曲者どもが巨艦に集う
戦艦アマテラス内に、運動エリアが作られた。元はレクリエーションルームとして設計されたが、いつものごとく中身はない。閉鎖的な宇宙船生活で運動能力を保つには、積極的に身体を動かすことが必要だ。
そこで、機械プリンターを使って各種運動器具を生産。運動不足解消と、乏しい娯楽のために設置した。天井の低い体育館程度の広さのその場に現れたハンス・レッド中尉は、ぐるりと見まわしてからうんざりとした声を上げた。
「まったく、巨大戦艦ってやつは空間の使い方が贅沢だな……」
多くの船は、このようなスペースを持つことが叶わない。必要な設備をできうる限り詰め込むので精一杯だ。運動器具は伸ばして使うスプリングだけ、などという船は珍しくない。
「副長、ここで止まってても……」
「わかってる。あと、今は副長補佐な」
同じ船で部下だった者達に促され、ハンスは運動器具へと進む。彼らは皆、支給された運動着に着替えていた。集団で動いている理由は、自発的行動ではなくそうするよう指示されたからだ。それがだれかといえば、カメリアである。
『健康維持のため、規定の運動をこなしてください。現在運動エリアが空いているので、部下の方を連れて』
艦内の実質的支配者である主計長にこう指示されては、副長補佐といえど従わざるを得ない。そもそも反抗する気もなかったが。
そんなわけで規定運動量をクリアーする為、各々が器具を使い始める。ハンスはランニングマシーンを選択した。やや小太りであるが、膝を痛めるほどの体重ではない。彼としても痩せなくてはと自覚はあるのだ。
システム任せの速度で走りながら、ハンスは現状の奇妙さに思いをはせていた。汎コーズ星間共同国は階級社会だ。ハンスはその最下級として生を受けた。ハンス・レッドのレッドは苗字ではない。階級を表している。犯罪者を表すブラック、非登録民のレッド、下級市民のオレンジ、一般市民のイエロー、上級市民のグリーン、名誉市民のブルー、上級名誉市民のインディゴ、指導者のバイオレット。
カラーによって、権利、収入、医療、立ち入りできる場所まで様々な区別がある。レッドが許可されている居住区は最悪だった。医療などない。衛生環境も最悪。食料だって、一体何でできているか分からない合成物。
抜け出す方法は二つ、犯罪者になるか軍に入るか。ハンスは後者を選んだ。使い捨てにされると分かっていたが、わずかでも人間らしい生活を求めたのだ。
厳しい訓練の中ではあるが、人らしい生活を送っていたハンスの運命が変わったのは隣国であるギラッド合一連邦との開戦が不可避となったから。とにかく軍艦を揃えねばならず、生まれも階級も問わず素質のあるものをかき集めた。
ハンスはギリギリながら、艦内生活の適正があると判断された。艦の中であれば、小柄な体格はハンデとされない。むしろメリットになる場面すらあった。
シュテイン・アンカー8・グリーンと出会ったのもこの頃だ。苗字を八代も保ち、代々軍人を送り出してきた模範的市民。いい所の、真面目なお坊ちゃん。絶対にウマが合わないと思ったが、悲しいかな彼が一番まともだった。
人数集めでかき集めた結果だろう。乗艦前に逃亡、サボタージュ、麻薬使用、暴行、銀蠅……スラム街もかくやというろくでなし共が同僚に多数含まれていた。
こうなってくると気に食わないとか言ってられない。まともに働ける者で団結しなければ生き残れない。ロクデナシどもを排除しつつ、訓練に明け暮れた。そして開戦。死にそうになった回数は両手の指では足りない。
上官たちは次々と精神的不調を理由に後送、という名目で安全圏への逃亡。特例による戦時昇進が飽きるほど繰り返され、レッドの彼が駆逐艦の副官で中尉という地位に押し上げられた。無事に戦後を迎えたら階級もイエローまで上がると通達が来ていた。二階級特進とは、何とも縁起が悪い話だった。
