エッジを攻めろ
敵の攻撃が苛烈になった。必ず、艦船と共に現れて砲撃を放ってくる。偵察部隊であれば交戦して相手の消耗を増やせるが、そのような攻撃を連射されてはアマテラスも損傷を負いかねない。
なので、多少相手にした後に跳躍して逃げる。……というのを何度も繰り返した。ミリアム副長は二度目で訝しみ、三度目ではっきりと疑いを持った。
この苛烈さには、今までとは違う意味を持っていると。なので、アキラの能力で相手側の船長がいかなる思考で動いているか読んでもらった。
結果はあまり芳しいものではなかった。あるのは、上からの指示に対する疑問のみ。現状に諦観を覚えながらも、組織にいる者として命令には逆らえない。物資が不足していく中、このような攻撃をして何の意味があるのか。
一つはっきりと分かった事は、ある一定の方向への追い込みを命令されてるという事実。アキラはそれを知り、いつも通り特に警戒もせずそちらに向けて遠視を使った。
「……う? あ? ああ、うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そして驚愕交じりの悲鳴を上げた。声ではなく、念話でぶっ放したため艦全体に伝わってしまった。乗員たちに不安と混乱を与えたのは当然だった。アキラこそ、この船の精神的な柱なのだ。それが揺らげばそうもなる。
アキラを心配し、正常化を求める皆の思いは一つの行動を生んだ。
「いってこい、カイト」
「ですよねー。いってきまーす」
皆の視線をあつめながら、バリーに強く背を押されてカイトはコアルームへと向かった。
『ただいま、カイトさんがコアルームへ向かっています。乗員は持ち場での作業に戻ってください。繰り返します……』
混乱を納める為、カメリアが各自の端末へ音声案内を流している。それを聞きながらカイトも話しかける。
「カメリア。アキラからの反応は相変わらず?」
『はい。幻影体は艦内のどこにも表れていません。本体に話しかけても反応なしです』
「何があったのやら……」
通路の優先使用を指示したため、戦闘バイクはいつも以上の速度でコアルームに到着した。当然ではあるが、特に阻むものはなかった。アキラが放つエネルギーを受け取る部屋は、いつも通り機械の駆動音が静かに響いているだけだった。
「おーい、アーキラー? どーしたー?」
声をかける。しかし、輝く多面体からの反応はない。ふわふわと浅く浮き沈みを繰り返すだけ。手を振る、クラクションを鳴らす、部屋をバイクでぐるぐる走る。そういった行為をしても、アキラは何も答えなかった。
「……こりゃ、重症だな。ようし」
彼女に対する恐怖を、カイトはもっていない。どんな姿でも友人は友人である。故に、ショックを与えると決めたらどんなことでもやる。
まず彼は、パワードスーツを脱いだ。普段着になると、ツクヨミに変形を命じた。最初ははしごを作ろうかと思ったが、アキラは動いているため安定しない。なので、昇降機を作った。
アマテラスには天井の高い場所があちこちにある。このコアルームもその一つ。そんな場所の上部や天井で作業するための装置。カイトは、学校の体育館で似たような機械が使われていたことをぼんやりと思い出した。
昇降機が完成したので、アキラのすぐ近くに設置する。そして昇降機の箱に乗り込むと上昇ボタンを押した。するすると箱は上昇していく。目指す場所は沈黙する頂点種の上。
到着したので、カイトは機械細胞をさらに操作し安全帯と命綱を作った。安全帯は自分に、紐は昇降機の箱に繋ぐ。紐の長さはとりあえず二メートル。準備よし。
「あい、きゃん、ふらーい!」
地球人カイト、頂点種に対して無法のボディプレスを敢行。サイズ差からみると、バスケットボールにアマガエルが張り付くようなものだったが。
びたん、と間抜けな音をたてて直撃。光輝宝珠の手触りは、見た目通りにただ硬かった。なので普通に痛かった。
「……へあ!? ちょ、カイト! なにしてるの!?」
そこまでされて、やっとアキラは状況に気づいた。いかに彼女が己の内部に閉じこもっていたかの証左だった。
