彼方から奴らの脳へ
作戦が発令された。惑星食らいの縄張りに接近するという、危険極まりない計画。もし戦闘となれば砲撃戦闘能力を失っているアマテラスは現状、なすすべがない。
そのまま飛び込むのはあまりにも無謀。起こりうる状況を想定し、いくつものプランを用意する。そのための物品の生産に、整備班は忙しく働いていた。陸戦隊などの手の空いている面々も、一時はそれの手伝いに駆り出された。
が、やがて専門的な知識を要求される作業が増えると彼らの手を借りることもなくなる。縄張りまでは時間がある。疲労していては戦えない。各々、本番に向けて英気を養う流れになった。
「仮に惑星食らいと戦闘になったらどうすりゃいいの?」
『一匹一匹は高性能な戦闘機に匹敵します。それと戦うおつもりでいてください。数は数億でしょうが』
休憩室にて、カイトは疑問を電子知性に尋ねた。シンプルな返答に天を仰ぐことになったが。
「おっそろしい話だなぁ。歩兵じゃどうしようもねえぜ」
カイトの対面でコマをつまんでいたバリーも呻く。彼らは、どこの星で作られたかも定かではないボードゲームに興じていた。
『そうでもありません。単体ならば、歩兵でもやりようはあります。もちろん、射撃が当たる距離にいることが前提ですが』
「宇宙をブンブン飛び回られたら、どーしよーもねぇっすよ」
うんざりしながら、バリーはコマを置いた。気色の悪い肉スライムが、カイトのコマを飲み込んでいく。次の瞬間、それが音を立てて爆発した。もちろん、ホログラフなので周囲に影響はない。
「げぇー!? これダミーかよ!」
「こんな事もあろうかと、爆弾抱えさせておいて正解だった……。あ、そうだカメリア。歩兵が持てる対空兵器って、生産されてるかな?」
『はい。少数ですがテストで生産させました。必要ですか?』
「もしかしたら、ドラゴンシェルの背中でぶっ放す必要があるかもしれない。持って行こうかなって」
あの新兵器は今回出番がなさそうだし、と胸中で独り言ちる。せっかくベンジャミンが張り切って作ってくれたが、高速で宇宙を飛び回る相手には届かない。本人たちは冗談で作ったと言っていたが、シールド相手には十分だ。
「おいおい、そういうのはこっちにも寄こせよ。うっかり甲板に取り付かれたら、俺らも使う必要あるかもしれねえしな」
「そうならないのが一番だけど」
二人はそう言いながら立ち上がる。カイトはゲームデータのセーブを忘れなかった。彼が盤を操作するのをみて、バリーは子供じみて舌打ちする。彼は今回のゲームで、少々負け気味なのだ。
カメリアは、さっそく整備班に追加生産の指示を飛ばす。ベンジャミンは悲鳴を上げるが、彼にとって不幸な事にまだ頑張れる範囲だった。
アマテラス陸戦隊が、大火力兵器を吟味し始めていた頃。船団では大きな混乱が起きていた。
「止めろ! やつらを止めろー!」
「暴走している! あいつらは何もわかっちゃいない!」
傭兵、軍人、私兵。あらゆる船が、離脱したそれ等を追う。先行しているのは、ラヴェジャーの船団だった。
「はっはっは。賢いトゥルーマンは状況判断ができる! 劣等種族によって忌々しき大船は消耗している! さらに、虫の巣に近づいて速度を落としている! トゥルーマンには巡ってくるのだ! チャンスが、幸運が!」
ラヴェジャー船団をまとめる大型輸送船。そのブリッジの船長席で勝ち誇り大笑いを上げる。彼は自分を、機を見計らうことができる優秀な個体であると自認していた。
実際、彼は確かに待ち続けた。輸送船という、戦闘力のない船を押し付けられても。下等種族に侮られ、船団の主導権を奪われても。短絡的に行動せず、自分が有利な状況になるまで待ち続けた。
これには彼が優柔不断で臆病者であったから、という要素も大いに含まれていたが本人はもちろん自覚しない。実際に成功している部分も確かにあるので、余計にそれが加速する。
「報告。下等種族の船が追い上げてくる」
「ッチ。目障りな。事ここに至っては、連中はもう用済みだ。足を引っ張るならば切り捨てなくては。さて、さて……」
彼は悩む。速度を上げる方法を考える。船にこれ以上負担をかけたくない。出力を上げるのにも限界はある。楽に速度を出すにはどうしたらいい?
