私が艦長です!
流れがひと段落したのを見て、シュテインが手を上げる。
「頂点種様。我々も光輝同盟へ到達できるよう、最大限の助力をさせていただきます。……いうまでもない事だと思うのですが、軍法は犯せません。そこは、なにとぞご理解を」
「うん。私も悪いことする気はないよ」
にっこりと画面の向こうで微笑むアキラを見て、カイトはぼやく。
「それはそれとして、アキラが法をぶっちぎる場合はありそうだけど」
「おい。そういうのはな、分かってても言うもんじゃないんだよ」
バリーが意味もなく声を潜めて突っ込んだ。周囲の者どもは聞かないふりをした。
「それじゃあシュテイン君たちもこれからよろしくって事で……何か質問とか、あるかな?」
そう尋ねるアキラの視線は、ハンスに向けられていた。本人は顔を引きつらせ、上官を見やる。シュテインはただ、小さく頷くだけだった。ハンスは曖昧に笑うと、小さくため息をついてからおずおずと言葉を紡いだ。
「ええっと、それじゃあお言葉に甘えましてひとつ」
「うん。何でも聞いてね」
「皆さんの指揮系統は、どうなっているのでしょう?」
この質問に、アキラ側の全員が動きを止めた。視聴していたカイトたちも。一番早く復帰したのは、電子知性であるカメリアだった。
『そういえば、特にことさら定めていませんでしたね』
「うん、ぜんぜん」
「私も、上役が誰かなど考えもしませんでした」
話し合いの場につく三人の呑気な返答に、ハンスは笑うのを失敗して微妙な表情を浮かべてしまう。
「はい? ……いやいやいや、それはないでしょう? 例えは船長、それとも艦長ですか? ともかく出航できたのなら、船籍登録の時に一緒に決めたはずですよ?」
『それですが。世の中には頂点種特例というものがありまして』
「……ああ、なるほど。それなら、まあ」
カメリアの返答に、ハンスはがっくりと肩を落とした。頂点種が関わる事柄は、法を超越することが多々ある。仕方がないのだ。人は頂点種に勝てない。法を守らせる手段がない。司法の敗北宣言、それが頂点種特例である。
「やっぱり、決めないとだめかな?」
「はい。まがりなりにも兵器を振り回すのです。それに対して責任を負う者が必要となります」
シュテインのまっすぐな言葉に、アキラは勢い良く立ち上がった。
「それじゃあ、私が責任者になる!」
威風堂々、胸を張ってそう宣言する彼女。アキラを見る誰もが、その姿に見惚れた。
『……それでは、アキラ様を戦艦アマテラスの艦長として登録します』
「うん! 艦長兼メイン動力のアキラです! みんなよろしく!」
アマテラスで働くすべての者が、彼女の就任を認めた。喜びさえした。映像の送信は一方通行で、アキラ側には見えない。だが彼女には関係ない。その心の動きを、しっかりと感じ取っていたから。
「ええと、艦長が決まったらあとはどうしよう?」
『副長を決めなくてはいけません。そして、その者は艦の運営に秀でている必要があります。なにせ、アキラ様はそちらは素人なので』
「そっかぁ……じゃあ、誰か副長できる人~!」
カメリアの操るドローンへ向けて、手を上げて見せる。その放送を見ていた乗員たちは、そろって首を横に振った。彼ら彼女らの中で、商船などの船長を経験した者は少数ながらいた。人を雇ったり、部下にもった経験のある者も。しかし、それらとこの艦の副長職は全く違う。
艦の大きさ、人員の多さ、必要とされる能力。何もかもがケタ違い。専門の訓練無くして、この重責を負うのは無理だった。
「どうしようカメリア、いないみたい」
『はい。私が把握している情報でも、軍艦の責任者となった経験があるのは二人しかおりません』
「それってどなた?」
『シュテイン・アンカー8・グリーン大尉とミリアム上等兵です』
アキラの期待のまなざしが、二人に向けられる。それに対する反応は対照的だった。シュテインはまっすぐ受け止め微動だにせず、ミリアムはあからさまに動揺した。
「申し訳ありません、アキラ様。私は確かに駆逐艦の艦長を務めました。しかし、今いる部下ならともかく、皆さまほどの人員に対応する教育は受けておりません。もちろん、任せられれば最大限の努力はいたしますが」
