輝く彼女と星間飛行 ■■■■■■■
七日が経過した。アキラの大型船は、船団に襲撃を仕掛けた場所から遠く離れた星系にあった。いまは、小惑星の表面に停泊している。全長3kmにも及ぶこの船より、はるかに巨大な岩石。対比するならば、米粒とスイカといった所か。このようなものが当たり前に存在するのが宇宙という場所のスケールの大きさだった。
船の甲板に、暴乱細胞のマシンに跨ったカイトとアキラの姿があった。本日、彼は休暇を貰っていた。それまでは何をしていたかといえば、治療を受けていた。
機械細胞、対G機構、慣性制御機関。これらを用いてもなお、高速戦闘は彼の身体に大きな負担をかけた。元々はただの一般人である。鍛えてもいないし、専用の訓練も改造もされていないのだから当然の話だった。
かつてと同じように、治療用のポットに放り込まれる事5日。1日経過観察をして、本日やっと治療終了となり自由を得た。早速仕事に参加しようとしたところ、休みを言い渡された。
これは乗員全員が作戦後にもらっているものであるから、カイトもそうするようにというカメリアの指示だった。治療中は何もしていなかったのだから、本人としてはずっと休みを貰っていたつもりだったが、船の偉い人には逆らえない。
動画を見るのも飽きていたし、やってみたい事もあったので船外に出てみたというわけだ。まずは、マシンを自由に走らせてみた。
「やっぱこれ、運転するのすごく楽だ。思い通りに動くし、転びそうになってもマシンが何とかしてくれるし」
「え? 移動車両ってそういうものじゃないの?」
「うちの故郷はここまでじゃなかったなあ」
後ろにアキラを乗せて、速度は緩やかにマシンは進む。甲板にはいろいろ障害物がある。ハッチ、窓、大小さまざまな砲塔。ナビゲートもあるので、ぶつけて壊すような事もしない。風景も変わるから、中々楽しめた。
「そーいえばカイト。このスーツやマシンに、名前つけないの?」
「名前? なんで?」
「ほかのと区別付けづらいし。あと、暴乱城塞由来の名前とかできれば呼びたくないし」
「左様でござったか……何か考えておくよ。さて、そろそろいいか。上へまいりまーす」
カイトは同乗者にそう告げて、マシンを大きく跳ねさせた。短くエネルギー噴射し、多少の加速をつけて、上へ。無重力なので当然、落ちることなく上っていく。主観の話であり、実際は上も下もないわけだが。
ともあれ、二人は船を見下ろす場所まで移動した。逆噴射し、その場に停止する。そしてカイトは、命綱を構築するとマシンから身を離した。
「一度やってみたかったんだ、宇宙遊泳」
水の中にいるのが一番近い感覚かな、とカイトは思った。何もない場所に、ただ浮かぶ。身体を動かすと反動が生まれ、回転が生まれる。それを消そうと腕を振っても上手くはいかない。ベクトルを打ち消す動きなど、よほどの訓練を受けても難しいだろう。
結局、スーツに任せて姿勢制御してもらった。正面に、母船の姿。改めて見ても大きい。身を寄せている小惑星は、それよりもはるかに大きいのだが。
「カイト、楽しい?」
「楽しい、というか……珍しい体験をさせてもらっている、みたいな?」
「それっていい事?」
「そうだなあ……うん、いい事だな」
ただの地球人でいた頃では、絶対に体験できなかっただろう。それが簡単にできている。この点だけを切り取れば、良い事であると言えた。
「そっか、よかった」
楽しげに笑う彼女は、輝いて見えた。映像であるアキラは、宇宙服を必要としない。星空という舞台で踊る彼女に、カイトは一瞬我を忘れるほど見惚れていた。
我に返り、沸き上がった気持ちを誤魔化すため違う話題を振る。そのままの気分でいたら、きっとやらかしてしまうと思ったから。
「そういえばアキラ。あの船の名前って何?」
「名前? あー……つけてなかったよ、そういえば」
「それってアリなの?」
