黒獣と惑星食らいと■■■■
コアルームにほど近いトラム路線。その場に、惑星食らいとカイトの姿があった。激しい戦闘により路線設備はひどく損傷。ほとんどの照明が機能を失っている。
スサノオ・大具足アラミタマ。鋼の獣の姿となったカイトは苦戦していた。当然の話である。例えレリックがあろうとも、単体で頂点種と戦うなど正気の沙汰ではない。フィオレが戦えたのは上質な訓練と本人の資質、そしてなにより質量差がほぼなかったという点にある。
カイトにはそれがない。暴乱細胞でかさ増ししていても、なお牛と小型犬ほどの体格差がある。相手の障壁を破るための火力も不足しているし、外骨格を抜くのも困難が伴う。
唯一まともに競り合える要因は、二つの光源水晶が生み出すエネルギー。これのおかげで、辛うじて足止めが成立している。
「おらぁっ!」
両肩から短く伸ばした二門の荷電粒子砲。射程は短いが移動の邪魔にならない。放たれた光弾が障壁を焼く。
『Gyrッ!』
苛立たし気に、脚を振り下ろす惑星食らい。脚部のパワーで飛び跳ねて、それを何とか躱す。攻撃という点では大いに不足している体格だが、回避の面では役立っていた。足元を跳ねまわり、直撃を避けている。だが、全てそうできているわけではない。
『Gyrrrッ!』
「ぐあっ!?」
念動力。視覚の外から飛ばされた瓦礫に、身を打たれる。シールドは再起動中で、振動がカイトに伝わった。血を吐く。
(くそ。こいつ、この場での戦闘に慣れてきている!)
最初は、ただ手足を振り回し、生体レーザーを放つだけだった。だがそのうち、船内の狭さを利用するようになった。壁があれば、それとカイトを挟むように動く。動きを制限しようとする。チャンスがあれば押しつぶそうと突撃する。
パワーがあり、知恵もある。おまけに頂点種としての能力。カイトの今までの経験の中で、最も恐ろしい敵だった。
痛みで、体が痺れて動かない。呼吸も怪しい。だが、彼にとってこの状態は経験済みだった。すぐさま、スサノオの操作をシステムリンクによる完全思考制御に切り替える。倒れこみそうになった鋼の獣が、軽快に四足歩行で走り出す。
『Gyrrr』
瓦礫の砲弾が次々とカイトを襲う。稲妻を描くように左右に飛び跳ねながらそれを避ける。その動きは先ほどに比べても遜色はない。カイトが戦士として、唯一誰にも負けぬといえるものがある。
それは満身創痍での戦闘経験だ。そもそも初陣が半死半生、ほぼ死にかけの状態でスタートしたのだ。思考さえできれば、たとえ首から下の感覚がなくとも戦える。もちろん、暴乱細胞を装備している事が前提だが。
黒い機械細胞は、今この時もカイトをサポートしている。痛み止めを注入し、損傷個所を塞いで出血を止める。呼吸を正常化させ、運動能力を回復させる。
スサノオとツクヨミに搭載された光源水晶には、怪我に対する対応が大量に記録されている。初戦での経験と、その後の治療。さらには膨大なシミュレートの結果である。よほどのことがない限り、カイトが死ぬことはない。
しかし、現状の頂点種との真っ向勝負はそのよほどのことに該当する。
『Gyrッ!』
惑星食らいが、前足で床を蹴り飛ばした。損傷した床材が砲弾のように前方に飛び散る。避け切れず、破片がスサノオの肩をかすめる。荷電粒子砲が一門使用不能。修理は容易ですぐに始まるが、衝撃でバランスを崩す。
その隙を狙って、今度は四方八方から瓦礫が集まってくる。どれもが、スサノオより大きい。狙いは圧死だ。
(スサノオ・大具足ヒルコ)