そのせいだろう。被弾し、艦は航行不能。味方はさっさと逃げ出し、敵陣の中で孤立。もはやこれまでと降伏信号を送っても敵は動かず。これは何かやばい事になっていると分かっていても、具体的な行動はとれず。ラヴェジャーの船が近づいてきてジ・エンド。
奴隷となって何処に売られるのかと現実逃避していれば、唐突な襲撃。そして頂点種と来たものである。
「……明日は星間企業の重役になっててもおかしくねえな」
そんな冗談が口から零れ落ちるほどに、運命の数奇さを感じるハンスだった。ランニングを終了し、伸縮素材の器具で筋トレをしていると彼に歩み寄ってくる見知らぬ姿。いや、知っている相手だ。
彼の今の上司、ミリアム副長の身の回りの世話をしている獣人のアリーチェだった。
「これは副長補佐殿。運動はお嫌いだと思っておりました」
わずかに侮蔑の含んだ揶揄を、ハンスは取り合わなかった。そんなものは慣れ切っていた。幼少期に比べれば、人間扱いされている分だけ尊重されているとさえ思える。
「好き嫌いで電子知性の指示に逆らえるのか? アリーチェ上等兵の度胸はすさまじいな。覚えておくことにするよ」
彼女の豹じみた耳が、わずかに震える。いかにも弱そうなチビが生意気にも言い返したのを目の当たりにしたのに反応はそれだけ。ずいぶんと訓練されている、とハンスは評価を改めた。あるいは躾が行き届いているというべきかもしれないが。
「それで、何の用だ? これを使うというのなら、後にしてくれ」
「いいえ。率直にお伺いしたい事がありまして……アレに対して、どう思われますか?」
「あれ?」
アリーチェの指さす先は、彼の後ろにあった。振り返ってみて、ハンスは眉根に皺を寄せた。
「……何だあれ」
そこは、模擬戦闘をするための場だった。事故と騒音を防止するために、専用のシールドが張られている。その中で、二つの影が争っていた。
一つは大きかった。二足歩行の鋼の獣。重要情報という事で、ハンスはすでに知らされていた。レリックユーザーの一人、艦長アキラの直轄人員。カイト・カスカワ。彼が暴乱細胞を最大活用した形態、スサノオ・大具足アラミタマ。
身体からいくつものレーザー発振器を生やし、絶え間なく攻撃をしている。模擬戦闘なので当然殺傷力はない。しかしながら、圧倒的な面制圧力を持っているのは間違いない。通常であるならば、十秒とかからず相手が負ける。
しかし対戦しているその人物は、一発たりとも被弾していない。これが、高性能パワードスーツを着ているならばまだわかる。システムリンクの使い手ならば、高速で動くことも可能だからだ。
だが、そうではない。動きやすさ最優先のボディスーツにパワーアシストのシステムはない。テクノロジーの恩恵は、彼女にない。それでいて、ヒューマノイドの常識を超える速度で動き、レーザーを回避し続けている。
「光輝同盟最新テクノロジーのサイボーグ、か?」
見当がついたというより、そうであってくれという思いだけでハンスが呻く。しかしアリーチェは、曖昧に笑いながら首を振る。
「残念ながら、違うそうです。私も最初はそう思った……思いたかったのですが」
「じゃあ、あれは何だ?」
「『ライズ』、だそうですよ」
その単語を聞いて、ハンスはすっぱいものを口にしたかのような顔をした。既知宇宙で歴史が紡がれるようになって数千年。頂点種と接触し、対話と衝突を繰り返した。そして、少なくない数の知的生命体がこう思った。頂点種のような強さが手に入らないかと。
多くの文明は、科学的アプローチでその強さの秘密を解き明かそうとした。ある時は気づかれぬよう、遠方からの観察で。またある時はコミュニケーションによって協力を取り付けて。強引に調べようとした者達がどうなったかなど、語るまでもない。
