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コキュトスでも涙は凍らない  作者: ひゐ
第六章 弔いの業火
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第六章(07)



 * * *



 ――何故、失うことになったのか、わからずにいた。


 燃えていくベアタを、ルチフは見つめていた。握りしめた拳に涙が落ちる。

 唖然としているとまた蹴られて、ルチフは仰向けに倒れた。

 何が楽しいのか、笑っているロザが見えた。手にした剣の切っ先を、こちらに向けて。

 ――もう、何もできなかった。ぼうっと、ルチフはその剣を見上げていた。


 ……風を切る音がしてロザが倒れたのは、その直後だった。ロザは悲鳴を上げて倒れる。


 ――その肩を見れば、剣が深々と刺さっていた。それがよく見慣れた剣で、ルチフは止めてしまっていた息を吸い込む。恐ろしいほどに、悲しいほどに、見慣れた剣。

 しかしそれはルチフの剣ではなかった。ルチフの剣は、広間の隅に転がったまま。


「……か、カイナ!」


 息も絶え絶えに、ロザが剣の飛んできた方向を見れば、そこには確かにカイナがいた。


「貴様、何故ここに……!」

「――王国が、燃えているのが、見えたのです……」


 ロザは唖然としていて、カイナも唖然としていた。

 カイナは炎に包まれ燃えゆくベアタを見て、それから床に転がるルチフを愕然と見つめる。


 ――カイナ。唯一の、家族だと思ったのに。会えて本当に嬉しかったのに。

 ……沸々と何かが沸き上るのを、ルチフは感じていた。


「……ええい、何を、している! あいつを殺せ!」


 肩に剣が刺さったまま、ロザはカイナを指さす。我に返った兵士達が、カイナへと迫る。

 カイナはもう、剣を持っていなかった。だが逃げることも怯むこともなかった。兵士一人目の剣を軽々避けると、その剣を握る手を捻る。嫌な音がして兵士は剣を落とす。するとカイナはその剣を拾い、そのまま流れるように兵士の首を掻き斬った。


 続いて向かってきた兵士の剣を、カイナは弾き返し、舞うように敵の心臓を突き刺す。そしてぐったりとした兵士の身体を投げ捨てるように剣を抜けば、あとからやってきていた兵士へと、死体は飛んでいく。兵士達は死体に慌てるが、その一瞬に、カイナはまた剣を滑らせる。赤い線が宙に走る。一閃が、あっという間に命を奪っていく。


 カイナは強かった。あっという間に兵士は皆死んだ。

 それは儚く。小さな火が消えるかのように。


「か、カイナ……貴様、何を考えて……!」


 兵士を失ったロザは、恐怖に震えていた。カイナは手にしていた剣を投げ捨てると、ロザに刺さっていた自分の剣を抜き取る。ロザはびくりと震えて、その傷口を片手で押さえた。