『失礼します。頂点種光輝宝珠の特例として許可を受けています。船籍は登録されているので、入出国は問題ありません。港への停泊にはいくつかの手間がかかりますが、そもそも停泊できる港が限られているので問題ありません』
「それは問題ないって言っちゃいけないやつでは?」
カメリアからの通信に、カイトは少々の呆れを見せる。アキラもバツが悪く、笑ってごまかして見せる。
「ええっとね? 私、最近までカイトたちの世界のこと気にしてなくて。そういう法律とかルールとかも、船もらって旅に出るまで全然だったから……」
「世界を気にしない……ああ。まあ、そうか」
本来の彼女は、巨大な多面体だ。ヒトの世で生きる必要がない。何の補助もなく、宇宙を飛び回れる存在だ。超常の能力があれば、文化も技術も必要ない。だから気にもしない。
頂点種にとって、ヒトの世界はさぞかし小さいものなのだろう。自分たちが、その気にならなければアリの巣をのぞき込んだりしないのと同じだろう。
「もちろん、旅に出る前からそういう生活をしている生物が沢山いるってのは何となく知ってたけど、興味が無くて」
『光輝宝珠が船を持たされて旅に出るのも、ヒトの世と接触を期待してもの。本人が誰か、あるいは何かに興味を持つことで初めてヒトの世界に触れるようになる。これを、我々は焦点と呼んでいます』
「私にとっては、カイトが初めての焦点ってわけ!」
「お、おう。そうなんだ……」
カイトは何やら気恥ずかしく、輝かんばかりの笑顔を浮かべる彼女から目を逸らした。そしてふと思う。本当に自分が最初か? と。自分と彼女の出会った場所は、あの基地だ。なぜあの基地にいたかと言えば、頂点種との戦いに敗れたから。
連中に船を荒らされなければ、時間がかかってもカメリアが何とかしたはず。つまり、アキラが初めて意識した自分たちと同じスケールの存在は……。
「ちがうよ?」
「……アキラさん。人の意識は読まないというマナーだったのでは?」
「普段は気を付けているよ? 見えちゃったのだからしょうがないよね。それはそれとして、違うからね? ね?」
「あっはい」
カイトは深く追求するのを止めた。先ほどとは違う、凄みのある笑顔を向けられたらそうもなる。見えている地雷を踏みに行く趣味はなかった。
わずかな間、無言の時間が過ぎる。それに耐えられなかったのか、アキラが大げさに声を上げた。
「よっし! 船の名前決めたよ! アマテラスにする!」
「また唐突に。そして、どうしてうちの神様の名前を?」
「だって恒星信仰なんでしょ? 私勉強したけど、そういうのって割とポピュラーらしいし。でも珍しいネーミングっぽいから、採用したの。いいでしょ?」
「ああ……うん。まあ、そうだな。嬉しいよ」
「良かった。これからあの船は、戦艦アマテラスね!」
アキラは、恒星の輝きを受けて白く浮かび上がる船体を満足げに眺める。アマテラスと名が付いたそれを見ながら、カイトも一言。
「……あの船、戦艦だったのか」
「らしいよ? ボロボロじゃなきゃ、ラヴェジャー船団なんて船の力だけで蹴散らせたのにねー」
「ままならないもんだね」
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二人はアマテラスの底部倉庫区画に戻った。船団との戦いの後、一日の休息をとった乗員たちは前にもまして活動的になった。
あの勝利は、解放された捕虜たちに刺激を与えた。乗員として活動に参加する者が多数現れたのだ。おかげで、この場はかつてないほどにぎわっている。
マシンから降り、肩を並べて二人で歩く。すれ違う乗員たちが、アキラに向けて頭を下げる。
「アキラ様、ごきげんよう」
「はい、ごきげんよー。元気でいいね!」
「ちょ、頂点種様! 失礼しました!」
「きにしないで。お仕事頑張ってね」
「カイトー。お付きの仕事しっかりしろよー」
