物資収集所襲撃計画
航海は順調だった。偵察機のセンサーは、それほど優秀なものではなかった。なのでカメリアが増幅器をプリンターで出力。それと接続することで、精度を上げた。現在は偵察機から外されて、船体外壁に設置されている。
偵察機に蓄えられていたデータも、有用だった。位置情報と、カメリアがラヴェジャーの基地よりコピーしてきたデータ。これらを参照することにより、敵との遭遇確率を大きく下げることに成功した。
そして、逃走行にさらなる選択肢も与えられた。
「ラヴェジャーの、物資収集所を襲撃します」
臨時指令所に設置されたカメリアのドローン。それから発せられた行動目標に、集まった者達がざわめいた。カイトもまた、目を見開いて驚く者の一人である。
皆がある程度の落ち着きを取り戻したのを見計らって、電子知性が説明を開始する。
「現在、船内内部の制圧は順調に推移しています。アキラ様の感知能力により、内部のラヴェジャーは残り三分の一ほどに減りました。捕虜の数もほぼ同様に減っています。こちら側の戦力も向上していますので、進捗は加速すると予測されています。これは乗員一同の努力の成果であると認識しています」
「みんな、頑張ってくれてありがとう!」
アキラが笑顔で労う。その言葉に乗員たちは戦闘員、非戦闘員限らずそれぞれの仕草で礼を示した。
「解放された区画から、物資の回収も進んでいます。ですがそれは量も種類も不規則。今後必要とされる物資量を賄える確率は低いと計算しています」
皆が、理解と不安で唸り声を上げる。そもそも、この船は出航することを予定していなかった。カメリアが基地からある程度奪ってきたものの、万全とは程遠い。そもそも、船内にいた捕虜を解放した時点で破綻している。
それらは流石に伝えられていないが、想像力がないわけではない。自分たちの事だけに、乗員たちは不満も不安も口にできなかった。
「そこで、本格的な物資不足に陥る前に手を打ちます。それゆえの収集所襲撃計画です」
カメリアの宣言に納得の色が広がる。が、力なく上げられる手が一つ。バリーという名のヒューマノイドである。兵士らしく鍛えられた身体に、短い髪。しかし支給された軍服をだらしなく気崩していた。細面の顔も、どこか締まりがない。
「すいやせん。ちょいと質問なんですが。そこに捕虜がいた場合、そいつらも解放して船に乗っけるんですか? いや、物がたりねえって言ってるのに、さらに消費者増やすっていうのは本末転倒なんじゃねえかと」
あけすけで、遠慮のない言葉に周囲は顔をしかめた。あからさまな侮蔑の表情を浮かべる者もいる。本人はそれらを全く意に介さないが。
その質問に、アキラは大きく頷いた。
「とってもいい質問。バリー君えらい!」
まっすぐ、褒めた。まさかそんな言葉がもらえるとは思ってもいなかった本人は、鳩が豆鉄砲を食ったように目を見開く。
「……え、あ、はい。どうも」
「で、質問の答えだけど。敵対しない限り全員回収します。理由1! 船の食料生産プラントがもう確保できているから! ご飯の心配は、実はもう大丈夫。メンテナンスと生産開始に時間かかるけど、直せるって報告は出てるからね」
おお、と驚きの声が上がる。皆の不安の元であったから、安堵の声が出るのも当然だった。反応があって気分が良くなったのか、アキラのテンションも上がる。
「理由2! それを直すのに人手が欲しい! 機械動かせる人、沢山解放できたけど足りてない! いればいるだけ、船が早く直る! 物資収集所で働かされている人たちに、そういう人がきっといる! 労働力、ほしい!」
なるほど、と乗員たちは納得する。これ以上のないシンプルな理由だった。
「理由3! ここにいる人達、みんなラヴェジャーに捕まって苦しめられてきた! 私だってそう! 助けられるなら助けたい! ついでにラヴェジャーぶっ飛ばしたい! おまえたちー、ラヴェジャーぶん殴りたいかー!」
「「「おおおおおーーー!!!」」」
ついに乗員たちまで、アキラの勢いに乗せられてしまう。生きるのに必死で娯楽にまで手が回らない。血の騒ぐお祭り騒ぎなら、乗りたくなるのが人情だった。