「私は……」


 カイナは何も考えていないような、悟ったかのような顔をしていた。

 いままでルチフが見たことのない顔だった。


「……自分を守るのを、もうやめたのです」


 カイナの滑らせた刃は、どこか鳥を思わせた。ロザの首を、掻き斬る。

 血が噴き出しロザは倒れた、しばらく痙攣をした後に、目を見開いたまま、動かなくなった。

 全員が死んだ。

 辺りには炎の息遣いだけが聞こえていた。悲鳴や崩壊の響きも聞こえるが、遠かった。


 カイナはロザの死体を見下ろしながら、黙って剣を鞘に納めた。ルチフと全く同じ剣と鞘。そしてゆっくりとルチフに向けられた顔は、蒼白で。


「ルチフ……」


 手が差し伸べられる――温かかった手。昨晩重ねた手。

 ……けれどもその手を、自分の手など抜けてしまえという勢いで、ルチフは払いのけた。


「ルチフ……」


 カイナがショックを受けたような顔をする。だがこの男にそんな資格はない。ルチフは立ち上がりながら睨みつけ、下がればそこにあった自分の剣を手に取った。

 そして燃えさかる大広間で、ルチフはぼろぼろになりながらも、剣を構えた。


 切っ先を向けるは――叔父のカイナ。


 ――こいつが村に来なければ。


 青い瞳は怒りと殺意を宿す――カイナさえ村に来なければ、皆幸せに暮らしていけたのだ。誰一人死ぬことなく。ベアタも死ぬことなく。

 騙されていたのだ。この国は、楽園だと。

 見据えればカイナは、寂しそうな笑顔を浮かべていた。そんな資格はないというのに。


「――よくも……よくも、俺を騙しやがって!」


 雄叫びを上げて、ルチフは剣を大きく振りかぶった。隙の大きい動き。


「お前さえ来なければ! みんなあんな石ころにならなくてよかったんだ! お前さえ来なければ! ベアタだって死ななくてよかったんだ!」


 全力で振り下ろした剣は、いとも簡単にカイナの剣に受け止められた。力をこめるが、カイナの剣を圧しきれない。だからルチフは、一度引けば、今度は横から切り入れる。


「どうして……どうして黙ってたんだ、『薪の石』のことを! そのために村に来たことを! 何が皆で国を作る、だ! お前達は、人を道具だと思ってたくせに!」

「――ルチフ、私は」


 再び振るった剣も、また受け止められる。だからルチフは、また振りかぶって下ろすものの、やはり受け止められ、そして圧しきれない。

 ……しかし、ルチフの剣同様、カイナの剣も震えていた。


「――どうして!」


 ルチフの上擦った声は、渦巻く熱気を切り裂く。

 ……カイナは寂しいと言っていた。それは自分も同じだった。

 血の繋がった家族に会えて嬉しいとも言った。それも自分も同じだった。だが――。


「――どうして父さんと母さんのことを、ばらしたんだ!」


 ――瞬間、カイナの剣が、ルチフの剣に圧された。

 ルチフの剣が、カイナの身体を袈裟懸けに走る。血の線が生まれる。


 その時のカイナの顔を、ルチフは見ていた。

 自分に似た顔。瞳は潤んでいた。

 同じ血の流れる唯一の家族だった。その血が頬に飛ぶ。


 ……抱きしめられて染み込んだ温もりは、確かなものだった。

 それでもルチフは剣を振るうのをやめなかった。また振り上げれば、とどめを、と。

 ――家族に会えたと、思ったのだ。

 涙に歪んだ視界の中、ルチフの剣の動きは鈍った。


「――許してくれ」


 カイナの小さな声。だが対照的に、その手は素早く動いた。


 ……振り下ろした剣を、ルチフは最後まで下ろせなかった。

 ――カイナが素手でその刃を握り、受け止めたのだ。手のひらに刃が食い込み、血が滴った。

 ルチフはただその赤色を見ていた。その手も切り落としてやると剣を握り続けるものの、もう力が入らない。刃はひどく震えていたものの――力んで震えているわけではなかった。


「ルチフ……悪かった……ただ私は」


 それ以上を、カイナは言わなかった。口を閉ざせば、握ったままのルチフの剣を、ゆっくり、下ろしていく。

 ……もう抵抗ができなかった。されるがまま、ルチフは剣を下ろす。

 果てに、刃からカイナの手が離れると、ルチフは耐えられず、剣を投げ捨てた。


「どうして……」


 ……もう何もかもが、嫌だった。

 後ずさりをして、カイナから距離をとる。もう近くにいたくなかった。

 カイナは何も答えてくれなかった。ただ潤ませた瞳を閉じれば、頭を横に振った。

 ……どこかから悲鳴が響いてくる。どこかが崩壊する音が聞こえる。


「……その先へ行きなさい。そこからなら、国を出られる」


 それでもカイナは、剣で廊下を示した。ルチフの背後にある、道を。

 ルチフは動けなかった。言葉を発することもできなかった。ただ立っていた。


 ――何もかもがどうでもよかった。消えてしまいたかった。

 崩壊する王国から出たところで、どうする。もう何もないのだ。

 意味も何もかも、消え去った。カイナに復讐する気も、もう死んでしまった。


 ――一人だ。

 目を閉じる。二度と開きたくなかった。

 ……皆、死んだのだ。

 一人になってしまった――。


 ――頭上で鈍い音がした。悲鳴というよりも、喚き声のように思えた。

 熱気が激流のように渦巻くのを肌で感じる――。


「――ルチフ!」


 カイナが名前を呼んでいる。からん、と剣の投げ捨てられる音。

 そして強い衝撃に襲われた。背後へと、突き飛ばされる。

 続いて鼓膜を破くかと思うほどの轟音と、鳥肌が立つほどの振動。炎が燃え上がる。


 ――熱気が沈み込み、倒れていたルチフは、埃っぽさと煙にせき込みながら目を開けた。

 何が起きたのかわからなかった。目を瞑っていて、何が起きたのか見ていなかった。

 ――しかし目を開けて、理解した。


 見えたそこは、先程までいた大広間。ルチフは大広間の入り口に倒れていた。

 大広間はすっかり様変わりしていた。先程まではなかった瓦礫の山ができていたのだ。炎も激しく燃え上がっている――天井が崩れてきたのだ。


 そして瓦礫の山の下に、うつ伏せのカイナの姿があった。下半身は瓦礫の下敷きになってしまっている。顔を伏せたまま、起き上がろうとはしない。


 ――天井が崩れてきたため、ルチフを突き飛ばし守ろうとしたカイナは、自身が瓦礫の下敷きになってしまったのだ。


「……はは」


 その光景を前に、ルチフは愕然としていたが、やがて乾いた声が漏れてきてしまった。


「ははは……ざまあみろ……」


 カイナという男は、なんて愚かな人間なのだろうか。


「ざまあみろ!」


 乾いた笑いに、喉が痛む。それでもルチフは笑い続けた。


「当然の報いだ……そうだろ……」


 けれども思い出されるのは――寂しそうな顔をする、カイナの顔だった。

 やっと出会えた家族。いままでずっとほしかった温もりを与えてくれた――。

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