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コキュトスでも涙は凍らない  作者: ひゐ
第五章 天を目指す楽園
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第五章(06)

 それにしても、ここは本当に銀髪の人間ばかりだ、とルチフは思う。もしかするとエンパーロというこの場所は、黒髪で緑の瞳のオンレフ村とは違って、銀髪で青い瞳の人間の国なのだろうか。


 と、正面から、冷たい風が流れてきた。外の空気。ルチフがそちらへ進むと、バルコニーがあった。追いつめられたバルコニーとは別のところだ。


 外にはやはり、あの巨大な建造物が見えた。人の手で作ったとは思えない、それ。不思議なことに、建物全体が明るく見えた。夜であるにもかかわらず、くっきりと形が見える。奇妙な光景だった――やはり信じられない。この国は一体どうなっているのだろう。


 そう、ルチフが塔を眺めている時だった。

 この巨大な建物の周囲にも、明かりが広がっているのが見えたのは。


「……村だ!」


 ルチフの漏らした声は、小さくも、驚きに満ちていた。

 この巨大な建物を囲むように、地上にも明かりが広がっていた。まるで光の絨毯だ。よく見ると、それは小さな家々の明かりだった。オンレフ村にあったような、小さな家の。それが群れのように無数にあり、そして――歩く人影も、見えた。


 ――まさかみんな、あそこに!


 大きな群れ、とカイナは言っていた。

 その通りで、地上に広がる村は、オンレフ村の何倍もあった。黒髪の人間が走っているのが見える。あれは子供だろうか。と、その子は銀髪の子供と一緒に駆けていく。


 ――一緒に暮らしてるんだ……。


 大人にも、黒髪と銀髪の人間がいた。何か話していたり、共に重い荷物を運んだり、皆、同じ人間同士、共に生活していた。


 ――皆同じ人間。同じ生き物。だから支え合って生きていかねばならない。


 ふと思い出したそれは、オンレフ村の教えの一つだった。


 ――一緒に、生きているんだ。


 欄干を掴み、より覗き込む。そこは一種の楽園のようだった。

 確かにここまで連れてくるのに、やり方は強引だった。身分差、というのも気に入らない。

 けれども、皆が支え合って生きている。皆が一つになって生きている。


 ……もしかして村人やケイは、これを見て、ここに住むことを決めたのではないだろうか。

 人が多く集まることの何がいいのか、いままでわからなかったが、やっと見えてきた。

 考えてみればこの巨大な建造物も、人の手ではあり得ないと思っていたが、こう人が集まっていれば知恵と力が集まって、可能になるのかもしれない。その結果、こうして実現しているのかもしれない。


 目を輝かせて、しばらくの間、ルチフは村を眺めていた。オンレフ村の人間を探す。しかし明るいものの、村は遠くてよく見えない。その上大きい、全ては見渡せない。果たしてここに、皆はいるのだろうか。