「はいよー。そっちもなー」
そして、カイトにも声がかけられる。これまでの働きで、彼を見直す者が増えた。作戦終了後、医務室に搬送される彼を見たものは多かった。文字通り、身体を張ったカイトを軽く見るものは減った。
すべてではない。偏見の目と意見は消えてはいない。だが表立っていう者はほとんどいない。彼を貶めた者にどんな仕事が回ってくるかは、すでに知れ渡っている。
しばらく歩くと、武装の準備をしている一団と遭遇した。ジョウが率いる戦闘員たちだった。二人に気づいた彼は、その大きな手を広げて見せた。
「おおアキラ様、出陣前にお会いできるとは。戦の前から運が良い。カイトもよくぞお連れしてくれた」
「ジョウ君、これから出発?」
「はい。いよいよ、内部の掃除も大詰めですからな。あの憎たらしい連中を、一掃して見せますぞ! なあ皆の衆!」
「「「おお!」」」
医療設備と物資の充実。戦闘経験者の増員。これらが重なり、船内の制圧は予定よりはるかに順調に進んでいた。ジョウの言う通り、残りは船首部分だけである。面積的には広いのだが、アキラの超能力により敵の残存戦力は100名を割っているのを確認されている。
「それではアキラ様、行ってまいります」
「うん。みんな気を付けてね! がんばってね!」
「我らの勝利をアキラ様に!」
「ラヴェジャーを血祭りにあげて御覧に入れる!」
意気揚々と、戦闘員たちは移動していく。彼らが向かうのはトラムと呼ばれる船内移動装置だ。名前こそ違うが形状もシステムも、ほとんど地球のモノレールである。全長3kmの巨大船の内部を移動するには、こういった設備が不可欠だ。
一部の区間であるがこの設備の点検が終了し、さっそくこのように便利に使用されていた。
「これでやっと、ラヴェジャーが船からいなくなるね」
「俺も参加したかったなあ……」
「お休み中だからダメ。あと、戦闘員の人たちも手柄をとられたくなーい、って言ってたよ」
「うーん、恨まれるのは嫌だから自重する」
「よろしい」
「ぬ。戦士カイトと、アキラ様。このような所で何を?」
声を掛けられ振り向けば、スケさんカクさんに加えベンジャミン。さらにはパワードスーツを身にまとったバリーまでいた。
「私たちは、ジョウ君達を見送った所だけど。みんなはどうしたの?」
「これから、止まっている生命維持系の点検に向かう所でございます。一つでも再稼働できれば、今使用しているものを停止点検できるのだとベンジャミン殿が申しまして」
カクノシンに促され、一歩下がっていた兎型獣人が前に出る。いまだにカイトは苦手のようだが、以前のように過度に怖がってはいない。
「ええっと、はい。点検用ドローンが一定数確保できたので、まずはライフラインから整えようという話にカメリア様から」
「そっか、よろしくね。……で、なんでバリー君はスーツ着てるの?」
「作業用外骨格の代わりらしいっすわ。使えるやつは全部出払ってるからって、酷い話ですよ本当。おいカイト、お前明日からこっちだからな」
「うわあ、マジですかー」
そんな雑談を終え、一行は作業場へ向かっていった。彼らの他にも、複数のチームが様々な作業を行っている。それを邪魔しないように移動していくと、ひときわ大きなものが見えてくる。戦闘船ドラゴンシェル。それを複数人が取り囲んでおり、その中にフィオレの姿もあった。
数日医療設備の世話になった彼女だが、カイトよりも早く退院した。彼女は貴人としての扱いを断った。すでに故郷では死人として扱われている。王女ではないのだと。だから乗員の一人として参加することを希望した彼女を、アキラは了承した。
現在、アマテラスにある唯一の戦闘船である。その整備にはリソースを割り振る価値がある、のだが……。
「さっすが覇権国家の秘匿技術。手の出しようがない」
ガラスが、肩を落として敗北宣言をする。自慢のトサカにも気合が乗っていない。彼以外も作業をするべく機体の取り付いていたが、反応は同じだった。