拳を大きく突き上げて、皆とはしゃぐアキラ。一通り元気に吠えた後、再び真っすぐ質問者を見た。
「……と、言う感じ。必要だし、できるし、やりたいから解放します。回答になったかな?」
「え、あ、はい。それだったら、ええ。文句なんてありませんよ、はは……」
バリーは、愛想笑いを浮かべるので精一杯だった。それを見届けてから、再びカメリアが喋り出す。
「計画は大きく分けて三段階に分けます。ミッション1、護衛船の排除。基地には複数の船舶が防衛戦力として配備されていると推測されます。これの排除を、アキラ様とカイトさんに行ってもらいます」
「まかせてあんしん!」
「……あー、がんばります」
アキラが大いに胸を張り、カイトがとりあえず合わせた。
「続いてミッション2、内部の制圧。これを、戦闘員の皆さんに行ってもらいます。これまで回収した武装と新しく生産したもの。全てを投入する予定です。皆さんの働きに期待します」
「お任せあれ! 見事勤め上げて見せますぞ!」
力強く両手の握りこぶしを突き上げるのは、いつぞやの2メートルのゴリラ……猿人である。今は戦闘員として参加しており、タクティカルジャケットを羽織っていた。
他の戦士達も気炎を上げている。この共同体において、戦闘員が評価を稼ぐ機会は限られている。船内制圧も進みつつある今、絶好の機会に気合が入る。最大のライバルであるカイトが別任務に就くのも大きな点だった。
「そしてミッション3、物資の運搬。おそらく、最も手間がかかる部分でしょう。長居をすれば、ラヴェジャーの増援が到着する可能性があります。これに関してはできうる限りの人員を導入します。各自それぞれの仕事で疲労していると思われますが、ここが要です。奮起を期待します」
「みんな、がんばろー!」
声を上げる。敬礼をする。頭を下げる。それぞれが、バラバラだがしっかりとアキラに答えた。大きく盛り上がり、次の作戦へ向けて意気を高める一同。そこに、カメリアの声が差し込まれる。
「さて、ここで連絡です。一部から、レリックの貸与を求める発言がありました。それに対して返答します」
乗員たちからどよめきが上がる。特に、戦闘員からは強く。本来、レリックとは一生に一度、その目にできるかどうかという希少な物質。手にすれば、その分野の第一人者になれるほどの奇跡の道具。それの貸与についてだ、動揺しないわけがない。
「まず、この船にあるすべてのレリックは、アキラ様の所有物です。譲渡ではなく貸与されるものであるということを改めて理解してください」
この言葉に、ほかならぬカイトが頷く。彼自身、身に余るものだと十分理解していた。
「現在貸与を受けているのは私、電子知性カメリアとカイトさんのみ。私はこの船の管理者です。その為に専門の調整も受けています。私と同じ仕事ができると思う者は前に出なさい」
当然ながら、誰も前に出ない。うめき声一つ上げない。カメリアの働きぶりは皆が知る所である。彼女無くしてこの共同体は回らない。アキラと同等に、怒らせてはならぬ人物であると皆が理解していた。
「では次。暴乱細胞の貸与について。これを受けているのは現在カイトさんのみ。これを預かる栄誉を受けたいというのならば、彼と同じだけの功績をあげられるという実力を見せていただく必要があります」
おお、と感嘆の声が広がる。貸与はしない、という発言も覚悟していたのだ。わずかながらも希望が開けたら動揺もする。同時に、多くの者がそれが狭き門であることも理解した。
一部の理解できていない対象に、カメリアは容赦なく事実を並べていく。
「カイトさんの功績は、他に並ぶものがないほどです。ラヴェジャーの基地を単独で突破。頂点種アキラ様を解放。この船の自由を取り戻した。内部に残留するラヴェジャーを倒し、捕虜であったあなた方を解放。最近では、ラヴェジャーの攻撃船二隻を撃沈、偵察機の捕縛を成し遂げました。レリックあってこその戦果であることは確かです。なので尋ねます。レリックを保有していればこれと同じことができると思うのなら、前に出なさい」
流石に、ここで前に出る浅慮な者はいなかった。暴乱細胞があれば、可能性はあるだろう。その成否は分からない。しかし、困難であることは間違いない。ではやれ、といわれてハイと答えられるのはよほどの考えなしだ。