この時、船団長は本当に珍しく自分の力で答えを得そうになっていた。ほんの小さな、成長の兆し。しかしその寸前、彼の思考が停止する。
『不要物、奴隷を廃棄して重量を加速せよ。船団を二つに分けよ。早いものは引き続き追い、遅いものは離脱せよ』
ラヴェジャーの脳髄に、命令が入力された。それに、船団長は気づかない。成長の機会を潰された事も。
「そうだ! ゴミを捨てよう! それから、早い船と遅い船を分けよう! さっそく作業に入れ!」
早速、自分が気付いた事のように彼は振舞う。部下もそれに気づかない。言われた通りの事を黙々とこなす。船内のラヴェジャーが忙しく作業をこなす。命令された奴隷もまた、そのように。
その中の一体、不用品を運んでいたラヴェジャーが足を止める。手に持っていたゴミもその場で落とした。
「……まったく、酷い状態だ。頂点種を捕獲できていた、希少なセルだったんだが……もうだめだな」
そうつぶやくと、手近な端末を操作する。船団長すら知らない、隠しパスワードを使ってシステムの最上位権限を使う。船団が蓄えた様々な情報を、大容量記憶媒体にコピーする。
その間に、ラヴェジャーは移動する。ただのデッドスペースとされていた場所のパネルを開け、あるはずのないキーボードにパスワードを入力。その中にあったケースを引き出す。
ダウンロードの終わった記憶媒体をケースの中に入れると、彼はまた移動した。目指したのは、ゴミを詰め込むコンテナのある区画だった。
「ほれ、中に入れ! もたもたするな!」
働けなくなった奴隷たちが、コンテナに詰め込まれている。乱暴に投げ込まれ、怪我をしている者もいる。当然ラヴェジャーはそれを考慮しない。ケースを持ってきたラヴェジャーも同じく。
その場を通り過ぎ、ゴミを詰め込んだコンテナにケースを紛れ込ませた。そしてさして意味もなく首を巡らせ、窓の外に見えたそれに気づく。係留された、偵察機を。
「ふむ……せっかく廃棄するんだ。最後にもう一度、役に立ってもらうか……む」
違和感を感じ、鼻の下をこする。どろりとしたものが指に付いた。
「こいつはもう限界か。ハズレを引いたな。仕方ない、時が来たらもう一度接続するか。介入時にバレそうなものだが……消えてもらうのだから問題ないか。作業終了。接続を解除する」
そうつぶやき、ラヴェジャーはその場に座り込んだ。しばらくして、不審に思った同族が声をかける。心配したわけではない。他者を思いやる感情は彼らにない。
「おい、こんな所で休むな! サボリなど、トゥルーマンにあるまじき……ぬあ!?」
驚愕は当然だった。座り込んだラヴェジャーは、目から、鼻から、耳から、口から。どろりとした液を垂れ流していた。そのまま、床に倒れこむ。心臓は停止していた。調べれば、脳が煮えたぎっている事がわかるだろう。
不審な事件だったが、緊急時であったために後に回された。たとえ時間があっても、調査はされない。ラヴェジャーに反省はない。過去を振り返る事もない。
ゴミが投棄され、船団が二手に分かれた。当然追う側も、それに対応しなければならない。先行して追いかけていた傭兵たちの中に、コルベット艦レッドフレア号の姿があった。
「まっずいまっずいまっずいぞぉ。このまんまじゃ、計画がおじゃんじゃないか。何で止まってくれないんだよ」
ヴァネッサが、艦長席で小さく不安をつぶやき続けている。巨艦と協力者を殴り合わせ、戦力を損耗させる。彼女の目論見はほぼ成功していた。後は最後の詰め。いまだ、傭兵たちは巨艦の敵側にいる。これを裏切って頂点種の方に付かねばならない。
そのタイミングは、劇的な方がいい。悪い印象を吹き飛ばすような時がベスト。つまり、頂点種が追い込まれた状態が最高。そう思って状況を見極めていた。
しかし、彼女の思惑通りにはいかなかった。巨艦の足が止まらない。惑星食らいにどんどん近づいて行っている。危険なのはあちらも同じのはず。何かしらの手立てがあるのか。そんな推察はできるが、現状を変えるキーにはならない。
だというのに、事もあろうにラヴェジャーが抜け駆けを開始した。すっかり忘れていた。この宇宙の害悪が、まともな思考をしているはずがない。今まで大人しかったのが不思議なくらいだった。
