害虫駆除するためのいくつかの方法
フィオレは、己の運命の数奇さに目を回していた。ラヴェジャーに捕まった。罪を犯した。頂点種に救出された。この時点でもう、人生三回分くらいのイベントだと思っていた。しかし、それに加えて今回の事態。
「まさか、よもや。この機能を使うことになろうとは……」
格納庫から飛び出したドラゴンシェルが、船首の破損部分に急行する。その間に、彼女は封印されたシステムを起動させる。
それは、普段使わぬが故に眠らせていた機能。空間戦闘船として使用される分には、デッドウェイトであった部分。ドラゴンシェルは、竜の抜け殻である。頂点種であるドラゴンは生物に酷似している。一対の前足と後ろ足、そして口。前者はまだランディングギアとして使い道があるが、後者にはほとんどない。
しかし、今は違う。駆動システムを起動し、それらの専用操縦桿を引っ張り出す。ヘルメットに仕込まれたセンサーを連動させ、竜の口も稼働させる。
ドラゴンシェルは、地上に降りれば陸戦兵器としても使えるのだ。この機能を実戦で使用した王族は、イグニシオンの歴史でもわずかにしかいない。すでに放逐された身であるとはいえ、自分にその機会が巡ってくるとは思わなかった。
「私の運命、どうなっているのやら……と、見つけた!」
艦内に潜り込み、近くの壁に食いついているそれに迷わず体当たりを敢行する。荷電粒子砲は艦に被害が及ぶので使えない。格闘戦こそ最良だった。
振動が、ドラゴンシェルを襲う。フレイムブラッドが、機体への負荷を最小限に抑えてくれる。しかし、鋼鉄の突撃を食らった惑星食らいは無事では済まない。
『Gyrrrrッ!?』
虫の悲鳴が、念話で襲ってくる。アキラのそれに慣れていなければ、混乱してしまった事だろう。躊躇わず、右前足の爪を振り下ろす。障壁は体当たりで消滅した。こちらのシールドも限界を迎えたが、十分役目を果たした。
甲虫の外骨格じみた皮に傷が入る。しかし、破るには至らない。
「パワー不足! リミッターのせい!」
これ以上の損耗を押さえるための処置が、現状の足を引っ張っていた。この状況で、機体の心配をしている暇はない。最悪、フレームと血さえ無事なら何とかなるのだ。
フィオレは、覚悟を決めた。
「リミッター……くぅ!?」
枷を解き放とうとコマンドを入力しようとした最中、虫の飛び掛かりをなんとか防いだ。心を、読まれた。いや若干違うとフィオレは思考を修正する。流れを変えるアクションを起こそうとした気持ちを読まれたのだ。
虫とヒトでは思考形態が違う。いくら頂点種でも、その違いを即座に修正出来たりはしない。ヒトとコミュニケーションを取るのが得意な種族ならともかく、本能に忠実な惑星食らいでは一朝一夕にはこなせない。
劣っているのではない。得意なジャンルが違うだけだ。事実、理解できない知性に対し、勘で対処している。侮れる相手ではないとフィオレは気持ちを引き締める。
『Gyrrrrッ!』
強烈で気色の悪い殺意を叩きつけられる。精神波攻撃を受けるのは初めてだ。だが、戦場にいれば殺意を向けられるのは当たり前。ラヴェジャーの捕虜であった時代、おぞましい感情を向けられたことなど数え切れぬほどある。
鉄の棒のような前足が、ドラゴンシェルの装甲を何度も打つ。コックピットが揺れる。コンディションモニターが警戒音を響かせる。防ごうとするたびに読まれ、ガードを抜かれる。何枚もの装甲が機体からはがれ、廊下に転がっていく。
フィオレは考える。相手はこちらの心を読んでくる。それに対処するにはどうしたらいいか。ふと彼女は、新しい友人を思い出した。普段はやさしくまじめな好青年だが、その腹に真っ黒な炎を抱えた彼を。
復讐心。それなら自分の中にもある。フィオレは自制していた黒い激情を解放した。
「うあぁぁぁぁ!」
かつての姫君は、大きく口を開いて突撃する。惑星食らいはそれに反応して逃げようとする。しかし、場所が悪かった。ここは船首区画の一部。装甲版を抜いたすぐ先。特別広い場所ではない。
戦闘機と同等の大きさである虫が飛び跳ねるには不十分だった。逃げるスペースがなかった。幾度か、壁にぶち当たる。そこに穴が開くものの、惑星食らいの通り抜けられる空間は無かった。
ドラゴンシェルが飛びつく。装甲に右爪を立てる。今度は勢いが乗っていた。貫通する。体液が廊下に飛び散る。ドラゴンシェルが頭突きをするように頭部をぶつける。フィオレが口を閉じた。その操作に連動して、竜の顎が閉じられる。惑星食らいの複眼が、片方大きくえぐり取られた。
『Gyrrrrッ!?』
虫が念話で凄まじい悲鳴をぶちまける。それに耐えながら、フィリアは機体にかけられていたリミッターをカットした。枷を外され、整備の出来ない最先端機構がひび割れた叫びをあげる。
