悩みは種族問わず
アキラの船が偵察機を捕縛した場所から、数十光年離れた場所。跳躍機関が当たり前に使われるこの宇宙のテクノロジーからしてみれば、割と近距離と見れる場所。
そこに、ラヴェジャーの艦隊が集結していた。艦の種類、製造年、性能、状態、どれもこれもが不揃い。まとまりがなく、唯一揃っているのは船の向きぐらいなもの。その中に、ひときわ大きな船がある。年代物の巡洋艦であるそれが、この艦隊の旗艦である。
そのブリッジで、艦隊の総責任者であるラヴェジャーが艦長席にふんぞり返っていた。彼は周囲に自分を提督と呼ばせていた。なお、ラヴェジャーことトゥルーマンに個人の名前を付けるという文化はない。
提督は、上がってきた報告に不満を漏らした。
「……マザーマシンは、まだ直らないか」
「残念ながら。多少使える奴隷を当てているのですが、芳しくありません」
部下が淡々と報告する。提督は不満で鼻を鳴らした。何もかもが、不愉快だった。そもそも、基地派の無能がすべての始まりだった。頂点種が封印された大型船を奪われたという時点で論外も論外。その上、その失敗を誤魔化すために自分たちに攻撃を仕掛けてきたのだ。
それを蹴散らし、基地司令に責任を取らせた。今頃、下等種族と同じように再生肥料になっている事だろう。似合いの末路ではあるが、状況は好転しない。
基地派が貯めこんでいた貴重物資は奪い去られた。手元に残ったのはわずかな明力結晶と壊れたマザーマシンのみ。今まで散々、基地派にあごで使われた屈辱には到底見合うものではなかった。
何としても貴重物資、特にレリックを奪い返さねばならない。提督は己を出来るトゥルーマンであると自認している。頂点種を再びどうにかできるなどと自惚れていなかった。
彼の目的は、大型船の破壊にあった。いかに頂点種でも己と船、両方を守り切ることはできない。船を破壊した後に、レリックを回収する。もちろん、危険はある。怒れる頂点種と戦うなど自殺行為である。
しかし提督には腹案があった。
「ドラゴンの調整は、どうなっている?」
レリック・ドラゴンシェル。それは頂点種のひとつ、ドラゴンが成長時に脱皮して生み出される抜け殻である。半分機械、半分獣である頂点種の抜け殻は整備することによって強力な宇宙船になる。
提督は基地派から巻き上げた明力結晶を使い、覇権国家イグニシオンからこのレリックをかすめ取る事に成功していた。そのユーザーも。
「レリックについては、奴隷たちに整備させています。問題は報告されていません。ただ、ユーザーは相変わらず反抗的で」
「薬を使え。大型船への攻撃は、アレの力が必要だ。なにがなんでも命令を実行させろ」
「ドラゴンと接続している関係で、ユーザーの薬物耐性は高くなっています。従来通り、電磁拘束具を使用するしかないかと」
「ええい、面倒な。それでいい。死なない程度に追い込め」
「は、ただちに」
提督は再び鼻をならすと、艦長席に深く身を預けた。ドラゴンシェルの入手は、彼の勢力を大きく躍進させた。既知宇宙に名だたる覇権国家の一つを出し抜いたのだ。種族内でも、一目置かれるほどになった。だが、こんなものでは満足していない。
本来ならば、大型船の頂点種から無限に明力結晶が手に入る予定だったのだ。基地派が隠し持っていた暴乱細胞も、手に入れる予定だった。そうなれば、この古い巡洋艦ではなく最新の戦艦だって夢ではなかったのに。
もっと早く、基地派から一切合切を奪っておけばよかった。たまたま運よく大型船を見つけた程度の連中に、あの宝の山は身に余るものだったのだ。それは、現状が証明している。
流石のラヴェジャーも、同種族の物資を略奪するのはタブーである。提督も艦の数でマウントをとり、明力結晶を融通させるのが精一杯だった。
現状は、良いとは言えない。無限の明力結晶をちらつかせ、多数の下等種族から物資を前渡しさせている。大型船がなくなった今、これまでのようにはいかなくなった。
力が必要だった。レリックを集め、下等種族を黙らせる力が。
「何としても、レリックを手に入れる」
静かに、提督は決断した。そして手元のボトルから水を飲んだ。トゥルーマンに飲酒の文化はない。カフェインも接種しない。身体が受け付けないのだ。
しばし後。巡洋艦のドックにて。
「あああああああああっ!?」
一人の少女が、流される電流に悲鳴を上げていた。酷い姿だった。限りなく全裸に近い。彼女が身に着けている簡易型のフィルム式宇宙服は肌を隠さない。本来は服の上に着るものだ。排泄用の器具が辛うじて股間を隠しているが、尊厳を守れているとはとても言えない。
首には大型の首輪が付けられている。電流はこれから流されていた。
「いいか! 次の戦闘は特別大事なのだ! いつものように腑抜けた発言は許さん! 下等種族は、我々に従っていればいいのだ!」
