真っ暗部屋の相談会
戦艦アマテラスには、今だ何の設備も設置されていない空間が多数ある。掃除だけはされて、放置された場所。中央区画の外れ。わずかに照明が灯された場所に、フィオレの姿はあった。一人、小さなコンテナの上に座っている。
同郷の、いまだ臣下のように振舞う者たちから贈られた衣服。わずかな資源を手間と努力を使って、ドレスのように仕立てたそれ。汚れぬように、下に手ぬぐいを敷いていた。
彼女は、ただ虚空を見ていた。闇を見ていた。何も考えず、眺め続けていた。そうしていると、遠くから異音が響いてくる。何かと思い首を巡らせれば、明かりが近づいてくる。
ほどなくして、ライトをつけたツクヨミの車体が現れた。乗っているのは、カイトとアキラだ。
「お二人とも、このような所にどうして?」
「それはこっちのセリフですよ。こんな所で一人でどうしたんです? お付きの人たちは?」
カイトはツクヨミから降りながら、ヘルメットを外す。暗いので、暴乱細胞に程よい明るさの電灯を作らせた。
「……皆には、休みを取ってもらいました。知っていらっしゃいますか? あの者達は、艦の仕事の合間に私についてくれているのです。己の休憩時間を削って。厚意を無下にするのは心苦しく、かといってそのままというのもまた同じで」
「だからとりあえず、今日はお休みって言ったのね。うん、それも優しさだね」
アキラの言葉に、元王族は曖昧に笑うだけだった。カイトは話が長くなることを察して、ツクヨミを変形させた。机と、それを囲む人数分の椅子だ。促され、それぞれが席に着く。
「……重くて、うっとおしかった?」
「アキラ、ぶっちゃけすぎ」
「決してそのような! ……いえ、アキラ様に偽りは無意味でしたね。はい、そのように感じることもあります。以前も申しましたが、今の私はあの者達に何も報いてやれませんので」
「そーいうのは、光輝同盟にたどり着いた後でいいと思うなあ。お給金支払ってないって意味なら、私も一緒だし!」
「そうはいうけどさ。宇宙初心者の俺だって、頂点種に助けて貰っている状況はレアだって分かるんだ。こっちが料金支払うべきでは? って思うんだけど」
『貸し借りの価値を金額に換算するのは互いの関係に不和を招きます。推奨いたしません』
電子知性の冷静な指摘に、カイトは両の手のひらを上に向けて降参を示した。カメリアの声はツクヨミのスピーカーから出ていた。
『フィオレ様の精神的負担は把握しました。イグニシオン出身の乗員たちの振る舞いに関しては、一種のメンタルコントロールであると把握しています。拠り所に仕えることで、己は大丈夫であると精神の安定を図っている。貴女が気品を持って振舞うだけで、乗員たちには恩恵が与えられています。気負う必要はありません』
「そうはおっしゃいますが、私はもう王族ではないのですし」
『それは乗員たちも承知しています。その上での行動なのです。あとは自己責任かと』
「そこまでは……」
「簡単に割り切れるもんじゃないよ、カメリア」
淡々と話を続ける電子知性に、カイトは心の複雑さを語る。
「そりゃバッサリやれれば楽だけど、その後にだって影響でるし。人付き合いってオンオフじゃないから」
「カイト、経験あり?」
「……ノーコメント」
好きだった幼馴染を思い出す。思いを告げなかったせいで、告白する前にふられて。そのせいで関係が変わらず、友人関係が続いてしまった。恋人ができて幸せそうな幼馴染の姿を近くで見続けるのは、中々に辛いものがあった。
言葉では語らないものの、アキラが心を読むのを拒まなかった。相手の能力を考えれば拒めるものではないが、苦い思いをそのまま記憶から引っ張り出した。いつも通りそれを感じ取ったアキラは、再び口をへの字にした。
目論見通りに事が進んだので、再びフィオレに向き直る。相変わらず、元王女の表情には元気がない。