カイトは、ついに攻撃行動を放棄した。スライム状態に変化すると、細胞をワイヤーにして遠方に設置。巻き上げの力でその場から離れる。瓦礫が互いにぶつかり合う頃には、大きく距離を置くことができた。
ヒルコ形態は、もっとも自由に移動できる状態だ。速度は他に譲るか、形状が定まっていないが故に機械細胞の変化が容易。防御に関しては打撃に強く、現状に適している。弱点は物体弾等の一点に運動エネルギーが集中する攻撃に弱い。さらに武装を作ってしまうとその分強みを損なってしまうというのもある。
現状、惑星食らいの撃破は至難であるとカイトは考える。その為の手は打ってあるが、連絡はまだない。虫がコアルームに到達してしまうと、艦の運行に大いに支障をきたす。場合によっては放棄しなければならなくなるだろう。
そうなれば事実上の敗北だ。多くの者が犠牲になり、アキラも悲しむだろう。全身全霊で阻止しなければならない。
だからカイトは根性を見せる。再び、惑星食らいの足元へと滑り込んでいく。スライムの表皮をタイヤのように回転させれば、驚くほどの速度が出る。カイト自身は体育座りのごとく身を丸くした。
『Gyrッ!?』
真っ黒なスライム回転球が飛び込んできて、さしもの惑星食らいもやや面食らう。変化の幅が大きすぎて、いかに対処すべきか迷いが生じる。わずかな隙に、カイトは全力を尽くす。そのままの勢いで、虫の腹目がけて飛び跳ねた。
「ぐ、う。……だめか」
衝撃が内部に伝わる。臓物がひっくり返るような気持ち悪さ。めまいもする。しかしコントロールには支障なし。地面に着地すると、再び回転を継続する。攻撃は失敗した。障壁はいまだ健在。ダメージ無し。
『Gyrrッ!!』
杭のような後ろ足が何度も振り下ろされる。レールが持ち上がり、投げ槍のごとく発射される。予測したのか、計測したのか。ヒルコの弱点である貫通攻撃を繰り出してくる。
やはり甘くはない。カイトは気持ちを引き締める。身体は冷や汗を流していたが、感覚をカットしているため感じることはできなかった。
『カイトさん、お待たせしました。準備完了です』
『待ってた!』
モノレール路線の奥から、何かが速度を上げて迫ってくる。カイトは迷うことなくそちらに向けて高速で転がっていく。惑星食らいもそれを察知したため、生体レーザーの砲身を向けエネルギーを送り込む。
狙いを定めたレーザー砲が発射される。破壊の力が着弾するが、効果なし。バリアによって阻まれた。
(合ぁ体ッ! スサノオ・大具足タヂカラオ!)
心の中でそう叫んで、カイトは送られてきた多脚戦車に搭乗した。乗る、といったが機械細胞は融合するので若干語弊があるのだが。
惑星食らいの突入時、現場に急行するためにあえてこれに乗ってはこなかった。変形させる時間もなかったのだ。その判断は正解で、もし時間を使っていたらコアルームは壊滅していただろう。
ともあれ、これで質量差が大きく緩和された。保有する暴乱細胞のほぼすべてをつぎ込んでも、まだ二回りほど負けているが先ほどとは天と地ほどの差があった。
(オラァ! 今度はさっきよりも口径が大きいぞ! エネルギーも段違いだぞ!)
多脚戦車に搭載された荷電粒子砲が火を噴く。エネルギーの光弾が瞬く間に飛翔し、惑星食らいの障壁に着弾する。
『Gyrrッ!!』
障壁の減衰に、虫は怒りをあらわにする。念話で叩きつけてくるが、カイトにそれは影響を与えなかった。普段からアキラによって慣らされているから、では説明がつかない現象だった。小型と言えど頂点種である。各種訓練を受けたフィオレでさえ、コンディションを落とした攻撃である。素養のない存在が、抗えるはずもない力だった。
(やっかましい!)
