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輝く彼女と星間飛行(スタートラベル)  作者: 鋼我
第一章 星の世界へ
19/60

復讐者が笑う

「お、おい貴様! 私の救助をしろ! 衝撃でコントロールが利かん! おい、聞いているのか!」

「煩い」


 フィオレは衝突したラヴェジャーの通信を切ると、猛然とカイトを追い上げ始めた。背面から迫るレリックの勢いに、彼もただならぬものを感じ取った。


(ま、ず、い)


 推進器が、最大出力で稼働する。もはや攻撃船を撃墜する余裕はなかった。凄まじい勢いで接近し、火力を浴びせかけてくるドラゴンシェル。二度、三度と荷電粒子砲が命中し、シールド残量が5%にまで追い込まれる。


『これより、フェーズ3を最終段階に移行する』

『了解しました。いつでもどうぞ』


 カメリアに連絡し、カイトは母船に向けて舵を切った。もちろん、真っすぐ飛んだりはしない。それこそUFOのように、稲妻のような動きで回避運動を取る。コンデンサーのエネルギーはのこり20%を切る。フレームは取り返しのつかないダメージを負い、各所でヒビや断裂を示す赤い警告が表示される。


 それでもやめるわけにはいかない。後一発直撃したら、撃墜されてしまう。


「その程度の機動でぇぇぇ!」


 しかしカイトが全力を振り絞った動きは、フィオレにとって凡俗なものだった。当てなくても、行動制限をすることはできる。機体限界に挑むような動作中にそれをすれば、相手を追い込むことができる。暴走する感情に煮え立った頭でも、経験はすぐさま彼女に最適解を示した。


 威力を最低限、連射速度最大の荷電粒子を進路上にばらまく。ただそれだけでカイトの操作難易度は跳ね上がった。


「ぐ、ぅ、ぅぅっ!」


 接触すればシールドが落ちる。機体にダメージが入る。回避と逃走の両立、何と難しい事か。最短距離を諦めれば一時的に緩和される。しかしそれはできない。機体コンディションはほとんどが真っ赤だ。限界が近い。このままやり切るしかない。


 無限のように感じる短時間。輝くエネルギーがかすめ、シールドに負荷をかけてくる。ラヴェジャー基地から逃げたあの時のように、自分と暴乱細胞が一体化したような感覚。全てをつぎ込んでなお、綱渡り。


 極限の集中状態。だからこそ、目標地点を通り過ぎたのに気づかなかった。


「フェーズ3 最終段階! 迎撃レーザー砲塔、全力射撃!」

「迎撃レーザー砲塔、全力射撃はじめ!」


 その瞬間、母船より無数のレーザーがドラゴンシェルに向けて放たれた。迎撃レーザー砲塔は対戦闘機、対ミサイル用装備である。接近してきたそれらに対して、レーザーの弾幕を浴びせることで撃破、または追い返すのが主な使用目的だ。


 アキラが暴乱城塞レイジフォートレスと戦った際に破損した艦載設備。その内のこれを、限られた時間でできうる限りチェックと再整備を行った。大量に設置されている砲塔の全てをチェックするのは労力と時間の関係で不可能。故に外観で一番マシだった区画を選びそこを重点的に調べた。


 まともに作動する、整備が必要、修理が必要、取り換えが必要。状態を確認し、最初と二番目の砲塔を重点的にチェック。それらへのエネルギー供給ラインを点検するだけで、時間のほとんどを使用した。


 レーザー砲塔は数が多い。その多さで敵から船を守る代物だ。本来であるならば、自動迎撃システムで操作する。だがそれは点検できていない。なので、操作するのは船員たちだった。


「ぬうう、流石はドラゴンシェル! 照準に捕らえる事すらかなわん!」


 すぐれた視野をもつ虫人のスケさんすら音を上げる高機動性。背後で砲塔の状態を確認していたジョウが声を張り上げる。


「当てようと思うな! 逃げる空間を狭めるつもりでばら撒け! そうすれば向こうから勝手に当たりに来るぞ!」

「そうは言うがな! ほかの攻撃船が邪魔をするのだ! ええい、くるんじゃない!」


 カクさんも苛立たし気に射撃を続ける。カイトが船団から引き揚げたことで、それを追っていた連中もまとめて母船近くまで接近していた。おかげで、このレーザーの雨を浴びる事となる。


