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あれからおよそ二週間後、ミレイラはアードルフと共に再び王城へ登城していた。
本来のお茶会であればこんなに早く招待されることはなく、会場も王城ではなくロージェル公爵家で行われたことだろう。
だが今回の参加者が四人であること、そしてあくまで小規模な顔合わせも兼ねているため、あまり畏まった会にするつもりはないと言うのがフィオレンサの考えだった。
何よりウィルフレッドの公務の関係も考慮すると、王城にてティータイムの時間をそのお茶会に充てた方が大事にならないだろうとも考えたからだ。他ならぬミレイラが大事にされることを嫌うだろうと。
その心遣いを有難く受け入れ、ミレイラもまたそこまで形式ばった装いは控えることにした。
「てっきりドレスを贈らせて貰えるものと思ったんだがな」
「いくら何でも二週間では厳しいですから」
お茶会の話をされた時は照れて反応することが出来なかったが、普通に考えて二週間でドレスを仕立てるなんて不可能だ。出来ても既製品を手直しする程度が関の山だろう。
そんなわけで、今回はミレイラが持っている中から淡いミントグリーンのドレスを選んだ。
しかしアードルフは珍しくごねた。
その結果、ドレスの代わりの一つとなったネックレスがミレイラの胸元で光を反射する。
「まぁ、ミラが身に付ける物に俺の色があるのは悪くないが」
アードルフの瞳と同じ青色の光を放つムーンストーンは、華美に光を放つことはないため今回の装いにはちょうど良いと思われる。
懸念することがあるとすれば、これだけ深い青色を放つこの石そのものは、確か希少性が高く高額だったはずなのだが。
「あまり高価なものは控えて下さいとお願いしたのに……」
「言うほど高価ではない。そのイヤリングだってシンプルな物だろう?」
耳元で揺れる雫の形をした小さなサファイアにアードルフの指が触れる。
シルバー製のイヤリングは、確かにシンプルなデザインではある。あるが、それは価格とイコールで結ばれないことぐらいミレイラでも知っている。
「気に入らなかったか?」
「違います!そうではなくて……」
するりとアードルフの指がミレイラの耳を撫でる。
「っ!」
その感覚がくすぐったくて、ミレイラは思わず肩を揺らした。
「これに懲りたら、今度はドレスを贈られることを受け入れることだ」
「確信犯じゃないですか……」
「片手以上は作らない。ミラは袖を通せないほど贈られることを嫌がりそうだからな」
それは当然だと思うのだが……。
そうしていると、客室の扉にノック音が響く。応答の声に従い入ってきた従者が、中庭まで案内すると恭しく礼をする。
どうやらウィルフレッドが休憩に入ったようだ。
「それじゃあ行こうか」
そう言って、アードルフは自然とその手を差し出す。その手を取りながら、改めて緊張に強張りながらもしっかりとミレイラも立ち上がる。
「……手が震えているな」
「はい……」
「会話をしたぐらいじゃ緊張は解せなかったか」
あからさまに緊張するミレイラの様子に、前方を歩く従者に聞こえない程度にアードルフは苦笑する。
王城に来てからは防御魔法を使っているし、アードルフもミレイラに触れる時だけは体質を抑えている。それでも震える手を取ったことで、緊張から来る不安などは大体察しているだろう。
「まずは顔合わせだ。会話の内容も、初回は軽いものだろう」
「はい……」
「気楽にとはいかないだろうが、隣にいる」
それはミレイラにとって唯一の救いだ。
昔はエルネストにしか頼れなかったが、さすがの兄もこの状況に置き換えられたら同じように緊張するだろう。その点アードルフにはまるで緊張など見受けられない。
「よろしくお願いします、アル」
「ああ」
そうして二人は、中庭に用意されたお茶会の場に案内された。
✻✻✻✻✻
緊張で微かに震えるミレイラの手を握りながら、アードルフ達は中庭へと案内された。
既にウィルフレッド達は席に座っており、二人が現れたことに気づいたウィルフレッドは、軽く手を上げながら隣に座るフィオレンサにも知らせて共に立ち上がった。
アードルフ達は近くまで行くと、その場で貴族の礼をする。
「王太子殿下に、ご挨拶申し上げます」
「少し待たせてしまったね」
「いえ、本日はこのような場にお招き頂き、ありがとうございます」
アードルフが例文そのままのような挨拶をすると、ウィルフレッドはそれが面白いとばかりに声を軽やかにして返事を返す。
「お前に今更敬語を使われるとむず痒くなる。いつも通りで構わないぞ」
「分かった。フィオレンサ嬢、こういう場では久しぶりになるか。今日は私の婚約者を招待して頂き感謝する」
「ごきげんよう、アードルフ卿。お礼は受け取るけれど、その言葉が本心であることを祈るわ」
そう返す凛とした声の持ち主こそ、ウィルフレッドの婚約者であるフィオレンサ・ロージェル公爵令嬢だ。
神秘的な濡羽色の髪に鮮やかな珊瑚朱色の瞳が際立っている。つり目のせいで当人はキツイ性格と思われやすいことを気にしているようだが、アードルフからすれば猫みたいだなとしか思わなかったので肯定も否定もしなかった。
「紹介する。こちらが私の婚約者のミレイラだ」
「お初にお目にかかります。アードルフ様の婚約者となりました、ミレイラ・シュミットと申します」
