれに参加を表明したのだ。それには当然、様々な理由がある。もっともシンプルな話として、生活のためというのがある。
既知宇宙の鼻つまみ者、ラヴェジャー。連中に捕まっていた者たちへの世間の目は冷たい。よほどの大国、福祉が行き届いた文化圏でもなければ元の生活に戻れるということはない。
一部の者は、それをわかっていて帰還を選んだ。家族の為、またはそれに類するどうしても譲れない何かの為に。覚悟のいることであり、アキラとカメリアは生活のサポートを約束した。苦楽を共にした仲間を彼女たちは忘れない。
小陽カルナバーン帝国、ニスラ伯爵家の私兵団にいたミリアム達が参加を希望したのは一般の人々よりも切実とした理由がある。彼女達には帰る場所がないのだ。
元々が、ニスラ伯爵家が所有する星の下層民である。毎日食うや食わずやで、生計が成り立っていなかった。地元に戻っても生きていけない。加えて、そのニスラ伯爵家は混乱の最中にある。
ミリアム達の証言と、投降した私兵艦隊に残されたデータ。私兵団を率いていたアンテロ・ニスラ。これらの証拠を揃えて、光輝同盟の調査団が帝国に訪問している。皇帝としては寝耳に水の事態だった。覇権国家が、貴族の不正を糾弾しにきたのだ。面目丸つぶれを嘆いている暇すらない。
国家の面子にかけて、不正を正そうと動いている。ニスラ伯爵家のおとり潰しは確実。当主は毒杯をあおることになるだろう。
「……ミリアム副長の部下の人たち、出張中になってるけど何処へ?」
「故郷ですよ。一部はまだ家族がいる者達がいるので、連れてくることになったのです」
「あ、副長。歩けるようになったんですね。おめでとうございます」
杖を片手に歩み寄ってきた黒髪の少女に、カイトは立ち上がって頭を下げた。無茶で未熟な改造手術により多くの不調を抱えていたミリアムは、スタークラウンにて治療を受けた。まともに歩くことができなかったかつてとは違い、今は自分の脚で歩けている。
実はまだリハビリ中であるため、すべて彼女の力によるものではない。服の下に薄手のタイツのようなボディスーツを着ており、これのアシストを受けている。順調に進めば、これもいらなくなると医者からのお墨付きをもらっていた。
そういった事情を軽く説明し、ミリアムはついでに自分たちの状況についても語る。
「これから私たちは、士官学校に通うことになっています。私兵団で学ばされたものは、色々偏っていたりと問題がありましたので。アマテラスの運用に適した知識と技術を勉強させていただくことになりました」
「あー……なるほど。いろいろみんなやりにくそうでしたものね」
アマテラスは、建造当時の最高技術によって作り出されている。厳しいチェックをクリアーしてはいたため、動作に問題はない。しかし、覇権国家のハイテクノロジーである。他国との技術格差は大きかった。カメリアによる手直しが無ければ、乗員が使用できない機能がいくつもあったのだ。
知識、技術格差による弊害だった。
「私も士官学校に入る予定だ。知識もそうだが、部隊を率いるのだから相応の肩書がいるのでな」
「だからジョウさん、さっきから勉強してたんですね」
「うむ。入ってから学び始めるのでは遅れることもあるだろうからな」
同じテーブルについていた猿人、ジョウが読書用デバイス片手に深く頷いた。ホロウィンドがあれば大抵のことができるが、最高の使い勝手かといえば皆首を横に振る。用途に合わせた機器を使用するが一般的だった。
会話を振ったついでとばかりに、カイトは一人の人物に視線を写した。しばらく見ない間に大分姿の変わった彼に、疑問をぶつける。
「……で。ついでだから聞くんだけど。バリーさん、なんでそんなに食べてるの?」
「むぬ? いや、一度実家に帰るからよ、体重増やしてんだよ」