目の前に現れた少女に、カイトはカエルのような姿勢のままで返答する。変に動こうとすると、そのまま滑り落ちそうだったから。
「おお、やーっと気づいたよ。大丈夫か?」
「大丈夫とかそういうのではなく! なんで、わたしの、上に載ってるの!」
「ここまでされないと気づかないくらいアキラがだんまりをキメてたから。話しかけたりクラクション鳴らしたりで気づけば、こうまでしなかったんだがなあ」
「そういうのいいから! 降りて! 降りて!」
ふるふる、と震える巨大な多面体。普通に危ないので、カイトは箱に向かってジャンプした。なんとか淵に手が届いた。
「私を踏み台にしたー! 踏まれたー!」
「飛ぶためには、足場が、必要……あ、登らんでもいいや」
腕力で自分の身体を引き上げようと躍起になっていたカイトは、もっと楽な方法がある事に気づいた。ツクヨミを変形させ、そのまま下りればいいのだと。ゆっくり形を変えながら、元の姿に戻っていく機械細胞。それにくっついてカイトも床に降りた。
「ふう。やれやれ……ぬ?」
無事に降りたカイトの顔を、なにか柔らかいものが左右から包み込んだ。肩に、それなりの重みを感じる。真っ白な両足が、視界を大分占有していた。肩車である。それを仕掛けたのは誰か。
「アキラ、何してんだよ」
「乗られたから乗り返してるの! しばらくカイトは私の運搬係ね!」
「へいへい、分かりやしたよ。ぶひひん!」
「なにそれ?」
「俺の故郷にはね、馬っていう賢く強い生き物がいたのさ」
恥ずかしさを誤魔化すため、おどけて見せる。正直にいえば、やや理性が飛びそうな事態だった。だが、そんなことを言ってられない現状がある。何があったか聞きたいが、急いではいけないとしばらくアキラの気晴らしに付き合う事にした。
臨時運搬係は、しばらく輝く多面体の周囲を回ることにした。
「まったく! カイトは乙女の肌を何だと思ってるのかな!」
「正直言えば、文字の入ってない百面体ダイスだと思ってる」
「サイコロ!?」
「まあ冗談だけど。普通に硬くて痛かった……痛い痛い! 髪の毛を引っ張るな! 念動力の操作が細かい事!」
肩にかかる重みも、体温も、肌の柔らかさもすべて彼女が超能力で作っている。そこまで再現しなくても、と思いつつも喜びもまた感じていた。復讐心は、彼の青少年としての感性まで焼き尽くしてはいなかった。
ぶうぶうと文句をたれ流す少女を乗せたまま、ぐるぐると回る。むずがる赤子をあやすように。そして、ある程度落ち着いた所を見計らって本題を切り出す。
「それで、いったいなにがあったんだ?」
アキラは答えない。口をつぐみ、無言の状態を気まずそうにしている。カイトは変わらず、輝く多面体の周囲を回り続ける。
「なんか不味い事があったってのは分かるぞ。で、お前はそれを何とかしようと一生懸命考えていた。だけどいい手が思いつかない。そんな感じか?」
「……うん」
絞り出すように、アキラはそれだけ返答する。一歩前進したので、さらに問う。
「具体的に、なにがあったんだ?」
再び、返答無し。カイトはそれに焦りを覚えない。彼が鷹揚だから、という話ではない。散々心を読まれ続けたのは伊達ではない。精神に触れられるのは同じもののみ。超常の力で心同士が触れあっていたのだ。
正しく、気心を知った仲である。言葉ではなく感覚で、気持ちや思いを受け取っている。不安、悩み、責任感。それらが彼女の中で渦巻いていると分かるから、急かして答えを求めない。
「アキラ、お前はすごいよ。流石は頂点種だ。お前の真似は、俺たちには百万年かかっても無理だろう。……でも、限界はある。俺が最初に手助けしたあの時なんか、正しくそれだっただろう?」
「……そうだね」
「どれだけ凄くても、できる事には限りがある。どれだけちっぽけでも、できることはある。俺がお前を助けられたように、乗員の皆だってできることはある。でも、具体的に何ができるかは状況次第だ。話してくれないと分からんぞ」
