生物に酷似しているが故に
一丸となって、宇宙を進む戦力がある。プラズマ機雷から生き延びた惑星食らいを駆除すべく、船団より抽出された突撃部隊である。
機動力を重視して選ばれた一団は、最大の速度で突き進む。その中に、ヴァネッサのコルベット艦の姿があった。
「ここしかない。本当に最後のチャンス。手柄を上げないと、あたしは戦犯だ」
彼女は追い詰められていた。状況的にもそうであるし、自らのしでかしたことへの罪悪感もあった。助かる為とはいえ、惑星食らいを利用するのを提案したのは彼女だ。もちろん因果をたどれば多くの者の決断に繋がる。彼女だけのせいというわけでもない。それでも、ヴァネッサは己の責任から逃れようとは思わなかった。逃れられるとも思わなかった。
新米艦長はこう考えていた。仮に生き延びても、その後袋叩きにされると。
「絶対絶対、ここでスコア稼がないと。働いているところを見せれば……ワンチャンッ」
そして、それほどまでに追い込まれていても希望は捨てていなかった。なかなかどうして、ギリギリの所でタフな娘であった。そんな彼女を、船員たちは見捨てていなかった。
彼女の父親は、レッドフレア号の先代艦長である。病で船に乗れなくなった彼の代わりに、娘がその座に就いた。反対意見はもちろんあった。
しかし、彼女以外艦長になれる者はいなかった。なまじ長く続いた傭兵団であったため、各部署が専門化してしまった。現在慌てて後継者を育てているが、古株が艦長になることは難しい。
結果的に、艦を継いだヴァネッサが艦長になるしかなかった。本人は喜び、責任感、不安にあふれていた。そしていくつかの経験を積み、ひよっこを卒業した所でこの事件である。
責める者はいない。彼女以上に責任を感じてる。だが、安易に慰めもしない。そうして、せっかくの克己心に水を差すわけにはいかないのだ。故に黙って仕事をする。相手は頂点種。油断は当然できない。
「お嬢、友軍から通信。ラックハンド傭兵団のジョージ艦長です」
「お、おう。繋げ。……何の用だ、ジョージのおっさん」
『オッサンじゃねえ、俺はまだ若い! お前、前に出過ぎだ。ハイ・フェアリーの指示通りにしろ』
「あの指示、うちが下がりすぎなんだよ。戦闘船よりシールドはウチの方が厚いんだ。こっちが前に出た方が……」
『ハイ・フェアリーの機嫌損ねていい事なんてないぞ。俺たちのシステム、とっくに覗かれてるんだからな』
『チェック済みという点ではその通りですが、過剰にマイナスイメージを持たれるのは心外です』
唐突に通信に割り込んできた声に、艦長たちは身体を強張らせる。協力関係になるや否や、ネットワークに侵入しあらゆるデータを根こそぎにした怪物だ。そのおかげで助かった面が多々あるとはいえ、気を許せる相手ではなかった。
『私からも警告します。レッドフレア号は指定された艦列に戻ってください。他の艦より早いとはいえ、戦闘機等に比べれば機動性は劣ります。コルベット艦の火力を活かすためには、後列にあることが望ましいのですから』
「……了解、しました」
釘を刺されては引き下がるしかない。ヴァネッサは拳を握りしめながら、指示に従った。そんな彼女の思惑を、電子知性は考慮しない。そもそも感知もしていない。ヴァネッサおよび傭兵たちの背景と行動も、情報として取得はした。
しかし、それを糾弾する立場にカメリアはいない。個人的には情状酌量の余地があると考えてさえいた。アキラの性格からすれば、特に言及もしないだろうとも。
事がすべて片付いたら、まとめて何かしらの処罰はあるだろう。だがそれもこれも、この局面を無事乗り切ってからの話。個人的思惑で、作戦を失敗されては困るのだ。
『全体に改めて周知します。惑星食らいは他の知性体の思考を感知します。特に敵意には敏感で、それによって回避能力を向上させています。故に、火器管制はこちらが用意したプログラムによるオートで行う事。各パイロットは機体制御にのみ集中してください』
カメリアのこの指示に、少なくないパイロットは改めて疑問を覚えた。本当にそれでいいのか、と。理屈は理解できる。だが、自動制御で射撃が当たるならば苦労はない。戦闘用の船ならば、回避プログラムは当たり前に搭載されている。オート射撃とわかれば、そちらに任せれば命中はかなり避けられる。
普通の船ですらそれなのだから、頂点種たる惑星食らいがオート射撃のパターンを読めないなどということがあるだろうか?