「やはり、ダメですか……まだ動きますが、持って半年といった所でしょうね」
「直すには本国に持ち込むしかないでしょうが、我々は……」
フィオレと同じく、イグニシオン出身の男性が力なく首を振った。他にも同じ境遇の者が男女複数名いるが、表情は同じだった。
そんな空気を破壊すべく、勢いよく飛び込むのがアキラだった。
「壊れたら壊れたで、なんとかするよ! カメリアが!」
「配下だからって無茶ぶりし過ぎでは? ……どうも、お疲れさまです」
フィオレ達に向かってカイトは頭を下げる。彼は、この元王女様が苦手だった。まず、身もふたもない話だが外見がいい。虜囚として酷使されて全盛期ほどに磨き上げられていないにもかかわらず、他者を惹き付ける美貌をフィオレは持っていた。
少女でも大人でもない、花盛りの年頃。健康的な色香は、青少年にはいろいろ厳しかった。直視するのも気恥ずかしく、ヘルメットをかぶったままでいたかったというのがカイトの素直な感想だった。もちろん、そんな行為は失礼なのでできないが。
「これは、お迎えもできずに申し訳ありません。ただいま場を用意させ……ああ、いけませんね。いつまでも前の気分がぬけず。これからは私が動かなくては。ええと、椅子はどちらにあったかしら……」
「姫……フィオレ様! 雑務は我々がいたしますので!」
自分から雑用に手を出し始めた元王女に、同郷の者達が慌てだす。フィオレは眉尻を下げて苦言を言わなくてはいけなかった。
「いけません。私とあなたたちの立場は同じなのですよ? 貴方たちも、自分のお仕事をしてくださいね。私からは何もしてあげられないのですし……」
「ですが、フィオレ様……」
「レリックマスターだから、普通の乗員と一緒っていうのは無理がない?」
「アキラ、この場を混ぜっ返すのは駄目だと思うぞ。あー、フィオレさん。俺はこの通りスーツのままだし、アキラは映像だし。おかまいなく」
「そうそう。なんだったらそれっぽいの表示できるし」
アキラが、豪華な椅子に座っている自分を投射する。フィオレはそれを見て、申し訳なさそうに頭を下げた。イグニシオン出身者から、カイトへの強い視線が投げかけられたが、本人は気づかないふりをした。
「申し訳ありません、何もかも不慣れでして……それで、ドラゴンシェルの件ですが」
「中身の機械がメンテ出来ないんだよね。しょーがないしょーがない。光輝同盟に戻るまで持てば十分だよ」
「……そちらに戻った後は、おそらく本国から私とドラゴンシェルの引き渡し要求があると思われます。そうなった時にはどうか、私の事はお気になさらず」
「やだ」
竹を割るがごとき、一刀両断の返答に元王女は目を丸くする。
「で、ですがそれは覇権国家間で問題が。場合によっては頂点種同士の……」
「やだったらやだ。せっかく助けてレリックもゲットしたのに、他所にとられるなんて納得できない。フィオレちゃんもドラゴンシェルも、もう私のものだもーん!」
ぷい、と頬を膨らませてそっぽを向く。元王女の困惑はさらに深まる。
「で、ですが。アキラ様もお立場がございましょう? 乗員の皆様や国元のご家族にも……」
「家族は、ぶっちゃけあんまり話したことないからよくわかんない。帰ってから考える。で、乗員がーっていったらフィオレちゃんもそーじゃない」
「そうはおっしゃいますが……」
「みんなー! 君たちを救わなかったイグニシオンに、フィオレちゃんを渡してもいいのかー!」
立ち上がって拳を振り上げるアキラ。その勢いに乗っかる、周囲の者達。自称フィオレ親衛隊が同調する。
「断じて否であります! 我らはアキラ様とフィオレ様に従うのみ!」
「とってもよろしい! みんなが真面目に頑張るなら、私もみんなを諦めない! 一緒にがんばろー!」
「「「おおーーー!!!」」