また、アキラの言葉が止まる。その雰囲気は先ほどと違う。問題を抱え込んで、閉じこもろうとしていたそれではない。それを外に出していいかという、ためらいを抱いている。
優しくしない。厳しくもしない。どちらもアキラには必要ない。寄り添いながら、彼女の思考を手助けするだけで十分だとカイトは感じていた。
「何もしなくて、状況は改善するか?」
「……しない」
「お前が頑張れば、全部まるっと解決するか?」
「……とても難しい」
「俺たちの雑多な知恵と、色んな種類の専門能力は状況を変えうるか?」
「かも、しれない」
「俺たちは苦労と死、どちらかを選べと言われたら前者を選ぶぞ。弱っちいから、命が大事なんだ」
無言の時がまたやってきた。しかし、今までとは明らかに違っていた。なのでカイトも散歩を続けてその時を待った。
やがてアキラは、覚悟を決めた。
「みんなを、頼っていいかな?」
「いいに決まってる。みーんな、アキラに頼りっぱなしなんだからな」
「そっか」
肩から少女の重みが消えた。アキラが目の前に現れる。そして現状を語り出す。惑星食らい《プラネットイーター》という、極めて厄介な頂点種が進行方向にいる。自分たちはそこへ向かうように追い込まれている。
まともに戦えばアマテラスが持たない。自分一人では数が多すぎて倒しきれない。そして、最も致命的な事をアキラは告げる。
「さっき私が視ちゃったから、惑星食らいにバレてる。空間跳躍とか使ったら、追いかけられちゃう」
「アキラの力では逃げきれない。跳躍機関なら?」
「たぶん、そっちは大丈夫。私のパワーを目印にするだろうから」
「なーるほど。……カメリア、聞いてた?」
『はい、しっかりと』
「今の話を、みんなに要約して伝えてくれ。終わったら、起きている全員に通話を繋いでくれ」
『三分お待ちください』
カイトはふと、原稿じみたものでも準備するべきかと考える。だが想いはひとつで、難しい事を言うつもりはない。別に要らないかと思い直す。アキラはその隣で少しだけ嬉しそうにしていた。
そして、通話用のホロウィンドが開いた。小さく、沢山の顔が見える。ブリッジクルー、陸戦隊、航空隊、整備班……見知った多くの顔が。
情報を知った皆の表情は硬い。それに対して、カイトは淡々と告げる。
「レリックを預かっているカイトだ。今知ってもらった通り、進路に頂点種がいるらしい。アキラ一人じゃ厳しい状態だ。みんなの知恵と力が必要だ」
沢山の顔が、不安を浮かべる。自分たちの能力が役に立つのか。そのように顔に書いてある。音声は切ってあるが、実際にそうつぶやいてる者もいる。
しかし、カイトは取り合わない。只々、言葉を放つ。
「いろいろ思う所はあると思う。でも、それより大事な事がある。いいか、みんな? ……アキラが、困っている」
燃えるようなまなざしで、乗員たちにそれを伝える。ただそれだけで、事実に気づいたものたちが顔を上げる。不安が、決意の炎で焼け落ちる。
「頂点種には勝てないとか、能力に限りがあるとか。そういう分かり切った話はどうでもいいんだ。今更グダついてもしょうがない。そんな事より、アキラが困っている。ただそれだけで、俺たちが頑張る理由には十分だ。違うか?」
そうだ、という言葉を皆が口にする。叫びが、遠く離れたコアルームに伝わってくるようだった。実際、アキラはそれを感じ取っていた。彼女の顔に笑顔が戻りつつあった。
「アキラがいなかったら。アマテラスがなかったら。今俺たちはここにいるか? 生きていられたか? 自由は? ラヴェジャーをぶん殴れたか? ……言うまでもないよな。さあ、やるべきことをやろう」
皆の顔に、はっきりとした決意が宿っていた。もはや、カイトが語るべきことは終わった。ウィンドウを、アキラへ向けた。
そこに映る乗員たちに向かって、アキラは頭を下げた。
「みんな。ちょっと私だけじゃ難しいの。おねがい、力を貸して」
その言葉に対して、発言を求める者がいた。ミリアム副長だった。通話がつながると、いつもとは違うはっきりとした発言を行う。
『艦長、それではいけません』
「え、だめ?」
