恐るべき起死回生
報告を受けた協力者の雰囲気は、葬式会場のそれだった。アンテロ・ニスラの顔色は真っ青を通り越して死人のよう。エゴール・アニシナ中佐の眉根には深いしわが寄っている。蛇じみた顔のアダーモの表情は相変わらずヒューマノイドには理解できない。ただ、言葉を発せず黙ったままだ。
『何たる無能共! いたずらに戦力を損耗しただけじゃないか! お前らが悪い! なんとかしろ!』
『おい、ラヴェジャーの音声を切れ』
とっくの昔に限界だったアンテロは、その声をカットした。反省しないラヴェジャーに怒鳴りつけても無意味であると、ここ最近嫌というほど理解させられていた。
『もはや、これまでか』
やっと口を開いたアダーモは、降参を口にした。その言葉に、気絶寸前だったアンテロの顔に血の気が戻る。もちろん怒りでだ。
『諦めるというのか!? お前だって破滅だろうに!』
『そうだ。長年積み上げた実績がすべて台無しになる。だが、それでもまだ残るものはある。非常に手痛いが、命を失うよりはましだ』
アダーモが失うものは大きい。辺境星域の一部を牛耳る事で得られていた数々の有形無形の収入。ラヴェジャーに先払いした諸々を集めるために支払った、金や物資。なにより、アダーモの闇商人としての名声が地に落ちる。
もう一度、同じレベルに成り上がれるかも怪しい。それでもなお損切りを決断できるのがこの蛇商人の非凡な所なのだろう。
『元々、か細い可能性への賭けだった。巨艦を人質にとっての交渉。頂点種が表に立つようになった今、それも困難。打つ手はない。投了だ』
『……貴様はそれでいいだろう。我々は、それを許容できない』
エゴール中佐が、獣が唸るように低く告げる。彼は国の命令で動いている。ギラッド合一連邦は、敗者を必要だとは思わない。これまで投入したリソースからしてもエゴールのみならず部下、そしてその家族にまで被害が及ぶ。
アンテロもまた似たようなものだ。彼の立場は、ニスラ伯爵家の血族であるから与えられたもの。家に損害を与えるような役立たずでは、居場所を失う。それどころか、ラヴェジャーとの取引が表ざたになった時点で伯爵家そのものの存続が危うくなる。
つまるところ、彼らはトカゲのしっぽとして切られる立場にあるのだ。部下たちごと、全部。そうであるため、エゴールなどが撤退すると決めても彼らは従わない可能性が高い。良くて離反、悪くて失敗の責任を指揮官に押し付けるだろう。叛乱が起きる。
『悪いが、貴様を逃がすわけにはいかない。理由は、わかるだろう?』
蛇商人に向けて、アンテロが殺意すらにじませた視線を向ける。ラヴェジャーの協力者であるという、互いにとっての致命的な情報。握り合っている以上、持ち逃げされるわけにはいかない。
加えて、戦力の低下も認められない話だった。
『……お前たちの事を喋る気はない、といっても信じられないか』
『レリックを手に入れられない時点で我々は破滅だ』
エゴール中佐もまた、一切の情を感じさせぬ声で告げる。三者が、通信越しににらみ合う。アンテロの副官が割り込んだのはそんな時だった。
『ん? ……そんなものは後に』
耳打ちされて、私兵の指揮官の表情はひどく歪んだ。怒りと不快さがまじりあい、頬は激しく引きつった。
『この期に及んで、そんな話をきかされるとは、な。……どの船だ。ロックオンしろ』
『何の話だ。聞かせろ』
蛇の瞳を向けられて、アンテロは忌々しげに答える。
『起死回生の策があるなどと、戯言を言ってきたやつがいるのだ! この状況でそんな都合のいい話があるか! おおかた、自分だけ逃げようとする輩に違いない! ここ最近、そんなのはごまんといたぞ!』
『聞かせろ。聞くだけならタダだ』
『……商人らしい判断だな』
心底嫌そうに答えて、アンテロは部下に通信を繋ぐよう指示した。そして、新しい人物が会話に参加する。コルベット艦レッドフレア号の主、ヴァネッサだった。
『どーもどーも。皆さん湿気った面でご愁傷様ぁ』
『貴様ぁ! 今すぐ撃沈してやろうか!』
『はっ! 損害アタシらに押し付けて、自分らは高みの見物してんだからこれぐらいでガタガタぬかすな!』
