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輝く彼女と星間飛行(スタートラベル)  作者: 鋼我
第二章 遊覧飛行
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艦船が踊る

 コアルームの真上。甲板の上に、黒い多脚戦車の姿があった。使用できる暴乱細胞レイジセルをすべて費やして作り上げた姿だった。踊るように動き回るアマテラスの上で踏ん張るために、多数の脚が必要だったのだ。


 砲塔には、連射式レーザーを二門乗せた。撃墜よりも撃退を狙う。なお、射撃を行うのはカメリアである。この悪環境で狙って当てられるほどの腕はカイトにはない。訓練してもほぼ無理である。レリックを三つも装備する電子知性だからこそ、予測射撃が可能だった。


『予定射撃位置、到着』

『確認しました。けん制射撃を開始します』


 砲塔から、レーザーが次々と放たれる。敵味方ともに、目まぐるしく位置を変えるこの状況。攻撃機の最小は15m、攻撃船は最大150m。幅はあるが、彼我の距離が数百メートル開けば、どちらも変わらず豆粒のような大きさになる。そして実際の距離はそれ以上だ。


 だから照準を合わせるのは、相手が移動するであろう位置。さながら機雷を撒くように、レーザーを発射する。そうすれば、相手はこちらの射撃に当たりに行くことになるのだ。


『敵艦から迎撃射撃! 当ててきたぞ!』

『冗談だろ!? なんであれっぽっちで当てられるんだ?』

『ラッキーヒットにビビるな! シールドは抜けねえよ!』


 相手側の通信を傍受する。まだまだ意気軒高。


『カメリア、荷電粒子砲にしよう。もっとビビらせなきゃだめだ』

『命中率が著しく低下しますが』

『狙いは連中のメンタルだ!』


 即座に砲の構造を変化させる。まともな兵器であるなら、戦闘中に武装変更などできやしない。機械細胞の最大の強みを使って、状況に対応する。


『威力は最大で。相手の近くに飛ばせればいい』

『了解しました。出力最大、攻撃を開始します』


 攻撃が再開される。先ほどに比べれば発射間隔は明らかに長い。だというのに、敵の通信は騒がしくなった。


『んっだあ? やっべえビーム飛んできやがる!』

『あんなの当たっちまったら、シールドが消し飛んじまうよ!』

『び、ビビんな! 当たらなきゃどうって事は……うわぁぁぁぁ!?』


 最後の悲鳴の理由は、単純なものだった。アマテラスが、艦体をぶつけに行ったのだ。もちろん、互いにシールドはある。ピンポイントであれば、移動に専念しているアキラも障壁を張る事は可能だ。


 つまり、一方的に大質量でぶっ飛ばせる。通常であれば、絶対にやるべきことではない。艦隊にもエネルギーにも馬鹿にならない負担が出る。だが、カイトが砲台をやらなければならないように、戦艦アマテラスにまともな砲撃能力はない。


 逃走開始からの変わらぬ方針。使えるものは何でも、がここでも発揮した結果だった。


『申し訳ない。命中ならず、でした』


 淡々としたシュティンの謝罪が通信で伝わってくる。


『誰だよ、シュティン大尉に当て逃げ命令したの……』

『私じゃないよ?』

『私でもありません』


 カイトのやや引き気味の疑問に、主従はそろって否定する。


『私の自主的な行動です。邪魔だったので』


 この大尉さん、結構アグレッシブだな。カイトはその感想を口にしなかった。状況はさらに厳しい状態になっていた。砲撃の至近弾が増えてきた。周囲を飛び回る戦闘機もまた、数を増やしている。シュティンの操舵指示だけでは、限界が近い。彼が無茶な行動をとったのも理由あっての事だった。


『むむ、む。大分、厳しい。こうなったら私が……』

『お待ちください艦長。私、ドラゴンシェルに出撃許可を』


 アキラが覚悟を決めようとしたその時、フィオレが通信で割って入った。映像に映る彼女は各部をフレームで補強されたパイロットスーツに身を包んでいた。強い慣性からパイロットを守るための装備の一つだった。


『性能は落ちてもレリックです。この程度の輩など蹴散らしてごらんにいれます』

『でも、いま出撃したら置いてっちゃう』

『ご安心ください。ドラゴンシェルは単身で跳躍ジャンプが可能です。座標さえあらかじめ教えていただければ合流は可能です。さあ、時間がございません』


 頂点種はその高い能力でほんの一瞬、深く悩んだ。ドラゴンシェルは整備が行き届いていない。性能は完全ではない。四方八方から攻撃されているこの状況で出撃させるのは明らかに危険。