「この程度で、頂点種などと、威張るんじゃあないっ!」
装甲に突き刺さっていた爪に全力を込める。さらに深く突き刺さる。左の爪も突き刺す。そして、出力を全開にして左右に引いた。奇怪な音を立てて、惑星食らいの身体が裂けていく。
『Gyrrrr……』
悲鳴が弱い。致命的な何かが、ちぎれたようだ。しかし、フィオレは油断しなかった。最後のとどめとして、機体の全重量をかけて踏み潰した。虫の頭と腹が泣き別れとなる。そこまでやって、大きく息を吐いた。
「こちらフィオレ。船首の惑星食らいは撃破しまし……」
がくん、とドラゴンシェルがバランスを崩す。コンディションモニターにいくつものレッドランプが灯った。残りも大抵がイエローだ。
「……撃破しましたが、ドラゴンシェルも限界です。時間がありましたら回収願います」
そう報告し、再度大きくため息をついた。
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船倉区画は、まさしく戦争のような有様だった。
「止まるな、走れー!」
「奴が飛び上がるぞ、注意しろ!」
「こっちに弾をくれ!」
あちこちから叫び声が上がる。陸戦隊が周囲を走り回り、その上を惑星食らいが飛び跳ねる。船首と違い、こちらにはそれなりの空間があった。おかげで虫は自由に飛び回り、陸戦隊は回避のために一時も休めぬマラソンをする羽目になっている。
「目標捕捉。ロックよし……発射!」
いざという時のために用意した、個人用対空兵器。ミサイルが音を立てて倉庫区画を飛ぶ。目標の虫の手前で爆発を起こす。障壁に命中したのだ。つづいて、多数の銃撃が行われる。これもまた、対象に届くことなく手前で阻まれる。
「目標、障壁健在!」
「レールガンはまだか!」
陸戦隊隊長、ジョウが叫ぶとそれに負けぬ大声で返答が返ってくる。パワードスーツを着た陸戦隊員が三人、そろって細身の大砲を構えていた。
「できました、撃てます!」
「ぶっぱなせ!」
急きょ数を用意した対障壁装備、レールガンが電磁誘導で金属の杭を飛ばす。細く、ただ一点に運動エネルギーを叩きつける武装が障壁に負荷を与える。
『Gyrrrrッ!』
それが、虫の機嫌を損ねたらしい。倉庫内を飛び回っていたそれが、レールガンに向けて急降下する。
「回避ぃぃぃ!」
蜘蛛の子を散らすように、その場にいた陸戦隊が落下予測地点を離れる。遅れる者はいない。自前の運動能力で、あるいはパワードスーツの力で素早く移動する。そして虫が着弾する。倉庫の床が悲鳴を上げ、艦に振動が伝わっていく。
「レールガン、破損1!」
「残りはいくつだ!」
凶報に、ジョウは苦虫をかみ潰したように顔をゆがめる。
「後二つです!」
「絶対壊すな!」
いまだ、相手の障壁を破壊できないでいる。ダメージを与えられていない。これでは撃破どころか自分たちの命も危うい。何としてもそれを成さねばならなかった。
「よっしゃあ! やっと降りてきやがったじゃねえか!」
そこに、やけくそ気味の気合をいれてバリーが飛び込んでいく。もちろん、カメリア特製パワードスーツに身を包んで。
「バリー! 無茶をするな!」
「さっさとレールガンの準備しろよ! 長く保たねえぞ!」
障壁を破るためには、火力を集中しなければならない。しかし惑星食らいは飛び回る為、それができていない。一定時間、足止めする必要があった。それができるのは自分だと、バリーは自覚していた。
システムリンクを使う。極度の集中状態。世界がゆっくりと見える。恐ろしい勢いで振り回される前足。その一本に、持っていた吸着爆弾を投げつける。ぴたりと張り付くのを確認し、バリーは虫の背後へと走り抜けていく。腹の下を通って。
続いてもう一つ、比較的柔らかそうな腹部に放り投げる。くっついたか確認する暇はなかった。足が、バリーを踏み潰さんと振り下ろされる。まるで、建築用の杭が落ちてくるかのようだった。一発ごとに床が揺れる。
振動で転びそうになるが、スーツのバランサーが良い仕事をしてくれた。何とか持ち直し、危険な場所を通り抜ける。抜けた、とバリーが喜んだ次の瞬間。唐突な衝撃波が、彼を大きく吹き飛ばした。
「ぐぶらぼぁっ!?」
スーツの対ショック機構を通り抜けて、衝撃が肺を撃つ。強制的に空気を吐き出さされ、酷く咽た。そしてゴミクズのように床を転がる羽目となった。
彼とスーツのコンディションが、一気にイエローとなる。身体の感覚がない。おそらくは衝撃で痺れているのだろうと、兵士としての経験が告げていた。そして、これは不味いという自覚もあった。
(逃げないと……踏まれる。こういう時に、使えって言われた奴が、あったよな?)