虫の居所が悪いアンテロが瞬間湯沸かし器のごとく怒る。呼応してストレスが溜まっていたヴァネッサも叫ぶ。そして、冷静にアダーモが指摘する。
『……貴様の所の船は、まだ戦闘していなかったはずだが?』
『うぐ。……まあ、さておき、だ。一発逆転の手がある。ついては、聞くヒトをギリギリまで減らしてほしい。あんたら三人だけで』
『スパイがいると?』
突き刺すような視線でエゴールは若き艦長を見る。しかしその本人は、ゆるゆると首を振るだけ。
『あっちには、人の心が読める頂点種様がいるんだよ? 秘密を知っている人間は少ない方がいいじゃないか』
『ふむ。同意する』
蛇商人は、さっそく通信を暗号化させる。さらに、ブリッジクルーにも聞こえないよう音響シールドを張った。残りの二人も、意見に対する態度は違えど同じ処置を施した。
それを確認し、ヴァネッサはさっそく本題を披露した。
『頂点種の相手は、頂点種にやらせるに限るとは思わない?』
その一言に、三者は絶句した。いままで、自分たちで何とかできないかと考え続けてそういった発想が無かったのだ。
アンテロが呻く。
『貴様、なにかしらの頂点種にツテがあるとでもいうのか?』
『は? ないない。あったらもっとうまく立ち回っているよ』
『おちょくっているのか!?』
『最後まで聞けよ……知り合いじゃないけど、何処にいるかは分かっている』
『協力を仰ぐ方法はわかっているのか?』
連邦軍人の質問に対し、やはりヴァネッサは首を横に振った。
『いらないいらない。巨艦を追い込めば、あっちが勝手に襲い掛かってくれるよ』
『まさか、暴乱城塞か?』
アダーモがつぶやいた戦場に現れる災厄の名を聞いて、軍人二人は身を固くする。しかし、ヴァネッサが出したのは別の名前だった。
『はずれ。この辺境星域にいるらしいんだよね、惑星食らい』
あまりにおぞましいその名に、多くの無法者に恐れられた三人が絶句する。一口に頂点種といってもその性質は様々だ。
知性体にかかわることなく、自由に星々の間を飛び回る。
知性体と積極的に交流し、その社会に参加する。
知性体とはかかわるが、自己欲求を優先し社会には参加しない。
知性体のおこす戦争に飛び込んで、使用されている兵器を観察収集する。
そして、知性体の活動を一切考慮せず己の本能のまま活動する。惑星食らいと呼ばれる頂点種は、そういう種族である。外見は巨大な昆虫である。足は六本。複眼らしき目。頭部、胸部、腹部に見える部位をもつ。
自ら発するエネルギーで推進力と障壁を発生させる。そしてそのサイズは大体空間戦闘機とほぼ同じ。頂点種の中では小柄な部類に入る。
大きな特徴は二つ。一つは、単体であれば人類でも撃破可能な程度の強さであること。過去の記録を紐解けば、戦闘で撃破したというものがそれなりに発見できる。
倒せるような存在を頂点種というのか? という疑問に対するアンサーが、もう一つの特徴にある。数が、多いのだ。一つの群れが、億単位の個体で構成されている。それが一つの惑星に群がり、あらゆるものを捕食する。気体、液体、個体、有毒ガスからマグマまで、本当に何でも、である。
ひたすら食らい、一切排泄せずエネルギーをため込み、ある時大量に産卵する。親の群れはそこから去り、新しい群れは生まれた場所である惑星を食らいはじめる。
惑星を食らうこの生きた災厄を、ほかの頂点種も危惧している。特に積極的に駆除活動をしているのが、『思考紫電』と呼ばれる存在だ。普段はただ飛び回るだけのほぼ無害なこの頂点種が、惑星食らいにだけは積極的に攻撃している。
偶然交流した光輝宝珠がインタビューした所、このような答えが返ってきたという。
「アレに食いつくされた宇宙は冷たそうでイヤ」
ともあれ、倒せるが倒せないこの頂点種はあらゆる種族にとっての脅威だった。コレに比べれば、戦場にしか現れない暴乱城塞はかなりマシな部類に入る。
『あるのか……アレの巣が』
接触すれば大国ですら存亡の危機に陥る、最悪の存在。軽く震えながら、アンテロが問う。それに対して、ヴァネッサははっきりとした証拠を提出した。航行記録、座標、そして映像だった。
