新人さんこんにちわ
戦艦アマテラスの乗員に、ベンジャミンという名の獣人の少年がいる。ヒューマノイドによく似た外見をしているが、耳だけは兎のそれ。
旅が続くうちに、いつしか彼は多くの者達から一目置かれる存在になっていた。理由はいくつかある。まず彼が、目端の利く男であるという事。様々な事柄に良く気づき、良く動く。
この旅は、計画されたものではない。トラブルは多々あり、それに場当たり的に対応しながら歩みを進めている。事件事故は多発する。計画通りにいかないのが日常だ。
そんな中、ともすれば忘れそうになる細やかな事柄をベンジャミンは確実にこなす。彼に助けられたものは日ごとに増えていく。評価が変わって当然だった。
そのように周囲に気を配りつつ、ベンジャミンは自分の仕事を丁寧に片付ける。無論、トラブルに追われて手が回らない時もある。そのような場合は、彼に助けられたものが手を貸す。
彼の仕事は戦闘以外の多岐にわたる。必要物資の生産と管理。資材の把握。船体状況の管理などなど。これらは基本的にカメリアがチェックしている。しかし、彼女は電子知性。多数のドローンを使用していても、物理の場においては作業が遅れることもある。
そのフォローとして動けているのがベンジャミンである。無論他の作業員たちもそのようにしているが、気配りについては彼が一番だ。
本人はこのように謙遜する。
『心配事があるとよく眠れないので、気になることを片付けているだけです』
実際、彼の寝顔は一つのチェッカーとして機能していた。安らかであれば、仕事が上手くいっている証。険しければ、心配事が残っていると。
とまあ、このような人物がベンジャミンである。そんな彼が、大量の虜囚を前にすればどうなるか。ベンジャミンを知る者であれば、みなカクさんと同じ結論に至る。
「船体受け入れ、衛生処理、健康診断、感染チェック、生活用品の確保、居住区の拡張、ライフラインの稼働率を……それから、それからぁ!」
戦艦アマテラスの底部倉庫区画。生活の中心地であるその場で、やるべきことを口にしながら走り回る兎人の姿があった。
さもありなん、と輸送船より戻った皆が納得した。そして作業の手伝いを申し出た。あの程度の戦闘で動けなくなるほど、柔な者はいなかった。
囚人たちの受け入れについては、おおむねベンジャミンが言っていた通りの順番で行われた。まずは、輸送船の受け入れである。戦艦アマテラスは、全長約三キロの巨大船だ。輸送船としては大型だが、百メートル程度であれば船内に受け入れ可能。専用の区画もあったので、そこへ輸送船を移動させた。
続いては衛生処理である。居住環境や種族によって、様々な病原体が存在する。Aという種族には無害だが、Bの種族には致死性。そんなものが宇宙にはいくらでもある。なので最初に、極小機械入りのジェルによって肉体を徹底的に洗浄する。
体に付着した老廃物を除去する効果があるジェルである。つまり風呂やシャワーと同じなので、囚人たちはこれを素直に受け入れた。もちろん、身体に付着したそれがなくなったからと言って、病原体が全て無くなったわけではない。
各人の体内に保有する諸々をチェックするのも兼ねて、健康診断を行う。以前回収した医務室が大きく活躍し、次々と抗体が作られていく。既知の病原体であるからこそ、この速さで対応が可能なのだ。未知であれば、専門家の研究が必要になる。
各種抗体を囚人と乗員、両者に投与して処置は終了する。通常であれば抗体に身体が作用するまでしばらく時間がかかるし、副反応による体調不良もある。しかしこの既知宇宙には、それを助ける技術が多数ある。
多種多様な種族との接触、異なる星や居住空間への移動。免疫にまつわる技術の発展は必須だったのだ。なので、処置は無針注射を一度受けるだけで完了する。
また、この際に健康に問題があった一部の人物が治療を受けることになる。ラヴェジャーは、囚人の健康状態を気にかけたりはしない。使えなくなったら捨てるだけであり、カイトたちが助けなければ早晩「処分」されていた事だろう。
最後に、新しく居住区を用意すれば終了である。簡易ベットに、布の間仕切り。小さな収納ボックスには、最低限の着替え。とても豪華とは言えないが、牢屋の中で足も延ばせぬ環境にあったのと比べれば天と地の差である。
総勢二百名を超える囚人への対処に、三日が必要だった。理解の不備によるもめ事が数回あった程度で大きなトラブルはなし。相手側も協力的であったから、何とかこの程度で済んだのだ。
