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輝く彼女と星間飛行(スタートラベル)  作者: 鋼我
第一章 星の世界へ
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黒い怪物

新作のスペースオペラです。よろしくお願いします。


拝啓ジークフリート・フォン・ブラウン様。

真っすぐな貴方の物語に夢を見ました。

 金属がぶつかり合うけたたましい音が、通路の奥から響いてきた。小柄な二人組は、互いを見合う。大きな瞳に映り合うその姿は、地球人のそれではない。


 体毛はなく、目は大きく、頭は全体のサイズに比べて大きく、身体は全体的に細く、低身長。地球人はかつてこの種族のことをリトルグレイ、と呼んだ。しかし銀河に広く分布するこの種族を、多くの他の者達はただこう呼ぶ。ラヴェジャー(強奪屋)と。


 二体のラヴェジャーの表情には、はっきりと怯えが浮かんでいる。


「一体いつアレは侵入したんだ」

「情報なし。調査未定。それどころじゃない」

「あの戦闘力は何だ。警備兵が止められないなんて、どうなっている」

「情報なし。調査未定。警備兵も調べる前にやられている」

「我々だけじゃ止められないぞ。応援はまだか」

「現在移動中。合流まであと数分」


 ラヴェジャーたちが待ち構えるのは、一本道の通路だ。現状に不似合いなほど、あたたかな光に照らされている。いくつか暗くなっている場所がある。故障なのか、部品を取られたのか。二体のラヴェジャーには知らぬことであるし、どうでもよい事だった。


 その照明が、にわかに点滅する。ラヴェジャーたちにとって設備不良などというのは慣れたものだ。壊れたら、新しいものを奪えばいい。自分たちで作る? 直す? 馬鹿馬鹿しい。できる種族をさらってきてやらせればいい。


 それがラヴェジャー。宇宙のゴキブリ。鼻つまみ者。既知領域に広範囲に存在しながら国家を作らず、他種族の物資と人員を奪って渡る者共。暴力には暴力が返される。ラヴェジャーは銀河国家群に人権を認められていない。殺してもお咎めなし。そういう扱いを受けて当然であり、それでもなお変わらず既知領域を蝕み続けている。


 それができるだけの戦力を保持している。種族的に狡猾で残忍であることもそうだが、その性質を利用する者共がいるからこそでもある。それの一端が、この場に現れた。


「やっと来たか! これならば!」


 ラヴェジャーが喜色を浮かべて迎えたのは、対装甲目標用の重武装ドローンである。とある星間国家との裏取引で手に入れたものだ。


 通常であれば、室内防衛用のそれを配備する。宇宙基地には生命維持に必要な機材が山ほどある。壊れては自分たちの命に係わる。しかしラヴェジャーたちはそれを考慮しない。壊れれば直させる。危険になれば宇宙船に逃げる。そういう思考だ。


 その短絡性が、相対する者にとっては脅威になる。対装甲用のニードルガンが通路の奥へと向けられる。簡易AIによって制御されたドローンに、感情などあるはずもない。機能的に、目標が射程距離に入るのを待つ。


 照明が点滅する。何度か瞬き、ついには消灯。暗闇となった通路だったが、等間隔に備え付けられた橙色の非常灯が点灯する。光源は確保された。足元は見えるが、通路の奥は闇に飲まれていた。


「くそ。おい、暗視ゴーグルは?」

「所持していない。貴様は?」

「基地の中で持ち歩く奴がいるか」


 ラヴェジャーの言い合いを遮るように、再びの金属音。今度は近い。闇の中、すぐそこから床を削る音が響いてくる。近寄ってくる。


「お、おい! ドローン! 攻撃を開始しろ!」


 ドローンは命令に従わない。簡易AIのルーチンに従う。まだ射程距離ではない。ニードルガンの効力を発揮させるには、30メートル以内でなければいけないからだ。


 音は近づく。照明は復帰しない。重々しい音が一定のリズムで近づいてくる。歩行の音だと、ラヴェジャーは理解する。命令を聞かないドローンを蹴り飛ばそうとする。


 次のことは、瞬く間に過ぎ去った。まず、闇の中から機械の残骸が高速で飛来した。センサーでそれを感知したドローンは、ニードルガンを発射。金属で構成された残骸に、求められた性能を発揮した。深々と突き刺さり、内部構造を破壊する。


 ドローンの連射速度は見事なものだった。高速移動用に強化した存在であっても、命中させられる精度も併せ持っていた。だが、飛来する残骸を止めるだけの運動エネルギーは持ち合わせていなかった。


 なので当然の帰結として、残骸は投擲者の狙い通りにドローンに直撃した。それなりに重量があるそれであっても、その場で耐えきれるものではなかった。残骸と共に、なすすべもなく転がっていくドローン。


 ラヴェジャーたちはそれを、呆然と見送った。種族的に高性能の反射神経を備えていてもどうしようもない。そして、理解が及ぶ前に状況は進む。再び、重々しい足音が一歩響いた。反射的に振り返った二体の目は、それを捉えた。非常灯に照らされる、異形の黒。


