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「貴女がついて来なければミラと二人きりになれたのだがな」

「会わせる気がないと判断されるような返事をしたご自分を恨んで下さいませ」

 

 不機嫌な様子を隠しもしないアードルフに対し、フィオレンサもまた我関せずとばかりに笑顔で答える。

 

 そんな攻防が目の前で繰り広げられる中、ミレイラはアードルフに手を握られたままで応接室の椅子に腰掛けていた。

 

(どうしてこんなことに……)

 

 

 

 今日はアードルフとの約束があった日で、ミレイラは意気消沈していた。

 

 あのお茶会の席で予想通りのことが起こり、ウィルフレッドやフィオレンサ、そして他ならぬアードルフに多大な迷惑を掛けてしまった。

 

 帰り道ですらずっとアードルフの手を繋いだまま離すことが出来ず、落ち込む気持ちを察した彼に頭を撫でられたり抱き寄せられたりと、かなり手を焼かせてしまったのだ。

 

 今となっては恥ずかしい限りだが、早い段階で気付いてもらえたおかげか今回は軽度で済み、翌日に影響が出ることは殆どなかった。

 

 だからこそ申し訳なく、どんな顔をして会えばいいのかと頭を悩ませていた。

 

 そうして今日になって、先触れが来たと共に何故かフィオレンサが一緒に来訪することになったとの知らせを受けた。

 

(どうしてフィオレンサ様が……?)

 

 お茶会の席で知らぬ間に失言でもしていたのか。それとも、急に退場したことに気分を害したのだろうか。

 

 どちらも十分に考えられるため、二人が到着するまでの間、ミレイラは生きた心地がしなかった。

 

 そしていざ二人が到着し、応接室へと案内した結果があの会話だ。

 

「えと……フィオレンサ様、この間は途中で退場してしまい申し訳ございませんでした」

 

 そう言って頭を下げたミレイラを見て、明らかにフィオレンサが驚いた顔をした。彼女の凛とした様子が印象として残っていたミレイラは、素直に驚きを現したフィオレンサに目を丸くする。

 

「まぁ……!ウィルフレッドの言う通り、本来のミレイラ様はそのように感情豊かな方なのですね」

 

 何故か嬉しそうに微笑む彼女に、ミレイラはますます困惑する。

 

「フィオレンサ、ミラが貴方の変わりように驚いている」

「あら、申し訳ございません。ですが私もこちらが素なのですよ?」

 

 つり目の瞳は穏やかに光を帯び、可愛さの残る笑顔を見せるフィオレンサは、お茶会の時に垣間見た王太子殿下の婚約者の様相とは違っていた。

 

「お茶会の席という体だったので王太子殿下の婚約者として主催側に立ちましたが、本当は純粋にミレイラ様とお近づきになりたかったのです」

「私と……ですか?」

「ええ。ウィルフレッドからミレイラ様と接触したと聞かされた時は、思わず腹が立って声を荒げてしまったわ。私があなたに会いたがってたことをご存知だったのに、わざわざ自慢してきたのよ?」

 

 話しながら当時の苛立ちを思い出したのか、フィオレンサはわずかに頬を膨らませる。

 

「ミレイラ様を社交に出す前にささやかなお茶会の席を設けると聞いたので、是非私にとお願いしましたの。ですが、ミレイラ様には負担を掛けてしまいましたわね」

「いいえ!私の方こそ……せっかく私の為に席を設けて下さったのに」

 

 そう言って自分の責任である旨を伝えようとすると、繋いでいた手がアードルフの方へ引き寄せられる。

 

「ミラ、フィオレンサは主催者として謝罪してるんだ。ここは受け入れなければ失礼になってしまう」

「……!」

 

 穏やかな声で囁かれ、それを受けてミレイラは一度アードルフと顔を合わせる。優しく笑う彼は静かに頷き、それを受けてフィオレンサの方へと視線を向ける。すると、彼女もまた穏やかな表情でミレイラを見つめていた。

 

「……謝罪を、受け入れます。お気遣い頂き、ありがとうございます」

「こちらこそ、許して下さりありがとうございます」

 

 そうして、やっとお茶会での出来事は終わりを迎えた。

 

「それにしても、アードルフがそんな甘い顔をするなんてね。コレッドが複雑な顔をするはずだわ」

「男に笑いかける趣味はない」

「愛想笑いをなさいませ?そう何度も言われておいででしょうに」

「面倒だ」

「ミレイラ様が仰れば素直に従うのかしら?ねえミレイラ様、ちょっと窘めてみて下さらない?」

 

