囚われの彼女
時に潜伏。時に奇襲。戦いの素人であるカイトは、暴乱細胞の性能とフェアリーのサポートで驚くべき戦果を挙げていた。
要所要所を攻撃することで混乱を促し、目標へと移動を進める。そして、ついに指定された船へとたどり着いた。
『これが、船? ……壁じゃなくて?』
画像に映し出されるそれは、汚れが目立つものの白く滑らかな船体をしていた。破損らしきものは見当たらない。ラヴェジャーが取り付けたらしいいくつもの作業機械や移動用の昇降機が調和を乱すアクセサリーとなっていた。
そして、カイトが壁と呼び表したその理由。大きいのだ。広いのだ。端から端までが、作業機械の邪魔もあって見通せない。
『間違いなく、船です。確かに巨大船であることは間違いありませんが』
『動くの? これ。動かせるの?』
『機械的な問題はあると思われます。しかし、それを覆す手段はあります。全ては、貴方がコアルームに到達できるかにかかっています』
『了解』
指定された場所から侵入したカイトは、内装に軽く衝撃を受けた。ラヴェジャーの基地とは比べ物にならないほど、無駄なく整えられていたからだ。彼の感覚からすれば、とても未来的であると表現できた。
しかしそれを台無しにする物が散見される。ラヴェジャーの持ち込んだ雑多な道具やコンテナである。何かしらの作業をしていたらしくあちこちの壁や床、天井が剥がされている。
加えて、連中の姿は船の中にもあった。ナビゲートである程度は避けられたが、いつまでもそうしてはいられない。目標に近づくほどにそうなるし、カイトの身体に限界が近づいているというのもあった。
疲労はすでに無視できないほど全身を覆っている。血のようなものは何度も吐いた。五感のすべてがもう怪しい。
それでもどうにか、指定された場所のすぐそばまでは到達した。今まで移動した距離を考えれば、もはや目と鼻の先といっていい。
『あと少し。でももう厳しい。なにか、薬のようなものはない?』
『これ以上は、貴方の身体に不可逆の損傷を与えることになります。現状が限界点です』
『グレイに大損害を与えないまま死んだら、悔いが残る。このままでも助からないんだろう? やれることは全部やろう。だから、やってくれ』
『貴方の健康に対して、最大限の努力をすることをお約束します。その献身に感謝します』
(ありがとう。ごめんね)
『いいや。謝らなくていい。感謝するのも俺の方。あいつらをぶちのめす力をくれたんだからな』
そして、それが施された。全身に、深く深く何かが突き刺さっていく。肉、骨、血管、心臓、脳。あらゆるところに、暴乱細胞の細胞が行き渡っていく。意識が、再びはっきりとした。ぐっすり寝た時のように爽快だった。
『ありがとう。行けるぜ』
『正直に申し上げます。長くは持ちません』
『了解。一気に片付けるよ』
事ここに至っては、出し惜しみは無しだった。今まで鹵獲してきた全ての弾薬、爆薬、エネルギーを使い切る。体中から兵器を生やし、黒い怪獣が走り出す。目標まで、できうる限り直線で。
ラヴェジャーも黙ってやられているだけではなかった。要所要所で警備とドローンを置き、行く手を遮った。対処方法は極めて単純。火力と腕力。アーマーの性能でごり押し、突破した。手札を温存するには仕方がなかった。
そして、目的の場所であるコアルームの前に到着する。ラヴェジャーは巨大な扉の前に、簡易陣地を敷いていた。何かしらの装甲板で遮蔽物を作り、タレットが並べられている。ラヴェジャーも十人以上、武装し構えていた。通路は一つ、このまま突き進めばハチの巣になるのはカイトの方。
だが、無策で来たわけではないのだ。射程距離に入る前、さっそく最初の切り札を使う。背面から延びた砲身から、空気圧によるどこか間の抜けた音が放たれた。放物線を描いたのち、炸裂。位置は陣地とカイトとの中間。そこに濃密な煙幕が形成される。もちろん、ただの煙ではない。対センサー、対レーザーの粒子を含んでいる。これに撃ち込むのは、弾の無駄遣いでしかない。
「撃てーーー!」