陸戦隊の主要メンバー、バリー。彼はテーブルに置かれた食料をどんどん腹に詰め込んでいた。カイトは知らない料理だったが揚げ物やチーズめいたものばかりで、端的にいってどれも高カロリーに見える。菓子もあるようだが、それもまた砂糖やクリームじみたものがいっぱいで、体重を増やす要素が山盛りだった。
というか、端的に言ってバリーは太っていた。鍛え上げられ絞られた、理想的な戦士の身体は過去のもの。今の彼は、ぜい肉で全体的に丸みを帯びていた。
「ごめんバリーさん。話の前後がどうつながってるのかよく分からない。なんで故郷に帰るのにまん丸にならなきゃいけないの?」
「あー……まあ、雑に説明するとな? 俺の故郷、開拓時代に色々ミスがあってメシが食えない頃があったんだよ。その反動みたいな感じで、とりあえず身体に肉がついているのが平和と豊かさの象徴……ってな文化になってんのよ」
「はー、なるほど。じゃあ、故郷の皆さんは今のバリーさんみたくまん丸なんです?」
「こんなの、実家周りじゃガリガリのガリ子ちゃん扱いだぜ」
ちょっと身体を動かすと、ゆるい肉が波打つ。今のバリーでさえこのような状態である。彼の故郷の人々はどれほどのヘビー級なのか。カイトは想像もつかなかった。
「そんなに丸いのに。……健康に問題が出そうなんですが」
「そこはまあいじってあんのよ、うちの星の連中はな。筋肉つきやすいし普通の連中よりタフだしで、兵士向きだとは思ってた。まあ、代わりに腹が減りやすいのはネックだな。痩せる時もあっという間だし」
「体重に悩む人が聞いたら羨む体質ですね」
カイトの視界の端で、幾人かが頷く気配があった。おそらくは女性であると気づいて、カイトはそれ以上詮索しなかった。宇宙であってもこの手の話題はデリケートだ。
「あとまあほれ、例のキツい治療薬あっただろ? あれの後遺症も、さっくり治ったのは自分でも驚いたな。ここの医療技術あっての事だろーけどよ」
「あー、ありましたねそれ。治って何よりです」
「正直二度と使いたくねえわ」
げんなりとした表情のバリーは、気分を変えるために料理の攻略に戻った。邪魔するつもりもないので、カイトも乗員たちの動向確認に戻る。
「スケさんカクさんは傭兵団参加で……出張中?」
「ええ。なんでも、自分たちのように故郷から出た虫人を集めるというお話で。カメリア主計長に情報を集めてもらい、旅立ちました」
副長の説明に、陸戦隊を任されている猿人はぶるりと身を震わせた。
「虫人部隊……想像するだけで恐ろしいものがあるな。頼もしいのは間違いないのだが」
「部族単位で活動する種族ですから、あまり外に出てこないのですよね。虫人の方々。正直私もアマテラスで初めてお会いしました」
「あの二人のように、稀に追放やらなにやらの訳ありの個体が出てくる程度だからな。そして大抵において、どいつもこいつも一騎当千だ」
「傭兵時代、倍の兵力が無きゃ虫人入りの部隊と戦うなってよく聞いたぜ」
実感していた事だったが、やはりスケさんカクさんは強かったのだ。そんな虫人たちが部隊を作る。何とも頼もしい話だ。一体どんなメンバーを集めてくるのか、楽しみとそら恐ろしさが半々だった。
カイトは他の仲間の名前を探す。ニワトリ鳥人のガラスも傭兵隊に参加希望。航空隊編成のため、知り合いを集める為彼もスタークラウンを出発している。
少し意外だったのは兎耳獣人のベンジャミンも残留を希望している事。やはり故郷に戻るのはいろいろ厳しいようだ。早速技術学校に入ったとのデータを見て、彼の勤勉さに感銘を受けた。
「スイランさんは当然参加。今はアキラ達と出張中。フィオレさん達もそれに付いて行っている、と。なる、ほど……ん?」
カイトは、グループ分けされたメンバーを見つける。それは汎コーズ星間共同国の軍人だった人々。シュテイン・アンカー8・グリーン大尉をはじめとする人々は、帰国の途についた。ただし、その全員に『現在交渉中』のタグが付いている。