時代が進み、多くの技術進歩があった。しかしどれほどたっても、頂点種の能力を解明することはできなかった。現在も行われているが、芳しい成果は上がっていない。
科学的な挑戦が失敗の歴史を重ねるなか、別のアプローチを試す者たちの姿があった。それを正しく挑戦であると認める人はそれほど多くない。いわゆる、オカルト的な方法を取ったのだ。
科学的根拠のない、彼ら独自の理論による挑戦。それもまた、ほぼすべてが実りを得ることなく失敗を重ねた。千年、二千年、はたしてどれほどの数の者達が無謀な挑戦をしたのだろうか。
いつしか、とある噂が星々の間を流れるようになった。頂点種の力に触れた者達がいる、という。ほら話の類ならばそれこそ星の世界に進出する前から存在したが、これは違う。
映像に、明らかに科学的に不可能な動きをする者達が記録され始めた。もちろん、捏造されたデータも山ほど出てきた。しかし、どう解析しても作られた映像ではないものもまたあったのだ。
誰が決めたか分からないが、いつしかそういった『一段上に昇ったもの』をライズと呼称するようになった。大抵は、サギか騙りである。ハンスの表情もそれによるものだ。
「……で? どんなトリックを使ってるんだ?」
「わかりません。ただ、アキラ様が直々に『本物』のお墨付きを出したそうで」
ハンスは、ついに天を仰いだ。信じるしかない相手から、信じられない話を出されたのだからしょうがない。
今もまた、レリックによって作られた鋼の獣を金属の槍一本で殴り合っている。実際に目の当たりにしても信じられない事に、優勢ですらあるのだ。雨あられと放たれる模擬レーザー。しかし、それが命中する前にその場所からいなくなる。
「……これが盛大なサギで、全部やらせってことはないか」
『信じられないのであれば、自分で対戦してみますか?』
与えられた通信機がオンになり、カメリアの音声が流れ出た。ハンスはその場で背筋を伸ばした。
「はい、いいえ主計長。その必要はありません」
『そうですか。私はアキラ様の言葉があっても信じられない状態なのですが』
「あの、主計長? それってよいのですか?」
あなた奉仕種族でしょう? それ口にしていいの? というニュアンスのハンスの問いかけに電子知性は冷静に返答する。
『よいも何も。彼女、戦闘員スイランについては救出してからというもの説明のつかないデータばかり計測されるので。はっきり言って苦手です』
「うわぁ……」
ハンスは呻き、アリーチェは耳を伏せる。ハイ・フェアリーの武勇伝は、星間国家で悪夢のように響き渡っている。電子戦に特化したチームがたった一人に蹴散らされた。ビルほどもある巨大なサーバを乗っ取られた。凶悪なハッカー集団がまとめて焼き殺された等々。
頂点種のお付きとなったカメリアは、そんなハイ・フェアリーの中でもトップクラスの性能を持っているはずなのだ。その彼女がこの言いよう。偶然中尉の座についた下層民には、その途轍もなさに想像することを放棄した。なお、アリーチェは三分の一も理解できていない。そもそもの基礎情報が彼女には足りていなかった。空気だけ読んだ。
さて、模擬戦の方は佳境を迎えていた。槍を持った女戦士、ライズのスイランは攻勢に転じていた。彼女の持つ槍が、幾度となくアラミタマの装甲を叩いている。シールドはすでにダウンしていた。
『このぉぉぉ!』
カイトも、やみくもにレーザーを放っているわけではなかった。もはや自分で狙うのを放棄して、光源水晶の演算力に任せてAIに自動発射させていた。自分は移動と防御に専念。それでも、まったく防ぎきれていないのだが。
ボコボコに殴られながら考える。自分で狙ってもダメ。AIに任せてもダメ。抜本的な方針の変更が必要だ。どう撃っても避けられる。避けらなくするにはどうしたらいい?