 こちらは、当然の事だがドラゴンシェルよりもあらゆる面で性能が劣る。無数のレーザーによってシールドが限界を迎え、船体を貫かれて爆散する。対ドラゴンシェル用の奇襲だったが、こちらには見事に突き刺さった。カイトが数を減らしていた事もあり、これによってほぼ壊滅状態に陥った。


 だが、景気の良い話ばかりではない。突貫工事の無理はすぐに現れた。エネルギーケーブルが、整備不足と過度の使用に発熱。廊下の一部が発火した。


「どいてくださーい! 消火しまーす!」


 しかしそれは、想定されていた事態。対環境スーツに身を包んだベンジャミンが、電気設備用消火器を携えて飛び込んでいく。作戦は、動ける乗員のほぼすべてが参加していた。いつもは後方で作業している者達も、このような形で成功のために努力していた。


「おらあ! どけどけ邪魔だあ!」


 新しいケーブルを引っ張るのは、パワードスーツに身を包んだバリー。彼はとにかく忙しい。物資の移動、故障部位の壁を剥がす、消火の手伝い。スーツの性能が良いものだから、あらゆるところで便利に使われていた。


「ああ、いっそがしい! 仕事が増えて片付かねえぞオイ!?」

「踏ん張れ! あと少しだ! カイトが詰めに入るぞ!」

「実況はいいが、おまえも手動かせガラス!」

「やってる!」


 船外では、ガラスの言葉通りの状況となっていた。まず、ドラゴンシェル。シールドの半分が消費され、さらに削られつつある。それ以上に、フィオレの精神状態が限界だった。


「また、また、またぁ……っ!」


 頭に血を上らせ冷静な判断ができなくなっていた結果、罠に飛び込んでしまった。船はボロボロだと聞いていた。しかし、修理されていないなどとは誰も言っていない。アキラ達が逃げ出してからそれなりの日数が経過している。手を入れる時間は十分にあった。


 それを、本来の自分なら思いついているべきだった。敵を侮ったミス、これで通算三回目。先ほどまでは、怒りを外に出すことで辛うじて精神の安定を図れた。しかし今回はその怒りが自分に向いた。自己嫌悪と後悔、今までのストレスで目の前が真っ暗になる。レーザーの命中によるアラートすら気が向かなくなるほどに。


 そのおかげで、カイトが最後の詰めを仕掛けられた。彼の攻撃機は、この時点で限界を迎えていた。フレームが使用不可能レベルの損壊。それをパージしながら、慣性制御機関で最後の反転をかける。


 真正面に、ドラゴンシェル。機体保持を暴乱細胞に無理やり任せ、シールドを破るために最後の攻撃を仕掛けた。


「フェーズ3ぃ……ドラゴンシェルの、捕縛ぅ!」


 口の中にたまった血を吐き散らし、トリガーを引いた。荷電粒子砲と4門がレーザーが、ドラゴンシェルのシールドをはぎ取る。目論見通り事が成ったのを確認し、カイトは機体の形状のほとんどを解除。残っているのはコンデンサーと慣性制御機関、生命維持装置のみ。


 黒い泥じみた姿になってドラゴンシェルに張り付くと、今まで自分にかかっていたベクトルをまっすぐから回転に変更した。するとどうなるか。その運動エネルギーは、ドラゴンシェルに送られる。


「え? へ? わぁぁぁぁ!?」


 制御できない回転運動に、二重の意味でフィオレは目を回すことになった。物理的にも、対応できないという意味でも。


 機体が万全の状態ならば、ドラゴンシェルも慣性制御機関を使って相殺すればよかった。しかしシールドを喪失するほどに消耗した現在、そんな余裕はない。そして、この絶好のチャンスを逃すカメリアではない。


 情報は前回の接触で手に入れていた。暴乱細胞を操作し、内部に続くハッチに取り付く。もちろん、ロックはかかっているし電子的なプロテクトもされている。だからカメリアは、合鍵をあらかじめ作ってきた。ほんのわずかな試行でロックは解除され、入り口が開く。


 あとはやりたい放題だった。巨大船を単独で制御するほどの演算能力をもってすれば、たとえ覇権国家のシステムといえど耐えられるものではない。開いた入口から、黒い機械細胞がなだれ込む。空気漏れを起こさぬように処置したうえで、コックピットまで一直線。それはまるで濁流のようだった。


「ハッチが、エアロックが!? 一体どうなって……いやぁぁぁ!?」


 王族兼パイロットとして、高度な英才教育を受けていたフィオレであったがこればかりは対応能力の限界を超えていた。生物とも機械とも言えぬ黒い何かは、瞬く間に操縦席を埋め尽くした。そして彼女の首にはまっていた、機械の首輪にそれが触れる。