「副長。これ、何か知ってらっしゃいます?」
「ええっと……? ああ、はい。これはハンス副長補佐の意見だったんですが……」
ミリアムの説明はこうだった。ハンス曰く、故郷のお偉いさんは必ずアキラの傭兵団に協力したいと申し出てくる。頂点種との繋がりを持ちたい大国はそれこそ星の数ほどいる。この機会を逃すような間抜けは上に上がれたりはしない、と。
相手の申し出を受けるのなら、シュテイン大尉たちを丸ごと引っこ抜けばいい。気心が知れているからアキラとしても嬉しいし、何より相手側にとって都合のいい人員など毒にしかならない。
「で、せっかくならば骨までしゃぶりつくすべきだって。副長補佐は怖い人ですね?」
にこやかに語るミリアムに、全くですねと同意した。実に頼もしいとも。
「しかし、そうするとまた人が増えるわけですね?」
「増えるどころの話じゃないぞ。アマテラスを運営していくには、圧倒的にマンパワーが足りていない。今までとは比べ物にならん人員が参加することになるだろう」
ジョウからの言葉に軽く驚きながらも納得する。あの旅の最中、巨大戦艦のほとんどの場所が使われずに放置されていた。人手が足りず、故障部分を放置した所など数え切れないほどあったのだ。
「具体的に、どれぐらいになるでしょうね?」
「ふうむ、そうだな。とりあえず陸戦隊は最低でも三千は欲しい所だ」
「さんぜん!?」
納得があっさり吹き飛ぶ数字。素っ頓狂な声を上げるカイトに、猿人は指を立てて左右に振って見せる。
「これでも最低限だ。兵士の仕事は戦うだけじゃない。安全の保障されない場所で、自分たちを守りながら作戦を遂行する。それにかかわる仕事は多岐にわたる。人手はいくらあっても足りん。あと、三千は戦闘員のみの数だ。部隊を支えるにはその倍の数が必要だが……」
ここでジョウは副長に顔を向ける。理解したミリアムは軽く頷いて見せた。
「アマテラスで働くほかの人員で、ある程度はフォローできるでしょう。それでも、陸戦隊専門のメンバーはある程度必要でしょうが」
「……陸戦隊だけで三千以上。本当、どれだけの数になるんだ?」
知識がないので推測すらできないカイト。軍事経験者である面々がそれぞれ思考を巡らせる。
「ふむ。……正直言えば、詳細が分かるものなどそれこそカメリア主計長のみであろう。アマテラスのオーバーホールと改修の具合によって、必要乗員は変動するであろうしな」
ジョウが語る間に、ホロウィンドが皆の前に立ち上がる。それを操作したミリアムが指し示しながら説明を始めた。
「一般的に、艦船には様々な部署があります。アマテラスは例外ですから、これ以上になるのは間違いないでしょうが、目安にはなるでしょう」
ホロには、部署の名前と役割が簡単に書き出されている。
航宙科:艦の宇宙空間移動を担当する。航行計画の立案や、宇宙空間環境の調査も。
船務科:レーダー、通信、電子戦を担当。艦の目であり耳。
砲雷科:艦砲、ミサイル、魚雷、迎撃レーザー砲塔といった艦に備え付けられた兵器の担当部署。火器管制も行う。
機関科:動力炉、コンデンサー、推進器、姿勢制御スラスターの管理整備を行う。また、被弾時のダメージコントロールも担当する。
主計科:経理、補給、整備、庶務全般を担当する。砲弾、燃料、装甲、兵器管理、食事の支度から艦内衛生まで。
衛生科:医療担当。怪我や病気の治療だけでなく、惑星環境を調査し風土病に対抗する免疫用ワクチンも生産投与する。サイボーグ手術や肉体再生すら可能。
飛行科:艦載機に係るすべての業務を担当する。発着艦の指揮なども。
警務科:艦内の秩序と規律を管理する。犯罪者や捕虜の捕縛及び管理。場合によっては戦争犯罪の捜査も。