冷静に、シュテインは己の能力を告げる。危機感を覚えたミリアムがそれに続く。このままでは重責が自分に回ってきかねないと思ったのだ。
「私もこのような巨大戦艦の指揮は経験したことがありません。そもそも、士官ですらないのです。皆さまの上に立つなど、とても」
「ちなみに、ミリアムちゃんは何人ぐらい指揮した経験があるの?」
ミリアムの言葉が詰まる。聞かれたくない話題だったのだ。アキラからしたら当然で、彼女が隠そうとしている事がわかるのだ。強く意識するからこそ、余計に伝わってしまう。頂点種との対面など、ほとんどの者は経験しない。念話使いと遭遇することもそう。無理もない話だった。
「……三千人ほど。ですがあれは陸戦隊で」
「戦艦の指揮経験は?」
「……あります。ですがあれも、三世代前のオンボロで」
「この戦艦もボロボロだから、条件同じだね」
「違います」
ミリアムは激しいめまいを覚えていた。ありえない勢いで、頂点種の戦艦を任されそうな話になっている。上級兵相当などただの外向けの話。実際は実験体の一人でしかなかった自分に、だ。
指揮の話だって、責任を取らせるスケープゴートにされたに過ぎない。教育も実験の一環だった。やれるからと言って受けていい話ではない。
ミリアムは、努めて冷静に最後の札をテーブルに出した。
「アキラ様。私のような新参者が、皆さまの指揮を執るなどという話は無理があります。乗員の皆様が納得するはずがありません」
「うーん、そうかな? カイトはどう思う?」
カメリアが気を利かせ、話し合いの場にカイトとのホロ通話画面を浮かべた。彼は顔を引きつらせて、周囲を見回す。
『うわあ、これ全員に発信してるのか。唐突過ぎるんだけど?』
「ごめんねー。で、どう思う?」
『どうって言われても。……えーと、ミリアムさんが指揮を執るって話? ……アキラはやれるって思うんだろ? 彼女を見て』
「うん、そうだよ」
『じゃあ、みんな受け入れるよ。アキラの信任があるんなら。なあ、みんな?』
カイトは周囲の皆を見回す。仕草は様々だが、皆同意を示した。納得できないのは当人であるミリアムだ。
「何故、皆さまはその様に……」
『えーと身もふたもない話なんですけど、アキラは人の心が読めるし記憶も見れるんです。俺たちよりはるかに人を見る目があるんで、騙したり悪さするような者は絶対選びません。そんな彼女が選ぶなら、文句なんてありません。……そもそも、指揮系統があやふやだって事を、指摘されるまで思いつかなかった俺たちも大概ですし』
そうだな、言葉もない、反省します、というつぶやきがあちこちから聞こえてくる。カイトはそれを聞きつつ、さらに話を続ける。
『さらに言うなら、アキラとカメリアの負担が多すぎるんですよ。それが少しでも軽くなるんだったら、何でもするのが俺たちです。……アキラ、今どれだけ兼任してたっけ』
「えーとね? 動力、推進力、バッテリー、主砲、バリアー、跳躍機関、乗員のメンタルチェック……それと艦長だね!」
「多すぎる。頂点種様を便利に使いすぎだよこの艦の連中」
ハンスが、またもぼそりとぼやいた。皆、返す言葉がない。
「で、カメリアも仕事が多い。戦艦全体だけでなく、物資、人員、生産、生命維持とか、あらゆる仕事が集中している」
『元々、それが私の仕事ですので。……アキラ様、せっかくですので主計長の役職を正式に拝命したいのですが』
「いいよ」
『では、そのように』
あけすけなやり取りに、ミリアム達は目を回していた。例外的にシュテインは動じた様子がなく、静かにやり取りを見守っている。
『というわけなので、申し訳ないんですがミリアムさん。ひとつお願いできませんか? なんかあったらみんなでフォローしますので』
「ダメかな?」
カイトとアキラの問いかけに、車椅子の少女は苦し気に返答する。
「ですが私は、軍人ですらない実験体。貧民生まれで……」
その言葉に、カイトが唐突に声を張り上げる。
