熱い交流
ミリアムが最初に艦橋を見た時の第一印象は宮殿、だった。三キロの巨大戦艦を管理する場所なだけあって、多くのオペレーターを配置できる空間。それが美しくデザインされていたのだからこのような感想も出てくる。
加えて艦内の他の部分に比べて、破損がほとんど見受けられられないという点も大きかった。
カメリアの説明する所によれば、艦橋に至る道は何重もロックをかけていたらしい。外から突入を試みた時もあったらしいが、分厚い装甲とセキュリティに強奪者は撤退したとの事。故に部品を取られたりなどの行為は行われなかった。
さて、王座ともいえる艦長席。その隣に副長となったミリアムの席はあった。およそ軍艦の椅子とは思えぬ技術と品質を詰め込まれた椅子。車椅子からこの席に簡単に座りなおせるようにサポートアームまで付いていた。足が満足に動かない彼女にとっては助かるが、一体何を想定してここまでしているのだろうと首を傾げた。
『船影、増加中。速度を揃えてこちらに接近しています』
電子知性の音声が艦橋に流れる。二百を超えてなお増加するその数に、ミリアムは表情を硬くしていた。その理由はこれから予想される困難を予想した、だけではない。解析された情報によれば、その種類は極めて雑多だった。武装した民間船、大型輸送船、軍艦。国もメーカーも年代もサイズも統一感がまるでない。
まかりなりにも軍に所属していた経験からすると、これは疑問を覚える状況だった。ここまで戦う力をもった船を集めたのだから、その目的が戦闘であるのは間違いないだろう。だが、性能の違う艦船を雑多に集めるというのは多くの面でデメリットがある。
まず、単純に移動速度が違うから足並みがそろわない。バラバラに動いては数を揃えた意味がない。数に物を言わせて、四方八方から攻撃をする。言うは易く行うは難し。敵味方が入り乱れる戦場で、意図を合わせた行動を行うのは多くの困難が伴う。
状況の理解が難しくなり、判断を誤る。誤った判断がミスを生み、意図した行動から外れる。行動計画が瓦解し、それを敵側に利用される。はるか昔、惑星上で棒切れを振り回して争っていた時代から集団がまとまって行動するのには多くの努力が必要とされた。
多くの技術が生まれ道具が作られたこの宇宙時代においても、基本的な所は変わらない。知識も技術も使う者次第だ。規律を学び、沢山の訓練をしてやっと軍隊が作られる。集団で戦う事のできる組織。時間とコストがかかっているのだ。
短い人生の半分近くをそこで過ごしたミリアムにとって、軍での常識がすべて。だからこそ、彼女には相手側が理解できなかった。戦えば、確実に相手側は大きな損害を被るだろう。この戦艦を止めるのに、それを許容するのだろうか?
辺境星域の常識を知らぬ彼女には、目の前の状況は理解しがたいものだった。
そのように頭を悩ませていると、エレベーターが開き新たな人員が入ってくる。副長補佐のハンス・レッドとミリアムの友人にして護衛、アリーチェ。そしてほぼ同時に、艦長席に輝きが集まり、金髪をなびかせた美少女が現れる。頂点種、アキラ艦長である。彼女の頭には艦長を表す帽子が載せられていた。
「おまたせー。わあ、けっこういるね」
『はい、数だけは。玉石混交で三百を超えます』
カメリアの言葉に、席に着いたハンスが相手側の情報を読み始める。その眉根には皺が寄っていた。
「それで……どうしよっか?」
艦長の言葉に、一瞬ミリアムはめまいじみたものを覚えた。組織のトップから聞きたい言葉ではなかった。が、すぐに考えを改める。頂点種といえど完ぺきではない。彼女は艦長としての振る舞いを全く知らないのだ。そのサポートの為に自分のようなものを傍に置いた。役目を果たさねばならない。
「正面から戦えば、敵味方共に大きな被害が出ると予想されます。現在アマテラスは遠距離攻撃手段に乏しい状態にあります。艦長のお力を使っていただいても……」
副長として、現状の戦力を頭に入れてある。ドラゴンシェルという最高の戦闘船があるとはいえ、多勢に無勢。光輝宝珠の戦略兵器を超える火力があったとしてもすべては落とせない。
「撃ち漏らしが多くなっちゃうだろうね、結構広がってるし。……じゃあ、避けて進む?」
光輝同盟の勢力圏まで、あとすこし。通常の跳躍機関でも、数回ほど飛べばたどり着ける。アキラの能力ならば、それを早めることができるだろう。
