ファットフィッシュ号の積荷
第二章開幕です。よろしくお願いします。
その大型輸送船は、かつてファットフィッシュ号と呼ばれていた。船の中心にまとめられた基礎ユニット群が骨。骨の周りにたくさんつけられた大型コンテナが身。丸々と太っているかのように見立てられるからその名がつけられた。客観視すれば、だいぶ無理やりなネーミングだった。
その愉快な名前を、今はもう誰も憶えていない。現在の持ち主であるラヴェジャーは、ただ番号だけで呼ぶ。下等種族のつけた呼び名など、覚える価値がないと思っているから。
その大型コンテナの一つ。大量の物資が所せましと並べられた中で、三人のラヴェジャーが走っていた。荷物の隙間は狭かったが、ラヴェジャーという種族は小柄である。地球人の中学生程度の背丈しかない。対環境スーツで多少着ぶくれていても、移動には困らなかった。
「くそ、何でこんなことに!」
「護衛がしっかりしていなかったからだ! トゥルーマンの面汚しめ!」
「出来損ないのことなどどうでもいい! 偵察機へ急げ! あれなら脱出できる!」
ファットフィッシュ号は、襲撃されていた。護衛として同道していた三隻の攻撃船はことごとく撃沈。現在は巨大な船に取り付かれ、移乗攻撃を受けていた。多くの者がその対処に向かったが、この三人のラヴェジャーは脱出することを選択した。現場にたどり着く前に、形勢不利という情報を得たからだ。
敗北するなど、トゥルーマンにはあってはならない事。あそこに向かったのは皆、欠陥品だったのだ。そんな連中に付き合ってやる必要はない。そのようにラヴェジャー達は考えた。
この者達にとって幸いなことに、船の最後尾には偵察機が搭載されていた。跳躍機関も装備しているので、この危険な場所から離れ本隊と合流できる。
幸運はそれだけではない。この三人は、その偵察機の担当者だった。操作に慣れている。加えて、襲撃を受けた時は船尾の近くに居たのだ。唯一のマイナスは襲撃箇所であるエアロックまで、コンテナあと一つまで近寄ってしまった事。今は元来た道を戻っている最中だ。
逃げ切れる、と思っていた。そう、この時までは。
「何だ!?」
対環境スーツのセンサーが、後方より急速で迫る何かを検知した。エアロックのあるブロックから最後尾のコンテナに侵入。どんどん距離を詰めてくる。
「馬鹿な! 我々より早いだと!? こ、小型ドローンか?」
「で、あれば脅威ではない! 気にせず急げ!」
小型ドローンに載せられる武装は少ない。よほどのテクノロジーで作らない限り、威力のあるものは載せられない。ラヴェジャーの対環境スーツにはシールドも装備されている。滅多な事ではダメージにならない。
しかし己は油断などしないと自惚れているラヴェジャーは、ここで用心深さを発揮した。
「扉にロックをかけるぞ!」
二つ目のコンテナを走り抜けた所で、リモコンを操作する。背後で、扉の閉まる音がした。エアロック機能もついた、頑丈な扉だ。小型ドローンではハッキングでもしない限り開けることができない。
遠隔操作する者の能力次第だが、それなりに時間はかかる。そしてその時間があれば、逃げ出すには十分だ。ラヴェジャーはそう考えた。しかし、そうはならなかった。再び、背後からドアの開閉音が響いたのだ。
「馬鹿な!? 早すぎる!」
「正規のパスを手に入れたとでも!?」
「お、おい! 前を見ろ!」
ラヴェジャーの正面には、次のコンテナへと続くドアがある。先ほど通り抜けたそこは、扉が開いたままだった。なのに、今まさにそれが閉じられようとしている。開けるために信号を送るが、操作を受け付けない。無情かつあっけなく、扉は閉じられた。
扉にたどり着いた三人は、操作パネルに張り付く。遠隔操作と同じく、こちらもまた反応を見せない。
「ダメだ、動かない」
「こちらもハッキングし返せばいいだろう!」
「スーツの性能だけじゃ無理だ! 何かのコンピュータでブーストをかけないと……」
言い争っていた三人は、奇妙な音を聞いてその動きを止めた。それは、重い水の音だった。センサーによればラヴェジャーの背後、このコンテナの入り口に新たな反応が現れた。扉が開いたのは、まだいい。一体何が入ってきたのだ?