カイトは、己の身に何が起きたか理解できていない。それよりも目の前の敵を倒すことが重要だった。再び荷電粒子砲を発射しようとして、ロックがかかる。
『惑星食らいが回避状態に入りました。思考を読まれています。命中しませんし、艦体へのダメージが懸念されます』
『やっぱりだめか。了解、やつを目標地点へ誘導する』
『その点について、ガラス隊長が歴史的発見をしました。利用できるかと思います』
『え? 歴史的発見?』
詳細を聞いたカイトは、酢を飲んだような表情になった。
『食欲って……あれに? 虫に?』
『ですが、恐ろしく効果的です』
『そうは言うけどさあ……』
カイトはデジタルデータとして、惑星食らいを知覚する。単純に表現すれば、羽根アリに似ている。背から生体レーザー砲塔を生やしているので、一般的な生物ではないとはっきり言える。
これを食べる。どうやって? ……そういえば、コオロギを粉にしてビスケットだかパンだかにするとかいう話がどこかであったような? どっちにしても美味しくはなさそうだ。
さらに頭をひねる。高速化した思考でなにやってんだという疑問も浮かぶが問題に集中する。虫と料理といえば佃煮か。あれはイナゴだった。食べた覚えはないが、聞いた話だとエビに似ているらしい。
佃煮なら、いけるか……? と思った瞬間。
『Gyrrrrrッ!!!』
未だかつてないほどの勢いで、惑星食らいが接近してきた。突撃、否、食らいつきだった。
『ガラスさんすげぇぇぇ! 今回のエースはあの人だよぉ!』
多脚戦車を全速力で後退させながら賛辞を贈る。移動と回避をカメリアに任せ、カイトは全力で食欲を惑星食らいに向け続ける。当然ながらそれが虫の怒りをさらにあおる。生体レーザーを乱射し、壁にぶつかるのも構わず何度も飛び掛かった。
モノレールの通路は見るも無残に破損していく。照明は吹き飛び、レールは歪む。破片は念動力 の弾丸として使われ、被害はさらに広がっていく。
しかし、コアルームからは順調に離れていく。そして目的地にもまた、目論見通り接近していく。
そしてナビゲーション終了のアナウンスがカメリアより伝えられる。
『目的地に、到着しました。くれぐれもお気をつけて』
『わかってる!』
モノレールの通路に、隔壁が下りる。気密漏れの部分には、硬化剤が撒かれる。同時に、壁が爆発する。突貫で用意されたそれにより、別区画への穴が開く。
そこは、真空となっていた。封鎖区画と呼ばれていたその場の象徴ともいえる、大量の硬化剤がなくなっている。中和剤を打ち込まれたため液体に戻り、宇宙へと吸い出されていった。故にそこにあるのは船体に空いた巨大な穴と、もうひとつ。カイトの多脚戦車より二回りは大きい、戦車の怪物。
『Buuu……』
車体から無秩序に生えたいくつもの砲身。重力制御機関を応用した移動装置。そして特徴的な、三本のマシンアーム。設計思想など何もない、ただ破壊できれば良いというシンプルな存在。
かつて暴乱城塞が送り込んだ奇怪戦車が封印から解き放たれていた。
『グッドモーニン兄弟! ご機嫌いかが!』
通信をしているわけでもないのに、そう叫びながらカイトは多脚戦車をそれ目がけて突っ込ませる。当然、奇怪戦車も接近する対象に反応する。たとえ同じ暴乱細胞で出来ていても、敵味方が識別できるわけではない。
戦車に入力されているのは動くものは破壊せよ、という極めてシンプルな命令だけだ。多脚戦車に当たると判断された大砲が、一斉に火を噴く。レーザー、荷電粒子、レールガン。種類も用途も別々なそれらは、大半が艦体に命中した。修理されず放棄されていた区画である。航行に支障はない。今はまだ。
残りの数発はシールドが防いだ。大きく減衰させられたが、まだ持っている。その守りに任せて、カイトはさらにタヂカラオを前進させる。目標は、奇怪戦車の横の壁だった。
『ボロボロだけど、一回だけ頑張って頂戴よ!』
多脚戦車の最大の特徴は、脚。速度を犠牲にしてまで得た不整地踏破能力の真骨頂。それを使って、壁に向かって飛び跳ねる。目論見通り、見事にそこに張り付くが、そこで終わりではない。