 時間にして、一秒もかからなかっただろう。ほんの僅かな時の後、小さな電子音と共に戒めの首輪は解除された。


「え……え……?」


 立て続けに様々な事が起き、理解が追い付かない事ばかりだったがこれはその中で最大だった。どうにかなりそうなほどに苦しめられた奴隷の証が、酷くあっさりと外れたのだ。これまでの辛い記憶と、現在の首の軽さ。その二つが余計に彼女の理解と納得を遅らせていた。


 だが、現状はフィオレが落ち着くのを待ってくれなかった。


『失礼しまーす。お姫様いらっしゃいますかー』


 能天気に聞こえるように合成された声が、通信でコックピットに飛び込んできた。


「はわっ!? あ、通信……? ええっと、はい。フィオレでございます……」

『首輪外れて自由になったと思うので、ここから逃げようかと思うのですがよろしいですかー?』


 自由。逃げる。それはフィオレが夢にまで見たこと。もう、ラヴェジャーの言いなりにならなくていい。その事実が意識に染み渡る。そうなると、今まで心の奥底にため込んでいたそれが、ゆっくりと浮かび上がってくる。


 通信越しなので、カイトはそれに気づかない。しかし、同じ思いは彼も抱えていた。故に、偶然だがフィオレにとって最高の提案を投げかけた。


『それとも逃げる前に一発、ラヴェジャー共に復讐しますか?』

「復、讐……」


 マグマのような熱が、心の奥底からこみあげてくるのを彼女は感じた。これまで受けた仕打ち、もう取り返せない様々な大切なもの。ああ、そうだ。この恨み、どうして晴らさずにいられようか。


「やり……ます……、復讐ッ!」

『グーッド! それじゃあ時間も無いので、パパっとあそこ狙いましょうよ』


 入ってきたのと同じように、機械細胞は素早く戻っていく。しかしドラゴンシェルのディスプレイには、いつの間にやら一つの目標がマーキングされていた。それはラヴェジャー船団、旗艦の艦橋だった。


『まったく、唐突にとんでもないことを』

『最後のシメにはいいでしょ?』


 フィオレは、聞こえてくる通信が、前回接触した者達と同じであると、この時気づいた。


 一方その頃、そのマーキングされた場所では醜い争いが繰り広げられていた。


「奇襲を受け! 船団を損壊させ! 攻撃機は全滅! レリックすら捕縛された! すべて貴様が無能だったからだ!」

「何を言う! たった一隻と一機にいいようにやられたのは貴様らではないか! 無能は貴様らだ、恥を知れ!」


 ラヴェジャーは、自分たちが完璧であると思っている。ミスなどありえない、負けることなどありえない。だが現実は彼らの思い通りにはいかない。なので誤魔化しようのない損害や失敗が発生すると、その責任を他者に求める。


 自分は間違っていないのだから、ほかの誰かが失敗したのだと。現在、旗艦の艦橋にある指令所では大損害の原因は誰なのかという言い争いが発生していた。


 こんなことをしている場合ではないと、理解できないわけではない。しかし敗北のストレスが、間違ったものを求めたのだ。間違った誰かがいなかったら、自分のミスかもしれない。ラヴェジャーにはそれが耐えられないのだ。


「そもそも、貴様が悪いのだ! レリックユーザーの躾が悪いから負けたのだ! あれがもっと性能を発揮していたら、たった一機の戦闘機に敗北しなかった! レリックが負けるなど本来あり得ない! なぜ負けた? おまえのミスが原因だ!」


 提督が、呼び出した飼育係をつるし上げた。艦橋で働いていた同族に追い込まれた彼がスケープゴートにすべく呼び出したのだ。なお、本人は責任を押し付けているとは思っていない。飼育係の責任だと本気で思っている。


「違う! 私のせいじゃない! ミスをしたのはあの奴隷だ! 奴隷のミスが何故私の責任になる!」

「それは貴様が……!」

「レリック再起動! こちらに向けて戻ってきます!」

「何!?」


 艦橋がどよめく。その声には安堵が含まれていた。レリックが無事であるならば、まだチャンスはある。最終的に勝利できれば、ミスは小さなものとなる。自分が悪いなどとは言われない。