そしてそれだけ接触していれば、相手側の背景もある程度知ることができた。
「片や違法な戦争奴隷。片や身内に裏切られて秘密裡に処分。まったく、どこもかしこもひでえ話ばっかりだぜ」
バリーは、うんざりとした口調で吐き捨てた。彼らがいるのは、底部倉庫区画の上層にある居住区である。例によってここもまた伽藍洞、何の設備もなかった。最低限を自分たちで揃えて、寝る場所を確保した程度。なので環境的には元囚人たちと大差ない。テーブルと机だけという、簡素な談話スペースにカイトたちは集まっていた。
さて、二つのコンテナにはそれぞれ違う事情によって捕まった者達がいた。正規の軍人と貴族の私兵。それがどうして同じラヴェジャーに輸送船にいたのか。
軍人グループは、隣国との戦争の最中に捕まった。戦闘で乗っていた軍艦が行動不能に陥った。友軍も撤退してしまい、助けも得られない。仕方がなく、投降を示す信号を発信した。
通常であれば、敵軍によって捕虜となり諸々の手続きをしてから収容所へと送られる。国家の戦いは無法であってはいけない。決まりごとが当然ある。しかし、軍人グループはそのように扱われなかった。
どれだけ待っても、敵軍が捕縛に来ることはなかった。戦闘による妨害が解除された後に、通信を送っても返事は無し。彼らが窮しているのは分かっているはずなのに、である。そういった距離に相手側はいたのだ。
だが結局、やってきたのはラヴェジャーの船。抵抗虚しく捕まり、コンテナに押し込まれたとの事だった。後に、ラヴェジャーの口から敵軍と密約があったと堂々と告げられたらしい。
私兵たちの方はもっとシンプルで、酷いものだった。彼ら彼女らは流民や貧民出身で、働く場所をほとんど与えられない者達だった。私兵団から追い出されれば、犯罪者に落ちるしかないような崖っぷちの立場。
そんな状態であったから、貴族に言われるがまま後ろ暗い仕事をさせられていたらしい。そしてある日、古い輸送船での輸送任務を言い渡された。その途中で、跳躍機関と推進装置が相次いで故障。
途方に暮れていた所で、ラヴェジャーに遭遇。抵抗しようにも武装にも不備が見つかり、あっという間に捕まってしまった。こちらも、後々全部仕組まれていたのだと語られた。
これらの背景をテキストで読んだカイトは、疑問を口にする。
「こういう話って、珍しくないんですか?」
「んんん~~~。ある所にはある、感じか?」
腕を組んで唸るバリー。彼は自分の傭兵経験と、その時に聞こえてきた噂を思い返した。
「普通はやらん。殺し合いやってても、ルールはあるからな。破ると泥沼の潰し合いだ。絶滅戦争とか冗談じゃねえ。……だが、何処にでも馬鹿はいるからなあ」
「特権階級、星間交易商人、傭兵団、海賊……そしてラヴェジャー。戦場の混乱の中なら誤魔化せると、隠れて奴隷商売に手を出す連中はボチボチ出てくる。何せ宇宙は広いからな」
真っ赤なトサカの鳥人、ガラスが肩をすくめて見せる。そんな話をしていると、彼らの眼前にホログラムウィンドが開いた。これから、囚人たちの代表者と今後について話し合いをするのだ。
こちら側の担当者は光輝宝珠のアキラ、電子知性のカメリア、最後の一人はレリックユーザーにして覇権国家イグニシオンの元王女であるフィオレだ。人の前に立つ教育を受けた彼女は、振る舞いからして一般人とは別格だ。座っているだけで気品を見せる。
「お前はあそこにいなくていいのかよ?」
にやつくバリーにカイトは両手を広げて見せる。
「いじめないでくださいよ。レリック任されただけの田舎生まれが、あんな場で役に立つはずないじゃないですか」
「むしろ貴様がスーツを着て後ろに立っていてはどうだ?」
ゴリラに似た猿人であるジョウが、バリーと同じ表情で言ってのける。彼やスケさんカクさんの椅子は特別製だ。簡素なそれでは彼らの体重を支え切れないから。
「うるせえ。案山子なんていらねえだろ。アキラ様がいるんだぞ? それよりお前が行けよジョウ。下士官だったんだろ?」
「下士官だからと言って何事にも精通しているわけではないのだぞ? ああいうのは、専門技術を欲するからなあ……。まあ、交渉事はフィオレ様がいらっしゃるのだから問題あるまい」
「それなんだけど。フィオレさん、あそこにいて大丈夫です? ほら、立場が色々あれじゃないですか」