一体のラヴェジャーが、コントローラーを手に吠える。ある程度苦しんだのを確認してから、電流を停止させた。しばらく、少女の荒い息遣いがドックに響く。
少女、すなわちドラゴンシェルのユーザーである彼女は息も絶え絶えに願い出る。
「ゆるして、ください。これ以上、罪もない方々から略奪など……」
「まだ言うか!」
「うああああああああ!?」
ラヴェジャーは、容赦なく再びスイッチを入れた。銀の長い髪を振り回しもだえる娘に対して、怒り以外の感情はない。この種族に性欲はない。性別もない。故に艶めかしい姿をさらしても、生理的嫌悪しか浮かばない。
再び電流を切る。ラヴェジャーは思考を巡らせる。この娘の飼育係になってしばらくが立つ。最初の頃から、この下等種族は反抗的だった。
ドラゴンシェルを使えないほどに損傷させるわけにはいかない。下手な改造は耐用年数を削ってしまう。ドラゴンシェルは使用者を選ぶので、一度壊してしまうと次を探すのに大変な手間がかかる。
なので、壊さず躾をする必要があった。いくつかの試行錯誤の結果、服を奪うというのは良い反応を引き出せた。体調管理の事があるので、簡易宇宙服は着せたが。
ほかに、激しく反応を示したことはあっただろうか。ラヴェジャーは記憶力のよい種族である。すぐにそれを思い出した。
「そんなに逆らうならば、この間のようにほかの奴隷どもと同じ部屋に入れてやる!」
「そ、それだけは! それだけはどうかお許しを!」
少女は、肉付きのいい身体を両手で隠す。もちろんその程度で隠しきれるものではないが、ラヴェジャーはそれを見ても何の感情も湧かない。羞恥心という感情もよく分かっていない。
「お前が言う事を聞かないならば、ほかの事もするまでよ! よし、あれだ! いつぞや見たく排泄を長時間禁止に……」
「やめて! 本当にそれだけは……!」
心身が絞られるように、涙を流す少女。その反応にラヴェジャーは満足する。
「だったら、次も上手くドラゴンシェルを使うのだな! 出来なかったら全部やるからな!」
そう言い捨てて、その場を後にした。監視はドローンに任せ問題はない。首輪がある限り、逃げるのは不可能。少女は未だその場から立てないでいた。
彼女の名はフィオレ。星間国家イグニシオンの第三王女として生を受けた娘である。
イグニシオンの民は皆、ドラゴンの奉仕種族である。そうなることを条件に、同じ星に住むことを許された。建国史にはそう記されている。
頂点種であるドラゴンの力は強大である。普段は住処から出てこないが、一度飛び出せば止められるのは同じ頂点種のみ。歴史を振り返れば、大国を壊滅状態に追い込んだ時もあった。
その寵愛を受けたイグニシオンは、覇権国家の一つとして数えられている。支配星域は広くないものの、軍事力は他の追随を許さない。光輝同盟でさえ、その動向には注意を払う。だが、彼女の祖国に外国への野心はない。それよりも大事な仕事があるからだ。
イグニシオン国の仕事は、ドラゴンに奉仕すること。その仕事は様々だ。巨大戦艦もかくやという体の清掃。住処の管理と防衛。そしてドラゴンパピーの子守り。
ドラゴンは数十年に一度、卵を産む。子ドラゴンであるパピーが無事に孵れば、国を挙げての祭りとなる。ドラゴンパピーは十年単位で脱皮する。それがレリック・ドラゴンシェルの元になる。
小さなシェルは地上用武装に。大きくなるにつれて宇宙船の元として使われる。どれもがレリックの名にふさわしい、高い性能をもっている。が、誰もがそれを使えるわけではない。
シェルには防衛本能(あるいは自己保存用AI)があり、使用者を選ぶという性質がある。それにふさわしい技量と資質を持たなければ、使用者には選ばれない。ドラゴンシェルの使い手になるべく研鑽を積むのは国民の勤め。王女とて例外ではない。
王族は、ユーザーに選ばれるものが多い。代々のユーザーと婚姻関係を結び、性質を濃くしてきたという理由もある。ドラゴンシェルによる生命維持が、肉体の性質に変化を与えているのもその一因であるともいわれている。
ドラゴンシェルのユーザーに選ばれて、フィオレの人生は大きく変化した。城の外、星の海に出ることも増えた。多くの喜びや感動もあった。戦いにも参加した。しかし、その末がこれである。
味方艦隊と離されて、強力な捕縛兵器によって囚われた。そして自由を奪われ、今はラヴェジャーの手先。虜囚として辱めを受け、悪事に手を染める日々。
(いっそ死んでしまえれば……)
そう考えない日はない。しかしできない。ドラゴンシェルは国の宝であり、ドラゴンからの預かりもの。これを返さずして、自分だけ楽になるわけにはいかない。そのように教育されている。
だが、そのために罪なき人々を苦しめていいのか。フィオレの懊悩は続く。
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カメリアは、乗員にインタビューする。内容は一つ、カイト・カスカワについてどう思っているか。
