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 この日、エルネストはエイルース公爵家に招待されていた。

 

 理由は言わずもがな、あのお茶会でのミレイラの異常についてだろう。

 

 応接室に通されたエルネストは、こうして自分が呼ばれるだろうことは察していたが、直接公爵家に呼ばれるとまでは考えていなかった。そのため、目の前にいる瓜二つの双子に迎え入れられた現状に、内心冷や汗が止まらなかった。

 

「エイルース次期公爵に、ご挨拶申し上げます」

「ご丁寧にありがとう。そんなに恐縮しなくても、取って食いやしないよ」

 

 そう言って表情を緩めるが、その眼が笑っていない事だけは肌で感じ取れた。

 

「せっかくだからさ、腹を割って話そうよ。義姉上のこと、君が一番詳しいんでしょ?」

 

 軽やかな声に似合わず、その表情は冷笑を浮かべている。

 

「アーノルド」

「分かってるって。でも、いくら義姉上を溺愛しているとは言え、立場を弁えてもらう必要はあると思うんだよね」

 

 おそらくこの言葉は真意だろう。当然だ。相手は公爵家で、本来自分達は異論すら唱えることも許されない身分なのだ。アードルフはミレイラを第一に想っているが故に伯爵家の言葉に耳を傾けているが、本来はアーノルドの対応こそが正しいと言える。

 

「人払いは済ませてるし、この部屋には防音結界を張ったから万が一にも会話が漏れる心配はない。だから、安心してお互いの懐を晒せるよ」

 

 冷めた視線を向けつつも笑顔を絶やさないアーノルドは、確かに次期公爵に相応しいと言えるだけの迫力を持ち合わせている。

 

「本来ならアードルフとエルネスト殿の二人で話すべきだろうけど、義姉上はいずれエイルース公爵家に入る。だから、迷惑を承知でこの場に立ち合わせてもらうよ」

「……迷惑を掛けているのはこちらだということぐらいは、弁えているつもりだ」

「いいねぇ、そういう腹の割り方は好きだよ」

 

 笑顔を深めて笑うその顔は、決して偽証や秘匿を許さないと物語っている。

 

 

「さて、どうぞ?アーディ」

 

 そう言ってアーノルドはこの場をアードルフに明け渡す。肘掛けに頬杖をついて、ここから先は聴きに徹する姿勢をする。

 

「……すまない。エルネスト殿」

 

 最初に断りを入れるアードルフに、やはりアーノルドに比べると彼は伯爵家に多少は義理を感じているようだ。

 

「いや、こちらも言葉少なで申し訳なかった」

 

 出来れば二人きりで話したかったが、王太子殿下の側近である彼にただの文官である自分が声を掛けること自体リスクが高かった。そのため、あまり深い内容を話すことも出来ず、結果忠告することしか出来なかった。

 

「……妹の社交術は、妹自身の精神を傷付ける。だから今までは王家主催でもない限り、断るようにしてきた」

「今となっては納得するが、そもそも何故あれ程に社交を……いや、他人を恐れるんだ。能力を加味しても、あの防御魔法があれば、そんな捨て身な方法を取らずとも社交は出来そうなものだが」

 

 本来ミレイラの身に付けた防御魔法はかなりのものだ。触れた側はその感触から防御魔法に触れたとは感じないほど、ミレイラの表皮を薄く覆いつくしている。

 

 いくら長時間は難しいと言えど、今のミレイラなら半日ぐらい貼り続けることは可能なはずだ。それだけの努力を重ねてきているのだから。

 

 それでも、ミレイラには足りなかった。

 

「最初は、身内の子供同士の顔合わせの場だった。気を悪くしないで欲しいが、当時は遠縁の令息と将来的に婚約させる話が出ていたらしい」

 

 その話を聞いて、アードルフの視線がわずかに鋭さを増す。

 

「妹が五歳の頃の話だ。今はその令息とは一切関りはないし、何なら名前を憶えているかも怪しい」

「……そうか」

 

 少しだけ視線の鋭さが弱くなったのを感じ、エルネストは小さく息を吐く。

 

「それで、顔合わせをした後に二人で庭に出たようなんだが……」

 

 

 

 

 その頃のミレイラは、自分の感情は触れることで伝わるため、自らの口で説明することはあまりしなかった。そして両親はそんなミレイラに対し、一方的なのは不公平だからと自分たちの気持ちは口頭で教えるようにしていた。

 

 そのために、他人の気持ちは言葉で教えてもらうものと認識していたのだ。

 

 そんな時、話し相手として年の近い遠縁の男の子を紹介された。向こうも最初はミレイラに対して好意的に思ったのか笑顔を浮かべており、大人達に二人で遊んでおいでと言われれば素直にそれに従った。

 

 そして外に出た二人は歩きながら咲き誇る花について話してみたり、花の周りを飛ぶ虫に意識を奪われたりしながら会話を楽しんでいた。

 

 そんな時だ、ミレイラは違和感に気づいた。

 

「ねえ」

「何?」

「なんで母さまたちとちがうふうに笑うの?」

 

 ミレイラにとっては不思議だった。両親や兄は、もっと屈託なく笑う。それに比べてこの男の子は、どこか遠慮しているというか、無理をしているように感じたのだ。

 

「ほんとは楽しくない?」

「え……」

「ねえ、ほんとのきもちおしえて?」

 

 その質問はシュミット邸ではありふれたもので、侍女や執事ですら躊躇わずに教えてくれるほど、ミレイラの周りの人達はこの言葉に応じてくれていた。

 

