エマージェンシー
新章開始でございます。よろしくお願いします。
廃墟の街を、三人の兵士が走っていた。ヒューマノイドの彼らは、特殊な装備を身に着けている。メタルボーン。身体の動きをサポートする外骨格、その軍用品である。
パワードスーツより安価で量産性と整備性に優れている。その分、各種スペックは比較対象に及ばない。とはいえ、兵士をアップグレードする外付け装備としては極めて有用だ。多くの装備を身に着けている三人の動きは、一般の兵士とそん色がない。
『ネイルチーム! ドリルチーム! 応答しろ!』
走りながら、リーダー無線で他チームに呼びかける。反応はない。苛立たしげに舌打ちをする。
『前方に反応多数。このままだと囲まれる。どうするハンマー1』
背中に多数のセンサー装備を背負った兵士、ハンマー2がリーダーに尋ねる。隊長の判断はすぐに下された。
『左の建物を突っ切る。調べろ、ハンマー2』
『了解』
既知宇宙の戦闘において、建造物は身を守るために役に立つとは限らない。レーザー兵器を始め、高い火力を持つ個人装備が多いからだ。軍事施設ともなれば、防御力をもたせた建材を使用している事もある。しかしコストがかかる為、民間施設でそういった材料を使用しているのは稀だ。
周囲の廃墟で防衛に適しているものはない。彼らの選択肢は移動以外になかった。とはいえ、安易に建物に逃げ込むのは愚挙である。待ち伏せやトラップはこの世界においても有効な方法だ。
だからこそ、重量のかさむセンサーをわざわざ背負ってきている。こういった装備の助けが無くては、戦場を進む事すらままならない。
ハンマー2は装備を素早く操作する。彼の左腕には無骨なキーパットが手甲のように装備されている。それを叩けば、建物の内部捜査はたちどころに終わる。
『内部に入った形跡なし。トラップ、待ち伏せなし。クリアー』
『よし、いくぞ! 俺に続け!』
直進していた道をほぼ直角に曲がり、三人は廃墟に飛び込んだ。埃っぽく薄暗いが、ヘルメットに内蔵されたカメラがそれを補正してくれる。たとえセンサーが何もないといっても、そこで気を緩めては兵士失格だ。互いに死角をカバーし合いながら、内部を移動していく。
『このまま廃墟を突っ切るぞ。センサー見とけよハンマー2』
『おいハンマー1。いつまで逃げ続けるんだよ。このままじゃじり貧じゃねーか』
黙っていたハンマー3が発言する。彼らのやり取りは通信で行われている。短距離通信なので、よほど強いジャミングでも書けられない限りは使用可能だ。
『んなこたぁ分かってる! 側面から殴りかかるぞ。お前の仕事だ、ハンマー3』
『へ。やっとかよ』
ハンマー3が背負っているのはショットキャノンと呼ばれる特殊火器だ。発射時の衝撃が強すぎて、普通のヒューマノイドは生身では使えない。メタルボーンやパワードスーツ、サイボーグ手術が必要な装備だ。
持ち運びができる大砲というべきこの銃は、火薬の反動で弾頭を発射する。そういった武装は宇宙では好まれないが、地表においては許容されるデメリットだ。特に、そのパワーは敵のシールドを破壊するのによく用いられる。発射音が大きい、反動も大きい、かさばるなどと問題も多いがそれでもなおメリットは輝いている。
『おい、俺たちの目的はこの場からの離脱だぞ。戦闘は……』
『は。このまま逃がしてくれるわけねえだろ? 安心しろハンマー2。このイチモツがあればどいつもこいつも一撃だぜ』
歯を見せて笑いながら、ハンマー3が自慢のキャノンを掲げる。ぶっ放したくてたまらないのだ。しかし、戦場の神は彼に微笑まなかったようだ。ハンマー3のヘルメットが、中身ごと消失する。
『スナイパー! 待ち伏せだ!』
『クッソ! 何処を見てたんだよボックス!』
ボックスとは、ハンマー2のあだ名だった。その呼び名の通り、背中に箱型のパワーバッテリーを背負っている。それはメタルボーンと彼自身、両方の動力を兼ねていた。
『遠方から、たぶんステルスシートかぶってた! ここからじゃ分からないよ! どうする!?』
『移動だ! それしかねえだろ! 戻るぞ!』
元の道へ引き返そうとするハンマー1。そんな彼を、ハンマー2が突き飛ばした。地面を転がって埃まみれになるリーダー。そんな彼がいた場所を、幾本ものレーザーが通り過ぎた。背後からだった。
『回り込まれている! 前に行くしかない!』
『チックショウ、先へ行け!』