ラヴェジャー達は咄嗟に、荷物の影に身を隠した。そして隙間から、対象を覗き見る。しかしすでにその場には何もない。センサーも、目標の移動を知らせてくる。その動きを見て、ラヴェジャーは鼻で笑った。
「は。見ろ、荷物のある場所で動いている。やはり、小さいんだ。たいしたことない」
「そ、そうか? そうならいいが……だが、この音は」
奇妙な水音は、止まっていない。ゆっくりと、確実に近づいてきている。三人は、ヒップホルスターに仕舞っていたレーザーガンを手に取った。例えたいしたことなくても、迎撃しない理由はなかった。
威力はもちろん、最大だ。荷物やコンテナが壊れても気にしない。この船からは脱出するのだから。センサーを見ながら、それの出現を待つ。音は、確実に近づいてくる。
取るに足らぬ相手の、はずなのだ。しかし三人の緊張は、限界まで高まっていた。待っていた時間は、極めて短い。だが本人達には、じれったくなるほど長く感じた。
そしてあとわずか、目と鼻の先という所で相手の動きが止まった。当然、不気味な音も止んだ。どうするべきか、とラヴェジャー達は顔を見合わせた。致命的な隙だった。
荷物が、爆発した。
「「「うわあああああ!?」」」
ラヴェジャー目がけて崩れ落ちてくる重量物。シールドは、負荷がかかり続けるとダウンしてしまう。一つ二つがぶつかる程度ならともかく、埋まってしまえば命に係わる。レーザーガンを放り出し、悲鳴を上げて逃げ惑う。
ラヴェジャー達に、運はまだ残っていた。辛うじて、荷物の雪崩に飲み込まれることはなかった。しかしここまで続いた運も、ついに尽きた。
「残念、まだ生きてる」
そんな声とともに、それはラヴェジャー達の目の前に落ちてきた。現れたのは、大きな黒い泥だった。あるいは、コールタールの怪物というべきか。なるほど、この形状であるならば隙間を抜けるのも容易だっただろう。ラヴェジャーは意味もなく得心を得た。
「スサノオ・大具足アラミタマ」
瞬く間に、怪物が姿を変えていく。不定形の泥が、金属に変化していく。重い身体を支える太い脚。バランサーと思える尻尾。格闘用の爪がついた両腕。そして、獣じみた顔。機械の獣が、そこにあった。
あまりの変化に、思考が追い付かない。三人の頭上から、酷く冷めた声が降ってきた。
「こんにちは。死ね」
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「スサノオ・大具足ヒルコ」
ラヴェジャーを手早く仕留めた機械の獣は、その形状を再びスライムじみたそれへと変化させた。暴乱細胞は使用者によっていくらでもその形を変える。状況への対応力こそが、このレリックの最も優れた点と言えた。
その使用者、カイト・カスカワは表面に「ゴミ」を張り付けた。ナマモノは、早く処分するべきだ。ゴミはゴミ箱へ。なので拾って帰ることにした。
そして連絡を忘れない。
「こちらカイト。逃亡を企てたラヴェジャー三匹を始末した」
『お疲れさまです。突入部隊との合流をお願いします』
全体を統括する電子知性、カメリアの返答は早かった。
「了解。移動を開始する」
ぺたぺたと音を立てながら、黒スライムが移動する。荷物に「ゴミ」を引っかけないように気を使う。だがその移動速度は十分に早かった。次々とコンテナの中を移動していく。ほどなくして、カイトはエアロックに到着した。
そこは、いまだに戦闘の最中だった。狭い通路に、対レーザー用スモークが充満している。空調機が全力で稼働しそれを排出しようとしているが、薄くなるたびにスモークグレネードが追加される。
さて。この既知宇宙において、戦闘でされる基本的な武装はレーザーガンである。理由は、利点が多いからだ。エネルギーがあれば、部品が摩耗しない限りいくらでも撃てる。反動がない為、射撃の邪魔にならない。単純に、威力が高い。真っすぐ飛ぶし命中も早い。バリエーションも多種多様に存在する等々。
そのように広く使われているが故に、対策も多い。現在使用されているスモークもそうだし、一発二発ならシールドで防がれる。対レーザーコーティングや、対レーザー液剤などというものも存在する。