 だがそれは、あくまでシュミット伯爵家のみに通用する言葉でしかなかった。

 

「は?」

 

 急に冷めた声で発せられた言葉に、ミレイラは初めて怖いと感じた。

 

「何でそんなことおしえなきゃならないの」

 

 明確に拒絶されたのが初めてだったミレイラは、分からないなりに自分が良くないことを聞いたのだと言うことだけを理解した。

 

「ご……ごめん」

「別にいい」

 

 許してはくれたが、不機嫌な表情は変わらない。だからミレイラは言葉を続けた。

 

「あのね、いやなことおしえて?気をつけるから」

 

 それは当時のミレイラにとっては当然の常識で、教えてもらうことで気を付けることが一番の解決方法だった。

 

「……あのさ」

「うん」

「言わなきゃ分かんないやつとはなしたくない」

「え……」

「かえる」

 

 それだけ言うと、その男の子はミレイラを庭園に残したまま邸の方へ戻って行った。

 

 唖然としたまま立ち尽くすミレイラは、男の子の気持ちが分からなかった。どうしてあんなに怒ったのか、どうして帰ってしまったのか。

 

 結局ミレイラが邸に戻った時には男の子は自分の親の傍におり、早く帰りたいとせがんでいた。ミレイラも両親の元へ行き、自分の気持ちをそのまま両親に触れることで伝えた。

 

 そして事の次第を知った両親は、男の子の親と難しい顔をしながら言葉少なげに話すと、それ以降その男の子がシュミット邸に顔を出すことはなくなった。

 

 

 ミレイラが自分の認識について疑問を感じるようになったのはこの頃からだ。

 

 そして男の子と疎遠になって暫く経った頃、今度は同じ年頃の令嬢との顔合わせがあった。これは単純な話し相手として両親が知人と共に組んだお茶会で、気の合う子が見つかればと言う親心でもあった。

 

 同じ年頃の令嬢達と何度か顔を合わせるようになって、ミレイラは少しずつ変わっていった。

 

 子供同士の会話は遠慮がなく、誰もが自分の意見を優先する。

 

 ミレイラは男の子との件もあり、人との交流を躊躇うようになった。交流を避けようとすると、必然的に相手から距離を取ることになる。それが相手には不満だったのか、ある日ミレイラはこう聞かれた。

 

「私のことそんなにきらいなの?なんでそんなにいやがるの?」

 

 初めて自分が聞かれる側になって、あの男の子の気持ちを知ることになった。言いにくいことを聞かれることの不快感と、それを言葉にしたとき相手がどんな反応をするのかと言う恐怖を。

 

 それ以後、ミレイラは次第に人に触れなくなった。

 

 なぜなら会う回数が増えるごとに、少しずつ身分による差別が浮かび上がってきたからだ。

 

 上位の者は常に己の意見を優先させ、下位の者は上位の者に逆らえない。これは複数人で集まった時ほど顕著だった。

 

 そしてある日、ある令嬢が虐めの対象となっている現場を目撃してしまう。

 

 それを見て、気付いてしまった。

 

 もしこの人達に触れられてしまえば、自分の感情は包み隠さず知られてしまう。そうなった時、自分はどうなるのかと。

 

 見下され嘲笑われる令嬢の姿は、能力を知られた先の自分の未来なのではないかと。その可能性に気付いたミレイラは、酷く心を抉られた。

 

 他者は簡単に人の心を傷つけ、その様子を見て嘲笑うことすら出来るのだと。そのことが、震えあがるほどに恐ろしかった。

 

 

 

 

「妹が七歳になる頃には、既に他人を恐れるようになっていた」

「……そうか」

 

 エルネストは一度大きく息を吐き、冷え始めた紅茶で口を潤す。

 

「義姉上には申し訳ないけど、正直起こり得ることではあったね」

 

 同情するでもなく客観的に話を聞いていたアーノルドの言葉は、身内からすれば冷めた感想だと思うが、同時に仕方のない感想だとも感じた。

 

「……貴族なんてそんなものだ。心を覗かれなくとも、他人に恐怖を覚えるのは無理もない」

 

 アードルフもやはり同じ感想を抱いたようだが、痛ましい表情をしているだけ婚約者への思い入れを感じることが出来てホッとする。

 

「でも、それだけじゃないよね」

 

 アーノルドは納得がいかないらしく、エルネストに視線を向ける。

 

「他人が怖いから防御魔法を身に付け、社交をするために貴族の仮面を作り上げた。話としては成立してるね。けど、それだけだと心を殺すほどの理由には弱いし、説明の付かないものもある」

「……ミラはあの夜会の日、全てを諦めていた」

 

 それを聞いて、やはりアードルフはあの日、ミレイラの感情を受け取っていたのだと痛感する。

 

「……あの日の妹は、貴族の仮面をつけることすら出来ないほどに憔悴していた」

 

 それにはエルネストの元婚約者であったシャリーヌが大きく関わっていた。

 

「言う前に約束して欲しい。伯爵家は既に制裁を下した。これ以上は手を出さないで欲しい」

「いいよ、約束してあげる」

 

 簡単に了承するアーノルドの言は、信用するには難しいと感じるほどに軽すぎる。

 

 しかしその軽い台詞を吐いたとは思えないほど、彼の顔は冷酷にエルネストを責め立てる。

 

「件のシャリーヌ・アムランは、ミレイラの誘拐を企てていた」

 

 その言葉を聞いた途端、アードルフの視線に殺意が浮かび上がった。

 

 

 

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