アマテラスからの唯一の参加者、マイティタートル号を操縦するガラスもまたそのように考えていた。そしてその懸念は、すぐに現実のものとなった。
『だめだ! 当たるけど有効打にならねえ! シールドけずりきれねぇよ!』
『こっちもだ! 逃げるし、ほかの虫がフォローに入ってきやがる!』
『後ろに付かれた! 救援もとむ!』
共通チャンネルに悲鳴がひっきりなしに飛び込んでくる。常に一対二以上の状態を作っているのにこの体たらくだ。たとえ攻撃そのものが読めなくても、惑星食らいのスペック自体はそのままだ。
素の状態で、高性能の戦闘機と同等以上。頂点種としての異能が加わっているのだから、数的有利があっても楽な戦いになるはずもない。むしろそれでやっと、互角かやや不利といった体たらく。
(つまりこのままじゃ、こっちが消耗させられる。早く何か手を打たないとだめだ)
ガラスは嘴をこすり合わせ、苛立ちを露わにする。攻撃を手動にするか? 余計に当たらなくなるだけだから論外。僚機と申し合わせて追い込むように飛ぶのは今やっている。むしろこれは読まれている。小手先の技で隙をつく方法も同じ理由で意味がない。
抜本的な、およそ一般的ではない解決方法が必要だった。こういう時、突拍子もない事をして状況に変化を与えるのはカイトの役回りだ。残念ながらここにはいない。そして彼の真似事も無理だ。あれはレリックあってこその立ち回りだ。
(戦闘機乗りの技術は使えない。スペックはこちらが負けている。ならどうする? 自分たちでどうにかできないのなら……相手を観察する、か? 動きに癖があれば……というか)
思考が煮詰まっていたせいか。それともラヴェジャーの捕虜だった頃から続くサバイバル生活の疲れか。はたまた、戦闘に備えて食事を最低限にしていたためか。ガラスの思考は、普段とは違う発想を見せた。
鶏に似た鳥人はふと、宇宙を飛び回る虫を見てこう思ったのだ。
(……そういえば、ずいぶん食ってないな。虫)
ガラスの故郷の星において、昆虫食は一般的だった。故郷の味と表現してもいい。環境を整えれば増やしやすい虫は、開拓惑星ではそれなりにポピュラーな食材だ。完全に一般的とは言い切れないのは、その見た目の悪さによるもの。ヒューマノイドで好んで食べるものは、初めからそういった環境で育った人々のみ。
鳥人的にはまったく忌避するものではない。流石に虫人を見て食欲を刺激されることはないが、惑星食らいは別だった。モニターに映し出されるサイズが、どうにも故郷で見たそれらに似ていたのだ。
(やっぱり、食べるならまず幼虫だよな)
豊富なタンパク質と各種栄養素。ガラスの故郷では主食レベルの食材だった。思い出される、香辛料と一緒に焼き上げられた時の刺激的な香り。
ガラスの腹が、鳴った。
『Gyrrッ!?』
それが聞こえたかのように、ガラスが追っていた惑星食らいが反応した。射撃を軽やかに逃げ回っていた虫は、唐突に方向転換。マイティタートルに向けて最大速度で直進を始めたのだ。
「お、おおおお!?」
反射的に、オート射撃を解除して狙いを定める。二連レーザー砲塔四門の圧倒的火力が惑星食らいに集中。恐るべき頂点種が、わずかの間に障壁を失い宇宙のゴミとなった。
『は!? いまなにがあった!?』
『惑星食らいがいきなり真っすぐ飛んだぞ?』
『こっちの虫の動きもなんかおかしい気が……』
騒がしい通信を聞き流しながら、ガラスはモニターを見ていた。くるくると回りながら飛んでいくのは、惑星食らいの脚。まだ少し混乱が残っていたガラスの脳裏に、また故郷の記憶がよみがえる。
(虫の脚といえば、フライだよな)
成虫もまた、彼らにとっては食糧だった。植物油でからりと揚げて、塩を適量。甘辛いソースでもいい。それをほおばり、ビールを一杯。
ガラスの喉が、鳴った。
『Gyrrッ!!』
同時に、今度は複数の虫たちがガラスに向けて直進する。状況把握に努めていた後方のコルベット艦がこれに素早く反応する。
『まただ! ぶっぱなせ!』
『こっちもだ! やらせるなよ!』
艦砲というカテゴリーは伊達ではない。出力の暴力は、命中さえすれば頂点種相手でも正しく効果を発揮する。障壁は負荷をかけられ消滅し、強靭な外骨格も穴が開く。悲鳴を上げる間もなく、ガラスに向かっていた惑星食らいは撃破された。
その光景を見て、ついに彼はからくりを理解した。
「はっ」
普段伊達男を気取る彼も、これには荒々しく笑ってしまう。そうと分かれば行動だ。反撃を開始するのだ。
「おい。この中で昆虫食が一般だった場所に住んでたやつはいるか?」
『は? 唐突に何気持ち悪い話ふってんだオイ?』
『余裕ぶっこいてる暇ねぇだろうが! まだまだたくさんいるんだぞ!』
『転移反応確認。第三ウェーブです』
『ほら、いわんこっちゃない!』