『……残念ながら、難しいかと。どれほど遠回りをしても、到着前に捕捉されます。戦闘となれば、移動も困難となります』
「この間の戦闘、割とギリギリだったものね。……戦うと負けちゃうかな」
『アキラ様は問題なく。ですが……』
「だよね。うん、大丈夫。私は艦長、みんなの責任者だから」
幻の帽子を、アキラはしっかりとかぶり直した。その時、通信席のスタッフが声を上げた。
「報告します。前方の艦隊から通信が入っています。……データベースに記録あり? は? な、何でここに?」
「報告は正確にしなさい」
ミリアムは私兵時代の部下を叱咤する。顔をこわばらせた兵士は、いまだ驚きが抜けない声で報告を続ける。
「通信してきたのは小陽カルナバーン帝国ニスラ伯爵家私兵艦隊所属、巡洋艦ブラックハンマーC8! 自分たちの古巣です!」
「っ! アンテロ団長!」
ミリアムは、己の血が怒りで沸き立つのを感じた。私兵として生きていた半生は、苦痛に満ちていた。素質があると見いだされ、ほかの多くの子供たちと一緒にモルモットにされた。幾度となく身体を切り刻まれ、機械を埋め込まれる。その過程で多くの者達が命を落とした。
結局最後まで生き残ったのはミリアムだけだった。その後も楽ではなかった。情報処理だけでなく、身体を動かす以外のあらゆる軍事的な事柄を詰め込まれた。前線指揮から後方支援、艦内統率から艦隊運用まで。
エリートを作ろうとしていたのではない。ミリアムに施された処置で、何処までの性能を発揮できるかのテストをしていたのだ。そのテストが終わった後は、私兵団で運用されることになった。
現場で働く下層民の兵は使い捨て。訓練も限りなくインスタント。士気もモラルもない兵士たちを、それでも何とか生き延びさせようと足掻く日々。多くを取りこぼしながら、わずかに生き残った者たちに訓練を受けさせた。次も生き延びさせるために。
そうして足掻いた結果、ある日唐突に切り捨てられたのだ。私兵団の頂点にいたアンテロ・ニスラに対して恨むなというのが無理な話だった。
「貴族の私兵団? そんな巡洋艦のデータが何故あるんですか? 副長が提供したとか?」
ハンスが首をかしげる。相手の船がどこに所属しているかなど、国家の専門機関でもない限り分かるはずがない。そもそも、この既知宇宙にどれだけの艦船が運用されているか。その膨大な情報を持ち歩く船などまずないのだ。
『いいえ。私が手に入れた情報です。ラヴェジャーの基地に潜伏していた頃、取引相手のデータは一通りコピーしておきました。現在相手側をそれと照合しているのですが、どうやら当たりのようです。ラヴェジャーを中心とした犯罪カルテル。この間の残党も合流しているようで』
「……なるほど。なりふり構わずかき集めたわけか」
表示されたデータを一瞥しながら、ハンスは状況の深刻さを改めて理解する。自分たちの敵国であったギラッド合一連邦の艦船があるのを認識してからは、特に。
『艦長、通信はどうされますか?』
「繋いで。お話しても、問題ないだろうし」
アキラの言葉に従い、通信士が操作する。スピーカーから、男の声が響いてくる。映像はない。
『頂点種に告ぐ。速やかに保有するレリックを全てこちらに提出せよ。この要求が通らない場合、巨大戦艦の安全は保障されない。繰り返す……』
「アンテロ・ニスラ……に、間違いありません。データと一致しました」
「ミリアムちゃんたちをラヴェジャーにポイした人かー……」
「艦長。プライベートはともかく、ここでは役職でお呼びください。規律の為です」
「はーい。ハンス君はまじめだなあ」
「艦長」
「はいはい、ハンス副長補佐。さーてと、返答するよー」
おほん、とする必要もない咳払いの後にアキラは音声を送る。
「こちら、戦艦アマテラス艦長、光輝宝珠のアキラ。アンテロ君の要求には応じられない。何で私のものを君たちに渡さなきゃいけないのかな?」
相手側が絶句した気配が、通信に乗って伝わってきた。実にいい気味で、ミリアムは仲間たちに伝えたくなった。
わずかな沈黙。さぞかし大きな感情を飲み込んだのだろう、アンテロの声は震えていた。
『……そちらのレリックは、我々がラヴェジャーと取引して受け取る予定であったものだ。所有権は我々にある』
「まずラヴェジャーと取引するって時点で論外だし、これはもともと私のもの。取り返したのだから所有権はやっぱり私にある。渡すわけないでしょ」