「ああ、アキラ様。そのような……いけません、いけません」
「すっかり人心掌握が得意になって……まあ、カリスマあるものなあ」
しみじみとカイトはつぶやく。頂点種の計り知れぬパワーだけではない。彼女は人を良く見ている。念話の能力もあるが、アキラは相手の精神状態を容易く推察する。そこに優れた知性が加われば、場の空気を変えるなどお手の物。
本人に悪意が無いからこそ、この状況下で全体の士気を保つといった程度に収まっている。仮に彼女が本気になった場合、星間国家を内部崩壊させることも十分可能である。
だが彼女はその選択肢を使わない。露見の可能性が極めて高いし、何よりそんなまどろっこしい事をしなくてもビーム一つで事足りるのだ。それに、気分も悪い。そういう方法も可能であると思考して、そこでお終いである。
カイトはそこまで考えない。悪い事に使ったら大変だから、友人として止めようと思っている程度である。そして今、彼の注意を引くのは隣にいる元王女様である。
「……そんなに助かるのが、心苦しいですか?」
「はい……私は罪を犯しました。罰を受けるのは当然で、償いをしなければなりません。国がそう定めるのであれば……」
『それは若干ずれています。イグニシオンがフィオレさんとドラゴンシェルの引き渡しを求めるのは、国家の面子のためです。そこにあなたの贖罪は含まれません』
近くにあったドローンをコントロールし、カメリアが会話に参加する。
『覇権国家にとっては重大な事件です。全て自分たちの手で片づけて、内外に事件の終了を示したいと考えます。しかし我々にとってはそうではありません』
「……カメリア。向こうの頂点種のドラゴン様と殴り合いにならないように助けるんだって話じゃなかったけ。そんなことして大丈夫?」
『もちろんですカイトさん。以前にもお伝えしましたが覇権国家とドラゴンはイコールではありません。ドラゴンの下に覇権国家があるのです。国の面子の為に頂点種が出てくることはありません。そんな事態になったら国王の首が飛ぶでしょう』
「……たぶん、すでに方々の責任問題に発展していると思いますが」
『仕方のない事です、フィオレさん。事実そうなのですから。話を戻しますがラヴェジャーからドラゴンシェルを取り戻し彼女を救った事で所有権は我々、正確にはアキラ様に移りました。ドラゴンの財産だったものを保護し、確保したのです。破壊ならば、その怒りがこちらに向く可能性がありました。ですがそうではないので、怒りの矛先は責任者に向きます』
「……イグニシオン、何が何でも取り戻そうとしない?」
『するでしょう。ですがドラゴンが出てこないならば、そんな要求を受ける必要はありません。アキラ様のご意思が最優先です』
さらりと、巨大星間国家を敵に回すと宣言するカメリア。その選択に戦慄するカイト。そして、さらに狼狽え始めるフィオレ。
「いけません! そのような事をすれば、方々にご迷惑が! わ、私とドラゴンシェルが国元に戻ればすべて解決……」
『しないのです。その場合「覇権国家の要求に従った頂点種」というレッテルがアキラ様に張られてしまいます。最低でもフィオレさんの人権と名誉が回復され、王女を救った恩人という立場で迎え入れられなければこちらの立場がなくなります』
「そ、そんなことをしたら、それはそれで国元の名誉が」
『はい。すでに一度死亡扱いにし、賞金までかけています。それでなくてもスキャンダルだというのに、白紙に戻したら恥の上塗り。国王の進退だけでは済まなくなるでしょう。正直に申し上げますと、事態はすでに貴女の生死では片付かない状態になっています』
「あああ……なんという」
膝から崩れ落ちるフィオレ。アキラに煽られてテンション高くなっていた周囲の者達が、慌てて駆け寄る。
しかしそれより早く、アキラが彼女に寄り添った。映像だから出来る芸当である。