「……お悩みは、お付きの人たちの話だけじゃないようで」
図星を突かれたフィオレは目を見開き、脚の上に置いていた手を強く握りしめる。が、それもわずかな時間だった。諦めたように脱力して、訥々と話し始める。
「昨日の出撃で、私は戦いました。久方ぶりに、まっとうに飛ぶことができました。……最初は、自らの責務を果たせる喜びがありました。しかしやがて、それも変わって。ただ、暴力を振るう喜びが心に満ちました」
深くため息をつき、頭を振るう。
「子供のころから訓練を受けていていたのです。こういった気持ちは制御できるつもりでいました。……しかし、すこしばかり状況が変わればこのざまです。自分の未熟さにあきれるばかり。私によって被害を被った方々に、顔向けできないと反省してもしきれないと」
そこまで語り、顔を伏せるフィオレ。黒い青年と金の少女は顔を見合わせる。
「どう思いますね、艦長」
「うーん。思う所はいっぱいあるかな。まず最初にはっきり言うけど、いくらフィオレちゃんが反省したり謝罪したりしてもやった事は変わらないんだよね」
「うっ」
「アキラ、ぶっちゃけすぎだぞ。正しい事ばかり言えばいいってもんじゃないんだぞ」
「わかってる、わかってる。でね? 今、フィオレちゃんがしてるのは反省じゃなくて後悔なんだよね。『やっちゃったー』って気持ちでぐるぐるしてる。で、私の目からみると、ヒトの後悔って意味がないって思うんだよね」
「ほう、詳しく」
促され、アキラは己の持つ知識を分かりやすくなるよう解説する。
「詳しくかー。ええっとね。ヒトの脳って強い刺激が大好きなの。新しい発見。衝撃的な体験。とっても怖いナニカ。脳はなんでもいいんだよ。どれだけ本人が嫌な事でも、強い刺激ならば受け入れる。恐怖が娯楽になってる時点で、その証明だよね」
「あー……なるほどな。いろいろ思い当たる所があるわ」
カイトは故郷の遊園地を思い出す。ジェットコースター、お化け屋敷、迷路……。楽しさは、刺激なのだ。退屈とは、その逆なのだ。
「罪ってさ、やってはいけない、やったら破滅っていう特大の刺激だよね。だからヒトはダメってわかっててもそれをやっちゃう。で、やらかした後はその刺激を思い返す。精神はさておき、脳としては娯楽なんだよね。後悔って」
「ヒトのダメさ加減を別種族から聞くというのは中々厳しい体験だな。まあ、ダメ種族だという自覚はあるけど」
「カイト。ダメな種族ってのはラヴェジャーの事を言うの。それ以外は皆立派に生きているの。一緒にしたらダメだよ」
「底辺オブ底辺を引き合いに出されるとなあ……。ごめん、話を逸らした。続けてください」
アキラはうむ、と頷くといまだうつむく元王女へ向き直った。
「さっき後悔は意味ないっていったけど、それは起きた結果に対しての事。これからに関しては違う。反省ってのは『もうしない』って思う気持ちと行動。前に進むためのもの。フィオレちゃん、反省できる?」
問われて、少女は目を閉じた。しばらく、そのまま語る事も動くこともしない。アキラは待った。それを見てカイトも待った。ややあって、フィオレは目を開き前を見た。
「……はい。罪を償うためには、動かねばなりませんから」
「よろしいよろしい。あんまり思いつめちゃだめだよ。ヒトの心って頑丈じゃあないんだから。ストレスばっかりじゃ倒れちゃう。それから、償いに関しては光輝同盟に戻ってから何とかするから。カメリアが」
「また容赦のない無茶ぶりがカメリアを襲う」
『私の仕事ですので問題ありません』
「私だってやろうと思えばできるよ! カメリアに止められるんだけど」
『一つの問題を解決するのと引き換えに、十の大問題が発生しますので。国家規模で』
「うーん、頂点種のスケール感よ」
三人の気の抜けたやり取りに、フィオレは思わず笑みをこぼす。そして頭を下げた。