 しかし、状況打破する一手が必要なのもまた事実。アキラが単身で出撃した場合、戦艦アマテラスが負うリスクもまた大きい。撃沈の可能性もある。


 そしてアキラは思い至る。不確定要素は数多くある。選択が失敗を呼ぶ可能性もある。何もしなければ敗色は濃厚。結局は、フィオレを信じられるかどうかであると。


 頂点種は、自分に強い意志を投げかける娘を見た。汚名の返上。誇りの再獲得。復讐。彼女の心が燃えているのを感じた。


「ようし、発進許可! フィオレちゃんやっちゃって!」

『お任せください。勝利を我らに』

「ドラゴンシェル、発進準備に入ります。臨時砲撃手は支援位置に」

『了解。スサノオ、移動します』


 通信も周囲もあわただしくなる中、フィオレは燃え上がる己の感情を鎮めようとしていた。敵は憎きラヴェジャー。仲間が脅威にさらされている。そして自分にはドラゴンシェルがある。全力を尽くすべき状況と自らの望みが合わさっている。ある意味、幸せな状況ですらあった。


 しかし、好き勝手叩けばいいというものではない。副長補佐の作戦は彼女も通信で耳にした。その方針であるならば、敵は撃破よりも損傷が望ましい。幸か不幸か、連続使用による劣化の為にドラゴンシェルの性能は落ちている。撃破できない火力が、丁度良く作用するはずだ。


 火力は(問題あるが)整った。同様の理由で機動力にも不安はある。後は己の腕と判断力で補うしかない。猛っている場合ではないのだ。フィオレは鋭く細く、息を吸う。目を見開く。意識が、船と接続する。


 いわゆるシステムリンクと呼ばれる状態。ドラゴンシェルとこれを行える者のみが、パイロットとして機体を操作できる。空間戦闘最強の一つと数えられる、このレリックを。


 格納庫から空気が抜かれる。整備員は全て退避済み。搬入口が開かれ、目まぐるしく動く宇宙が見えた。


『こちらフィオレ。発進準備よし』

『機体には最大性能の60%までしか出ないよう、リミッターをかけてあります。くれぐれもお気をつけて』


 すでに知っている情報だが、あえての注意喚起。強く意識しておけという事だ。いつもの調子ではいられない。だが、精神だけは絶好調だった。

 


『ドラゴンシェル、発進!』


 絶え間なく回避行動をとる戦艦からの出撃。それを狙い撃つのは極めて困難だろう。何より、何処に船が仕舞われているか外の者は誰も知らないのだ。それでも、加速の付いていない時間が一番危険な事に変わりはない。


 即座に出力を上げることはできない。しょせんは臨時の格納庫。ドラゴンシェルの噴射に耐えられる設備が何もないのだ。安全な距離になるまで離れなければいけない。幸いな事に、敵側の注意を引き付ける役目はカイトがやってくれた。予想もしない方法で。


『はい、襲い掛かる全ての皆さん! レリック! レリックはいかがですか! ここにたくさんありますよ! 暴乱細胞レイジセルが山盛り! 光源水晶こうげんすいしょうも二つ! ええい、明力結晶めいりょくけっしょうもつけちゃうぞ! さあ、もってけ泥棒、できるもんならな!』


 カイトはなんと、ホログラフで宣伝広告を投影して見せた。ギラギラと、下品なほどに輝いて見せる。水着姿の女性まで投影して、男たちの興味を引いて見せた。おかげで安全に発艦できたが、フィオレの内心は複雑だった。


 あの女性のモデルは誰なのか、後で聞きだす必要がある。わずかながら沸き上がった苛立ちを込めて、出力を最大に引き上げた。いつもより、加速が遅い。リミッターが効いている。しかしそれでも、周囲を飛び回る三級品を相手どるには十分だった。


(加速が遅い。旋回がユルい。シールドも薄い。どれもこれも、正規品とは程遠い)


 早速後ろを取った一隻に向けて、トリガーを絞る。出力が抑えられた荷電粒子が相手のシールドを一撃で吹き飛ばし、推進装置にダメージを与えた。


『くそ、やられた! 何だあの威力と速度は!』

『ドラゴンシェルだ! ドラゴンシェルが出たぞ!』

『嘘だろ!? 勝てるかあんなもの!』


 そんなやり取りのなか、二機目の背後に取り付く。多くの部品が劣化したドラゴンシェルだが、二つだけ全く性能を損なっていない部分がある。一つはフレーム、ドラゴンの骨。頑強極まりないこれが、無茶な機動を支えている。


