第13話 ゴーレムと黄色い花
翌朝――俺は日の出と共に休眠状態から目覚めた。
本来ゴーレムに睡眠は必要ない。
代わりに体の機能を一時的にセーブすることで、急速な魔力の回復や取り入れた情報の解析を行うシステム――休眠状態が存在する。
その副産物として、俺も一時的に意識を手放して眠りに近い状態になれる。
二十四時間起きてられるのも便利そうだが、まだ人間だった頃の感覚が抜けきってない俺にとっては、眠れることがありがたい。
おかげで意識はスッキリしたし、教会の修復や防壁の建造で失った魔力も回復した。
ちなみに、休眠状態でも最低限の機能は動いているので、防壁に設置した金属板を叩く音には反応出来るし、教会に侵入者が現れてもすぐに目覚めるようになっている。
それもこれも、ガイアさんのおかげってわけだ。
「さて、まだ寝てるマホロたちを起こさないように裏庭へ……」
俺を創成したマホロも、ジャングルから帰ったメルフィさんも疲れている。
今は眠りたいだけ眠らせてあげたい。
巨体にもかかわらず運良く音を立てないまま裏庭に来れた俺は、まず裏庭に散らばっている瓦礫やゴミの掃除から始めた。
岩石の体は何度もしゃがんで物を拾っても腰が痛まない!
それにこの程度の運動量なら疲れを感じることもない。
テキパキと掃除を終え、次は実験的に魔力を注ぎ込む場所を決める。
周囲の大地から魔力を吸い取ってジャングルが栄えているなら、ゴーレムの力で街の土に魔力を注ぎ込めば、そこは野菜や果物が栽培出来る栄養豊富な土になるはず……。
「よし、ここにしよう」
選んだのは裏庭の中でもレンガで囲われた四角い区画だ。
元々家庭菜園を行っていたような痕跡があり、こんもりと盛られた土の列が数本並んでいた。
「最初はこれくらいの広さで十分だろう。ガイアさん、この区画に魔力を注入したいです」
〈では、どちらかの手の指を地面に刺し込んでください〉
俺は言われた通り、手刀のようにピンと揃えた指先を地面に突き刺した。
〈魔力注入〉
ギュウゥゥゥッと全身から指先へ、指先から大地へと魔力が流れ込んでいくのを感じる。
その後、ものの数秒で白く乾いていた土が、湿り気のある焦げ茶色へと変わった。
〈耕すことでより農業に最適な土になります。現在の究極大地魔法では、土を耕すような細かい動作の制御は難しいため、手動で耕すことをお勧めします〉
「了解です。じゃあ、このクワの修復をお願いします」
裏庭に転がっていた錆びたクワと鉄クズを使って新品のクワを作ってもらう。
それもゴーレムの巨体に合わせた大きなクワだ。
「さて……やるか!」
えっほえっほとクワを振り、ザックザックと畑を耕す。
魔法で何でも解決するのも新鮮で楽しい体験だが、こうやって体を動かすのも面白い。
土はさらに柔らかさを取り戻し、このまま種を植えれば何でも育ちそうな気がしてくる。
昨日、メルフィさんから捨てるはずだった野菜や果物の種を受け取っている。
これで植物の栽培に足りないものは水だけになったが、今の魔力を含んだ土には十分な水気があるように見える。
それに明日にはオアシスに行く予定だし、今日から種を植えても問題ないのでは……?
「ええい、物は試しだ」
間隔をあけて土の上に種を落とし、そっと優しく土をかける。
リンゴみたいな樹木になる果物の種はまだ別の場所に植えるとして、育ってもあまりスペースを取らない野菜類は今回作った畑に植えてみる。
これが育てば、マホロとメルフィさんの食べ物くらいは瓦礫の街で手に入るようになる。
そして、その成功を街中に広めれば……!
「ガイアさん、今回注入した魔力がどれくらいで失われるか……わかりますか?」
〈街の四方へと魔力が流出していくのが確認出来ました。予測では一週間ほどで農作物が育てられない土に戻ります〉
「街の四方……一週間……ね」
東のジャングルに大地の魔力が吸われているとメルフィさんは言っていたが、まさか四方から吸われているとは……。
西のオアシスや南の廃鉱山も関係あるんだろうか?
それに一週間で土が元に戻るというのは、思ったより短い期間だな……。
栄養を維持するなら、一週間と言わず3~4日間隔で注入が必要になりそうだ。
ただ、この街のカラカラの土に対する魔力注入はそこそこ魔力を消費する。
今みたいな小さい畑だけならこまめに魔力を注入すれば問題ないが、もっと広い畑をたくさん作ろうとすれば、その維持に魔力も時間も持っていかれる。
それでもこの街の住人全員に食べ物を届けようとすれば、広い畑は絶対に必要だし……。
「ガイアさん、今の俺に魔力の流出を防ぐ手段はありますか?」
〈現状ではありません〉
「そうか……。なら、今は他のことを優先して進めよう。余裕が出来たら、また相談します」
抱え込み過ぎると頭がパンクしてしまう。
ゴーレムの体を手に入れたって、頭は未だに小市民の岩定剛だ。
マルチタスクなんてシャレた言葉は必要ない。一つ一つ愚直に進めていく!
「ガンジョーさん、おはようございます!」
「おっ、マホロか。おはよう!」
太陽もすっかり地平線から顔を出した頃、マホロが裏庭にやって来た。
「うわ~! すっかり畑が出来てますね!」
「土に魔力を注入して、それっぽく仕上げてみたんだ。一応野菜の種は植えてあるけど、それがちゃんと育つかは要観察かな。本当はもっと広い畑も作りたいけど、維持管理に少し問題がありそうでね」
俺は今回の畑作業で見つけた課題をマホロに話した。
まだこの世界のことはほとんど知らない俺だ。
現地の住人であるマホロと悩みを共有しておくのは大事なことだろう。
「むむむ……。私の魔力も土に注入出来ればいいんですが、残念ながらそんな難しいことは……。自分で面倒を見れるなら、この枝を植えて木を育てたかったのですが……」
マホロの手には黄色い花をつけた木の枝が握られていた。
彼女の髪の色に似た、少し淡くて優しい黄色だ。
そういえば、昨日メルフィさんがあの枝をマホロに手渡していたような……。
「この花が私の髪の色に似てるからって、メルフィがジャングルに行くたびに持って帰って来てくれるんです。この街に来る前には見かけたことがない、とっても珍しい花……。今ではすごく愛着が湧いて、このまま枯らすなら挿し木をして育てたいと思ったんですが……」
「よし、育てよう!」
「えっ、でも、畑の管理には問題が……」
「木の一本くらいなら大差ないさ。裏庭の真ん中にこれを植えて、教会の象徴にしよう!」
裏庭の真ん中の土に魔力を注入し耕す。
その周りに瓦礫をブロック状にしたもの並べて、花壇のように丸く囲む。
「うん、思い付きで作った割には愛嬌があるじゃないか」
後は土の真ん中に枝を倒れないように刺せば……任務完了だ。
「俺たちで育てよう、この木を」
「はい! ありがとうございます、ガンジョーさん!」
これは非効率的で感情的な行いかもしれない。
でも、花を愛でる余裕くらいなければ、街を再生することなんて出来やしない……と心の中でカッコをつけてみた。