カイトの言葉通り、フィオレは特殊な立場にある。ラヴェジャーの捕虜となり、連中の略奪に加担した。故に国元からは死亡扱いの上で賞金首となっている。正確にはドラゴンシェルのパイロットが賞金首なのだが、これは国の都合。
元王女であっても生死問わずの賞金首にするのは国の体面に悪い。なので戸籍上で彼女は死亡扱いなのだ。
「うむ。あれは……撒き餌だな」
若干の苦笑いを浮かべてジョウが答える。
「アキラ様の元に、フィオレ様がいる。それがどういう意味を成すかを理解できるかどうか。ここで安易に指摘するような考えなしならば……わかるな?」
「うわあ、なんて堂々としたトラップ。えげつない。……カメリアだな」
『いわれのない誹謗中傷が聞こえました。私はアキラ様とこの船の事を考えて行動しているだけです。訂正を求めます』
「でも相手さん、めっちゃ顔引きつってるよ?」
彼の指さす先、画面の中では元虜囚の面々の表情が硬くなっていた。カイトの指摘に、しかしカメリアは揺らがない。
『状況を理解できているようで何よりです。フィオレ様は良いお仕事をしてくださっています』
「フィオレさんも楽しくない仕事だろうに……どころでカメリア、あっちに集中しなくていいの?」
『この程度の並行作業、なんら負荷にはなりませんので』
「あ。皆さん、そろそろみたいですよ?」
ベンジャミンに促され、皆が画面を注視した。話し合いの場は、アキラ達の自己紹介が終わった所だ。頂点種、電子知性、覇権国家の関係者。けん制はこれ以上もないほど効果を上げた。
「……改めまして、この度は我々を助けていただき感謝します」
話し合いの場には軍人と私兵、それぞれの代表者が二名ずつ呼ばれていた。
そのうちの片側、すこしくたびれた士官の軍服を着た青年が、席を立って頭を深く下げる。彼の名はシュテイン・アンカー8・グリーンという。短く切りそろえられた赤い髪。鍛え上げられ、しっかりと伸びた背筋。青年士官のお手本のようないで立ちだった。
隣に座っていた者が、慌ててそれに倣う。彼はシュテインとは正反対のいで立ちだった。服こそ同じ士官のそれだが、体格がまるで違う。背は低く、小太りで丸顔。茶色の髪も目に入らない程度の長さであるが整えられているとはいいがたい。
ハンス・レッドと名乗った彼が副長、シュテインが艦長。階級は大尉と中尉。彼らは汎コーズ星間共同国の軍人である。駆逐艦を任されていたという事情が事前の聞き取りで判明している。
「駆逐艦の艦長っていうわりには、若すぎねえか? 階級も釣り合ってねえ」
「戦争が長引いていれば、まあまあある話だ。実際、汎コーズは長い事隣の国とやり合ってたはずだぜ」
バリーとガラスが、表示された情報を見ながら語る。そういった知識のないカイトには興味深い話だった。
「私どもも、頂点種様のご慈悲に感謝いたします。私などは、身体の治療までしていただいて。どうやって御恩をお返しすればよいか」
そう言葉を口にしたのは、車椅子に座った少女だった。長い黒髪に、整った顔立ち。身体も細身で、人形のよう。名をミリアム。苗字は無いと語っている。
その隣に付き添っているのは、獣人の女性兵士だった。豹のような耳と尻尾を備えた彼女は、種族的な事もあり四人の中で一番身体が戦闘用に仕上がっている。筋肉で膨れ上がっているというわけではない。無駄なく鍛え上げてあるのだ。
獣人の彼女、アリーチェとミリアムに階級はない。というか、こちらのグループは全てそのような立場だった。小陽カルナバーン帝国の貴族の私兵であったという彼女たちは、正式な軍人ではない。シンプルに上官、上級兵、下級兵という区分がされていただけだったという。
その中でミリアムは上級兵相当という扱いだったのでこの場に出ている。相当、というのは彼女が車椅子に乗っているのと関係がある。カメリアが施した治療についても。
『一部国家では、ヒトに電子知性と同等の能力を獲得させる研究がされています。電算機器との親和性を獲得させ、情報処理能力を向上させる。戦闘員バリーの行っているシステムリンク。あれより上位の能力の人工的付与。彼女はその被験者です……違法で非人道的な。全身に不調があり、ラヴェジャーが処分しなかったのが不思議なくらいです』
その説明に、カイトは眉をひそめた。弱い立場の者をないがしろにする。ラヴェジャーのような振る舞いをするヒトがいるという話を聞いて、気分良くいられるはずもない。