『私も実際には見ていない。でも、これを持ってたやつは結構な金をはたいて確認したらしい。わざわざ、ステルス処理した探査船まで出したってさ。その甲斐あって、ご覧の通りの画が撮れたってわけ』
巣を刺激せずに近づくならば、その程度の対策は当然必要だろう。エゴール中佐はそう思いながら、画像を食い入るように見た。一つの、いびつな惑星が映っている。画像が拡大され、地表が映し出される。
無残に削れた地表が見える。そこに、惑星食らいが複数うごめいている。強靭な顎を使って、地面だろうと岩だろうと砕いて食らう。……まだ、平和的な絵であるとエゴールは感想を持った。彼が軍で見た資料によれば、惑星食らいは軍艦の装甲板すらエサにするのだから。
『まあ別に、こいつに直接殴ってもらう必要はないよね。たしか頂点種同士って、近くに行けば分かるんでしょ? ある程度追い込めば、巨艦のやつも惑星食らいに気づく。そうすれば、そっちを警戒して出鱈目な力は使えなくなる』
『頂点種が戦えなくなるなら……勝機がある。いや、勝てる!』
鋭い牙を見せるほど大きく口を開けたアダーモが、初めて吠える。その興奮は残りの二人にも伝わる。先ほどまでの、葬式会場のごとき雰囲気はもはやない。
『言うまでもないけど、あたしら傭兵だけで追い込みはできない。あんたらの戦力がいるよ』
『言われんでも分かっている! 軍艦の力を見せてやるわ!』
アンテロが気炎を上げる。他の二人の意気を見届けて、ヴァネッサは通信を終えた。そして、己の席から崩れ落ちた。
「つっかれたぁ……。は、はは。あたし、演技の才能あったかもしれない」
「ないです。そもそも演技するような部分もなかったです」
副官が容赦なく妄想に訂正を入れる。崩れ落ちたままのヴァネッサはひどいー、とうめき声をあげる。とはいえ、彼女はここまで心労と共にあった。
同じ境遇になった傭兵たちとコンタクトを取り、生き残りをかけて様々な情報交換を行った。惑星食らいの情報はその時に入手した。
すぐにこの札を出すわけにはいかなかった。誰だって、最悪の頂点種上位三位に数えられる惑星食らいにわざわざ近づきたいとは思わない。船団に余裕がある時では、見向きもされなかったはずだ。
だから、待った。協力者たちが追い込まれるその時まで。正直、かなり賭けだった。アマテラスの捜索にはヴァネッサ達も駆り出されていた。うっかり遭遇した日には、大損害は確実。実際、ほかの傭兵の損耗が増えていく様は連帯を揺るがすに十分だった。
このままでは捜索が立ち行かなくなると脅すように説得し、物資の補給を引っ張り出し。修理の手伝いに、仲間のメカニックを派遣して状況の改善に努めた。
それでも、状況は厳しかった。物資の供給はか細く、修理待ちの機体は列をなす。あちこち手が足りない状況で、それでも傭兵同士で融通し合って状況維持に努めた。
そして、チャンスが回ってきたのだ。
「これでやっと、上の連中を戦場に引っ張り出せる。連中を盾にすれば、こっちの損耗を減らせる。奴らの力がそがれれば、逃げるチャンスも生まれる。あわよくば、あっちの頂点種に投降も……」
自分も仲間も心身共に酷使して、やっと光が見えてきた。なんとしてもモノにしてみせる、とヴァネッサは決意する。
しかし、誰もが忘れかけていた。自分たちが何と手を組んでいるのかを。そいつらが学習も反省もしないということを。
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戦艦アマテラスの底部倉庫区画。工業用プリンターやユニットが立ち並ぶそこに、シュテイン・アンカー8・グリーン大尉の姿があった。彼は忙しく働く者達の邪魔にならぬようにしながら、周囲を見回していた。
多くの作業が、並行して進められていた。戦艦の整備で使用される消耗品の生産。過酷な使用状況で消耗した部品の整備。一般的に使用している日用品すら、ここで作られていた。
それらをシュテインは観察しながら、やがて一人の人物に目を止めた。ヒューマノイドに似ているが、耳だけ兎の特徴を持つ獣人。ベンジャミンを。
彼は端末を片手に、部品の点検をしていた。彼の足元には多くのパーツが並べられている。
「失礼。ベンジャミン氏でよろしいか?」