その声を聞いて、アードルフは思わずミレイラの方へ振り返ってしまった。
ミレイラの顔から、ごっそりと表情が抜け落ちていたのだ。
アードルフがミレイラに視線を向けたことで、ウィルフレッドもその異変に気付いたようだ。
「初めまして、私はロージェル公爵家のフィオレンサ・ロージェルです。憧れのミレイラ様に会えるなんて幸運だわ」
「憧れだなんて……。私の方こそ、フィオレンサ様に覚えて頂けているなんて、恐縮です」
軽く微笑む程度に表情は動くが、そこに感情が伴われていないことはっきりと読み取れる。
貴族令嬢らしく淡々と会話をするミレイラを、アードルフは今まで一度も見たことがなかった。
思えば初めて接触した夜会でも、あの騒動が起きるまで彼女がどう過ごしていたかは知らないのだ。
(エルネストが言っていたのはこれか)
その様子からでは、とても社交を苦手だと称するだけの欠点はないように思えた。強いて言えば表情が乏しすぎると言うことぐらいだろうか。
「……立ち話もなんだ、二人も席につくといい」
ミレイラの様子に違和感を感じながらも、一見普段どおりの様相でウィルフレッドが着席を促す。その際に一瞬アードルフに視線を向けるが、アードルフは軽く首を縦に振って応える。
(懸念はあるが、ここで引くのはミラも望んでいないはずだ)
ミレイラの抱えていた不安の大元がどこにあるのかは探れなかったが、エルネストの忠告含めて何が起こるか、自分は知る必要がある。それを知り得なければ、本当に必要な時にミレイラを守ることが出来ないからだ。
そうして四人で席につくと、顔合わせを望んでいたフィオレンサが中心となって話を進めていった。
「実は在学中からミレイラ様にお会いしたいと思っていましたの。常に上位にいらっしゃる令嬢として、違うクラスでも有名でいらしたのよ」
「それは……お恥ずかしい限りです」
「あら、恥ずべきことではないわ。事情はそれぞれあるものですし、在籍していて顔を出さない者は他にもおりましたから」
「フィオレンサは最初の学力考査でミレイラ嬢を気にしていたからな。主に点数で負けたことにだが」
「……悔しかったのよ。でも、授業に出ずとも高得点を取っていたのが本当の実力と分かってからは、純粋な憧れに変わったんです。気を悪くされたかしら……?」
「いいえ、むしろ憧れを抱かれていたことに驚いたと言いますか……ありがとうございます」
最初は同じ年と言うこともあり、学院時代の話が続いた。ミレイラとフィオレンサの話に、たまにウィルフレッドが補足を入れたりしながらその頃の話を楽しんでいるようだった。
「アードルフ卿は在学時代はどんな学生でいらしたの?」
「どうと言われても……悪目立ちしていたと言うことぐらいしか覚えていない」
「コレッドの話だと、双子揃って裏では人気だったらしいぞ」
「悪い意味でだろ」
「そうでもない。特に令嬢からはな」
そんなことを言われるが、当時のことは正直覚えていないことの方が多い。
あの頃は我ながらかなり荒んでいたし、コレッドを通じてウィルフレッドと知り合い、己の特異体質を把握することになって間もない時期でもある。
抑制の方法や公爵との確執をどうするかなど、頭を悩ませる事柄が多過ぎたのだ。
「見た目は整っておいでだものね。アーノルド卿とは印象も真逆ですし、令嬢が騒ぐ理由は分かる気がするわ」
「俺は基本無視していたし、アーノルドは笑顔で毒舌を吐いていたが」
「そう考えると、ミレイラ嬢と出会ってからのお前は随分表情が豊かになったな」
「そのようですわね。ミレイラ様と共におられるアードルフ卿を見た方は、信じられないほど甘いお顔をされていたと仰っていたわ」
「想い人といて仏頂面の男もそういないだろう」
話をしながらミレイラに気を配るようにしているが、相変わらず軽く微笑んだままで動揺などは見られない。
「あらまぁ……あのアードルフ卿から想い人だなんて単語が聞けるなんて」
「恋愛とは無縁の男だと思っていたが、分からないものだな。よくて政略結婚止まりだろうと思っていたよ」
「私もこうして婚約できたのが夢のようです。アードルフ様は本当に……私には勿体ないお方ですから」
その言葉を発した時だけ、ミレイラの表情が少しだけ曇ったように感じた。
「ミラ以外求めないのだから、勿体ないも何もない。そもそも出逢わなければ政略だろうと結婚しなかった」
「お熱いことね。乱暴な言葉の中にも惚気が混じるのだから羨ましいわ」
「おや、心外だね。羨ましがるほど僕の想いは君に伝わっていないのかな?」
「ウィルフレッドは甘い言葉より揶揄う言葉の方が多いのよ」
ウィルフレッド達の話を聞き流しながら、最初より言葉少なになったミレイラをじっと見つめる。
普段であれば視線に気づくのだが、今は会話に集中しているためか気付く様子がない。
いや、本当に集中しているのだろうか。
表情は相変わらず乏しいままで、会話と言うよりも相槌の方が多い。振られた話には答えるが、ミレイラの方からは話を振るそぶりもない。
――まるで自発的に行動することの出来ない、ミレイラの姿をした人形のようだ。
それを考えた時、何故か悪寒が肌を撫でた。
そしてその悪寒の正体を探ろうと、アードルフは自身の体質を抑えた状態でミレイラの手にそっと己の手を乗せてみる。
その手に触れたことで、確信する。
異常に冷え切ったミレイラの手は、強く握り締められたまま震えていた。