『第一回、戦艦アマテラス乗員出身暴露大会! エントリー一番、俺! カイト・カスカワ! ラヴェジャーに出身惑星ぶっ壊されて奴隷として攫われて廃棄されました! はい次!』
「エントリー二番、アキラ! 自我あいまいで宇宙ふらふらしてたら、暴乱城塞にボコされて身動き取れなくなってラヴェジャーの便利な道具にされました! はい次!」
「エントリー三番、フィオレ。兄の命令で惑星防衛に参加していたら、ラヴェジャーの作戦で主力と離され捕縛兵器でレリックごと捕まりあの者共の手先に……」
「アキラ。フィオレさんのアキラパワーが足りない」
「無理しない無理しない。大丈夫大丈夫」
唐突に始まったトンチキなやり取り。空気が違いすぎて、ミリアムにはついていけない。そしてその間も、乗員たちの過去が勢い任せで聞こえてくる。カメリアが通話を繋げた結果だった。
どれもこれも、それなりに酷い。攫われたり、違法奴隷として売られたり。それにプラスして個人の不幸も聞こえてくる。上官の不興を買った。商売の邪魔をされて借金まみれになった。信じていた者に裏切られた、などなど。
『……聞いての通りです。この戦艦に乗ってる連中は、みんな色々あるんです。出身がどうとか、関係ない。安全な場所にたどり着くまで、皆がそれぞれできることをするしかない。そういう集まりなんですよ』
「だから、身分とか気にせず力を貸してほしいな」
二人の言葉とこの状況に、ミリアムも己のわだかまりを胸に納めることにした。ここまでされては、否を言えなかった。
「色々と至らない所もあると思いますが、私でよければ」
「よろしくね! はい、拍手!」
わあ、と繋がった回線から歓声が上がる。中には自分の仲間たちからの声もあり、ミリアムは涙がにじみそうになった。
そんな中、冷静にシュテインが手を上げる。
「ミリアム副長一人では、何かとお困りかと思います。うちのハンスを、補佐としてお付けください」
「ちょっと艦長!?」
「もう艦長ではない。それはさておき、お前ならできる」
上司からの無茶ぶりにハンスは悲鳴を上げる。言った本人に冗談の色は無かった。
「ちなみに、シュテイン君の得意な事って何かな?」
「……艦の操舵でしたら、少々腕に覚えが」
「艦長、じゃないシュテイン大尉は操舵席に座っちゃだめです!」
大声を上げるハンスに、場の視線が集まる。普段であれば委縮する彼だが、顔を真っ赤にして主張している今はそれどころではない。
「ハンス君、それはどうしてかな? へたっぴってこと?」
「いいえ、大尉の操艦は汎コーズ星間共同国軍でもトップレベル! アマチュアのレース大会で一位を取った実績もあります」
「じゃあ何で反対するの?」
「無茶するからですよ! 危険な時ほどギリギリを攻める! この人がこの若さで艦を任されたのだって、その無茶で手柄あげちゃったからなんです! あの時は何度死んだと思った事か!」
「しかし、生き残るためにはあれしかなかったではないか」
「そーですけどぉぉぉ!」
やるせない思いを、地団駄を踏むことで表すハンス。アキラは、シュテインを改めてよく見てから、従者に問いかける。
「カメリア。推進関係ってそろそろ何とかなるんだっけ?」
『現在チェックが進んでいます。いくつか使用できないと判断された推進器があるものの、全力の65%は確保できる予定です』
「そっか。じゃあ操舵手はいた方がいいね。シュテイン君、お願いね」
「承ります」
うわぁぁぁ、と頭を抱える汎コーズ出身者達。カイトは思わず不安を覚えたが先ほどミリアムにああいった手前、口にすることはできなかった。
その後、歩兵戦闘を任務とする陸戦隊が制定されその隊長にジョウが選ばれた。今まで戦闘員と呼ばれた者達はここに所属することになる。さらに次に航空隊が制定され、隊長をガラスが任された。
なおそれぞれの隊長からレリックユーザーであるカイトとフィオレはその立場の特殊性からアキラ直属にするべきだと進言され、受理された。
こうしてアキラのカリスマ性だけでまとめられていた戦艦アマテラスは、体制を新たにして行動を開始した。