緊急用の治療薬は三つ用意されていた。普段使いできる『プラム』。後遺症はないが、効果は薄い。いざという時の『バンブー』。使用後半日間の体調不良を覚悟しなければならない。そして、絶対的ピンチにしか使用してはいけない『パイン』。どんな状態でも動けるようになるが、後遺症が絶対出ると脅された。
光輝同盟の医療技術なら治療できるとお墨付きもあったが、聞いた時は絶対使うものかと思ったものだ。
(畜生、信じるからな主計長!)
ためらいはあるが、時間はない。バリーはスーツに命じてパインを自らに投与した。すると、まるで氷を血管に流したような感覚が沸き上がる。痺れていた肉体が息を吹き返す。意識は冴えわたり、システムリンクがいつもよりはっきりとした繋がりを得た。
(くっそう、やっぱこれ絶対ヤベーやつじゃんかよ!)
加速する意識の中、くるであろう反動に怯える。それはそれとしてパワーに任せて跳ね起きる。すると次の瞬間、先ほどまで寝ていた場所に柱のごとき足が叩きつけられた。
間一髪でそれを避けると、バリーは爆弾に起動信号を送った。
『Gyrrrrrrrッ!?』
足と腹、両方で起きた爆発に惑星食らいが怒りの咆哮を上げる。同時に、バリーは先ほどの衝撃が念動力によるものであると理解した。放たれた怒りと、自らの身をぶっ飛ばした攻撃。その質が同じであると精神で感じ取った。
(バケモノめ! デカい身体と障壁だけでも厄介なのに、超能力まで武器にしやがる! クソ、動けるうちに障壁だけでも破らねえとみんなやべえ!)
じわじわと、薬の力が失われているのを感じている。元々、戦闘用ではないのだ。絶体絶命の時、生きて逃げ延びるための薬。それゆえの即効性だった。本来ならばバリーだってそうしたい。だが、虫の処理に道筋を立てねば大惨事だ。
(なにか、なにかないか……!)
そして彼は見つけた。いつもの、機動性のみを追求したパワードスーツを身に着けたスイランの姿。その手にある、対シールドアックスを。
もしかしたらと準備はされたが、せわしなく飛び回る惑星食らいに当てる方法がないと放置された武装。それを彼女は持っていた。
(そいつをよこせ、俺が使うっ!)
加速状態で、通信すらままならない。しかし、超常の力に手をかけたライズの女戦士はその意思をしっかりと受け取った。バリーに向けて、手斧を緩やかに投げてよこしたのだ。
(よっしゃぁぁぁぁ!)
つかみ取る。システムに、すべてのパワーをマックスで命令。投擲モーションを実行。モーターと人工筋肉が、性能全開で手斧に運動エネルギーを送り込む。
(これでも、くらえっ!)