 そしてもうひとつこそが、ドラゴンシェルの本体ともいえるものだった。機体の内部を流れる液体。取り出してしまえば瞬く間に揮発してしまうこれを、イグニシオンの学者はフレイムブラッドと名付けた。


 この液体があるからこそ、既知宇宙最高性能の慣性制御機関ベクトルコントローラーを超える機動制御力が得られている。外気に触れない限り、血が失われることはないし劣化もしない。


 血と骨。レリックを支える二つはいまだ健在。ドラゴンシェルは十分に戦える。フィオレは二機目を行動不能にすると、次の獲物に狙いを定めた。相手は選びたい放題だった。誰も彼もが、カイトに狙いを定めている。


『ドラゴンシェルより戦艦だ! 甲板にへばり付いている黒いのを狙え!』

『あれが本当に暴乱細胞だっていうのかよ!?』

『あんなにすぐに形を変えられるメカがほかにあるもんかよ! 狙え! 撃て!』


 なんとかして多脚戦車に命中させようと、敵機が群がっている。しかし、逃げ回るアマテラスを追いかけるだけでも一苦労。甲板の上で回避行動に専念するカイトを狙い撃つのは至難の業だ。なお、ホログラフはそのままだ。むしろ先ほどより派手さと低俗さが上がっている。


『おしい! 至近弾コースでした! しかし戦艦のシールドはまだ抜けていない! さあ皆さま、振るってご参加のほどを! あ、自分、シールド分厚い所に移動しますねー』

『てめえちょこまかと!』

『そっちいくんじゃねえ! 狙いがぶれるんだよぉ!』

『そのホロも寄こせ!』


 オープンチャンネルが賑やかだ。互いに殺し合いの道具を振り回している自覚はあるのだろうかと疑問を覚える。男たちのバカさ加減にやや付き合いきれない気持ちを覚えつつ、それはそれとして迎撃を続ける。


 スコアは順調に伸びている。しかしいくらドラゴンシェルが優秀でも、戦局を変えうるほどではない。が、こちらもサバイバルを続けてそれなりになる。わずかなリソースを費やして利益を最大化させる。そんなことを繰り返してきた。


 今回もそれをするまでの事。カメリアが動いていた。


『4機目、中破。メイン推進器とスラスター、装甲にダメージです。スラスターはメーカー修理で数千クレジット。装甲と推進器は買い替え。グレードの低いものでも総額二万クレジットはかかるでしょうか』

『おいやめろ! 現実を突きつけるな!』

『ラヴェジャーは間違いなく損害を補填しません。他の雇い主も似たようなものでしょうね。戦うだけ損では?』

『んな事はわかってんだよぉ!』


 撃墜された船の損害を、オープンチャンネルで垂れ流す。傭兵たちが目に見えて動きを鈍らせている。フィオレは教養として学んだが、傭兵たちの経済状況は恵まれているとは言い難い。


 ごく一部のエースは例外とするが、それ以外の基本方針は損害をなるべく減らすことを至上とする。宇宙で働く傭兵にとって、船は商売道具で家で財産だ。壊れれば、仕事も生活も立ち行かなくなる。そもそも、宇宙港にたどり着けるかどうかという問題すら発生する。


 せっかく命がけで金を稼いでも、修理代で吹き飛んでしまっては意味がない。金を出してもパーツや修理工がいなければ直すこともできない。兎にも角にも、リスクが多いのだ。


 これがまともな仕事ならば、やる気もおきるだろう。だが、ラヴェジャーが関わった非合法案件である。報酬どころか、その後の人生も危険な状況。どうしてやる気が出せるだろうか。


『傭兵の皆さん、ラヴェジャー艦隊にお気を付けください。やる気がない傭兵を後ろから撃つ気のようです。射線に入らないようご注意を』

『くそ、やっぱりかよ!』

『前も地獄、後ろも地獄。どうしろっていうんだ畜生!』


 アマテラスに追いすがっていた傭兵たちの船が、動きを乱す。もはやこちらを攻撃するどころではなく、背後を気にしている状態だ。ならばあとは、と新たな狙いを定めようとしたフィオレの耳を警告音が打つ。


 敵艦隊の砲火が、ドラゴンシェルに向けられた。すぐさま操縦桿をひねる。踊るように方向を変えながら、狙いを定めさせぬように飛び回る。つい先ほどまでいた場所に、対艦出力の荷電粒子が通り過ぎる。いまのドラゴンシェルでは、当たればただでは済まない威力だ。


(周囲に障害物も敵もない状態で! 当たってなるものですか!)