けん制で、ハンマー1がレーザーを打ち返す。彼とハンマー2が装備しているのはレーザーライフルだ。大容量バッテリーで弾持ちを良くし、放熱バレルによって連射に耐えられるよう設計されている。
ハンマー2が索敵する。スナイパーの位置は分からない。対センサースモークを使って自分たちの位置を誤魔化す。車載レベルのセンサーでも使わない限り、正確な位置はこれで分からない。
『ハンマー1、こっちへ!』
けん制射撃の役割を変わる。レーザーをばらまき、撤退を支援する。彼の脇を走り抜けたリーダーは、次の建物へ飛び込んでいく。それを追おうとするも、足元に強烈な衝撃が発生した。スナイパーの射撃だ。収音センサーによって当たりをつけたのだろう。正確ではないが近い。
新兵であったなら、足を止めてしまうだろう。しかし、ハンマー2には戦闘経験がある。驚きはしても、動けなくなることはなかった。メタルボーンのパワーを使って、前方に向けて飛び跳ねた。
リーダーとあわや衝突、というギリギリの場所に彼は装備で膨れた身体を押し込んだ。背後で再び、地面がはじける音が響く。
『あぶねえな!?』
『言ってる場合じゃない! 急ごう!』
もはや一分一秒が惜しかった。こうしている間にも、敵に取り囲まれるかもしれない。そうなってしまえば、数の暴力に押し流される。
最低限の索敵をしながら、瓦礫の街をすり抜けていく。汗が流れる。呼吸が乱れる。注意力が散漫になる。敵の追撃は続き、彼らのすぐ近くに着弾する。
『畜生、こうなったらもうやりあうしかねぇ! 続け!』
そして、判断を誤らせる。ハンマー1が、迫りくる敵部隊へ反撃を開始した。反論する時間はなかった。ハンマー2のレーダーには、四方より迫りくる敵部隊がはっきりと映っていた。
いたし方が無し。ボックスのあだ名をもつ彼は、レーザーライフルを構えた。そこで、彼の視界が真っ黒になった。
『ハンマー2、ダウンです。その場で待機してください』
アナウンスと共に、メタルボーンがロックされた。シールドを貫通する一撃。スナイパーにやられたのだ。それほど経たずに、ハンマー1も倒された。全滅だ。
『訓練終了。フィールド設定をクリアーします』
真っ暗だった世界が再び映し出されると、光景が一変していた。廃墟の街は、灰色ののっぺりとした建材に置き換わっている。それらも、時間経過でゆっくりと流れるように形を失っていく。
現実の光景に、映像を追加して写す技術。強化現実と呼ばれるそれを用いた、戦闘訓練用のフィールド。設定すれば、地面に仕込まれた建材が形を変える。それに映像を加えて先ほどの廃墟の街を形作っていた。
「全員集合! 駆け足ー!」
マイクを使わない、張り上げられた声に慌てて従う。あちこちから、同じ装備の者達が目標地点へ集まっていく。ハンマーチームもそれに続く。ハンマー3の頭もちゃんとある。そのように処理された映像だったのだ。
集合場所に立つのは、体格の良い青年兵士。バリー訓練教官だった。
「一同、整列!」
ハンマー1の掛け声に、皆が図ったように立ち並ぶ。訓練を初めて二か月弱。この程度はなんとかできるようになった。それ以外は散々だが。
「ひっどい有様だな、お前ら。一人残らず死亡判定! 捕虜にすらなれてない! 今まで何を訓練してきた、ええ!?」
叱責が、文字通りびりびりと響く。険しい表情でバリーが立ち並ぶ十人の兵の周りを歩く。
「この訓練で、何をしろって俺は言った? ドリル1!」
「はい! 目標地点への速やかな脱出! 交戦を極力控える、です!」
「お前は何をした!」
「……に、逃げきれないと思ったのでその場で反撃を」
「聞かれたら即答えろ! それから、行動が短絡的すぎる! 何も考えてねえ! ボーンのパワーアシスト切って、スクワットはじめ!」
ドリルチームの三人が、しかめっ面でスクワットをはじめる。抗弁は許されない。この二か月で、身をもって思い知らされている。
「ネイルチーム! お前の所にはどんな装備があった?」
「はい。部隊用の、通信装備をもっておりました。」
「なんで、全体の通信ができなくなった?」
「そ、装備を所持していたネイル4がキル判定となってしまい……」
「装備が壊れていたかどうか確認したか?」
「していません」
「なんでだ!」
「失念しておりました!」
「正直に答えたな! それだけは褒めてやる。アシスト切ってスクワットはじめ!」