砲弾のごとき速度で、惑星食らいに対シールドアックスが飛ぶ。爆発が起きてまだ間もない。バリーが迷わずパインを使った結果、その速度が虫を上回ったのだ。シールドを組み込まれた使い捨ての斧が、障壁に命中した。その負荷により、巨体を守る壁は一時的に失われた。
(やった……)
と、同時にバリーの意識は抗う事も出来ず闇に落ちた。薬で無理やり動かしていた身体を酷使した結果だった。
「全力射撃! ぶっ殺せー!」
ジョウは、そのチャンスを逃さなかった。号令一発、自らも個人用レーザー砲を抱えて攻撃を加える。バッテリーの持ちは悪いが、威力は重装甲目標にも効果あり。そんな代物を、景気よく連射する。
号令を受けて、区画内を逃げ回っていた隊員たちも銃口を向ける。レーザーやロケットが惑星食らいの装甲に命中、傷をつける。
『Gyrrrrrッ!』
それが怒りの炎に油をそそぐ。飛び跳ねる。足を振り回す。念動力で薙ぎ払う。巨体と装甲、そして頂点種としての能力。それらを駆使して暴れ回る惑星食らい。そのようにされれば攻撃に集中できるはずもなく、陸戦隊は追い散らされる。
「では、私の出番だな」
なので、彼女が動いた。いつもの金属槍を肩に担ぎ、スイランが前に出る。その動きは、激しい戦場とは不釣り合いに緩やかで優雅だった。破損した装備や床材が転がる通路を、危なげなく進んでいく。すぐ近くで爆発が起きても、揺るぎもしない。
しかし最大の特徴は、惑星食らいの反応だ。いままで虫は、近づく者を見逃したりはしなかった。複眼と超感覚。二つの力で小さな敵を捉えていた。だが今は、近づくスイランに何の反応も示さない。
スイランの力が頂点種を上回った、というわけではない。惑星食らいはスイランはしっかり認識している。しかし、脅威であるとは認識していない。転がっている鉄くずやゴミとおなじものであると誤認していた。
軽やかな動きと裏腹に、スイランは全身から冷や汗を流していた。全身全霊の隠形術。集中を切らせば、たちどころにバレてしまう。加えて、消耗も激しい。チャンスは二度とない。
そしてその場にたどり着く。惑星食らいの腹の下、バリーの爆弾が破裂した場所。まだ障壁があったためその傷はわずか。しかし、それで十分だった。
(アキラ様、我が働きをご照覧あれ!)
全身のバネと、ライズとしての力。それらをかき集め、一点に集中。しゃがみ込んでから、飛び上がるようにして放たれた天を突く一撃。金属槍が、惑星食らいの腹に突き刺さった。
『Gyrrrrrrrッ!?』
悲鳴が区画を揺らす。思わぬ痛手に動きを止める惑星食らい。陸戦隊はその隙に態勢を整える。そして、タイミングよくその知らせが届いた。
『お待たせしました! 準備完了です!』
「待ってたぞベンジャミン! よし、ワイヤーランチャー隊、かまえ!」
ジョウの号令で、今まで後方でその時を待ちわびていた陸戦隊が無反動砲を構える。
「うてぇぇぇい!」
軽快な音とともに、ボールのような弾が惑星食らいへ放たれる。いち早く察知した虫は避けようとするも、腹に刺さった鉄棒が苦痛と違和感を与える。故にタイミングをしくじり、逃げ遅れる。
ボールは虫の手前で破裂し、幾多のワイヤーを展開した。既知宇宙では、巨大な生物が数多く発見されている。無害なものもいれば、狂暴な者もいる。それらに対応するために、このような装備が存在する。
ワイヤーは、鋼材の運搬にも使用される強靭なもの。惑星食らいを一時的に行動不能にする能力は十分にあった。
『Gyrrrrrrrッ!』
怒りを放ちながら、虫は手近なワイヤーに食らいつく。一分もあれば、拘束からは抜け出すだろう。しかし、それは十分すぎる猶予だった。
「やれ、ベンジャミン!」
『了解! 迎撃レーザー砲塔、発射!』
区画の奥で、壁が吹き飛ぶ。整備のために取り外されていたアマテラスのレーザー砲塔。整備班はこれをこの場で使えるように今の今まで作業していたのだ。
やはり、携帯兵器での撃破は困難だと初期に結論付けたジョウが、彼らに協力を要請した。ここまでワイヤーランチャーを使わなかったのも、レーザー砲塔を確実に当てるため。警戒されないように伏せていた。
『Gyrrrrrrrッ!?』
さしもの頂点種といえど、障壁なしでこれは耐えられなかった。外骨格も複眼も、穴が開いて煙を吹く。力なく崩れ落ちた巨大な虫は、もはや動くことはなかった。
「よぅし、よくやった! 我々の勝利だ!」
「「「おおおおおおお! ざまぁみろぉぉぉ!!!」」」
ボロボロになった陸戦隊が吠える。整備班は区画のあり様を見て青い顔をしている。一体どこから手を付けたらいいのかと頭を抱えるレベルの壊れ具合だったからだ。
「チームひとつ、虫の死骸の警戒に当たれ! 残りは負傷者を運び出せ!」
ジョウが素早く指示を飛ばす。喜びに飛び跳ねていた陸戦隊は、すぐに行動を開始した。
「メディーック! 担架を! バリーがやべえ! ……げぇ、こいつパインを使ってやがる!?」
「こっちも担架だ! スイランの姉さんが伸びてる!」
あちこちで、負傷者が運び出されていく。死者はいないが重傷者は多数。装備も多くが破損した。軍事的に全滅というべき損耗だった。
しかしそれでも、この数と装備で惑星食らいを倒しきったのは奇跡と呼ぶべき戦果だった。