「うわあ」
カイトはただ呻く事しかできなかった。どれもこれもが専門職。それぞれ必要な知識と訓練が必要だ。それを備えた人員を集めて、組織を作らなければならない。只々、大変だとしか考えられなかった。
そんな彼に、バリーがアイスのスプーン片手にとどめを刺す。
「……副長。これってアマテラスに必要な人員だけっすよね?」
「ええ、その通りです。基地や会社運営に係るものは省いていますね」
「え?」
鈍い動きで振り向くカイトに、仲間たちは訥々と教え込む。まずはジョウから。
「いいか? これほどの人員が集まるのだ。艦一つだけでは運営が立ち行かん。整備、補給、人員の募集と調査。兵を鍛える場所も必要だし、本社ビルの一つも無くては格好がつかんだろう」
「艦のドッグで働いている作業者の皆様も、出向という形で入ることになりそうですね」
「そーすっと? ドッグ、本社ビル、訓練所。最低でもこの三施設を運営する人間が必要になるってわけか。はー、流石にこんなデカい傭兵団めったにないぞ」
「星間企業の直轄組織でも稀だろうな、うむ」
「貴族の私兵団ならまあ、そこそこありますけどあれは目的も用途も別ですからね」
三人の話に付いて行けず、カイトの頭の上では幻のカラスがぐるぐる回っていた。言及されていないがドッグ同様、アキラが借りている区画全てで働く人員が傭兵団に出向する予定になっている。
そしてその三人すらかかわりのない事であるため知らないが、星間企業レベルの民間軍事企業がこの既知宇宙には存在していた。閑話休題。
「で、ジョウさんよ。新兵は何処で募集するか決まったか聞いてるか?」
「いや、まだだ。おそらくスタークラウンからある程度離れた大国が選ばれるのだろうとは思っているが……」
「え。なんでここで集めないの?」
新たな疑問にカイトが現実逃避より帰還する。あらかた食べ終えてペーパータオルで口元を拭ったバリーがそれに答える。
「兵士ってのはな、ハングリー精神が必要なんだ。成り上がってやる、もっと上にって気持ちがな。で、ここの連中はちょっとベクトルが違うんだよな」
「うむ。まず光輝宝珠への忠誠心、信仰心が先にある。組織の屋台骨になるにはふさわしい。幹部や士官は彼らにやってもらうことになるだろう。だが兵士には向かんな」
「私たちの故郷のように、貧乏だったり環境がよろしくないあたりがちょうど良いのですよね。その場から抜け出したい若者なら、どんなに苦しい訓練にもしがみついてきますし」
ミリアムのしみじみとした言葉に、残り二人も力強く頷く。それには深い共感が込められていた。
それを見ていたカイトは、ふと自分の立てていた予定を思い出した。
「……すんません。俺も、その新兵訓練に参加できませんかね?」
「「「え?」」」
唐突な申し出にジョウ達だけでなくほかのテーブルにいた者まで反応する。当然それにはカイトの焦点という立場が関係している。
「いや待て。お前はここで士官学校に入ればいいではないか。というか普通に幹部級の扱いなんだぞ?」
「ジョウさん。俺ってまともな訓練受けたことないんですよ。軍事とかさっぱりで。ここはひとつ最初から受けた方がいいかなって」
「その考えは御立派ですが、訓練は士官学校でも受けられますよ?」
「副長。俺が受けたいのは基礎の基礎からなんです。なんで、兵士の訓練所が開かれるならぴったりだと思うんです」
「まー、言わんとする所は分かるけどよ……お前、アキラ様がはっちゃけた時はどーすんだよ」
「そこは、みんなに頑張ってもらうということでひとつ」
「できねーよ。出来たら苦労しねーよ」
この後、寄ってたかってカイトを翻意させようと説得を続けた。しかし、彼の決意は固く最終的にアキラが許可を出してしまった。かくして、彼の新兵訓練が実施されることになった。