 全体は見えない。盾のように、何かしらの装甲板を掲げている。ラヴェジャーなら余裕で、そうでなくても標準的ヒューマノイドならば十分隠せるほどの大きさ。しかしその黒い怪物は標準のそれより二回りほど大きい。


 溶けた鉱物のように、不定形な姿。まるでトロフィーのように身体に埋め込まれた様々な機械部品。二足で歩き、二本の腕があり、頭もある。だがまっとうな生き物には到底見えない。


 ラヴェジャーが呻く。


「馬鹿な……暴乱細胞レイジセル、だと!? 何故アレが! 厳重に保管されているはずだ!」

「よそから持ち込まれたか?」

「ありえん! レリックなんだぞ!?」


 敵を前にしての混乱は、あまりにも悠長過ぎた。その過失は、己の命で購う事になる。黒い怪物の表皮が一瞬不規則に蠢くと、次々に突起物が突き出した。中からせり出てきたようにも見えるが、違う。己の身体を変化させたのだ。


 それは形状も大きさも違うが、一目見てはっきりとわかる銃口だった。ざっと数えても十以上。それらがラヴェジャー二体を狙う。


「やめっ……」


 悲鳴は、最後まで発声することができなかった。金属弾、ニードル、熱線。それら空を裂いて細身の体を次々と穿った。ラヴェジャー達は防具にもなる対環境スーツに身を包んでいたが、その守りはあっさりと突破された。


 熱線の直撃は肉体を激しく損壊させる。一瞬で致命傷を負い、ラヴェジャーは廊下に転がる羽目となった。もはや絶対助からぬ状態で幸も不幸も無いものだが、二体の意識はまだあった。


 怪物は歩みを再開した。一歩一歩、ラヴェジャーたちへと近づいてくる。呻く事も出来ず、肥大化した脳にはただ怒りが渦巻くだけ。なぜ自分がこのような目に遭わなくてはいけないのか。許される事ではない。誰も彼もが、這いつくばって許しを請わなければならない。自分は今すぐ助かるべきだ。


 怪物の野太い脚に踏み潰されるその瞬間まで、ラヴェジャーの思考に反省の文字はなかった。


『はっ、ざまあない』


 怪物が、くぐもった音で言葉を発した。肉声ではなく、スピーカーを通したざらついた声で、日本語だった。きっちり二体、踏み潰して先に進む。その歩みにはよどみがない。たとえ新たな敵が現れても、止まらない。


 廊下のはるか先、行き止まりに見えるその場所。金属の廃材で、バリケードが組まれていた。重武装ドローン二体に、ラヴェジャーが三体。特にラヴェジャーは対装甲目標用のレーザーキャノンを構えていた。


 怪物の身体が再び蠢き、銃身の長い武装が次々伸びていく。その姿はハリネズミのようだった。互いに射程距離に入ると、一切の警告なしに発砲が開始された。


 苛烈だった。百メーターを切る距離に、過剰な破壊力をもつ銃弾が実体非実体を問わず交差する。ラヴェジャー側のバリケードは役に立たなかった。何の効果もなかったというわけではない。弾が当たればある程度は防いだだろうし、被弾面積を減らすことはできていた。


 ではなぜかといえば、単純にバリケードには一発も当たらなかったのである。全てが、ラヴェジャーとドローンに飛来した。力場を発生させ攻撃から身を守る携帯シールドは装備していた。しかしそれも無敵ではない。圧倒的な弾数には過剰負荷から内部回路を保護するためにシステムが停止する。


 瞬く間に携帯シールドの許容値を飽和。ドローンは機体から火花を散らして破損、停止。ラヴェジャーもまた悲鳴を上げてミンチ肉じみた残骸に成り果てる。


 怪物もまた無事では済まない。携帯シールドは、複数を同時に作動できない。互いに干渉しあって弱体化するからだ。過負荷による停止が起きるごとに新しいものを作動させることができるが、タイムラグはどうして生まれる。


 ラヴェジャー側の弾幕は、それを起こした。シールドダウンのたびに、怪物の身体が穿たれる。盾のように構えていた残骸も万全の守りとは程遠い。穴が開き、表皮が赤熱化する。


 怪物の表情に変化はない。爬虫類じみた顔は、前を見据え続けている。しかし。


『ごほっ……痛くもなんともないのが、本当やべーな』


 その中にいる者は違った。血を吐いた。胃か、それとも肺か。どちらかに弾が命中したのか、それも彼にはわからなかった。痛みは全くない。触覚も嗅覚も働かない。働くのは視覚と聴覚のみ。実はそれもかなり怪しい。


 怪物の身体は、わずかな時間で修復された。ボロボロになった瓦礫を捨てて、バリケードで使えそうな破片を剥がして再び盾とする。そして前進と蹂躙を再開する。


 行き止まりに見えたその場所は、扉だった。大きさに見合わず、音もなくするりと開く。同時に、怪物は爆発するように跳躍した。巨体に見合わぬ素早さとジャンプ力。全身が巨大なバネかと思うほどの跳ねっぷり。そして着地というよりは、着弾と表現すべき衝撃をその地点へと発生させる。


