【問】たった数時間からの奇跡の確率を求めよ
ハッピーエンドにするか、バッドエンドにするか、悩みどころ。
「はじめまして。」
「はじめまして。今日はありがとうございます。」
週末に比べたら少しだけ密度の低い居酒屋で、アタシは一人の男性と膝を突き合わせている。
今話題のマッチングアプリを始めたのはほぼヤケクソだった。
彼氏にフラれて1週間。屍のようだったアタシに友人が気晴らしにと勧めてくれたのだ。気晴らしって何だよ、アタシは別に次の男を見つけたいわけじゃないんだ、と騒いだが聞く耳を持たなかった友人。
スマホを寄越せと奪われ、戻ってきたら一つのマッチングアプリがインストールされていた。
(事前に分かっていた事ではあるけど、めちゃめちゃ背高いなこの人)
友人の思惑通りというか、気晴らしというより気を紛らわせるという点においてアプリが大いに活躍した。
どこにそんな需要あるんだ(まぁサクラと呼ばれる存在もあっただろうけど)というくらい毎日届くイイネを捌くのに時間を取られ、余計なことを考える時間がない。
いつしかフラれたことも遠くの方へ追いやられたあたりで、一人の人とマッチングした。
アタシより3つ下。喫茶店巡りが好きな見た目おっとりな男性。プロフィール欄に嘘が混ざってなければ、なかなかの優良物件なんじゃないかと思った。なんでこんな人がアプリやってるんだろうと。
「明日も仕事なのに付き合わせちゃって申し訳ないです。」
「僕は明日在宅なので、気にしないでください。」
マッチしてメッセージのやり取りをしてから1ヶ月ちょっと。
アタシ的に絶妙なタイミングで交わす文字は久しぶりに楽しかった。アプリ内にある通話機能のおかげでプライベートな連絡先を交換しなくて良くて安心だったし。
そんな中で送られてきた「ご飯でも行きませんか」のお誘いは魅力的だった。
上手く調整が出来て本日こうして対面したわけだけど、今までどうやってやり取りしてたか分からないくらいの沈黙。
注文して、先に運ばれてきたお酒を乾杯して、お通しを口に運ぶ。
なんかめちゃめちゃ緊張してるなアタシ。
「こうしてアプリの方とお会いするのは初めてなんですか?」
「はい。なかなか続く人がいなくて。」
「じゃぁ僕が初めてなんですね。嬉しいです。」
「いやいや、何を仰る…。」
グラス半分程にお酒が減ったところで彼が話しかけてくる。慣れてる感じがちょっと残念。まぁ、現状のスペックは高いわけだし、これは遊ばれてポイなやつだな。
早々に見切りをつけて運ばれてきた料理を楽しむ。その後もセーブしつつお酒をあおり、酔いのおかげでまわる口で会話を楽しむ。
「遊んでる感出てますよねぇ。」
「え!?そんなことないんだけど!?」
つい出てしまった言葉に心外だと食い付く彼は、自分のスマホをこちらに見せてきた。SNS、トーク画面、エトセトラ。女の影がまったくない。因みに非表示リストとかも見せてもらった。本当にいなくて少し笑ってしまった。
そこからはひたすら彼のターン。お酒、愚痴、お酒、愚痴。合間に水を与えてなんとか潰れないようにする。
お店に入ってから数時間、流石に限界だろうと彼を説得してお会計。駅までの道のりはほんの数分、そこから同じ電車で二駅。
(さてどうしようか…)
てっきり聞かれると思った連絡先も交換せず、もう少しで解散である。アタシとしてはアプリ内でやり取り出来るし、今日が初対面だから別にいいんだけども。
そうしてそのまま改札を抜けて電車に乗り込む。飲みすぎて大人しくなった彼は、でも体調が悪いとかではなく心地良さげに揺れに身を任せていた。
(アタシから聞くのもアレだよな…)
先に降りる彼の最寄り駅まではあっという間だった。ありがとうとにこやかに手を降ってホームへ降り立つ彼は何を考えているのか。
(まぁ、アプリ内で繋がってるわけだし、次の時に聞かれなかったら聞けばいいか)
そう自分の中で結論を出してのちに後悔。
彼とはこれが最初で最後の対面だった。