「あ、はい。何の御用でしょう?」
大尉はベンジャミンの周囲を見渡してから、軽く首振った。
「……お忙しいようだ。時間ができたら、私の端末に連絡を貰いたい」
「いえ、大丈夫です。ここの仕事は終わりましたので」
「そうですか。……ちなみに、これは何の部品で?」
「艦の側面に据え付けられている、迎撃レーザー砲塔です。壊れたものを解体して、使える部品を共食いしてでっち上げてるんです。使えるものはなるべく増やさないとって」
なるほど、と彼は頷いて改めて足元を見やる。確かに、砲身や駆動部分らしきパーツが並べられている。どれも破損はないので、そういったものは取り除かれたか直された後なのだろう。
獣人少年の作業が確かに片付いていることを確認して、用件を切り出す。
「実は、ベンジャミン氏に作っていただきたいものがあるのです。支給用カタログに載っているもの以外は、オーダーメイドしてもらうしかないと聞いたので」
「ええっと、できるものでしたら……。あ、あと、使用する資材料にも制限が」
「おそらく、資材の量については大丈夫かと。軽く、片手で持てる程度なので」
そういって大尉は、自らの端末を操作してソレを見せた。ベンジャミンが画面をのぞき込む。
「……これ、必要なんですか?」
眉根に皺をよせ、理解できぬという表情を見せる。シュテインはこれ以上なくまじめな表情で頷いて理由を語る。
「はい。ゲン担ぎに必要で」
「ゲン担ぎ」
ふうむ、と少年は唸る。彼は宇宙港で働いていた経験がある。船乗りたちが、そういったものを重視する光景をよく見ていた。頂点種に祈りを捧げる。故郷の星の方角に頭を下げる。推しアイドルのホロに語り掛ける等々。
宇宙空間は危険な場所だ。どれほど船を万全にしても、事故との遭遇は起こりうる。不安から逃れるために、何かしらのよすがは必要なのだ。ましてや、シュテインはこの艦のかじ取りを任されている。自分たちの生存に関与する大事な仕事だ。気分よくやってもらった方がいいに決まっている。
ベンジャミンは力強く頷いた。
「分かりました。そういう事でしたらお作りします。お一つでよろしいんですね?」
「ありがたい。ええ、一つで十分です。……できますか?」
「とりあえず、似たような道具の設計図を呼び出しますね。んー……これ、かな?」
獣人少年は手早く目的の図面を呼び出す。その手並みは鮮やかだ。戦艦でのサバイバル生活は、彼の技術を向上させていた。
「性能はどうします? いろいろ盛り込むことができますが」
「データリンクして、一般的な表示が可能であればそれで。ですが性能よりもデザインが大事です」
「デザイン」
ゲン担ぎであれば、そういうものだろうな。ベンジャミンは納得を強めた。とりあえず手間がかからない程度の性能を詰め込み、求められる形状を用意する。
「こんな感じですか?」
「色は黒一色。そしてこことここ、両端を尖らせてください。ギラギラに」
「ギラギラ」
ふむふむ、と手を動かす。部品や道具ばかり作ってきた彼にとって、この作業は新鮮だった。手の動きにも熱が入る。
ほどなくして、要求されたそれは完成した。早速プリンターで出力作業に入る。小気味よく軽快な音を奏でながら、マシンはそれを組み上げていく。やがて大して時間を取らず、それは完成した。
受け取った品物をシュテインはさっそく使用する。問題ないことを確認し、懐に納めた。
「助かりました。これで、心置きなく任務に就くことができます」
「それはよかったです。船をよろしくお願いします」
頭を下げるベンジャミンに、青年士官は見事な敬礼で答えた。
「かならずや。……戦闘が始まる前に、すべての物資は必ず固定してください。皆さんも、所定の位置でシートベルトを」
乗り心地は、保証できませんので。そうつぶやいて、シュテインは背を向けた。気迫をみなぎらせるその背中を獣人少年は半分頼もしく、もう半分は不安を覚えながら見送った。
「班長! 主計長から例の計画ゴーサイン出ちゃいました! あのヤベーの!」
「ええ!? でちゃったの!? 本気なの!?」
しかし、彼は忙しい。新しい案件が飛び込んできたため、先ほどの事に思いをはせる時間はなくなった。