「大丈夫。フィオレちゃんも助けるし、ご実家もそんなにひどい事にはしないから。元気出して、ね?」
「そうですよ。……やった事に対して責任を取ろうとする姿勢は御立派です。そうであるなら、生きて行動することが必要だと思うんですよ俺は」
「アキラ様、カイト様……」
瞳を潤ませる元王女。その庇護欲をくすぐる姿に、カイトの頬が赤くなる。誤魔化すために、彼は一つ提案する。
「アキラ。どうやらフィオレさんにはアキラパワーが足りないようだ」
「え? 何それ。念動力?」
「いいや。アキラパワーはアキラが仲良くなりたい相手と会話することで発生するエネルギーだ。対象を元気にするパワーがあるぞ。俺で実証済みだ」
「ええー? そんな力は認識できないけど? 私の知覚力をすり抜ける力なのそれ」
「相手の精神に発生するパワーだからしょうがない。コミュニケーションが生む力だ」
「コミュニケーション……そうかー。そういうパワーもあるんだ。会話とは……焦点とは……」
「というわけで、フィオレさんは任せた。俺はちょっと離れるよ」
「おっけー、まーかせて!」
「あの、アキラ様? カイト様?」
胡乱な話でよく分からない流れを作られ、それに飲まれるフィオレ。周囲の者達が用意した歓談席に引っ張られていく。
カイトはそれを見送って、自動で付いてきていたマシンに跨った。
「それで、お前は何処へ行くんだ?」
「せっかくだから、こいつで船の中を軽く走ってみようかなって。中央辺りならみんなの邪魔にもならないだろうし。ガラスさんは?」
「ドラゴンシェルがどーしよーもねーからな。他の仕事に回るさ。ま、今日は羽を伸ばしておけよ。明日から忙しいぞ」
「ういーす」
真っ赤なトサカの鳥人と分かれると、カイトはヘルメットをかぶるとマシンをゆっくりと走らせ始めた。彼が中央と呼び表した区画には、居住スペースが存在する。全長3kmの船で働く数万人が必要とする全てをまかなうための場所……として予定されたスペースだった。
実際はほとんど何もない、区割りだけがされた空虚な場所である。人員を乗せる予定がなかったため、それらの装備も搭載されていなかった。アキラが飛び立った時の人員は、カメリア以外いなかったのだ。
カイトは、緩やかな速度でそこを目指した。整備不良や、荷物などで通れぬ通路も多かったので大回りになりながら。いくつかのエレベーターを乗り継ぎ、照明の落ちた廊下を進む。
ひどく静かだった。時折、何かしらの不良を抱えた機械が異音を放っているのを見かける。マーキングしておけば、ドローンか誰かが手が空いた時に対処する。それがいつかは分からないが。
遠くから何かしらの物音が聞こえるが、判別はつかない。マシンの静かな駆動音だけが、唯一はっきりとしたものだった。
しばらくして、目的地に到着した。それほど急いだわけでもないが、マシンに乗った状態で30分以上かかったあたりこの船の大きさを改めてカイトは実感した。
彼はこの場に一度来ていた。捕虜の解放で戦闘を行った場所。見れば、痕跡がわずかに残っていた。だが、目的はそれではない。周囲に誰もいない場所に行きたかったのだ。
「カメリア。二つ、教えてほしい事がある」
『はい、どうぞ』
通信で呼びかければ、すぐに返事が返ってくる。カイトはことさら大きく、深呼吸した。震える手を、握りしめる。
「……一つ目。俺は、どれくらい長く眠っていたんだ? そして二つ目。地球は、どうなったんだ?」
ずっと、気になっていた。コールドスリープカプセルが、整備不良となる年月とはどれくらいなのか。5年か、それとも10年か。あるいはもっとか。いや、その程度ならまだいい。それ以上だった場合どうなるか。
加えて、地球の状態だ。ラヴェジャーの戦闘力は散々触れる機会があった。地球を襲った艦隊は、今回接触したそれよりはるかに多かった。それに対して、地球側は何も有効打を与えられなかった。シールドを抜くことができなかった。それが好き勝手に略奪したとしたら、故郷は一体どうなったのか。