何かを殴りつけた音が伝わってきた。ミリアムが記憶する限り、アンテロは短気な男だった。貴族の血族という立場が使えない相手との交渉は、さぞかしストレスを感じている事だろう。
『で、あれば。その戦艦の無事は保証できない。気密が保たれているだけの巨大な棺桶では、この数に抗えないくらいはわかるだろう』
「うん、そうだね。まともにぶつかったら壊れちゃうね」
『ならば』
「私、報復するよ」
この言葉を聞いたすべての知性体が、恐怖を覚えた。電子知性であるカメリアですら。艦長席に座るアキラは、笑っていなかった。眉尻を吊り上げている。
「アマテラスには、私の大事な人たちが乗っている。私は艦長で、乗組員への責任がある。だから、こちらに危害を加えようとする者は許さない。戦艦壊してみんな死んじゃったら、私は報復する。貴方たちだけじゃない。例え兄弟姉妹が止めようとも、かならず報復する。ラヴェジャー、辺境星域、小陽カルナバーン帝国、ギラッド合一連邦。その全部に。覚悟、ある?」
敵はもとより、ブリッジにいる者達すら声を出せなかった。頂点種が怒りを放っている。激怒というほどではない。それなのに、只々恐ろしい。
誰もが動けない中、アキラの前に通信窓が開いた。
『アキラー。なんかやべー気配がムンムン漂ってくるんだけど、どういうこと』
「えーっと、ちょっと怒った。カイト、そんなに不味い感じだった?」
『めっちゃヤバい。スケさんカクさんはコアルーム向けて祈り出すし、獣人さん達は軒並み腹を上にしてひっくり返ってる。ベンジャミン君は泣きながら気絶した』
「うわあ、大惨事。ごめん、気を付けるね」
『そーしてくれー』
通信が終わるころには、ブリッジに満ちていた威圧感はすっかり拭い去られていた。皆が胸をなでおろす。そして、カイトの特殊性を改めて理解する。怒れる頂点種に、何気なく話しかけられる。アキラの焦点という立場であるからこその事だろうが、今後頂点種と接していく上で重要な人物として認識するには十分だ。
彼女が怒ったらアイツにまかせよう。皆がそう理解した。
「……おほん。で、アンテロ君? どうするの? 本気の私と喧嘩する気、ある?」
気持ちを切り替えたアキラがそう問いかけるが、返答はない。通信士がアキラに振り返る。
「艦長。通信は繋がっていますが、相手側からの音声がミュートされています」
「ありゃま。これは、話し合い中かな?」
「アンテロ・ニスラには勇猛さも責任感もありません。自己の欲望と保身のみが頭に詰まっています。怒れる頂点種の前に立つ度胸もないのですから、今頃部下に当たり散らしているかと」
辛辣に、ミリアムが吐き捨てる。その隣でアリーチェが強く頷いて同意を示した。
「今のうちに相談するけど、あの集団を避けていく事って無理かな?」
「機動性のある船が百隻以上見受けられます。迂回しても、光輝同盟にたどり着く前に追いつかれるかと」
ミリアムが、データを示しつつ説明する。カメリアのサポートのおかげで、細やかなデータが簡単に出せる。自分ではここまでの早さで作業できない。電子知性の能力を獲得するなど、ただの妄想にすぎないのだと改めて思った。
「戦うのは無理。避けて進むのも無理。さっきの脅しで、引いてくれるといいんだけど……」
「それですが。連中が攻撃してきた場合、第三の道が……」
ハンスが言いかけたその時、再びスピーカーが相手の声を伝えてくる。それは、アンテロのものではなかった。
『頂点種に告げる。我々にレリックを渡せ。貴様がどれほど強大であっても、死者は蘇らせられない。いかなる頂点種も、それはできない。過去のデータが示している。仲間を失いたくなかったら、要求に応じろ』
「通信は、先ほどとは別の船から届いてます。これは……大型交易船? アダーモ?」
『闇商人アダーモ。近隣の辺境星域でラヴェジャーを上手く使い利益を上げている人物です』
「うーん、こっちの弱点を見抜かれちゃったね。……これはもう、私が大暴れするしか」
アキラがそう覚悟を決めそうになった時、これまで黙って操舵席に座っていたシュテイン・アンカー8・グリーン大尉が口を開いた。
「ハンス。作戦をたのむ」
「はい艦長……じゃなかった、大尉。アキラ艦長、それよりもっと良い方法があります。逃げるのです」
周囲の視線が集まる中、ハンスは艦長席を見上げながら意見を続ける。
「連中は寄せ集めです。確かに数はあります。ですがそれゆえに、大量の物資を必要とします」
「補給、ですね?」