 面白半分に話を振られ、しかし期待を寄せるフィオレンサの視線にたじろぎつつ、ミレイラは前にも似たような話を聞いたことを思い出していた。その考えが伝わっていることを考慮の上で、アードルフに視線を合わせる。

 

「アードルフ様」

「…………」

「……アル?」

「……何だ」

 

 不満そうな視線の意味を愛称のことだと判断したミレイラはすぐに言い直す。しかし言い直しても不満そうな顔はそのままだ。それでも律儀に返事を返してくれるのだから、愛称の件もあながち外れてはいないらしい。

 

「笑わないまでも、もう少し穏やかにしてみてはどうですか?」

「ミラがいて初めて表情筋が動くのだから、実質無理だ」

 

 残念なことに、一刀両断されて終わった。

 

「……不甲斐ない婚約者で申し訳ないです」

「不必要なまでにウィルフレッドとコレッドが微笑んでいるんだから別にいいだろう」

「残念だわ。これでアードルフが愛想笑いしたらウィルフレッド達がどんな反応をするか楽しみだったのに」

 

 どうやらウィルフレッド達の反応が見たくて話を振ったようだ。ようやくそれに気づいたミレイラは、アードルフに無理強いしてしまうところだったと反省する。

 

「ミラ、そんなに落ち込む必要は無い」

「ですが……無理強いするところでした」

「それを反省すべきは目の前のこいつだからな」

「あら、愛想良くして悪く転ぶことはなくてよ?」

 

 どちらも強かで折れる様子はない。そんな二人を少しだけ羨ましく思いながら、ミレイラはようやく気持ちが落ち着いてきたことで、一つの違和感に気づいた。

 

「……?」

 

 フィオレンサの魔力が、どことなくざわついているような気配がしたのだ。あまり記憶は定かではないが、お茶会の時はもう少し穏やかに流れていたような気がする。

 

 

 ミレイラの感情からその異変を察したアードルフは、そんな些細なことにすら気付いた彼女に目を見張った。

 

 アードルフはフィオレンサの魔力の異変に心当たりがあったのだ。そしてそれは決して表立ってはいけない秘匿事項でもある。

 

 その片鱗をいとも容易く見抜いたとなると、やはり彼女独自の解釈は常識で判断してはいけないもののようだ。

 

「……アル」

 

 異変についてどうするべきか問うミレイラの視線を受けて、アードルフは頷いて答える。

 

「フィオレンサ」

「どうかしまして?」

「貴女は確か風の属性も持っていたな。防音結界を張れるか?」

 

 その言葉を聞き入れると、気配を消して仕えていたメイドが静かに退出する。それを確認してフィオレンサは防音結界を発動した。

 

「突然どうなさったの?」

「唐突だが、貴女の弟の件(・・・)についてミラに話したい」

「!」

 

 あからさまに動揺するフィオレンサに、ミレイラは触れてはいけない案件ではと内心焦る。そんなミレイラに大丈夫だと言うように、繋いだ手が指を絡めるように握り直された。

 

「ミラは魔力の在り方について独自の見解があり、繊細な魔法の扱いにも長けている。おそらく何かしらの解決方法を見出せると考えている」

 

 アードルフの言葉は、正直ミレイラには過ぎた発言ではないかと思うが、他ならぬアードルフがそう判断するのであればと口を閉ざす。

 

 するとその言葉を聞いたフィオレンサの表情は、先ほどまでとは打って変わって追い詰められた表情に変わる。

 

「ユリウスを……あの子を救えるんですか!?」

 

 フィオレンサの様子は、どこかエルネストを彷彿とさせた。弟を、自分の姉弟を助けたいと願うその姿はまさに、ミレイラの慕った兄と同じであった。


 そんな姿を見たからこそ、彼女の助けになりたいと強く思った。

 

「確約は出来ませんが、私でお役に立てることがあるのなら……」

「話して構わないか、フィオレンサ」

 

 二人の視線を受けて、フィオレンサは腹を括る。改善の見込めない現状は、既に弟だけでなくフィオレンサ自身の心の余裕すら失わせていたようだ。

 

「ユリウスは……弟は、公爵家に相応しく魔力に恵まれて生まれましたわ。ですが、その魔力を上手く制御することが出来ないようですの」

「魔力暴走ですね……。失礼ですが、フィオレンサ様の魔力が安定していないように見受けられるのですが」

「……!今日は外出前に暴走しかけて、それを押しとどめるのを手伝って来ましたが」

 