だが撃ってきた。カイトは、ラヴェジャーに理屈が通じないということを改めて思い知らされた。距離を詰めて、もう一発スモークグレネードを発射。敵陣地の目の前で爆発する。これで弾切れだ。便利な道具だったが、数が手に入らなかったのだ。故にここまで温存した。
その甲斐はあった。レーザー兵器は無効化され、ドローンも攻撃を行わない。まぐれ当たり程度であれば、強化されたシールドが耐えてくれる。鎧の突進力があれば、スモークが晴れるまでに陣地に飛び込むことができた。
『オラァ!』
最優先目標は、シールドを装備したドローンだ。射撃は正確、火力は高い、耐久力も当然ある。どこの国の企業が作ったのかカイトは知らないが、まったく忌々しいほどいい製品だと思った。
切り札その2を惜しみなく使う。怪物の体格に見合わぬ、標準サイズの手斧を握りしめる。無論、普通のそれではない。シールドは、複数展開するとその性能を発揮できない。その性質を利用した、対シールドアックスである。小型のシールド発生装置が仕込まれており、相手側のそれと干渉して弱体化させる。
フェアリーに言わせれば、不人気品らしい。接近戦でしか使えない、コストが高い、バッテリーも長持ちしない、強度にも不安がある。だが、今この瞬間は最高の一品だった。ドローンのシールドは、瞬く間に無効化された。そして、センサー系に刃が突き刺さる。
もちろん、戦いの素人であるカイトにこのような事を成せる技はない。すべて暴乱細胞とフェアリーのアシストによるものである。センサーを破損させられたドローンは安全装置を作動させ行動を停止する。これが狙いだった。斧一つで全損させられるほど、戦闘用兵器は柔ではない。
「おのれ! よくもこのような……」
『邪魔ぁ!』
「ぎゃばっ」
銃を向けてきたラヴェジャーを文字通り蹴散らして、次のドローンに斧を見舞う。
『開け、ゴマッ!』
扉を破壊する道具を、マスターキーなどと呼ぶ文化があった。カイトはそれを脳の片隅に思い出す。望み通り、シールドを抜けてセンサーを破損させた。が、そこで斧の柄が折れてしまった。刃はドローンに刺さったまま。これでは再利用もできない。
不人気品で重武装ドローン二体を行動不能にできたのだから上等だろう。依然、戦況はカイトに有利だ。陣地に飛び込めたから、防衛用に用意された壁は無用の長物と化した。安全装置が働いて、ドローンは大型火器を使えないでいる。使えば使用者であるラヴェジャーを巻き込むからだ。タレットも同じ理屈で停止している。
ドローンの数は、それほど多くない。それさえ処理してしまえば、後は手間取らない。ラヴェジャーは簡単に蹴散らせる。そう考えていたカイトに、暴乱細胞は注意メッセージを表示させた。ドローン以上のエネルギー反応あり。
『この、下等生物がぁ!』
スピーカーを唸らせて、鋼の鎧が立ち上がる。戦闘用パワードスーツ、という表示が追加で現れる。体格こそ現在の暴乱細胞よりやや小さいが、重さは同等であろう。当然、それを動かすためのパワーもある。
最初の一手は、体当たりだった。意表を突かれたカイトは、それを防いでしまう。鎧は柔軟性を保っており、衝撃を逃がしたおかげで破損はなかった。だが、内部は違う。激しい振動を受けて、カイトの意識が一瞬飛んだ。
無理をして意識を保っているのが現在の彼である。わずかでも負荷がかかればこの有様。それを本人に自覚して動けというのは酷だった。素人の限界があった。
『よくも散々! 我らの資産を! 好き勝手してくれたな!』
パワードスーツの右ストレート。ハンドガードに覆われた鉄拳が叩きつけられる。続いて左ストレート。暴乱細胞が対応。対衝撃性を最大限に上げる。カイトの意識が何とか戻る。しかしかなり削られた。次に殴られたら、再度意識を取り戻せるか怪しいレベル。
カイトは本能で行動した。殴られる前に殴れ。生存欲求が恐怖心を上回る。彼の殴る、という意思を暴乱細胞が実行。相手の再度の右ストレートをかわして、こちらの拳を叩き込む。実戦の場では珍しい、パワードスーツ同士のクロスカウンターが決まった。
『ぐあぁ!? な、生意気な……うわぁ!?』
『……死ね』
彼はもう、意識を保つので精一杯だった。なので殴る。ひたすら殴る。銃で撃つという選択肢は脳から零れ落ちた。
「やめろー! やめろーっ!?」