 この程度の回避は、訓練でも実戦でも経験済み。機体性能が不調の状態での訓練だって行っている。ラヴェジャーに捕まってからはそれが日常だった。かつての、追い詰められていた頃と違って、今は気力十分。これまでの戦闘による疲労など、集中力を下げるには程遠い。


 レーザー、ミサイル、荷電粒子砲、実体弾、核弾頭。広大な空間に、破壊の力が満ちる。4つの推進器の出力をそれぞれ変動させ、容易に機動を予測させない。フレイムブラッドが機体を駆け巡り、慣性を自在に操る。


 フィオレの心に、黒い愉悦が沸き上がる。それはひどく甘美で、自然と口の端がつり上がる。


『……あれだけ狙われて、何で落ちないんだ』

『ドラゴンシェルに勝てるわけないんだよ! レリックだぞ!』

『傭兵共! さっさと囲め! 撃ち落とされたいのか!』


 敵側の士気は、いよいよ底辺まで落ちていた。巨大戦艦といえど、たった一艦。レリックといえど、たった一機。それが落とせず、逆に振り回され続けている現状は戦意の維持を不可能としたのだろう。


 味方用の通信が入ったのは、このタイミングだった。


『アマテラスの跳躍機関、チャージ完了。これより敵側を混乱させます。そちらも跳躍の準備に入ってください』

「っ! 了解。離脱準備を始めます」


 己を取り戻し、自己嫌悪に沈みそうになるが指示に従うのが先。攻撃を振り払いながら、大きく軌道を変える。混乱とは、何をするのか。フィオレの疑問はすぐに解決した。


『いっせーの、むにょ~~~んっ!』


 緊迫した戦場に似合わぬ、アキラの声が響き渡る。その表現の幼稚さに比べて、実際に起きたことは脅威の一言だった。


 混乱コンフュージョン。頂点種の精神感応能力で、敵側のすべてのメンタルを揺らしたのだ。狙われたわけではないが、精神持つ者ゆえに分かる。さながら、寝落ちする寸前のように意識が朦朧とする。


 何の訓練も準備もしていない者たちにとって、抗えるはずもない攻撃だった。傭兵たちの船は四方八方、てんでバラバラに飛んでいく。艦隊からの攻撃も止まった。逃げ出すには、これ以上もない隙だった。


「跳躍機関、チャージ完了。ドラゴンシェル、跳躍まで5、4、3、2、1」


 ドラゴンシェルがその場から消えるのとほぼ同時に、アマテラスもまた別星系へと移動する。後に残るのは破損した傭兵船、物資を消費した寄せ集め艦体。


 無秩序に通信が入り乱れる。助けを求める声、逃がした事への叱責と怒号、今後への対応についての問い合わせ。


 徒労感に包まれた艦隊の中で、ただ一人冷や汗を流しつつも笑みを浮かべる娘あり。中古のコルベット艦、レッドフレア号の主ヴァネッサ。


「は、はは。これだけ相手取って、ほぼ無傷で切り抜けたよ。やっぱ頂点種ってのは半端ないね」

「お嬢、笑ってる場合じゃなですぜ」

「いいや、笑うね。笑ってないとやってられないってのが半分。もう半分はマジで希望が見えてきた」


 呆れるクルーの前で、ヴァネッサは企みを披露する。


「今回の戦闘で、尻に火が付いた傭兵が増えたはずさ。そいつらを取り込めば、計画はさらに進む。ついでにいえば、相手側の強さもわかった。なにがなんでも、ラヴェジャーどもを頂点種にぶつけるよ」


 トップたちが罵り合う通信を聞きながら、若い船長は野心を燃やしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 現実を突きつけるのはやべーな 回避も防御も出来ないのに致命傷じゃんw
[良い点] 撃破ではなく損耗目的の攻撃、ホロの挑発でヘイト稼ぎ、オープンチャンネルで動揺を誘い終いにはテレパス・コンフュージョン…えぐい、えげつない! [気になる点] ヴァネッサ、艦隊から傭兵を割って…
[良い点] うーん、切羽詰まった後のない退却戦のはずなのに、全体的に悲壮感がないのが素晴らしいw 皇女様も眉を顰めたお色気広告もそうですが、カメリアの損害通告も、カイトのアイディアっぽいですなぁ 真…
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