ラヴェジャーという生物
その後については困難の連続だったが、フェアリーのナビゲートと暴乱細胞の性能がそれを乗り越えさせた。長くラヴェジャーの基地に潜伏していたフェアリーたちは、入念な調査を行っていた。
どこにどんな警報があるか。巡回や警備はどのようになっているか。物資は何処にあるか。おおよその事は把握していた。それに従えば、見つからずに内部を移動することは簡単ですらあった。もちろん、暴乱細胞の極めて柔軟な性能あってこそであったが。
そのほかにも、ラヴェジャー達のあずかり知らぬ事柄が沢山あった。
『もともとこの基地は、とある星間国家の放棄した軍事衛星でした。それをラヴェジャーが制圧したという経緯があります。連中は、性質上調査そのものは真面目にやります。しかしその後は重要な場所を除いて放置します。我々が付け入る隙は沢山あります』
フェアリーたちは、放置された部屋に物資を隠していた。管理の甘い物資を、これまた放置されたドローンを操って今日までかき集めていたのだそうだ。
『貴方の着ている暴乱細胞も、そのようにして確保しました』
『お宝だって話じゃなかったっけ?』
『はい。そのような大事なものでさえ、扱いが雑なのです』
こんな連中に、あの人たちは殺されたのか。情けなさを感じて、それも怒りに変換した。
とはいえ、流石にレリックの保管庫そのものは甘くない。重武装ドローンにラヴェジャーの警備兵。それらが守る場所は、流石に隠れて目的を達成することはできなかった。
『厳重な警備です。ですが保管庫でしかありません。こちらで用意した装備を用いれば、目的達成は可能かと』
『了解だ』
ここまでの活動と、じわじわ削れていく活力を感じることでカイトはいくらか冷静さを取り戻していた。つまりまともな思考が戻ってくるという事で、戦闘への不安もまた当然現れた。
(どれだけ装備が立派でも、俺は素人だ。本当に戦えるんだろうか。奴らをぶちのめす気持ちはあるが、それだけでどうにかなるなら苦労はないよな……)
フェアリーの計画を信じるしかない。そのように思いながら、保管庫の入り口を小型ドローン(フェアリーの物資)を使って視認する。そこには、思いもよらぬ光景が広がっていた。
「げあ、げげあ」
「げえあ、げええあ」
保管庫の目の前の、小さな広場。おそらく刃物を運び込むために用意したスペースだろう。そこに、粗末な闘技場が作られていた。床にペンか何かで丸い円を描いただけなので、闘技場と呼び表すのは大げさに過ぎるが。
それを複数のラヴェジャーが、箱や瓦礫に腰掛け観戦している。手にはなにやら札のようなものを握っている。雰囲気から、賭け事でもしているかのように見えた。
「ははは。もっと獰猛さをみせろ。そういう種族だろうが」
「負けた方はエサ抜きだぞ。ほら、生き残りたかったらもっと戦え」
楽し気なラヴェジャーたちの視線の先には、二体の生き物が争っていた。サイズとしては、ブルドックが近いだろうか。身体は、四足の爬虫類に似ている。
しかし、頭はヒトだ。地球人ではない。何かしらの獣から進化したのだろうとは予測できる。そういった名残が顔のあちこちにあった。明らかに、頭と体が合っていない。処理場に捨てられていた地球人を思い出す。この人たちもまた、改造されたのだ。
カイトは急激な吐き気がこみあげてきた。鎧によってそれは素早く抑えられたが、おぞましさはそのまま。そして、静まっていた怒りは再び激しく燃え上がった。
『やる』
『どうかご無事で』
奇襲をかけるなら、音はない方がいい。そんなことは分かっていたが、耐えられなかった。外部スピーカーを、作らせる。
『この、腐れ外道どもがぁぁぁ!』
吠えながら、武装を発射した。対装甲用ロケットランチャー。フェアリーから渡されたそれを、遠慮なく二連射。地球にあったRPGによく似たそれは、誘導性能を備えていた。狙いたがわず、重武装ドローンに命中。シールドを貫通し、本体を爆散させた。
「な、なんだ!?」
「脱走か!?」
状況を理解していないラヴェジャーに銃撃を見舞う。フェアリーに提案されて、暴乱細胞の腹にいくつも補助腕を作った。虫の足のように折りたたんでいたそれが、保持していた銃器をぶっ放したのだ。