『こたえはひとーつ! 避けられる場所を無くせばいい!』
「なんと」
カイトは、レーザーの銃口をアラミタマの全身に生やした。もはや、その姿はハリネズミのようだった。これにはスイランも目を見張る。
『おらぁぁぁぁぁ!』
全方位、狙わずに発射。四方八方に模擬レーザーが放たれる。槍を使って巧みにこれを防ぐ女戦士。だがカイトはさらに動く。何とその場で回転し始めたのだ。本人としては、かつて遊んだゲームのハリネズミように縦回転したい所だった。物理的都合でフィギュアスケーターのように横回転を選んだ。
模擬レーザーが、フィールド内を乱舞する。戦っているようにはとても見えない。電飾で飾ったロボットのパフォーマンスのよう。しかしこれが本当の戦闘であれば、極悪非道な無差別攻撃。レーザーのミキサーに放り込まれて、無事でいられるわけがない。
さしものスイランもこればかりは避け切れなかった。命中判定がでて、戦闘終了のブザーが鳴り響く。
「理不尽だ……あれほどわけわからないライズを、あんな力業で勝ちやがった……」
うんざりとした表情で、ハンスが呻く。アリーチェも似たような表情だった。彼女は白兵戦に自信があった。しかし、模擬戦をしていた二人どちらにも勝てる気が全くしなかった。
保護シールドが解かれ、その二人が移動を始めた。何かしら理由があるのか、ハンス達に向かってくる。その間に、女戦士はヘルメットを取った。現れたのは、自信と気迫に溢れた美貌だった。まとめられていたアッシュブロンドの髪が解かれ、腰まで伸びる。
褐色の肌には若さがある。なので多く見積もっても成人してすぐといったあたりなのだが、立ち姿とまなざしが年相応とは思えない。
二人は肩を並べて近寄ってくる。ここでも、不思議があった。アラミタマの姿となったカイトの歩幅は大きい。普通に歩いても、一般人より早く進む。だというのに、同じように歩いているはずのスイランが全く遅れないのだ。
人の動きというものに敏感なアリーチェが目をすがめて動きを見るのだが、変な動きはまったくない。しかし、槍を担いだ女戦士は全く同じタイミングでカイトと一緒にハンス達の前に立った。
「副長補佐殿、それにアリーチェ殿。お初にお目にかかる。私はスイラン。この船で禄を食む、しがない武芸者でございます。以後、お見知りおきを」
「直接会うのは初めまして。レリックを預かってるカイト・カスカワです。よろしくお願いします」
二人はそれぞれ頭を下げて見せた。やっと二人の意図が理解できたハンスは、立ち上がって敬礼する。汎コーズ星間共同国軍の敬礼は、指を揃えた右手を顔の横に立てる方式だ。
「汎コーズ星間共同国宇宙軍、駆逐艦ザッパー231の元副長、ハンス・レッド中尉。戦艦アマテラス副長補佐を拝命した。以後よろしく頼む」
「上級兵ミリアムの護衛を務めるアリーチェだ。この船での役職はそのままと言われている。よろしく」
手を下ろしたハンスの前で、唐突に機械の獣の形が緩みだした。驚く二人の気持ちが整う前に、黒い機械細胞は新しい形に変化した。大型の戦闘用自動二輪車と、知りうるどのメーカーのものとも違うパワードスーツに。
そしてパワードスーツのヘルメットが外され、下から若い青年の顔が現れた。
「失礼しました。脱ぐのを忘れていて」
「ああ、いや。かまわない……顔色が優れないな?」
伊達に軍人として生きてきたわけではない。顔色一つで体調に見当をつける程度、当然のようにできる。まあ、異種族だと難しいが。
カイトは苦笑いを浮かべて、隣の美女に視線をやる。
「スイランさんにボコボコにされまして。多数の衝撃吸収性能を持ってるはずなのに、ダメージが俺に届くんですよ。正直、スーツが無かったら立ってられないくらいです」
「なあに、小一時間もすればさっぱり消え去りますとも。そのような下手な殴り方はしておりませぬ」
ここはデタラメ人間の博覧会場か、という言葉をハンスはなんとか飲み込んだ。
『つくづくデタラメですね、戦闘員スイラン』
しかし、カメリアは我慢しなかった。近場で作業していたドローンを使って会話に参加する。
「いえいえ、私などはアキラ様に比べれば塵芥でございますから」
「アキラを比較対象にしたら何でもかんでも小さくなるんですからそれは駄目でしょう」
「しかり。まこと、頂は高く、道のりは長いものですな」