『あ~……ウチの所がそうやった。もうだいぶ食べてへんな』
アヒルによく似た鳥人が、ガラスの話題に乗った。商人としても働くこの傭兵は、話題の機微に長けていた。先ほどの虫の動きと関係ある話だと乗ってみたのだ。
「あんたの所の料理はどんなのだ?」
『ふむん。……ウチの故郷ではおっきな虫がぎょーさん生息しておってな? 幼虫でも赤ん坊ぐらいあるんや。それのステーキが絶品で、お祝いの時は丸々一匹出る。……はあ、なんだか腹が減ってきよったで』
『ピヨ。いいなぁ……うちはそんな贅沢な事できませんでしたよ』
ラックハンド傭兵団のコルベット艦。そのレーダー席に座る少女が、さらに話に乗ってくる。彼女はどちらかといえばヒューマノイド寄りだ。耳や歯、尻尾などわずかな場所に鳥の要素が残っている。
『家の星で取れる虫は美味しくなくて。乾かして粉にして、穀物に混ぜて焼くんです。それでも、害が無くて食べられる分マシなご飯でした』
過酷な幼少期を思い出し、しみじみと語る。そして、彼女は飛び回る惑星食らいを見てこうつぶやいた。
『……こんなに大きな虫なら、みんなお腹いっぱい食べられるのに』
『『『Gyrrrrッ!!』』』
その一言に、戦場にいた全ての惑星食らいが怒りを放った。一斉に、コルベット艦に突撃を開始する。
『ピヨヨッ!? なんでぇ!?』
「はは! 確定だ! こいつら、食欲を向けられると怒る!」
ガラスは笑いながら直進する虫目がけてレーザーを降らせる。部隊の者達も、動揺しながら攻撃に加わった。今までと打って変わって避けようともしない惑星食らい。当然、面白いように攻撃が当たる。撃墜数が増えていく。
『おい! 食欲ってどういうことだ!?』
「まんまだよ。自分らをエサとしてみるようなやつなんて、生かしておけるはずがないだろう? 生物ならよ」
『一理あります。さらに付け加えるならば、食欲は生物の根源的な欲求の一つです。それゆえ、惑星食らいに伝わりやすかったのでしょう』
カメリアの補足も加わり、ほとんどの者が納得を示す。例外は今まさに標的にされているコルベット艦だ。ジョージ艦長が通信で悲鳴を上げる。
『そういう話はいいから! はやく虫を潰してくれ!』
『任せろ任せろ! やったー入れ食いだー! おまえら、全力でぶっぱなせー!』
『アイアイキャプテン!』
非常に良い射撃位置にいたレッドフレア号。ここぞとばかりに艦砲を全力射撃させる。敵が向こうからやってきてくれるから、撃てば当たる。撃てば落とせる。スコアがもりもり稼げる。ヴァネッサ、土壇場で幸運に恵まれた。
『撃破完了を確認。至急船団に帰還してください。第三ウェーブが動き出しました』
「いそげ! ケツまくって逃げるぞ!」
加速しながら戦列を整える。後方に配置されるのは砲塔に自由度がある船。マイティタートルは最後尾に配置された。シールド容量も一般的な船よりも上。妥当な配置であったし、この既知宇宙でも殿は誉だ。
砲塔をオート射撃に任せ、自らは回避行動に専念する。第三ウェーブの先発が、次々と戦列の後ろに集い始めていた。惑星食らいの外骨格が蠢き、生体レーザー発振器が内部から姿を現す。射撃が始まると、速度優先で真っすぐ飛ぶ戦列に着弾が増えていく。
「このままじゃ不味いぞ! 回避行動を……」
『戦列そのまま。各位、船団からの砲撃予測に注意してください』
カメリアから、警告音とともにデータが送られる。レーダーに表示されたのは広域を薙ぎ払うという表示。現在はそれが部隊のいる場所にある。通り過ぎたら放つという意味だろう。カウントダウンが始まっている。
『こ、こんなことができる戦艦がどこにあるっていうんだよ!?』
「ある! いや……いる!」
ガラスが吠えるのと、最後尾である彼が砲撃予測から抜けるのはほぼ同時だった。漆黒の宇宙を切り裂く輝きが、船団中央から放たれた。
『あっちいけびぃぃぃぃっむ!』
気合の入った念話が、真空の宇宙に伝わっていく。窮地を救われた部隊の一員が、やや悲鳴じみた感嘆を上げた。
『頂点種!? そうか、彼女がいたか……』
『お、おれたちを追い回していた時はやらなかったやつか。……おっかねぇ』
「お前ら、アキラ様の慈悲に感謝しろよ!」
気分よくガラスは通信に声を乗せるが、返ってきたのは辛らつな言葉だった。
『うるせーよドンガメ。お前の力じゃねーだろ』
『そうだドンガメ。ひっこめドンガメ』
「んだとテメェら!?」
『頂点種とレリックなら落とされても言い訳が利くんだ。お前にやられた奴がどんだけ肩身狭かったか知ってるかぁ?』
「知るかボケ!」
やいのやいのと言い合いながら、部隊は船団に戻っていく。
余談になるが、ガラスの発見は後に学術機関に提出される。それが巡り巡って既知宇宙最大の学府『学問大洋』より表彰をうけることになる。本人は大いに困惑した。