ネイルチームもスクワットを始める。3チームの中で一番彼らが優秀だ。しかしそれでも、開始早々撃破された。あっという間に分断され、通信が途絶し敗北したのだ。
「そしてハンマーチーム。……とりあえず、ハンマー3。自慢のイチモツがなんだって?」
「はい! 当たれば最強です!」
事ここに至っても、ハンマー3は元気よく答えた。それに関しては、彼は間違いないと信じ切っていた。バリーの目が、細くすがめられた。そういう性格であることは、十分に理解しているのだ。
「で、当たったか?」
「はい。撃つ前にやられました。スナイパーはヤバいです」
「危険、な。言葉は正確に使え。何度も言うけど」
「はい。危険です!」
「よし、おぼえたな。スナイパーに勝つ方法を考えておけ」
「はい!」
再び、元気の良い返事。これだけ見れば、花丸だった。
「ハンマー2。何か言うことは?」
「ステルスシートを使用しての待ち伏せへ、どのように対応するかを学ぶ必要があると実感しました。でもその前に、そもそもの最初の襲撃をどうしのぐべきだったかを検討したいと考えます」
「そうしろ。……で、ハンマー1。お前最後にやけっぱちになったな?」
「はい」
「それでチームはどうなった?」
「全滅しました」
「チームリーダーの仕事は何だ?」
「メンバーを生存させることと、任務の遂行です」
「諦めるやつにはリーダーを任せられん! ナンバー変えられたくなかったらそれをよく覚えておけ! はい、スクワット開始!」
全員、フル装備でのスクワット。下手をすれば膝を壊しかねないが、この十人は全員サイボーグである。それなりの処置を受けているし、最悪ケガをしてもすぐに直せる。治療ではなく修理だ。
適切な運動と食事。毎日のトレーニング。それらが彼らの身体を戦士のそれへと変えている。初日にこれをやったら数回でひっくり返っていただろうが、今では何とか遅れず継続できていた。ただし、汗は滝のように流れている。
「お前らは、戦場で倒れることを許されていない! たとえ倒されても、装備は必ず回収しなくてはならない。何でだ。答えて見せろネイル2!」
「はい! とても、高価、だから、です!」
「そうだ! 高価で、ハイレベルな技術が使用されている! 盗まれたらどうなる。ドリル3!」
「はい! 部隊の、装備が、減ります!」
「その通りだが問題はそこじゃない! 答えろ、ハンマー……1!」
一同は思った。あ、ハンマー3を選ぼうとして、止めたんだな。変な回答返ってくるから。
「はい! 解析されて、デッドコピー生産されて、損害が出ます!」
「よーしその通り。それは部隊の損害だが、それ以上に雇い主である頂点種アキラ様の資産に手を付けるって意味だ! そうなったら最悪、光輝同盟が動く! たかが装備で星間戦争もありうる! そんな馬鹿な話があってたまるかと思うだろうが、頂点種が絡めば何が起きても不思議はない! そんなろくでもない引き金を、お前らは引きたいか!?」
「「「はい、教官! いいえ! 引きたくありません!」」」
「だからお前らは倒れてはいけない! 倒れた仲間は回収しなければならない! 最悪、解析不能になるまで破壊しなくてはいけない! だが、全滅したらそれもできない! わかったか!」
「「「はい、教官!」」」
「返事ばっかり立派だな! スクワットおしまい! フィールド外周を走れ!」
全員がふらつきながら、それでも走り出す。この程度では倒れない。そう鍛えられていた。
『くっそー、きついなー』
『教官殺す。ぜったい殺す』
『っつーか、初手でしくじったの誰だよ。アレのせいで総崩れだったじゃねーか』
『ドリルチームが悪い! あんなにあっさりやられなければこんな事にはならなかった!』
『はー!? 通信装備抱え落ちしたネイルチームにはいわれたくねーわ!』
通信で、罵り合いが始まる。それができるだけの気力が今はある。訓練開始一週間の頃では考えられないことだ。あの時期は、まともに走る事すらできなかった。
そしてハンマー2、ボックスのあだ名を与えられた彼は罵り合いに参加しなかった。この通信は基地管理を任された電子知性にチェックされているのを知っているからだ。
重い身体と装備を引きずりながら彼は走る。今はテツオという偽名を名乗り、顔も防弾用フェイスプレートで隠している。
地球人、カイト・カスカワはスタークラウンから遠く離れた惑星で新兵訓練に参加していた。




