かもなべ
「おいごらっ! でめぇ!! うちのもん盗みやがって、覚悟はできたんだろうな!? あん!?」
「すいませんすいません。お代は払いますので、どうかどうか」
昼下がり。
いつものようにその辺をぶらぶら散策していたら、そんなファンキーなやりとりが聞こえてきた。
「おばちゃんおばちゃん、勘弁したげてよ。この子、ここら辺初めてだろうからさ」
見るからに新米であろう女性プレイヤーが、ここのかっても知らず、あわや殺されそうになっているので仲介に入る。
無視しても良かったが今日は気分が良い。いや、厳密に言えばたった今良くなった。
「……ちっ、今回だけだからな」
「は、はいぃ!! もう二度としません!!」
土下座へと移行した彼女に舌打ちをし、店の奥へと帰っていくおばちゃん。
お咎めなしか、流石この街一番の人格者だ。器が広い。
「あ、あのー……助けてくださってありがとうございます」
カモの方へと視線を戻す。
おそるおそると言った感じか、猜疑心を隠そうともしていない。ただのカモでも無さそうだ。
「うん、そうだな。取り敢えず今何円持ってる?」
露骨に嫌そうな表情をされたが、同時に安堵もしている。
性悪説の信奉者、要するにこいつは人の悪意しか信じられない、全てのものに裏があると思い込むタイプ。
ボッチに多いタイプだ。
「実は今、一文なしなんです」
「ああ、それならちょうど良かった」
その答えが余程意外だったのか、数瞬の間、アホ面を晒したかと思うと、急に自分の身体を庇いながら距離をとられる。
なんだ、アホの子か。
「わ、私の身体に何するつもりですか!! 通報しますよ!!」
「うるせー、俺は女だ」
またもやアホ面を晒す馬鹿。今度はさっきより長い。
「う、嘘でしょ?」
無論嘘だが、面倒なのでこのまま押し通す。
「嘘なんかじゃねぇよ」
「た、確かに言われてみれば、女性のようにも………す、すいませんでした」
流石に失礼だとは思ったのか謝罪はしたが、まだ納得はしていないらしい。疑惑の目を向けられてる。
「じゃ、じゃあ都合が良いって、どういう意味なんですか?」
それでも取り繕って、こちらの真意を図ろうとしている彼女に笑顔で言ってやった。
「治験って知ってるか?」
♧♧♧♧
「だ、騙しましたね」
ドラッグに薬を盛られてリスポーンをした彼女が、開口一番にそう問い詰めてきた。
「騙してねーよ、お金貰えただろうが」
「こっちはそのために死んでるんですけど!?」
何が不満なのか、誰も損していないのに。
そんな疑問を抱えたまま一通りキレられていたら、急に空気が漏れた風船みたいにしなしなになって、その場に座り込む。
「もう私……ここでやっていく自信がありません」
泣きそうな顔で、そんな心情を吐露し始めた。
なら、ここから出て行けば良いのにと思うが口には出さない。こいつにも何かしらの事情があるのだろう。
変色したプレイヤーネームを見ながら、そう納得した。
「なら自分の居場所を作れば良いだろ」
「……急に何を言うんですか」
覇気のない死んだ顔で、そう尋ねてくる。
「ギルドだよギルド。作れば良いだろ、ギルド」
「は、馬鹿ですか? 一人じゃギルドなんて作れませんよ」
「俺の知り合いにちょうど良いやつがいる。実力も十分ある」
その返答に対し何か言いたそうにしていたが、ついぞそれが口から出ることはなかった。
とある一点を見つめ、口をパクパクさせている。顔面は蒼白だ。
その視線を追ってみると、ちょうど首無し死体が3つ出来上がっていたところだった。
ああ、俺はなんて運が良いのだろう。
「紹介するよ。カタリナ、ここら辺一番の人殺しだ」
「……あ、シドです。ヨロシクオネガイシマス」
血に濡れた凶器を持った少女を前にしてしっかりと、恐怖に震えた手で、打算に塗れた手を掴むのだった。