 だとすれば、魔力の乱れは暴発した魔法の余波とフィオレンサの心の乱れにより影響を受けたに過ぎないだろう。

 

 しかし、フィオレンサも王太子殿下の婚約者に選ばれるだけの魔力はあるはずだ。その彼女の魔力が乱れる程なのだから、ユリウスの魔力暴走は深刻かもしれない。

 

「ユリウス様の魔力の影響もあると思いますが、フィオレンサ様も余波を受けて不安定になっているのだと思います」

「ミレイラ様は、私の魔力が分かるのですか?」

「えーと、これはあくまで私の私見なのですが、魔力は体内を循環するものだと感じているんです」

 

 ミレイラの感じる循環する魔力について説明する。一般的には蓄積されるものと解釈されているため、やはり最初は懐疑的な雰囲気を感じる。

 

「ちなみに、魔力暴走が起きた時はどのように対処されるのですか?」

「精々部屋の中に高度な防御結界を張って、暴発する魔法が落ち着くのを待つか、同じ威力の魔法で相殺するくらいしか……」

 

 困憊した様子で話す彼女の姿から、これまで何度もそうやってやり過ごすことしか出来なかったのだろうことが伺えた。

 

「ウィルフレッドに同行した際に偶然立ち会ったことがあるが、さすが筆頭公爵家の血統だと思わせるほどの威力だった。このまま成長すれば、今までの対処方法では難しくなるだろうな」

 

 その時はフィオレンサが防御結界を張ったあと、アードルフがユリウスを手刀で気絶させたらしい。

 

「あの時ほどあなたに殺意を覚えた日はありませんわ」

「俺が物理攻撃しか使えないことぐらい分かるだろうに」

 

 意識を刈り取ったことでフィオレンサの不況を買ったらしいが、おそらくその後は魔力暴走は落ち着いたはずだ。きっとアードルフはその時、意識を奪うと同時に魔法を全て打ち消していただろうから。

 

(根本的に解決するには、ユリウス様の魔力を安定させることだけど……)

 

 その場合、ミレイラしかやり方を知らないために当人に直接会う必要が出てくる。

 

 しかし、ミレイラが公爵家に出向くのはリスクが高い。ユリウス本人のみならまだしも、最低限でも公爵や公爵家の使用人数名には顔を合わせることになるだろう。


 外出先で、更に不特定多数の人間の中でミレイラが冷静に対処出来る見込みは低い。ただでさえ魔力を安定化させる為の方法は、繊細で集中力が必要なのだから。

 

 だから、ミレイラは繋がれた手を軽く握ってアードルフと目を合わせる。


 アードルフはミレイラから伝わる心の声に耳を傾け、彼女の伝えたい内容を正確に把握しようと集中している。


そんなアードルフに頷いて見せてから、ミレイラはフィオレンサと再び向き合う。

 

「魔力を安定させる方法は知っているんですが」

「……!本当ですの!?」

「はい。ただ、方法が少々特殊で」


 一度言葉を区切ってから、ミレイラは再びアードルフに視線を向ける。


「アルは、自分の魔力を感じることはあるんでしょうか?」

 

 以前本人も言っていた通り、アードルフは表立って自身の特異体質については話していないはずだ。それでも、魔法が使えずとも魔力のみを保有した者は少なからず存在する。この質問をすることに違和感はないはずだ。

 

「確信はないが、そうではないかと感じるものはある」

 

 ミレイラの内心の問いに答えるように頷き、是と答える。自身の魔力を制御できるのだから、感じ取ることが出来るのは間違いないだろう。

 

「でしたら、方法はアルを通してユリウス様にお教えすることは出来ると思います」

 

 魔力暴走を解決する光明は見えた。あとはその方法をアードルフが習得することが出来るかどうかだが。

 

「アルならきっと、私より上手にユリウス様にお教え出来るはずです」

 

 魔法の無効化と言う、目に見えない自身の魔法を制御することの出来る彼ならば。

 

「ミラにそう言われたからには、期待に添わなければな」

 

 ミレイラの感情と発せられた言葉は、アードルフに確かに届いた。

  

 ならば、必ず実現させてくれるだろう。

 

「ミレイラ様、アードルフ。ユリウスを……よろしくお願いします」

 

 瞳に涙を浮かべながら、フィオレンサが静かに頭を下げる。

 

 後戻りはできない。それでも、不安は残りつつも同じくらい大丈夫だとも思えた。

 

 それを証明するように、隣に座るアードルフの目は、しっかりとミレイラに視線を合わせてから頷いてくれたのだから。

 

 

 

誤字報告ありがとうございます。

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