カラカラと笑う要注意人物に、カメリアは自らのストレス値が上昇するのを検知した。スイランは戦艦アマテラスがラヴェジャー基地から脱出して、割と早い時期に回収されたメンバーである。
カイトが艦内のラヴェジャーを倒し始めて二日目でエンカウント。その圧倒的戦闘力で経験の浅い彼を徹底的に追い詰めた。結局レリックのごり押しとドローンの大量投入で何とか制圧し、捕縛。
そして医療設備でチェックした結果を確認して、カメリアはデータを疑う羽目になった。おそらくは戦闘能力の向上を試みたのだろう、と推察できる人体改造。しかしそれは結果を伴うどころか、逆に活動に支障をきたすようなお粗末なものだった。生きているのが不思議なほどな状態で、なぜレリックを装備したカイトをあそこまで追い込めたのか。
データから湧き出る疑問を一時保留にして、カメリアは彼女の治療を始めた。不要なサイバーウェアを抜去して、生命維持に注力する。細胞を培養して、人の形に戻していく。
この時点では、完全な治療は無理だった。カクテルされたドーピング用薬剤が体内に残留していて、健全な生命活動を阻害していた。これを除去するには、ラヴェジャーの物資収集所から回収した医療室ユニットが必要だった。
中和剤の作成と投与。血液の生産と交換。これらを処置しても、普通であるならばリハビリに数年かかるような状態。障害が一生残っても不思議はなかった。が、ここでもスイランはデータの不備を疑うような能力を発揮した。
意識を取り戻して数日でベッドから起き上がれるようになり。十日も経てば身体を動かすことに不自由しなくなり。半月後には戦闘訓練に参加していた。これは流石にデータの異常に騒いでいるだけでは済まされない。スイランを要注意人物と定義した彼女は、排除も視野に入れて行動を開始した……その矢先。
「頂に立つお方。恒星の輝きを内に秘める君。麗しくも尊きアキラ様。どうぞ、私が貴女の傍に侍ることをお許しください。その御業を学ばせていただきたいのです」
「うん。いいよ」
事もあろうに、その要注意人物がアキラに臣従してしまったのである。雇用被雇用の枠を飛び越えてしまった。こうなってくると、カメリアが勝手に排除するわけにはいかない。
主にそれとなく彼女の危険性を伝えたが、返答はいつも通りの笑顔だった。
「うん、スイランちゃんはすごいね。細かくは私も測れないけど、ちょっとこっち側に来てるよ。えーと、ライズってやつ? まあ、いい子だから大丈夫」
このように、主が評価している対象をどうにかできる権限はない。できる事といえば、彼女の特殊性が計算外の事態を引き起こす事態があることを伝えるくらいなのだが。
「ちょうどいいんじゃない? ほら、カメリアって私やカイトの為なら割といろいろ突っ走っちゃうから。スイランちゃんの事を考えれば、多少は慎重になれるんじゃない?」
本人も自覚がある事なので、何も言い返せないカメリアだった。そのようなわけで、彼女にとって現在最も注意する対象がスイランである。
そのようなストレスを電子知性が抱えているなど知らずに、当の本人は談笑を続けている。
「カイトは実に良い。戦士としての技はスケザブロウやカクノシン、ジョウやバリーに遠く及ばない。しかし意外性と手数という点において陸戦隊の誰よりも上だ。挑みがいのある難敵がいてくれるのは、調子を取り戻すのにとても助かっている」
「そのたびにボッコボコにされるのは本当に勘弁なんですがね」
「練習ではいくらでも追い込まれてよいのだ。本番での窮地に活かせるのだから」
なれない価値観で語るスイランに、副長補佐はどう対応するべきか少々頭を悩ませた。しかし結局のところ、多くの対人関係と同じように当たり障りなくやっていくしかないと諦める。そろそろトレーニングに戻るべく口を開こうとしたとき、全員の端末に警報が入る。
『告げる。こちら副長。権限により、艦内に第一種警戒態勢を宣言。長距離レーダーに未確認の船影を複数感知。相手側もこちらを感知している模様』
ハンスとアリーチェの動きは早かった。他の軍人たちと共に、ロッカールームへ着替えに戻る。体操服で戦闘などやっていられない。ボロボロの巨大戦艦。傭兵と民間人交じりの乗員。クセだらけのネームド共。
唯一の安心材料は頂点種。しかし彼女の負担は多い。ハンスは己に何ができるかと自問しながら身支度を整えた。