カイトにはそれがどんな武器かは分からない。とりあえず銃であるという知識しかない。使用方法すらわからなくても、鎧が勝手にやってくれる。カイトは狙いを定めて、撃つという意思を込めるだけでいい。
ラヴェジャーが、反撃もできず倒れていく。重武装ドローンも動かない。それを見届けて、カイトは前へ進む。まだ息があるラヴェジャーの目の前に。
『おい、答えろ』
「……なんだ? 何を言っている? どこの辺境言語だ?」
カイトは、鎧に翻訳させることにした。相手の言葉が分かっているのだから出来るはずだ、という認識は間違っていなかった。
『なぜ、こんなひどい事をする。地球人にも、この人たちにも』
彼は知りたかった。ここまでの非道を、どうして行えるのか。これまでの観察で、心を持っているようには見えた。だからこそ、ラヴェジャーの略奪者としての振る舞いが理解できない。
なぜ奪う。何故尊重できない。日本で平和に暮らしてきたカイトには、あまりにも遠い存在だった。だから聞いた。
「なぜ、だと? 聞きたいのはこちらの方だ。なぜ貴様らが我らトゥルーマンにこのような非道をする! 許されると思っているのか!」
トゥルーマンとは、ラヴェジャーが自らの種族につけた名である。真なる人、そういう意味が込められている。鎧がカイトにそう教える。
「この宇宙のすべては、我らトゥルーマンのために存在するのだ! 物も命もすべてだ! 貴様ら出来損ないは、我らに使われて初めて意味を持つのだ! ああ、痛い! こんなのは許されない。おい、さっさと私を医療室へはこべ! そして死ね!」
カイトは理解した。ラヴェジャーがどういうものなのかを、はっきりと。最後のためらいも、この時点で失われた。彼は、野太い脚を振り上げた。
『お前が、死ね』
「や、やめ、やめぶぎゅっ」
踏み潰す。踏みにじる。念入りに。あとの生き残りは、銃で『処分』する。そう、処分だ。これらにはその表現が相応しいと、カイトは煮え立つ脳で思い至った。
そして、涙を流しながら自分を見上げる『二人』に視線を送る。
『俺は、貴方たちを助けることができない』
二人は、同じように口を動かした。かすれた音が喉から出てくる。鎧が翻訳し、カイトに伝える。
『殺シテ』
カイトは、強く歯をかみしめながら二人に銃を向けた。目をつぶり頭を下げる二人に対して、発砲。あえて、一番威力強いものを選択した。痛みも苦しみも一瞬だったはずだ。
憤怒を拳に込めて、保管室の扉に叩きつけた。頑丈な扉は、そんな事では壊れないし、開きもしない。しかしフェアリーが送ってきたプログラムが開錠を始める。全く手間取ることなく、保管室の扉はあいた。
『早いね』
『正規のパスコードなので。急ぎましょう、目標にナビゲートします』
保管庫は広かった。そして、整理整頓という概念とは無縁だった。貴重品が仕舞われているとはとても思えぬありさま。片っ端から詰め込んだという感じであり、確かにナビゲートが必要だった。
『なるほど、確かに管理が雑だわ。それしか表現方法がない』
カイトは暴乱細胞の形状を最初に戻した。スライムモドキになって、物資の隙間を通る必要があった。足の踏み場もない状態だったからだ。フェアリーに導かれるままに、次々と装備を外に出していく。
『覇獣大王国製火器管制ユニット、回収。ドドラム・カンパニー制高効率バッテリー、回収。高額クレジット用素子、回収。重要物資A、回収』
『これは、なんだ?』
物置部屋を這いずって進み、小さな箱にたどり着く。開けてみれば多数の面のある、クリスタルの玉が三つ出てきた。大きさはそれぞれ拳一つほど。カイトは百面体ダイスを思い出した。面が多すぎて玉のように見えるサイコロだった。
『端的に言えば、我々がこの基地から逃げ出すために必要な記憶媒体です。これもレリックとなります』
『あいつらが苦しんで、あんたらが助かるなら文句はない。これをどうする?』
『戦闘に不要な物資と共にドローンに渡してください』
『了解』
作業は手早く進められた。流石に、重要物資の倉庫を襲撃されて呑気でいるほどラヴェジャーも馬鹿ではない。先ほどから警報らしき音が鳴り響いている。メッセージのやり取りもほんの数秒である。思考入力とAIだからこそのレスポンスの速さ。