回答1。昆虫人。個体名ササキスケザブロウ、アツミカクノシン。通称スケさんカクさん。最初にスケさんの回答。
「頂点種アキラ、そして貴女と同じく我らの救い主である。ラヴェジャーの虜囚として屈辱の日々を送っていた我らを解放してくれた。それだけに限らず、この船の困難に解決の道筋をつけてもくれた。多大なる恩義があると考えている」
続いてカクさんの回答。同時に質問している為、内容がつながっている。
「だが危うい。戦の素人であると本人からも聞いている。いかにレリックがあるからといって、無茶が過ぎている。精神面も、危ういと思える点がある。我ら種族とはメンタリティが違うのは理解している。その上で、支えが必要であると考えている」
さらにスケさんが続ける。
「おのれの未熟さを理解している為、余暇のほとんどを訓練に回しているという。それも正直、自分を追い込み過ぎであると思っている。我が身のふがいなさに憤りを覚える。戦士カイトにばかり負担をかけてはいけない。身体の調子も戻った。今後は我らも前線に出たい。許可を願う」
回答2。草食系獣人。個体名ベンジャミン。
「怖いです。助けてくれたことには感謝してますけど、とにかく怖いです。レリックを振り回して、ラヴェジャーと率先して戦いに行くとか普通とは思えません。この間は宇宙にまで出たって言うじゃないですか。訳が分かりません。ええ、僕の種族は臆病です。身体も強くないですし、ずっと強い種族に従って生きてきました。だって、死んだら終わりなんですよ? ……はい。そりゃもちろん、強い種族の気分次第で殺されることがあるってわかってます。実際、僕のおじさんもそんな感じで殺されました。でも戦えません。怖いので。逃げるしかできないです。……ああ、カイトさんでしたっけ。怖いので近づきたくないです」
回答3 ヒューマノイド。個体名バリー。
「頂点種様のペットでしょ? 全く上手くやったじゃないですか。あんなにお宝をたくさんもらって、いい御身分ですよ本当。しかも、それで手柄も立てまくってちやほやされて。俺もね、暴乱細胞なんてご立派なもんもらえれば、あれくらい簡単にやって見せるんですがねえ」
以後、こちらに取り入る発言ばかりで質問の回答として不適切。記録を消去する。
その他の回答を箇条書きで上げていく。
・ラヴェジャーから助けてもらって感謝している(同様意見多数)。
・頂点種に名前を付けたあげく、友人のように振舞っている。ありえない(同様意見多数)。
・今度は負けない(覇獣大王国出身。同意見少数あり)。
・彼だけ特別待遇すぎないか(同意見少数あり)。
データを見たアキラは、大きくため息をついた。
「……私、カイトをペット扱いしている?」
「いいえ。アキラ様はカイトさんの人権を尊重しています。もし、彼の意思を全く配慮しないのであれば、戦闘すら許可しないでしょう?」
カメリアの言葉に、わずかに考え込む。頂点種の思考速度は電子知性を上回る。結論はすぐに出た。
「うん。感情としてはそう。カイトを失うのは嫌。でも、嫌われるのも耐えられない。だから邪魔もしない」
「そのように相手の感情を慮ること。それがコミュニケーションです。そうしたいと思えたこと、行動できたこと。貴方様は、光輝宝珠として成長の一歩を踏み出しています。そしてそのきっかけであるカイト様を大切に思うのもまた当然のこと。彼はアキラ様にとって初めての焦点なのです」
奉仕すべき主に、電子知性は感情を語る。本人もデータでしかわからぬことだが、外界に興味を持ち始めたばかりの頂点種よりは理解している。
「カイトさんの意思を尊重しないのならば、生命維持装置に繋げておけばよろしい。意識を仮想現実に繋げてしまえば、設定などは好き放題できます。頂点種ではなく、同族として見てもらう事も可能になりますが?」
奉仕種族のあからさまな誘惑に、アキラは苦笑で返す。それはナンセンスであると、未熟な頂点種は思ったのだ。
「……それは、やだな。私たちは違うものだし。どれだけ近づけても、同じにはならないし。今で、十分だよ」
「はい。それが分かっていらっしゃるのであれば、アキラ様はペット扱いなどいたしません。貴女とカイトさんが違うように、それ以外の者もそうなのです。立場が変われば視点も変わる。カイトさんをどのように扱うか決めているのであれば、この点に関して他者の意見など気にする必要はございません」
「そっかー」
主の安堵した声に、従僕は満足する。そして気持ちを切り替える。
「とはいえ。カイト様へのマイナスイメージに対して対策をする必要はあります」
「できるの?」
「可能です。現在、彼が目立ちすぎています。故に悪感情も集中する。であれば、それを逸らしてやればよろしい。準備はすでに完了しております」
できる電子知性は、主の為に準備を怠っていなかった。