『はい。貴女はこの艦のトップです。責任者です。故に、私たちへは命令する必要があります。そうすることで、貴女に責任が発生します。それが組織です』
ちょっと厳しすぎないか? という意見が初期メンバーから洩れるが、言われた当人はまじめに頷いた。全くもってその通りだと、大いに納得した。
アキラは艦長帽子を取り出すと、しっかりとかぶった。もはやその顔に不安はない。威風堂々、輝きをもって命令する。
「総員、状況改善のための意見を発表しなさい!」
本人が良いなら問題なしと、さっそく発言許可を求めるランプがウィンドウにきらめく。
「はい、バリー君早かった!」
カリスマが一瞬で消滅し、即座にいつものノリになったのは御愛嬌だと皆納得する。
『はい! 連中最近の戦闘で消耗してると思うんで、もういっそ正面突破でいいんじゃないっすかね!』
「そうだね、最初に遭遇した時より削れているのは間違いないよね。考慮に入れていいと思う。はい次ハンス君!」
『副長補佐って呼んでください……。ええっと、現在の状況をそのまま続行し、大回りで光輝同盟を目指すのはどうかと』
「たしかに。いつまでもこんな苛烈な攻撃は続けられないものね。ありだね。次、アツミカクノシン!」
『敵艦に移乗攻撃をしかけ、大将首を取りましょうぞ!』
「斬首戦術! そういうのもあるのか!」
わいわいと、意見が次々積み上がっていく。いつも通り、カメリアがそれをまとめ上げ表示していく。もはや行き詰った空気はない。カイトは安心しながら、自分も何か言えないかを考え続けた。
しばし後、発言がまばらになってきた。大抵が、船団への攻撃すべしというアイデアだった。アキラがそれを眺めどうするべきかを悩んでいた時、今まで黙っていた者がランプを光らせた。
「シュテイン君。他のアイデアがあるの?」
『はい。惑星食らいに、近づきましょう』
その言葉に、皆の動きが停止した。意見の出し合いに熱を帯びていた空気が、冷やりとしたものに変わる。ハンスをはじめ、彼と同じ艦に乗っていた者たちが揃って頭を抱えた。
アキラも驚いたが、すぐに持ち直す。新しいアイデアは歓迎だった。
「近づいて、どうするのかな?」
『はい。その前にいくつかお聞きしたい事が。先ほどの説明で、艦長と惑星食らいは互いを認識したとありました。しかし、相手側はこちらに来ていない。何か理由があるのでしょうか?』
「うーん……たぶんだけど、距離がまだ遠いから、かな? ここまでは、って決めているラインがあるみたい。そこを超えるまでは、こっちに来ないと思う」
『なるほど。ではそのラインの際まで行きましょう』
声こそ伝わらないものの、乗員たちはざわめきだした。自分たちが出した意見も危険なものだったが、これはその上を行く。しかも意図がまだ理解できないのだ。戸惑いが表に出てしまう。
それらをよそに、シュテインは自分のホロウィンドに円を描く。
『仮に、この円を惑星食らいの縄張り、警戒ラインといたします。艦長はこれを感じ取れるわけですね?』
「うん。あいつらの遠視が濃くなっているから」
『結構。では、艦が進むべきルートはこうです』
彼の指が円の枠、そのわずかな外側を沿って動く。ぐるりと、半周。
『惑星食らいの縄張りを盾とし、船団の包囲を突破します』
再び、乗員たちが大きくざわめく。今度は戸惑いより驚きが大きい。ハンスたちは、やっぱりと頬を引きつらせていた。
『この方法のメリットは、戦闘を回避できるということ。好んで危険な頂点種に近づく者はいません。必ず躊躇するでしょう。仮に追ってきたとしても、我々の方が有利です。連中には、縄張りを理解するすべがありません』
ここで、ウィンドウでランプが光る。アキラはシュテインの意識を確認してから、発言を許可した。
「はい、ササキスケザブロウ」
『自分、船の事は素人故わからぬのですが。奴らが我々の航路をそのまま追ってくるという可能性はないのでしょうか? 道に迷ったものが、他者の足跡を頼りに進むように』