倉庫内に潜り込んで約三分。合計五十を超える品目を掘り出し、半数以上がドローンによって持ち出される。そして最後、フェアリーの言う重要物資Bに到達した。それの操作方法は、言われなくてもわかった。
いよいよ外が騒がしくなる。ラヴェジャーが集まり始めたのだ。合わせて、カイトもまた倉庫から飛び出る。もちろん、そのまま普通に出たりしない。フェアリーが指定したお宝を体に張り付けたのだ。
「おい! 出てきたぞ! 撃て……」
「待て! あれは調査記録のメモリーじゃないか! 撃つな! 絶対撃つな!」
フェアリーが簡単に説明する所によれば、ラヴェジャーは未知の星や物体を調査する性質がある。その記録は、連中にとって正しく宝であるとも。ならば、それを台無しにすることにためらいは全くない。
暴乱細胞は、その質量を増していた。中に保管されていたそれを、一かけらも残さず回収したからだ。二回り以上大きくなり、形状も変わった。人ではなく獣。獣というよりは怪獣と表現すべき姿になった。恐怖を与えたい、というカイトの願望に答えたのだ。
取り込んだ装備については、カイトは把握していない。フェアリーにお勧めされるがままに鎧に放り込んだ。その武装を、持ち込んだ銃器と一緒にぶっ放す。金属弾、熱線、衝撃、電撃、爆弾。次々と放たれるそれが、集まってきたラヴェジャー達へ突き刺さる。
「ひぎゃぁ!?」
「反撃だ!」
「だめだ、メモリーが!」
止めようとするが後の祭り。攻撃に反応して、ラヴェジャーが連れてきたドローンが反撃する。装甲目標なら問題なく撃破できる火力が、カイトに向けられ発射される。倉庫の中から持ち出したシールドは、その集中砲火に耐えた。しかし、さながら加熱した鉄板の上に放り込んだ氷のように減衰していく。
攻撃を、ドローンへと集中させる。流石の火力で、障壁を失った機械兵器は致命的な破損を被る。一体擱座するのを確認して、次へと狙いを定める。幸い、数はわずかだ。すべて破壊するのに、時間はかからない。
「止めろ、メモリーが壊れるだろうが! あ、ああ!?」
命令系統をどう設定していたのか。指示に従わぬドローンの火力が、暴乱細胞のシールドを突破した。しょせんは記録媒体、防弾性能など望むべくもない。次々とそれは破損し、鎧にダメージメッセージが入る。
損害なし、と表示されるが中にいるカイトにはとてもそうは感じられなかった。世界級のボクサーに連続で殴られているかのような衝撃を受ける。あるいは、工事用の尖った破砕機を押し付けられていると表現すべきか。
それでもどうにか、ドローンの全機破壊に成功する。残るはラヴェジャーのみ。もちろん、ためらう理由はない。倉庫に入る前に持ち込んだ銃器は、すべて弾切れになった。持ち出した武器の弾も心もとない。
ではどうするべきか。殴ればいい。カイトはより強くなった鎧の力で、ラヴェジャーに飛び掛かった。いかにシールドを装備していても、大質量にはかなわない。蹴り飛ばされた一体は、壁に激突して血の花を咲かせた。
転がっているドローンをひっつかみ、即席の棍棒にする。形状があっているとはいいがたいが、重さと硬さは好ましい。振り下ろせばシールドがたちまち限界を迎え、ラヴェジャーをミンチ肉に変える。
「止めろ! 止まれ! 我々の宝をぎびっ」
『くたばっちまえ』
今度は横なぎに振り回した。二体ほど巻き込んで絶命させる。さらに何度かドローンを振り回せば、動くものはなくなった。とりあえず、一息つく。状態を確認すれば、破損はないという。だが、カイトには確実に疲労が蓄積していた。
鎧が勝手に稼働し、落ちている銃器やドローンから物資を回収する。弾薬、エネルギーパック、その他もろもろ。
『移動を開始してください。途中の補給ポイントに寄りながら、最終地点である我らの船へ向かいます』
『了解。そっちも気を付けて』
『ありがとうございます。申し訳ありませんが、そちらは陽動を兼ねていただきます。貴方が引き付けてくれれば、その分我々の脱出の確率が上がります』
『望むところだ。派手に暴れて、連中に地獄を見せてやる』
俺のように。俺たちのように。かくして、黒い獣は放たれた。死と破壊をまき散らしながら、ラヴェジャーの基地を蹂躙する。