「だけど、だけどまだチャンスは残ってる。ここでラヴェジャーを背中から撃てれば……」
「お嬢! 先行していた船から緊急通信ですぜ!」
『救援要請! クソッタレラヴェジャーが、ヒトをコンテナに押し込んで捨てやがった! 気密も怪しい! このままじゃ全員死んじまう!』
「コンテナを確保する! 後方にも伝えろ! ……くっそ、一つじゃないのかよ! 何てことしやがるあのろくでなしども!」
ヴァネッサは、まっとうな船乗りであろうと心がけている。宇宙でヒトが放り出されたら助ける。それは、真空と隣り合わせで生きる民にとって当たり前の行動だった。だからこそラヴェジャーのやった事が許せない。
必ず撃ち殺す。決意を新たにしながら、救助のために船を飛ばした。
通信を受け取った私兵団長アンテロ・ニスラは、己の内に沸き上がった感情に苦悩していた。彼は、自分が悪党であること自覚している。下層民の兵士を、目的のために沢山使い捨ててきた。
罪に問われるだろうし、許されもしない。ラヴェジャーと大して変わらぬクズであると。だが、それでもこの状況を放置するのは躊躇われた。本当に連中と同じになる事だけは、最後に残ったプライドが認められないと叫んでいる。
(巨艦を追うべきだ。傭兵に作業を中断させなければ。だが、だがしかし……)
『損傷艦を、救護に当てる。どうせ戦闘には役に立たん。傭兵と合流次第、作業を引き継げ』
エゴール・アニシナ中佐の指示が通信で聞こえた時、それは天啓のように彼の心に響いた。
「聞いたな!? こちらも同じようにしろ! 急げ!」
「は? ……は!」
通信士は、一瞬言われたことがわからなかった。自分の上司に限って、そんなまともな命令をするとは思っていなかったのだ。だが、命令は確かに彼の耳に届いた。脳に染み渡れば、行動を開始する。彼としても、ラヴェジャーの無法は許しがたいものだった。
アンテロの前には、いまだ通信がつながったままのウィンドがある。最初に出会った通り、しがめっ顔で面白味も余裕もない軍人。変わらず眉根に皺を寄せたままこちらを睨みつけてくる。
今までは腹立たしかった。今は違った。
『……文句は聞かない。傭兵を動かすには必要な処置だった』
「いや……文句はない。その……見事な手際だった」
エゴールの片方の眉がややつり上がった。すぐに元の位置に戻ったが。
『ともあれ、状況はひっ迫している。このままラヴェジャーが巨艦に追いついたら状況は最悪になりかねない』
「奴らが暴れて、惑星食らいが巣から飛び出てくる……か。絶対に、そうなると思うか?」
『やつらはラヴェジャーだ。良い事になるはずもない』
「……違いない」
笑えない状態なのに、笑えてしまう。いよいよ末期かと、そんな自覚をする。
『であればこそ、巨艦に追いつくべきだ』
闇商人アダーモが、会話に参加する。彼の持つ船もまた、救助に参加していた。
「ラヴェジャーを止めるのか?」
『いや。おそらく間に合わない。奴らはやらかす。惑星食らいが飛び出てくる。そうなれば、生き残る確率が一番高い場所は一つしかない』
「こ、この期に及んで頂点種にすがろうというのか!?」
面の皮が厚い。恥を知らない。自分とは別種の悪党ぶりに開いた口が塞がらない。そんなアンテロの感想など蛇商人は考慮しない。彼にとって重要なのは己の命と財産なのだ。
『ほかにどんな手がある? あの小娘がいっていたが、頂点種の相手は頂点に、だ。ともあれ、私は行く。こんな状況では、もはやレリックも何もないのでな』
「ぬ、う……」
何故こんなことにという言葉が口から出かかり、飲み込んだ。ラヴェジャーと関わったから。毒が入っていると分かっていて、器を飲み干した。半分は命令だったが、半分は自分の意思だ。
「……ともあれ、生き延びるのが最優先か。前進しろ。救助部隊は、終わり次第こちらに追いつけと伝達だ」
「は。すぐに」
動力源の出力が上がり、わずかながら振動が艦内を揺らす。行くも地獄、戻るも地獄。アンテロは、こみ上げる笑いを押さえるのに苦労した。自分には似合いの末路だと。いや、頂点種が関わる分、派手さがある。上等な部類かもしれないと。