「結構。流石に私たちも、カイトさんの功績を評価基準に据えるのは過剰であると判断しています。故に別のものを用意しました。戦闘員バリー、前に出なさい」
「は? お、俺ですか? お、おい押すな!」
腰が引けたヒューマノイドが、周囲から前に押し出される。そんな彼の前に、一着のパワードスーツが運び込まれた。細いが強固な外骨格、パワーアシスト用の人工筋肉、傷一つない装甲、背中のパワーユニット。美しく磨き上げられたそれに、バリーの目は吸い付いた。
「こ、これは……一体どこのメーカー品で? さぞかしお高いとおもうんですが……」
「不明です。私も商標登録されたすべてのデータを持っているわけではありませんので。これは暴乱細胞が記録していたデータから作成したものです。なのでコストはプリンターのエネルギー、資源、労働時間だけですね」
「実質、ほぼタダ……」
カメリアの情報処理能力は、現在かなりの空があった。巨大船を過不足なく運営するだけの能力が彼女にはある。船に問題がある現在、その能力を発揮させることはかなわない。そこで暴乱細胞にアクセスし、膨大な量の兵器データを調査していた。
一体いつから、どれだけの種族が暴乱城塞に襲撃されたのだろうか。奪われた兵器データはあまりにも膨大である。それを利用しようとするならば、データ整理は必須だった。
処理速度は順調なれども、蓄えられたデータは膨大。船がラヴェジャーの基地を脱出してからほぼずっと、休むことなく続けているがいまだ1%にも至っていない。
しかし、成果は多い。その恩恵を一番受けているのがほかならぬカイトである。彼の装備のほとんどが、発掘されたデータを元に作成されている。
「どこかの商標を侵害していた場合は、後でこちらが料金を支払うので気にしなくて結構。ともあれバリー。このアーマーは現在、カイトさんの装備するものを除けばこの船で用意できる最高性能の装備です。貴方にはこれを装備してミッション2に参加していただきます」
「ええ!? ……こ、こいつを貸していただけるならそりゃ願ったりですが、なんでまた」
「もちろん、レリック貸与試験です。暴乱細胞を貸し出すに相応しい実力があると、我々に示してください」
バリーは、愛想笑いを大きく引きつらせた。ここで、ノーという事は出来ない。それでなくても、今までさんざん大口を叩いていた自覚はある。レリック貸与も、日ごろからそれとなく話題に出していた。
つまり間違いなく、これは自分が望んだ状況である。同時に、考えるまでもなく窮地でもあった。これほどの装備である。成果をあげられるのは当然。無ければ無能確定だ。
相応の能力があることを示すならば、最前線に出なくてはいけない。戦闘員たちは手練れが多い。もたもたしていたら、点数であるラヴェジャーが蹴散らされてしまう。どいつもこいつも、手柄が欲しいのだ。
そんな連中と競争しながら、危険な最前線に飛び込む。バリーの兵士人生で、こんな無茶は今までない。しかし、やらなければ先はない。今後、この共同体で立場はなくなるだろう。頂点種のお気に入りをイジっていたタフガイという立場から転げ落ちることになる。
そうなればどんな扱いが待っているか。想像するだけで恐ろしい。これがほかの戦場ならば、多少なりとも誤魔化しは効くだろう。だが、相手側が制作したアーマーを着ているならば、データをいじる事もできない。ハイ・フェアリーのデータ処理能力を上回るなんて、星間企業のメインシステムでも不可能だろう。レリック保有者でもあるのだから。
「貴方の戦果に期待します」
抑揚のない、電子知性の発言。バリーは背骨を氷に差し替えられたような寒気に襲われた。
「バリーの他にも、レリック貸与を求めていた者がいました。それぞれにふさわしい装備を用意しましたので受領するように」
次々に新しい名前が呼ばれ、バリーと同じ表情の者共が前に押し出されてくる。戦闘員たちはその様を笑って眺めたし、非戦闘員は渋面と苦笑いの半々の表情を浮かべている。そしてカイトはただこうつぶやいた。
「なんだか、大変な事になってる気がする」
彼は状況をあまり理解できていなかった。