ミリアムは、副長補佐の意図するところを理解した。ハンスは頷きながら、ホログラムのモニターに相手側を大写しにする。
「軍隊というのは大食らいです。ただいるだけで、水、食料、衣服、エネルギー等々消費していきます。艦隊なら、ここに艦そのものの維持費がかかります。ああしているだけでも、艦内環境の維持に少なくないエネルギーを使っています。大きな船ならその分余計に」
「あー。うん、わかるよ。アマテラスだって、いろいろ大変だもの」
「軍が戦えるのは、国家の支えがあってこそ。連中も多少は備えているでしょうが、潤沢ではないと推察できます」
ハンスの発言を聞きながら、副長もまた情報を表示させて説明を補足する。
「小型の船は、どれもが不揃い。傭兵の可能性が高く、そうであれば補給物資の備蓄は少ない。加えて寄せ集めすぎる艦隊構成は、物資の流用に支障をきたします。誰かの船が壊れた時、パーツを融通できる船が少ないという事です」
「移動すればするほど、エネルギーは使うし不具合もでる。補給地点から離れれば、それだけ負担も増える。以上の事から、我々が取るべき進路はこうです」
新しいホロモニターが現れる。それは、いままで戦艦アマテラスの通ってきた航路。そこに、逆向きの矢印が加えられた。
「戻りましょう。情報がある分それだけ早く、遠くに移動できます。移動距離と時間は我々に味方します」
『時間があれば、アマテラスの設備の復旧作業ができます。艦長、私は副長補佐の意見に賛成します』
信頼する電子知性の言葉を聞いてから、アキラは艦橋を見回した。モニターから目を離せない一部を除き、皆の視線が彼女に集まっていた。不安があった。緊張もあった。決意があった。しかし、不満はなかった。アキラは決断した。
「よーし! それじゃあ、逃げちゃおう! 艦体回頭百八十度! せーの、どん!」
気合一発、空間跳躍。戦艦アマテラスがその場で船首と船尾の位置を入れ替えた。頂点種の極まった力に、慣れていない者達は敵味方共に目を白黒させる。
慣れている者達はすぐさま行動を開始した。
『跳躍機関にエネルギー充填を開始。安全性を考慮し、出力は30%とします。機関室、事故防止を最優先に』
『こちらガラス。航空隊、発進準備に入ります』
「全力で逃げるつもりだから、二人とも緊急時以外出撃はないと思ってね。カイト、甲板にでて砲撃準備おねがい」
『アイアイサーキャプテン』
滑るように、巨大戦艦が動き出す。我に返った乗員たちが、自分の仕事を再開する。通信士が再び振り返る。
「艦長、ラヴェジャー側が停止を求めてきています」
「やだ。止まったら負けちゃうもん」
「では、無視でよろしいですか?」
「えーとね……やだぷー、って返しておいて」
通信士は大人の兵士である。ミリアムの下で、厳しい訓練と実戦を超えてきた。冗談だって、このような命令を受けた事も実行した事もない。
だがやった。彼はまじめな士官だった。艦長の命令は絶対である。その結果は敵からの攻撃という形で現れた。
「敵艦隊、砲撃開始! 戦闘機、戦闘船が追い上げてきます!」
アマテラスに砲撃が届く。軍用の対艦レーザーがシールドに弾かれ、艦体を照らし出す。ここまでの航海の間になんとかメンテナンスを進めたが、その出力は本調子には程遠い。
『シールド、出力20%稼働。エネルギーに問題はありませんが、損耗に回復が間に合いません』
その報告を受けて、操舵席のシュテインが声を上げる。
「レーダー観測、攻撃予想範囲を出してくれ。艦長、敵の砲火が薄い場所を示します。その通りに飛ばしてください」
操舵席に、敵の攻撃予想範囲がしめされたホログラフが現れる。シュテインはそこへ一本の線を引く。刻一刻と変化するホロに、彼は見事に予測を立てる。アキラは示される通りに移動させる。
右へ左へ、上へ下へ。激しく進路を変える巨大戦艦。慣性制御機関が最大稼働するも、運動エネルギーを消しきれない。それぞれがシートにしがみついてなんとか耐える。
その甲斐あって、着弾回数は大きく減衰した。シュテインの予測の正確さに、カメリアは静かに驚嘆した。彼女の予測を超えた働きだったからだ。
「むむむ。ぐむむむ」
両方のこめかみに人差し指を当てて、アキラは移動のイメージを作る。もちろん、彼女の映像にそれをさせる直接的な意味はない。しかし気分を上げるのには役に立っている。
「攻撃機群、接近します!」
『カイトさん、お願いします』
『了解。大具足タヂカラオ、発進』