つまり、往々にしてレーザーを使用した戦闘は長期化する。そして状況は、そういった悠長な状態を常に認めたりはしない。よりはっきりと言えば、即座の決着を求めることが多々ある。
そのような場合はどうするか。白兵戦である。
「おおおっ!」
右上腕を機械の義腕にした虫人、ササキスケザブロウが雄たけびを上げる。スモークを引き裂いて振り上げるは、四本のメイス。さながら太鼓を叩くかのように、戦闘用ドローンのシールド目がけて乱打する。
「!」
ドローンもまた、黙ってシールドダウンを待ったりはしない。駆動音を唸らせて、近接格闘用のスタンアームを突き出してくる。
「ぬるいっ!」
が、スケさんにはそれが見えていた。複眼と触覚は伊達ではない。スモークによる視界不良程度で、虫人の武人は不覚を取らない。メイスの一本で器用にそれを打ち払う。そして再びシールドに負荷をかけていく。
ドローンは再び抵抗しようと、今度は距離を開けるために後退する。だが、それが良くなかった。
「後方注意ぃ!」
「!?」
パワードスーツの槍のような蹴りがシールドに突き刺さる。強烈な負荷に、ついに障壁は消え去った。そこにスケさんの追撃が加わる。
「うぉらぁ!」
まず、真正面から振り下ろしが二発。すぐさま身体をひねって、左右の連撃。四本腕を見事に使い分けた、虫人の打撃だった。戦闘用なので、衝撃にはそれなりの耐性がある。それでもこれには耐えられず、ドローンの動きが弱まる。そうなればもう、後は戦闘ではなく破壊だった。
「助太刀感謝するぞ、バリー殿」
「気にすんなよ。ぶっちゃけ狭いんだよここ」
パワードスーツに身を包んだバリーが、虫人に手を上げて答える。大型輸送船であるが故に、多少の広さは確保されている。しかし複数人が入り乱れて戦闘できるほどの広さはない。結果このように互いの戦いが混ざる事になる。
バリーも戦闘中だったが、もう終わりとも言えた。彼の右手には、首を絞められたラヴェジャーがぶら下がっている。気負いなく、握って潰した。
「お疲れ様ー。どんな感じ?」
「うおう!? ……んっだよ、カイトじゃねーか。驚かせんな」
そこに、ヒルコと名付けた黒スライム状態のカイトが声をかける。スモークの中から唐突に現れたので、バリーが驚くのも無理はなかった。スモークにはジャミング効果もあり、センサーが不鮮明であることもそれに輪をかけていた。
「たぶん大丈夫だと思うが、この状態じゃあな……おっと、いつものメカメカした状態に変身するなよ? 狭いんだからな」
「そうするよ。で、他の人たちは……うわっ!?」
突如、カイトの目の前に金属の槍が飛び出した。飾り気のない、実用のみを追求したそれはスモークに隠れて逃げようとしていたラヴェジャーに突き刺さった。這いつくばり、身動きせずに死んだふりをしていた対象を、である。
「む、驚かせたか? すまんな」
聞こえてきたのは、女性の声だった。煙を割いて、ヘルメットと戦闘用スーツを纏ったヒューマノイドが現れる。スーツは機動性を重視している為、身体にフィットするデザインだ。成熟したボディラインが露わになっているが、本人は気にしている様子がない。
そんな彼女がカイトに手を振りながら通り過ぎていく。戦場に似つかわしくない、あまりにも優雅で魅惑的な歩みに目を奪われる。
しかし同時に様々な恐ろしい記憶が思い出され、慌てて諸々の思いを振り払う。くすりという笑い声が聞こえた気がした。戦場の中だというのに。
カイトは大きくため息を吐いてから、気持ちを切り替えた。気になっている事があるのだ。
「ねえ、バリーさん。敵の数、少なくない?」
「……やっぱ、お前もそう思うか」
二人の脳裏に、突入前の情報が思い浮かんでいた。それによればこの船の中には、たくさんいるという話だったのだ。しかし、エアロックに現れた敵戦力はこのざまである。まだ争っている動きはあるが、増援が送り込まれてくることもない。
とりあえずカイトは、情報の提供者に改めて聞いてみることにした。
「アキラー、ちょっといい?」