そのまま壁を蹴り、さらに前へ。見事、奇怪戦車の背後に回って見せた。もちろん、砲身はそちら側にも生えているし、アームだって届く。状況はあまり変わっていない。カイトに限って言えば。
しかし奇怪戦車にとっては違った。
『Gyrrッ!!』
自らに食欲を向ける生命体を追って、惑星食らいが追い付いてきた。そしてその行く手を阻むことになった奇怪戦車。それに撃ち込まれた命令は、破壊である。
『Buuuッ!!!』
『Gyrrッ!!!』
途端に始まる、砲撃戦。至近距離、回避行動のとれない狭い空間。故に当たり前のように互いの攻撃が命中する。惑星食らいにとって、奇怪戦車は最悪の相手だった。思考がないので予測回避ができない。出鱈目に連射される砲撃で、障壁は瞬く間に削られる。念動力による瓦礫すらも、その火力で潰される。
だが、小さいながらも頂点種。ただやられるだけではなかった。この状況で、惑星食らいは接近戦を挑んだ。接近すれば、砲撃は減る。そのように判断したのだ。普通であれば、それは正しい。しかし相手は、暴乱細胞でできた怪物だ。
砲身が、蠢いた。固定されているように見えたそれが、綺麗にそろえられて惑星食らいに向けられた。
発射。
『Gyrrrrrrッ!?!?』
真正面から無数の砲撃を受け、惑星食らいの障壁が吹き飛ぶ。外骨格にもひびが入る。まさしく痛打だった。
その戦況をカイトは気楽な立場で眺めていた、わけではない。こちらはこちらで厳しい戦いを強いられていた。
『ちくしょう! このアーム、シールドブレイカーついてる!』
腕は飾りなどではなかった。一体どういった想定でそうしたのか、近距離戦闘用のアームにはカイトが言った通りの装備が取り付けられていた。これは、シールド同士が干渉しあう現象を利用したものである。みずからのシールドの外にアームを伸ばし、相手のそれを妨害する。冗談のように見えて、理にかなった装備だった。
おかげで多脚戦車の守りはあっという間に薄くなってしまった。カイトもただやられるままになっていたわけではない。アームを破壊するべく、近距離レーザーを集中させたのだ。普通だったら、破壊してお終いだ。
だが、相手は自分と同じ暴乱細胞の怪物である。壊しても壊しても、再構成されてしまうのだ。
『くそ、なるほど。いい装備だ。今度真似しよう!』
『言ってる場合ですか』
カメリアのツッコミに、返答する余裕はなかった。惑星食らいと同時に、カイトもまた砲撃の一斉発射の餌食となったのだ。
『がぁぁぁぁぁ!?』
シールドダウン。装甲崩壊。過剰熱により暴乱細胞の稼働率60%低下。形状が保てなくなり、どろりと崩れていく。ダメージはカイトにも及んだ。衝撃で頭蓋骨、肋骨、右脚にヒビが入った。内臓のいくつかが損傷。内出血多数。
再び痛覚を遮断し、状況を確認する。そこには、待ち望んだ状況があった。
『Bu……uu……』
奇怪戦車もまた、形を失おうとしていた。暴乱細胞が、溶けたアイスのように床に滴り落ちる。シールドも失われ、三本のアームが力なく垂れさがっていく。
『やった、ぞ。エネルギー切れ、だ』
わざわざ封印されていた奇怪戦車を起こしたのは、惑星食らいと戦わせるためではない。これが保有する細胞を奪い取るためだ。戦闘は、そのための手段でしかない。
暴乱細胞はきわめて強力なレリックだが、ある重大な欠点を抱えている。それは、性能を発揮するために常にエネルギーを求めるという所。形を保つ、移動する、攻撃する、防御する、回避する……高い性能を発揮しようとすればするほど、消費されるパワーは指数関数的に増大する。
エネルギーを補給するプランもないのに、砲撃、シールド、浮遊移動。奇怪戦車は優勢に戦っていたがその実、自らに火をつけていたに等しい。まともな思考を持っていたら、もっと節制を心がけただろう。しかし悲しいかな、受けた命令は破壊のみ。
かくて自滅の道をたどる羽目になった。暴乱城塞としては、それでよかったのだろう。新しいのを送り込めばいいし、崩れた細胞は回収すればノーダメージだ。