「巻き込まれる! 他所でぐぶっ」
狭い陣地の中で、二メートルを超えるパワードスーツが殴り合う。周囲が無事でいられるはずもない。遮蔽やタレットが蹴倒される。物資が飛び散る。破片、またはスーツそのものによってラヴェジャーが死んでいく。
『おのれ、おのれぇ……これでも、くらえっ!』
パワードスーツが、手近なコンテナを掴み振り上げる。
『食らって……たまるかっ!』
ここでカイトが、銃器の存在を思い出す。全火力展開。雨あられと撃ちだされる多種多様な弾が、パワードスーツを襲う。不幸だったのは、先ほどの殴り合いでシールドがダウンしていた所。加えて、装甲自体も万全とはいいがたいダメージを負っていた。
いくつかの小さな爆発を起こして、パワードスーツが沈黙する。もはや、高価な棺桶でしかない。しかし、カイトに息をつく時間はなかった。横合いから、銃弾を浴びせられたのだ。
「仕留めろ! シールドが落ちている今がチャンスだ!」
「暴乱細胞にこんな攻撃が通るのか?」
「撃たないよりましだ!」
ラヴェジャーの観察は正しい。殴り合いによって、カイト側のシールドもダウンしている。銃弾の衝撃と熱が、いよいよ彼の命を無の暗黒へと押しやっていく。たたらを踏むと、それを見てラヴェジャーが喝采を上げる。
「効いているぞ! 畳みかけろ!」
「待て。何かおかしい……あ、ああ!?」
ラヴェジャーの一体が、それを発見して目を見開いた。扉が開く。コアルームに続く、巨大な扉が開いていく。
「まずい! まずいぞ、何故開く! あれは厳重にロックされていたはずだ!」
「逃がすわけにはいかないんだ! 閉じろ、急げ!」
「ダメだ、コントロールが誰かに握られている!」
「取り戻せ!」
ラヴェジャーが、攻撃の手を緩めるほどに慌てだす。辛うじてまだ意識を保っていたカイトは、扉の中身を目にする。高さ十メートルはあるだろう巨大な扉が開くと、そこには黒があった。彼の鎧と同じ、黒一色。
暴乱細胞と同じものが、みっしりと詰まっていた。並みの量ではない。三階建てのビルかそれ以上か。奥行きがどれほどあるかわからないが、見える面からそのように想像できる。実際はもっとだろう。
『今です!』
フェアリーのメッセージに、最後の切り札のスイッチを入れた。船外作業用の、推進装置。その燃料ボトルと、着火装置。推進器そのものは暴乱細胞が作り上げる。たった一回の大ジャンプ。その為だけに燃料を全消費させる。
バランスも、向きも鎧任せ。それらを制御する力はカイトに残っていない。ロケット花火のように、黒い壁へ向かって突き進んでいく。ラヴェジャーが悲鳴を上げている。攻撃もしてくる。もはや何もかもが遅かった。
勢いのまま黒い壁に触れると、水に触れたかのようにするりとカイトは内部に飛び込んだ。衝撃はなかった。あれば、そこで終わっていただろう。
(俺の、最後の、仕事……)
指一本動かせないが、それでも大丈夫。ただ、入力すればいい。動け、と。そしてそれは成った。この大質量、動かすとなれば相応のエネルギーが必要となる。カイトが鎧に蓄えていたそれでは、到底足りない。しかし大丈夫だ。これには、十分すぎるほどにパワーが詰まっている。
「うわ、うわあぁぁぁぁ!?」
はっきりとは聞こえないが、ラヴェジャー達の悲鳴が聞こえる。外に流れ出し始めたのだ。鉄砲水のようなそれによって、押し流されているに違いない。
そして、床が揺れ始める。否、船が揺れ始める。
(やっっっっっと、自由だぁぁぁぁぁぁぁ!)
歓喜の『声』が、響き渡る。真っ暗闇にいるカイトに、その光は確かに届いた。そして、視界が晴れる。
コアルームの中に、光り輝くそれは浮かんでいた。保管庫で見たあの多面球体。それを直径十メートルほどにしたものが、おだやかな輝きを放っていた。
『頂点種光輝宝珠。我らの主の解放を確認しました。目標達成です』
揺れが強くなる。船が、動いている。光は徐々に強くなっていき目を向けていられないほどだ。
(お前らなんか、大っ嫌いっ!)
超越者の怒りは、いかにして発揮されるのか。カイトはそれを確認することができなかった。やり切ったという思いを抱いて、意識を手放したのだから。