「アキラ様、カメリア様、お世話になります。この御恩は必ずお返しさせていただきます」
それを見て、安心したアキラも柔らかな微笑みを浮かべた。
「私についてはのんびりでいいよ。フィオレちゃんが元気でいてくれるのが一番だし。ドラゴンシェルで頑張ってくれている今もすごく助かってるし。これからは、他のみんなを見習って、休む時はゆっくりしてね。……カイトもね?」
「おっと、ここで流れ弾。睡眠時間はしっかり確保してるしー」
「勉強と訓練、詰め込み過ぎだってカメリアから何度も注意されてるよね? ……よっし、この際だからカイトのメンタルチェックもしましょう」
ふんす、と気合を入れるとアキラはまっすぐ青年の目を見た。美少女が真剣に己を見てくるのだから、カイトの心もそれなりに落ち着かない。が、それ以上に場の空気がうわっついた気持ちを押さえてくれた。
そして次の言葉で、そんな気持ちは消し飛んだ。
「カイト。ラヴェジャーに復讐する気だよね?」
「おう。するよ。絶対に、情け容赦なく」
嘘偽りなく、はっきりと答える。普段胸の奥にしまい込んでいる、真っ黒な炎が燃え上がる。
「今は、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。みんなに迷惑をかけるつもりはない。生存と脱出が優先だし、そのためには何でもする。でも、復讐は諦めない。ラヴェジャーはぶっ殺す」
一言口にするたびに、血に熱が回る。ぐらぐらと沸き上がる怒りで、視界が狭まる。普段、学びと仕事に集中することで意識しないようにしている復讐心。一度表に出せば、それは途端に燃え上がる。
「そもそも、ラヴェジャーなんて生きているだけで害悪じゃないか。記録を見る限り、反省したり改心したりしたデータが一つもない。奪って壊してそれっきり。自分たちで何かを作る事もしない。ただため込んでダメにする。ゴキブリの方がライフサイクルに貢献するだけマシだぞ」
「ゴキブリ、とは?」
「……故郷の害虫です。お気になさらず」
「はい」
フィオレの素直な疑問のおかげで、頭に昇った血が少し冷める。そのタイミングでアキラが動いた。
「カイト。私もラヴェジャーは大嫌いだし、そういった機会は作るからくれぐれも一人で動いちゃだめだからね」
「なんで?」
「レリックを手放せない身体だって忘れてる? それにとんでもない価値があるってことも」
「あー……」
そうまで言われれば、冷静な思考が戻ってくる。今回、アマテラスを追いかけているのもレリック狙いの者達だ。違法行為に手を染めて、艦体を作って襲い掛かるだけの価値が自分の身体に埋まっているソレにはある。それを思い出せば、一人で動くことの無謀さも理解できた。
「わんわん。ご主人様、俺ラヴェジャー殺したい殺したい」
「まあ、何て直球で物騒なんでしょう。いい子にしてたらそのうちね。必ずね。あと、ペットごっこは禁止です」
「はーい」
「聞き分けが良くて何よりです。……というわけで、フィオレちゃん」
「は、はい。なんでしょう」
珍妙なやり取りをやや困惑しながら眺めていたが、名前を呼ばれて背筋を伸ばす。
「余裕があったらでいいから、カイトを気にかけてあげてね。普段はまじめに仕事するか勉強するかだけど、ちょっと油断すると殺伐になるから」
「ええっと、はい。がんばります」
「手に余るって感じたらいつでも見捨ててね!」
「本人が元気よく言う事じゃありません。めっ」
「ぐわー! 混乱ぐわー!」
カイトが頭を振り回す。反省を促すにしてはやや強めのようにフィオレには見えた。どうやら、叱る気持ちは本気のようだ。
それでも二人は楽しそうで。そんな輪に入れてもらえる自分は幸せものであると、フィオレはやっと気づくことができた。
それからしばらく、とりとめない雑談をして過ごした。フィオレにとっては、心を癒す温かい時間だった。