ともあれ、目論見は成った。あとは崩れたそれを奪い取り、半死半生の虫にとどめを刺せばクリアーだ。飛びそうになる意識を刺激臭で無理やり叩きおこし、カイトは巨大な黒スライムへと姿を変える。
そしてそのまま、奇怪戦車の細胞に触れた。
『もっと兵器を』『破壊を』『エネルギーを』『光輝宝珠と交戦』『捕獲』『エネルギー源』『兵器データ収集』『稼働実績』『評価』『もっと強さを』『自己増殖』『探査』『信号』
断片的な、データの群れ。滝のようなそれが脳に流れ込む。そして。
『お前は誰だ?』
カイトは死んだ。心臓と呼吸は停止。脳波も検知されず。搭載された光源水晶はプログラムに従い、すぐさま蘇生活動を開始する。薬剤投与、酸素吸入、電気ショック。
「ゴホッ!?」
極めて幸いな事に、再び心臓が鼓動を始めた。朦朧としているが、意識も戻る。暴乱細胞が損傷した部位を補うため働きだす。
『Gyrrッ!!!』
惑星食らいの怒りが、揺れるカイトの意識を張り倒す。ともすればまた昏倒しそうにもなるが、ギリギリの所で踏ん張り持ち直した。
「とどめ、を……」
奇怪戦車を乗っ取る。光源水晶がエネルギーと命令を送り込めば、本体から切り離されたそれには抗いようがなかった。砲身はもう役に立たない。即座に動かせるものを選択。マシンアームが一本、使用可能。エネルギーを集中。ぶん回す。
アッパーともフックとも言い難い、すくい上げるような鋼の拳が瀕死の虫に叩き込まれた。破損した外骨格の破片がまき散らされる。体液が漏れる。
『Gyrrッ……』
が、それでもなお、頂点種は諦めることはしなかった。そういう概念を持っていないのかもしれない。やおら、いまだ無事な顎を廊下に突き刺した。食べる気なのだ。食べて傷を癒すつもりなのだ。
「やらせ、ないっ」
すべての暴乱細胞のコントロール掌握に成功。形を作っている暇はない。奇怪戦車のすべてをひと固まりのスライムにして浴びせかける。それだけではたいした意味はない。なので締め上げることにした。
ただの水じみたものだったそれが、一瞬で全身を締め上げるゴムに変化する。これには、惑星食らいも驚かざるを得ない。
『Gyrrrッ!?』
みしみしと音を立てて虫の身体が歪んでいく。自由は奪われた。障壁を作る余力はなく、念動力で抵抗しても拘束は解けない。そして、カイトは油断しない。自分の意識もいつ落ちるかわからぬ状態だ。止めは容赦なく即座に。
多脚戦車の内部に仕舞われたそれを、砲弾にすると決めた。アマテラスの破損した装甲より削りだした一本の杭。ベンジャミン達整備班、徹夜の一品。
パイルバンカーの杭が、過剰なエネルギーによって打ち出された。
『Gyr』
頭部から、腹部まで。拘束の邪魔にならぬよう、斜めに打ち出され突き抜けた。頂点種の命脈を断ち切るに、十分な一発だった。
巨大な虫が、力なく崩れ落ちる。止めを刺したのを確認して、カイトもまた意識を手放そうとした。
『緊急。総員、衝撃に備えてください。これより船団は、惑星食らいの包囲網を突破します』
カメリアの緊急通信が耳に入り、寸での所で己を保つ。本人に通信で問いかける。
『何があった?』
『特殊機雷の存在が、惑星食らいに察知されました。船団全体に知れ渡った事で、情報を読まれてしまった模様。包囲網を狭めず、距離を置いて砲撃してきています。このままでは全滅です』
なるほどピンチだ。じゃあどうするべきか。強い兵器が必要だ。兵器ならここにあるじゃないか。黒い機械細胞がそうささやいた気がした。
『カメリア、こいつを使おう。手伝ってくれ』
電子知性は、送られてきたデータに驚愕した。一瞬だが、演算が停滞したほどだった。それは、彼女がいままで暴乱細胞から調べた兵器情報には無かったもの。一体どうやってこれを見つけ出したのか。
問いかけたい欲求はあった。しかし、カイトの体調と船団の現状を考えればそれどころではない。全能力を駆使してデータを精査。実行可能と判断する。