真実を知るのが怖かった。忙しさと、ラヴェジャーへの怒りで誤魔化していた。見ないふりをしていた。しかし、そのうちの片方がひと段落ついてしまった。知りたいという気持ちが、恐ろしさを超えた。そうであるならば、聞く以外の選択肢はなかった。
『お答えします、まずは二つ目から』
電子知性は、一切のためらいもなく情報をくれる。いつも通りに。
『あの基地に囚われていた時、地球に関する情報を取得しました。それによりますと、カイトさんの故郷は大規模な略奪を受けたようです。人員においては、年齢0歳から30歳まで、延べ人数十数億人ほど』
「……よくもまあそんなに」
『専用の奴隷船を用意していたようですね。当時はいくつかの星間国家が戦争をしていたようで、戦力や労働力として需要があったようです』
カイトは憤りと一緒に、強く息を吐いた。
『しかし、人員以上に価値を見出されたのは生物群系です』
「生物群系?」
『生物が生存できる星は限られています。そこで数十億年かけて生み出された生物群系は非常に価値があります。同じ環境を整えれば増やせるというのも重要です。利用法は多種多様。生物学、植物学、薬学、生体兵器学など、多くの利用価値があります。ラヴェジャーはこれを大量に地球から持ち出しました』
「……なんというか、ラヴェジャーらしくない気がする」
カイトが接触したラヴェジャーは、大雑把な面が見えていた。このような表現はカイト自身気分が悪いが、そのような繊細な商品を扱えるとは思わなかった。自分たちの扱いを思い返せば余計に。
『はい。どこかしらの助力があったと思われます。おそらくは依頼主でしょうが。需要があるからこその供給です。事実、生物群系も地球人も多方面に販売されましたから。さてそうやって略奪の限りを尽くしたラヴェジャーは、最後に商品の価値を上げるための行動を取りました』
「価値を、上げる?」
この先の言葉を聞いてはいけない。根拠のないただの予感だったが、何故か確信をもってそう思えた。そしてそれは的中した。
『ラヴェジャーは、地球に小惑星を落下させました。衝突により、衝撃破、地震、津波が発生し、自然および人工物に壊滅的打撃を与えました。加えて衝突時に巻き上げられた土砂が大気圏上層にまで到達。長期間にわたり恒星からの光を遮断。大災害と寒冷化。この二つにより地球生物群系は修復不能と思われるダメージを負いました。オリジナルからの採取を不能にすることにより、保有した商品の価値を高めたのです』
カイトは理解を拒んだ。想像も拒んだ。しかし意思と知性は別物だ。どれほど拒んでも、情報からイメージが湧いてくる。悪夢よりもひどい現実を、知ってしまう。
そのカイトへ、カメリアは最後の情報を提供する。いつか質問されると分かっていた。彼が真実を恐れている事を。しかしいつかは分かってしまう。ならば自分が知らせるべきだと思っていた。彼をこの世に縛り付けたのは己なのだから。
『一つ目の質問に答えます。正確な日数は分かりませんが、貴方は約三百年ほど眠っていました。数回にわたり、コールドスリープカプセルを交換した記録があります。そのたびに貴方の身体は劣化しました。致命傷だったのは最初にご説明したとおり、システムメンテナンスの不備が原因ですが』
倒れたくなった。しかしスーツのシステムが彼の身体を支えた。ひたすらに、理解を拒み続ける。しかし、さながら毒のように、真実が意識に浸透していく。押し出されるようにあふれた涙が頬を伝った。
『以前、アキラ様は貴方が生きることを望みました。私も同じです。カメリアは、カイトさんが生きることを望みます。その為のサポートをします。貴方を決して、一人にしません』
「……ありがとう。でも、今は一人になりたい」
『はい、ではまた』
通信は切れた。周囲に音はなく、マシンのささやかな駆動音だけが響いている。