『視認距離にまで近づかれれば、あり得ます。しかしここで、連中が雑多な集まりであるという事が足を引っ張ります。性能が違う。速度が違う。そろって航行する訓練をしていない。そんな集団が、一列に並んで船を進ませる。事前に準備していなければ、順番を決める事すらできません』
どの船が一番早いのか。優秀なセンサーを搭載しているのはだれか。どのような順番で並べば一定の速度で進めるのか。全ての船のデータが揃っていて、かつシミュレーションを行わなければ答えは出ない。
烏合の衆である連中が、大人しく自分たちのデータを出し合うだろうか。仮に順番が決まったとしても、それに従うだろうか。問題は山積みである。
『まだまだ、船団にとって不利な話はあります。決められたコースを一定の速度で進む。航行システムの補助があっても、楽なものではありません。データが揃っているならば、自動で動いてもくれるでしょうが、その場では望むべくもない。全ての船が、この難易度の高いミッションをこなさなければなりません。我々に追いつくのは、至難の業でしょう』
「……つまり、惑星食らいとの挟み撃ちは避けられる?」
『連中にとっても、惑星食らいは脅威です。刺激したくはないでしょう。……ハンス、連中の目論見はどんなものだと思う?』
唐突に話を振られた副長補佐は、大きくため息をついてから会話に参加した。
『まあ、これまでの行動からして惑星食らいの存在を知ってたんでしょうね。前にも後ろにも引けない状況にして、交渉……レリックの引き渡しを要求するつもりだったんでしょう。ですが、シュテイン大尉の案ならばその前提が崩れます。惑星食らいのテリトリーをすり抜けた後は、これまで通りを繰り返しながら光輝同盟を目指せば我々の勝ちかと』
「なるほどなあ……シュテイン君、説明は以上でいいかな?」
『はい。お騒がせしました』
「とってもすごい案だった。ありがとうね。……ほかに何かある人ー」
アキラはウィンドを眺め、ランプがつかないことを確認した。一つ頷いて、自分の従者に命じる。
「カメリア、まとめて」
『はい。今回、大きく分けて二つの案があげられました。一つは交戦案、もう一つは逃走案です。前者のメリットは惑星食らいから離れられ、デメリットは損害が大きくなると予想されます。後者のメリットは損害が抑えられ、デメリットは惑星食らいに近づくことになります』
「カメリア、どっちが危険だと思う?」
『正直申し上げると、どちらもどうしようもなく危険です。船団は消耗していますが、まだ戦えます。我々を逃がせば破滅しかないようですので、徹底抗戦するでしょう。なりふりかまわず。そして惑星食らいについては言わずもがな。一度動き出せば、対処できるのは艦長のみです』
「上手くいけば、逃走案なら損害なしが望めるよね?」
『あくまで、上手くいけばです。トラブルの発生確率は、常にあります』
ふうむ、とアキラは腕を組んで唸る。カメリアは損害などとシンプルに告げて詳細を濁しているが、実際戦えば犠牲は少なからず出るだろう。それを許容すべきだろうか? これが、国家の存亡をかけた争いならばそうだろう。彼らが、戦いに志願した兵士ならばそうだろう。
だが、現状はどちらも違う。これは生存を求める旅だ。乗員たちは、元の生活に戻るために頑張ってきた。犠牲を許容すべき、大事な使命などない。
アキラの決意は固まった。危険に飛び込んで活路を得る。
「艦長として決定します。逃走案を採用! 惑星食らいの縄張りのギリギリを攻める! みんな私についてこーい!」
仲間たちの反応は様々だった。敬礼する。両腕を振り上げる。頭を抱える。ともあれ、方針は示された。
「よし、それじゃあ……シュテイン君、作戦名決めて」
「何かこの流れ、前にもなかったか?」
「カイト、細かいこと気にしない。やっぱり名前はほしいよねって」
艦長に促された操舵手は、顎に手を当ててしばし考える。そして、彼にしては珍しく口の端がつり上がった。
「それでは、遊覧飛行作戦というのはいかがでしょう?」
こんなに危険な遊覧飛行があってたまるか。カイトは素直にそう思った。