 そんなうわっついた気分は、ドラゴンシェルから放たれた荷電粒子砲によって消滅した。次々に降り注ぐ攻撃に、せっかく回復したシールドが瞬く間に減衰していく。あり得ぬ火力と連射力だった。ドラゴンシェルが初めから搭載してるそれに加え、カイトが追加で構築した荷電粒子砲が加わっているなどラヴェジャーにはわからない。


「なんだ!? おい、止めろ! 止めろ! くそ、飼育係!」

「やっている! 電流は流している! 攻撃を停止しろ奴隷! 聞こえているのか!」

『ああ……そこにいますのね。うれしい、どうやって見つけようかって思ってたのに』


 飼育係は聞こえてくる奴隷の声に、言い表せぬ恐ろしさを感じた。ラヴェジャーに宗教はなく、地獄という概念もない。


「シールド消失! ドラゴンシェル、こ、ここに向かって直進してきます!」

「ま、不味い。退避、退避……」


 間に合わなかった。素早く計算された威力の砲撃が、艦橋の装甲を破壊する。そしてドラゴンシェルの船首、竜の頭が突き刺さった。


「な、ななな、なあああ!?」


 提督の驚愕の声が響く。彼ができた事といえば、手近なテーブルに身を隠すことぐらいだ。他の者も似たり寄ったり。故に、何一つ抗う事は出来なかった。


 鋼のあぎとが開く。中に詰まっていたのは、黒いなにか。それがなんであるか気づく前に、無数の黒い槍が飛び出した。それはきっかり、その場にいたラヴェジャーの数で。一本につき一体、確実に胴体に突き刺さった。


「ぎっ!?」「ぎゃあ!「ぐふっ!」


 悲鳴が上がる中、口内からカイトが現れる。暴乱細胞レイジセルに身を包んだ、不気味な黒い人影が。そこから聞こえてくる声は、この場に似合わぬ明るさ。


「ごほっ……あー、えー……お姫様、こいつでよろしい?」

「ぎゃあ、あ!? 痛い、痛いぃぃぃ!」


 彼が咳き込んだ後に、一体のラヴェジャーが吊り上げられる。飼育係と呼ばれていた個体だった。


『はい、間違いなくそいつです。ありがとうございます。……ああ、なんて無様』

「楽しんでくれて何より。さて……」

「やめ、ろ。我々に、こんなことをして、許されると……」


 提督が怒りの表情を浮かべる。飼育係も、残りの全ても同じだった。自分の身に起きている理不尽を許せない。理解できない。どれほど言葉を尽くしても、状況が変わっても永遠にこの生命体は理解しない。


「お前らと会話するなんて無駄な事はしないさ。だから言いたい事だけ伝えるよ」

「何を……」


 黒く光沢のある、暴乱細胞のヘルメット。それの形状が変わった。性能は何も変わらない。ただ、表情を浮かべただけだ。悪意ある、おぞましい笑みだった。


 ラヴェジャーには、それが鬼と呼ばれるものに似ている事が分からない。


「苦しんで、死ね」


 全ての黒槍が抜かれる。その時に、少しだけ工夫がされた。腹の皮膚と対環境スーツを十字に裂いたのだ。大きさは、手のひら程度。重傷だが、まだ助かる。


 各々が、必死でその穴を両手でふさぐ。それにお構いなく、カイトは通信相手に話しかける。


「それじゃあお姫様、お暇しましょうか」

『ふふ……はい。それでは皆様、ごきげんよう』


 ドラゴンシェルが、その場から離れる。機体によって塞がれていた穴が解放される。船の外は真空。空気が流れ出ていく。体重の軽いラヴェジャーは当然のように吸い出され、船外に放り出される。腹を押さえているから、何かに捕まる事もできない。幾人かは手を伸ばしたが、結果は変わらない。腹の中身をこぼした分、状況はむしろ悪化した。


 だが、全体から見れば些細な違いだった。ラヴェジャーの着ている対環境スーツは、当然真空にも耐えられる……穴が開いていなければ。補修材など持ち歩いていない。船外活動でもしていれば別だが、艦橋要員が持っているわけがない。


 当然、手で押さえているだけでどうにもならない。提督も、飼育係も、激痛を伴いながら腹から飛び出る己の臓物を見ることになった。


 苦しんで死んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 勝ったッ!第3部完!
[一言] ユワッ・シャァ まぁ、お姫様も死んだ事にするのがマルいかな。 姿が描写されていなかったけど龍を崇めている種族といえばリザードマン系が思い浮かぶが猿系のヒューマンなんだろうか
[一言] 復讐はいい、私にはそれが必要なんだ
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