「……で、治してあげたんだ?」
『この船の設備では不十分で、完全ではありません。生命維持は出来ていますが、完治には本国での処置が必要です。……必ず、彼女を健康な状態にしてみせます』
「カメリア、怒ってる?」
『電子知性にも感情はありますので』
二人の会話中、聴取の場も動いている。シュテインとミリアムの感謝に対し、アキラが笑顔で返す。
「私たちもラヴェジャーに捕まった経験あるし、辛さは分かるから。ほら、宇宙では助け合うものだってマナーがあるんでしょう?」
「はい。壁一枚隔てた先は死の世界。か弱い我々は機械の助けなくばそれにあらがえない。そして、壊れない機械などない。誰も彼もが、絶体絶命の状態とは無縁ではいられない。なので、余裕があれば他者に手を差し伸べるのが船乗りのマナーです」
主の言葉にフィオレが穏やかに続ける。二人とも威圧感など欠片も発していないが、体面に座る二組が気を緩めることなどない。その振る舞いをカメリアは細かく観察していた。
「それに、まだ完全に助けられたわけじゃないし。ここはまだ辺境星域。海賊とかラヴェジャーがうろうろしてる。この船が完璧ならへっちゃらだけど、恥ずかしい話ボロボロだし。光輝同盟にたどり着くまで、まだ油断できないんだよね」
「それゆえ私たちは国や立場、種族の枠を超えて助け合いながら航海をしています。できる事なら、皆さまにも参加していただきたい所なのですが」
その言葉に、青年軍人二人は視線を交わす。正規の軍人である二人には、守らねばならぬ規則というものがある。それに抵触するかどうかの懸念があった。
そうではない私兵の二人には、ためらいはなかった。ミリアムが答える。
「私どもは、できうる限り協力させていただきます。私のように思うように働けぬ者もおりますが……」
『適材適所で、仕事を割り振ります。ご心配なく』
「ハイ・フェアリー様がそうおっしゃるのであれば、お言葉に甘えさせていただきます。ただ、懸念することが一点」
「それはなあに?」
首をかしげるアキラに対して、黒髪の少女はまっすぐ目を見て答える。
「私兵時代、私どもは法に触れる行いをしてまいりました。そしてその罪は全て私たちの独断専行という形で公表されたとラヴェジャーがいっておりました。これが、皆さまのご迷惑にならないか、と」
アキラは、分かりやすく口をへの字にしてみせた。彼女達が抱える問題を不満に思ったのではない。そのような事をする特権階級に対するマイナス感情だった。
「問題ないと思いますよ?」
そんな場に、バッサリと一言いれたのはフィオレだった。場の視線が彼女に集まる。
「小陽カルナバーン帝国も光輝同盟の一部です。皆さんの証言があれば、同盟の立場で捜査に入れます。カルナバーンは大国未満。政治的に、同盟からの調査を拒めはしません。というか、捜査するまでもなく皇帝が勅令を出すでしょう。皆さんの上役の首が飛び、ほかはお咎めなしになるでしょう」
「……実行した我らにも、罪はある」
黙っていたアリーチェが、苦々しげにつぶやく。神妙に頷いて、フィオレは続ける。
「はい、それは間違いなく。しかし覇権国家や超越種という単語が絡むと、個人の罪というのは考慮の外になる事が多々あります。下手をすれば、国家が傾きかねないのですから。おそらく、当たり障りのないペナルティという形で皆さんは裁かれるかと」
罪の意識があるだけに、納得がいかぬ私兵二人。それに対して、アキラもまた意思を伝える。
「悪い事をしたのなら、その分頑張って償っていこうね。みんながなるべく納得できる形にするから。カメリアが」
「酷い無茶ぶりだ」
ぼそり、と素の発言がハンスの口から飛び出た。同じ言葉を別の場所でカイトもつぶやいていた。
はたと気づき、ミリアムが慌てる
「窮地を救っていただいた上に、そのようにお手を煩わせるわけには……」
『アキラ様が望むのであれば、そのように事を進めるのが私の仕事です。お気になさらず』
丁寧で、かつ決断的な返答に少女は言葉を詰まらせる。ここまで恩情を受けて、拒否するのも失礼になる。しばし躊躇った後、彼女は折れた。
「……ご恩情に感謝します。我ら一同、いかようにもお使いください」
私兵二人は、深く頭を下げた。アキラは、努めて笑顔を強めた。彼女としては、追い詰めるつもりなどこれっぽっちもないからだ。
「よろしくね。これから一緒に頑張ろうね」