『カイトさんは全ての暴乱細胞と共に宇宙に出てください。その後はこちらで対応します。アキラ様、コアルームから外へ。カイトさんと合流してください』
『了解。ちょうど大穴が空いている』
『え? 何? 大砲?』
アキラが混乱しているが、対応は従者に任せる。言われた通りカイトは、すべての黒い塊を引き連れて宇宙へと飛び出した。周囲には、必死で抗戦する船団の姿があった。アマテラスから十分に距離を離してから、変形を開始する。
しかしその速度は緩やかだ。激戦のせいでエネルギーが足りていない。現状、戦う力はない。察知した惑星食らいに接近されたら抗えない。
『せめて相談してほしかったな! ……あ、無理か。カイト大丈夫?』
そこに、コアルームから飛び出してきた輝く多面体が合流した。供給を受けて、暴乱細胞が求められた形を完成する。
それは、間違いなく大砲だった。だが、見る者が見ればべつのものを想像する。それは、どことなく跳躍機関に似ていた。似ていて当然、これはその理論を応用した兵器なのだから。
『変形完了。動作テスト省略。目標、船団前方の敵集団』
カイトが淡々と告げる。身体は限界だが、意識が冴えていた。レリックが、彼を支えていた。
『アキラよりエネルギー供給確認。疑似空間、形成および圧縮開始』
『うっわ、なんかギュルギュル吸い取られるんだけど』
光輝宝珠から贈られる膨大なエネルギーを使い、内部で新たな空間が作られ圧縮される。エネルギーで拡大された、偽の広さ。解放されればすぐに崩壊する。
『続いてバリア弾頭、形成開始。……3、2、1、完了。疑似空間、封入完了。弾頭の発射準備よし』
故に、力場で囲って封印する。これも発射されれば長くは保たない。それで十分だ。今だけ保てばいい。
『トリガーをアキラ艦長に。それでは艦長、発射と同時に弾頭を空間跳躍で前方集団にデリバリーしてください』
『え? 発射するんでしょ? 相手に届かないの?』
『はい。弾頭が保ちません。到着前に爆発します』
『……それって欠陥兵器って言わない?』
『その通りです。ですがこの窮地に文字通りの風穴を開けられるのはこれしかないのです』
『うっわぁ……』
従者の発言に、頂点種の少女はそれしか言えなかった。ため息をつきたい気分で、送られてくる目標地点へ狙いを定めた。
『今回、私本当酷使されてるよね?』
『戦闘前のベンジャミンとおんなじくらいかな』
『あー……それじゃあ泣き言いえないかなー。ベンジャミン君がんばってるもんねー……目標捕捉、いつでもいけるよ!』
その言葉を受けて、カイトは最後のスイッチを入れた。
『空間振動砲、発射!』
『これでもくらえーーー!』
それは、跳躍機関に携わる学者や技術者が一度は思いつく兵器。要求されるエネルギーや様々な問題から、計算だけで止める机上の空論。データを持っていた暴乱城塞すら、一度として使用した事のない代物。
弾頭は惑星食らいの集団、その後方に現れた。それで十分だった。弾頭より解放された疑似空間が、一瞬で広がる。通常空間に触れたそれは崩壊するが、場そのものは大いに荒れ狂う。
真空の宇宙であろうと関係ない。空間そのものが振動するのだ。着弾地点から直径10kmに、破壊の力が伝播する。惑星食らいの障壁など何の意味もなさない。歪み、ねじれ狂う空間の力には抗いようがない。
ほんの一瞬で、前方集団は消滅した。その場だけ、うすら寒くなるほどの何もない空間が出来上がっていた。
『撃破確認。第二射、準備するか?』
『状況を見て……いえ、不要ですね。惑星食らいが接近を始めました。空間振動砲を脅威と認識したようです。これなら、最初のプランに戻れます。アキラ様、お願いします』
『もー! 最後の最後までー!』
殺到する虫たちをギリギリまで引き付けてから、アキラは船団を空間跳躍させた。惑星食らいたちはこれに同調することができなかった。船団の多くの者たちが、砲撃の威力に驚き戸惑っていたからだ。あまりにもそちらが多すぎて、結果的にジャミングとなった。
ほどなくして、置き土産が起動する。第三ウェーブもまた、特殊機雷のプラズマによって焼き尽くされるのだった。