しばらく、と言ってもほんの数分。カイトは真実の毒にあらがった。そしてそれを止めた。
地球は滅んだ。家族は死んだ。友人も幼馴染も死んだ。もう絶対に会えない。自分は一人になったのだ。
「……あああ、ああ、アアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
喉よ裂けよと言わんばかりの絶叫だった。頭を振り回し身体を震わせ、全身全霊で吠え上げた。怒り、悲しみ、苦しみ、恐怖。いくつもの感情を混ぜ合わせた、魂の声だった。
泣くように吠えた。涙は止めどなくあふれた。ヘルメットを脱いで頭を掻きむしりたかったが、声が大きく漏れるからと止めた。こんな時まで羞恥心があるのが可笑しかった。なんだかわからなくなり、さらに泣き喚いた。
最初は衝動的に、途中からは義務的に泣いた。今泣くべきだ。泣き喚いておかなければきっと自分は持たない。自分を守るためにそうした。
いつまで泣き続けただろうか。ついに感情より疲労が勝った。全身がじんじんと痛み、特に喉はひりついた。涙をぬぐおうと思ったら、機械細胞が顔を覆いあっというまに洗浄した。つくづく便利なスーツだった。
「そうか……もう、帰る場所は無いのか」
地球そのものはあるようだ。環境が致命的に破壊されたようだが。そこに帰っても意味はない。迎えてくれる人はいないのだから。
じゃあどうする? これから何をする? 考えるまでもなかった。
「復、讐」
言葉にすれば、疲れた体に熱が入った。大きく息をする。その吐息に炎が混じっていないことが不思議だった。
あの日を思い出す。攫われた日のことを。たくさんの悲鳴。少女の母を呼ぶ声。母の子を呼ぶ声。
目覚めた日を思い出す。ゴミとして処理される死体。改造された人の身体。バラバラに処分された肉片。小さな、何も掴まない手。
何故こうなった。どうしてこんな目にあわされた。あの人たちはどうして生きられなかった。答えは一つ。
「ラヴェジャー」
カイトの感情に従い、ヘルメットの表面が変形する。悪鬼のそれに。そうだ、自分はそれになるのだ。ラヴェジャーにとっての災厄、死神、不幸、天敵そのものに。
「……アキラに、名前を付けろって言われたっけ。この船はアマテラス。じゃあ……スサノオ。このスーツの名前は、スサノオだ」
日本神話における、悪神にして英雄神。荒々しいその力に、あやかりたかった。次に、マシンの名を考える。と言っても答えはもうあった。二柱の名前が出ているのだから、最後の一柱をのけ者にするわけにはいかない。
「マシンは、ツクヨミだ。ちょうどいいよな。何にでも変形する機械の名前が、よく分からない神様からあやかるってのは」
マシンをひとなでする。そして命じれば、融合が始まる。鋼の獣、機械の魔獣。そしてこれからは、荒神だ。
見るものを怯えさせる禍々しい顔を作り上げ、カイトは決意する。
「絶対に許さない。目に付く端から、地獄に送ってやる。もっと強く、もっと凶悪になって、あいつらの何もかもを台無しにしてやるっ!」
獣が、吠える。それはエネルギーが駆け巡る事による駆動音のはずなのに、恐ろしい怪物の咆哮に聞こえた。ここに黒き獣が戦鬼のごとく、復讐の道を行くことを決意した。
その姿を、アキラが見守る。カメリアも見守る。彼の復讐心を、今は止めない。それが、今のカイトを支える唯一のものであると分かるから。
かくて船は行く。様々な種族、様々な人生、様々な思惑を乗せて。安全を保障する、光輝同盟の地はまだ遠い。その先には、まだ波乱が待ち受けている事だろう。
それでも、戦艦アマテラスは進む。輝く彼女と共に、星間飛行を。
輝く彼女と星間飛行 黒獣戦鬼復讐行 第一章 了
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それでは、また。