「はーい、何かなー?」
未だ濃く漂うスモークなど意に介さず。カイトの前に光が集った。それは瞬く間に形を変えて一人の少女の姿となる。光のように輝く金色の長い髪と空のように澄んだ青を湛える瞳。愛らしさと美しさを両立させた、天上の美貌。
既知宇宙において頂点にあると認識される種族の一つ、光輝宝珠。その若き末、アキラが作り出した幻影だった。幻とは思えぬ存在感、自然な動き。気が付けば、彼女が意識のすべてを占めている。そのような魅力を、アキラは確かに持っていた。
いつも通り努めて気合を入れて、しかし自然に見えるようにカイトは話しかける。その外見は大きな黒スライムだが。
「あのさ、この中にいるラヴェジャーってまだたくさんいる?」
「んんー? ちょっとまってね? ん……ほとんどもう……あ、いま全滅した」
「討ち取ったりー!」
少し離れた所で、兵士が雄たけびを上げていた。覇獣大王国出身者だ。戦闘の音も止んだ。ドローンもすべて破壊されたのだ。仲間たちが、いまだ煙を吐き続けるグレネードを始末する。空調機は未だ全力稼働中なので、煙も晴れていく事だろう。
「ラヴェジャーは、もういない。でも、沢山いる……何が?」
「なんだろう?」
黒いスライムとアキラが、そろって首を傾げた。その答えは、すぐに与えられることになった。
「おおい! みんなちょっとこっちに来てくれ!」
アツミカクノシンの名を持つ虫人が、仲間たちを呼びよせる。彼が立っていたのは、コンテナとの接続口。カイトが入ったそことは、別のものだ。
エアロックを潜り抜けた先、コンテナの中に設置されていたのは檻だった。ラヴェジャーらしくない、きっちりと並べられた鉄格子の箱。中には浄化システム付きのトイレが一つ。あとは椅子どころかベットもない。そんな劣悪な環境に、かなりの人数が詰め込まれていた。
手足を曲げなければ、座る事もできない密集具合。運動は立つか、皆が揃って同じように歩くぐらいしかできないだろう。誰も彼もが全身に疲労をにじませていて、しかし目を見開いてカイトたちを見ていた。
「……なんてこった。奴隷船じゃねえか」
バリーが、困り果てた感情を声に乗せた。なるほど確かに沢山だ、とカイトは半ば現実逃避しながら思った。
そしてアキラは、元気よく内部に飛び込んだ。
「こーんにーちはー! この船のラヴェジャーは、私たちがやっつけました! これから、皆さんを解放しようと思います!」
檻の中の者達は、顔を見合わせた。状況に理解が及んでいなかった。戦闘の音で、ラヴェジャーが倒されたのは理解した。しかし、この美しい少女の立体映像は何なのだ? 軍人とは程遠く、傭兵にも見えない。何かしらのツールや、AIとも思えない。
そういった心の動きを、アキラはしっかり理解した。感情を読み取るのは得意なのだ。
「ご挨拶が遅れました! 私は光輝宝珠のアキラといいます! よろしくね!」
この言葉は、テレパシーで送られた。既知宇宙において、これを成せる種族はそう多くない。当然、経験した者もほとんどいない。囚われた者達は、大きくざわめいた。
一方カイトたちはといえば、とりあえず実務のトップにお伺いを立てていた。
「カメリア、どうしよう?」
『アキラ様のおっしゃる通りにするだけです。今からそちらに救護班を向かわせます。エアロックの掃除をお願いしますね』
「了解。掃除か……」
カイトは、「生ごみ」とドローンのスクラップが散乱する周囲を見渡した。そういえば自分もゴミを持ったままだったことも思い出す。
「とりあえず、別のコンテナに移動させる?」
「それしかねえな。急いだほうが……」
「おおい! こっちのコンテナも捕まった人たちがいるぞ!」
仲間の声に、一同は顔を見合わせた。代表して、一番の知覚力をもつアキラが口を開く。
「えーっとね……こっちと同じくらい?」
「そうかー……そんなにたくさんかー……確かに沢山だなー」
カイトはわずかな間、現実逃避した。そして覚悟を決めた。
「ベンジャミン殿が、また目を回しそうだな」
カクさんが、どこか他人事のようにそうつぶやいた。