「くるなぁぁぁ!?」


 ラヴェジャーが悲鳴を上げるのも無理はない。防衛のための壁を飛び越えてきたのだから。異種族の努力を、文字通り踏み潰して怪物が暴れる。撃つ。殴る。叩きつける。暴乱細胞レイジセルの名の通りに。


 この宇宙には、絶対的な強さを誇る存在がいる。巨大な星間国家が、総力を挙げてもかなわぬ怪物。種族によっては、神と崇め奉られるもの。


 たとえば、思考を持ついかづち。たとえば、惑星を飲む海。たとえば、機械の身体を持つ巨竜。物理法則すら超越するそれらを、銀河に広がる者どもは頂点種ハイランダーと呼び表す。


 知恵ある種族は恐怖する。忌避する。逃げる。それは星すら容易く蝕む災害のような存在。わずかでも抗うのは困難。……同種の力を用いない限り。


 頂点種が観測されて数十万年。幾多の文明と星間国家が滅びた。その長い年月が過ぎ去る中で、わずかな欠片がこぼれ落ちた。それは頂点種には及ばないものの、絶大なる力を秘めていた。


 レリック。国家、企業、英雄。力を求めるものが最終的に手を伸ばす、奇跡の欠片。この黒い怪物はラヴェジャー達が集めた秘宝に間違いなかった。


『ぶぁーっはっはっはぁ!』


 レリックを身にまとった彼が笑う。喜悦ではない。憎悪の込められた笑いだった。


 頂点種に、暴乱城塞レイジフォートレスと呼ばれる存在がある。半機械、半生命体で不定形。黒色で自らの身体を様々な機械、様々な形状に変化させることが可能。観測されたその大きさ、最低でも500km、最大は3000kmを超えている。なお、月の直径は約3470kmである。


 この頂点種の極めて問題な点に、戦場への乱入がある。大規模な艦隊戦が起きていると、何処からともなく現れて両軍に襲い掛かるのである。そのタイミングは決まって、砲火を交える近距離戦闘になってから。とても離脱などできたものではない。


 目的は、兵器の情報収集にあると推察されている。性能の良い兵装や艦船を学習し、変形する。そしてそれをその場でテストするのだ。まともに国家間戦争している両国にとってはたまったものではない。


 これの出現を恐れて、艦隊戦に関してはあらかじめ制限をかける国もあるほどである。しかし一方で、これの出現を喜ぶものもいる。いかに破壊の大地が強大無比であっても、戦闘をすれば多少なりとも破損する。高速機動で欠片が剥離することもある。本体のコントロールから離れたそれを、暴乱細胞レイジセルと呼ぶ。


 これ自体は、無害である。攻撃を受けても反撃すらしない。そもそも破損させることは極めて困難だ。完全な消滅は、ブラックホールに放り込むでもしない限り不可能だと言われている。


 この頂点種の欠片には、膨大な量の兵器のデータが収められている。質量とエネルギーさえ足りていれば、あらゆる武装に変化が可能。それをしなくても、データだけでも宝の山である。


 しかしその程度では、この欠片が暴乱細胞などという物騒な名前で呼ばれたりしない。既知領域に数多ある軍事企業が束になっても、これ以上の個人兵装を開発できていない。戦場に出れば、あらゆるものをなぎ倒す。暴れて乱す。


 今まさに、この場で起きている事がその証明である。


『おらぁ! くたばれグレイ!』


 ラヴェジャーが蓄えた武装も怪物、暴乱細胞を身に着けた彼に次々と破壊されていく。挙句、弾薬やエネルギーも回収され再利用される。どれほど銃撃を受けても、倒れる気配すらない。これがレリックの力である。


 とはいえ無敵ではないし、使用者もまた頂点種とは程遠い存在である。背を向けて逃げるラヴェジャーへ向けて腕を伸ばす。細胞が変形し、銃器が次々と現れる。あとは撃つという意思を込めれば、新しいひき肉の山が生まれるはずだった。


 しかし、彼は再び咳き込んだ。見えないが、血をアーマーの中に吐き出す。それはすぐに処理されたが。


『……いよいよ時間が厳しい、な。道草食ってる暇ないな』

『目標まで、あとわずかです』

(がんばって)

『ああ。なんとか間に合わせるよ』


 自分にしか聞こえない二つの声に答え、彼は目的地へ向かって進撃する。

友人「明るい感じの作品なのに、書き出しがホラーじみた残虐バトルなのはいかがなものかと」

自分「おっしゃる通り」

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― 新着の感想 ―
[一言] 星くず英雄伝 復活して続き読めると思ったのにね…
[良い点] 過去作の小惑星サバイバルのリメイクでしょうか ちょっと現状が酷すぎるので復讐者ルート以外中々想像できませんがきっと下げてから上げてくれると期待して読ませて頂きます [一言] ジークフリート…
[一言] 新年明けましておめでとうございます。 先生の新作を読めて嬉しく思います。 続きが色々気になりますが楽しみに待たせてもらいます。
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