「……チャーロ、どこかにいるんだろ?」


 それでもルチフは、白い帽子を被った親友の名を口にする。長いこと、会っていないような気がした。名前を口にしてしまうと、話したくてたまらなくなった。

 だが見つけられなかった。やがて半ば諦めて、ルチフは天を仰いだ。夜でも相変わらず、空は重々しい雲に覆われていた。吐いた息は、白くなびく。


 ――それにしても、明るい。


 夜であるのにここまで明るいと、少し気が疲れてしまいそうだった。一体どうしてなのかと、ルチフは何気なく辺りを見回す。


 そこで妙な燭台にやっと気がついた。バルコニーにぽつんと立っていた灯り。小さいのに、このバルコニー全体を昼のように照らしている。

 近寄ってみると、薪や油で火がついているようではなかった。輝いているのは、ガラスでできているかのような半透明の球体だった。その中に、何かある――赤い光が、見えた。


「……赤い石」


 球体の中に、赤い石が見えた。血のように赤く、砕いて割ったかのような石。

 ベアタが大切にしていたペンダントと、同じ石だった。

 ルチフは思わずその球体に触れた。間違いなくベアタが大切にしていた石と同じものだ――。


「――その石こそ、この国を作るものだ」


 声がして、そちらを見れば、カイナがいた。

 瞬間、ルチフは反射的に身構えてしまった。それを見てカイナは苦笑いする。


「さっき召使いの一人から聞いたぞ、お前が……なんだか幼い子供のように逃げてしまったと」


 カイナはこちらへと歩いてきて、ルチフを見下ろす。


「……その石について、詳しくはまた今度に。けれどもその石のおかげで、この国があるのだ」


 この石のおかげで国がある――よくわからなくて、ルチフは首を傾げた。

 しかしそれよりも、いまはカイナに聞きたいことがあった。


「この、この下に、村が見えたんだ……」


 ルチフは欄干に掴まり、半ば乗り出すようにして、眼下に広がる巨大な村を指さす。


「みんなは、あそこにいるのか……? あの村は何なんだ……?」


 カイナは静かにルチフの隣まで来ると頷いた。共に村を見下ろす。


「皆で国を作っているんだ。彼らには……国を作るのを手伝ってもらっている。そのかわり、私達が衣食住を支える……彼らも国の民だからな」


 と、カイナは思い出したように顔を上げた。そして指さしたのは、そびえる塔の中でも、一番高く、大きい塔。


「ああ、そうだルチフ……ベアタ様はあの塔にいるんだ。あそこは、王族の塔……」


 その塔は、この巨大な建造物の中央に位置するようにあった。言われてルチフは、食い入るように見つめた。


 ベアタ。彼女はいま、何をしているのだろうか。聞きたいことが、たくさんあった。


「……ベアタ様は、国を捨てようとした。そのため、まだしばらくは外に出られないそうだ」


 カイナが説明する。だからルチフは、


「捨てようとした? ……何でベアタは国を出たんだ?」

「……父である国王様と、意見が合わなかったようでな」


 つまりベアタは、家出をしたのだ。

 しかし疑問は残る――命懸けの家出だ、普通、そんなことをするだろうか。


 じっとルチフが見つめていると、塔のバルコニーに、人影が見えた気がした。

 目を見張る。欄干を掴む手に、自然と力が入る。

 ――ベアタがこちらを見ているような気がした。


 ゆっくりと、ルチフは顔を歪ませた――急に胸が苦しくなったのだ。


「……みんなに会いたい」


 カイナを見上げる。

 血の繋がった家族にやっと会えた。それでも育った村の人や……守りたいと思った人に会いたいと願うのは、強欲なことなのだろうか。

 皆がこの国で暮らすことを選んでくれたのなら、皆とずっと一緒にいられる。

 ……けれどもいまは、会えないと言う。


 カイナは、まるで愛おしむかのような表情を浮かべていた。それを見ると、ルチフはまた胸に痛みを感じた――カイナに会えて嬉しかったのは確かなのだ。やっと家族に会えたのだ。

 だからこそ、どちらを大切に思うにしても、罪悪感があった。

 心はまだ戸惑っていた。


「……できる限りのことをしよう」


 やがてカイナは言った。


「家族の願いなのだから」


 その言葉に、少しだけルチフの表情は和らいだ。カイナはそれを見て、ルチフに微笑んだ。



 * * *



 ――それは、このエンパーロ王国という場所に連れてこられて、しばらくが経った頃だった。


「……あっ! こんにちは! 兵士さん!」


 薄暗いその場所に連れてこられたチャーロは、不安な顔をしながら進んだものの、先に銀髪の兵士が見えてくると、挨拶をした――チャーロのその手は、背で縛られているというのに。


「……えーっと、今日は、何をするの?」


 何か新しい仕事を与えられるのかなと、チャーロは首を傾げた。


 オンレフ村から無理やり連れ出されて、長い距離を移動した末に、この国に連れてこられた。そして空っぽの村に放り込まれた――共に国を作るぞ、と。

 そうして毎日、家畜の世話をしたり、野菜を作ったり、家具を作ることもあれば、あの『雪車』と呼ばれるものを作らされたり、色々と働かされた。


 だが衣食住は手厚く与えられ、保護はされていた。服が破けてしまえば、薄汚れているものの新しいものをもらえた。食料は十分に配給された。住めと言われた家々も、一通りの家具はそろっていた上に温かく丈夫で、吹雪でもちっとも揺れることがなかった。


 はっきり言って、オンレフ村にいた時よりも、生活は充実していたかもしれない。

 だが自由がなかった。村から出てはいけなかったり「城」には入っていけなかったり、常に兵士が見張っていた。その上、そもそも無理矢理連れてこられて、あれこれ命令されているのだ、不満と怒りを抱えた住人はもちろんいた。チャーロ自身も納得がいっていなかった。


 しかしオンレフ村の人間が全員大人しくしているのは、村長でありチャーロの祖母でもあるケイの存在が大きかったからだった。


「大きな群れになった方が賢い……この国のその考えは確かに理解できるが、私もやり方が気にくわない」


 ケイは皆を集めて言った。


「だが……いまは大人しくしておくべきだ。幸い、彼らは私達が大人しくしていれば、手出しはしてこない……変に行動を起こすと、彼らは武器を持っている上に、私達の知らないことをしてくる。いまは耐えるんだ。そしていつの日にか、皆で村に帰ろう」


 その言葉があったからこそ、村の人間は、言われた仕事を大人しくこなしていたのだ。

 ――しかし今日は、いままでとは明らかに様子が違っていた。


「……あのぉ、手の縄、解いてほしい、なぁ」


 チャーロは控えめに頼んだ。いままでこのように縛られることはなかった――今日は、突然兵士達がやってきたかと思えば、オンレフ村の人間全員を縛って、この地下に連れてきたのだ。そして順に奥の部屋へと一人、また一人と入っていった。チャーロも順が来て、この部屋へと入ったのだった。


 目の前の兵士は、チャーロの話を聞いていない様子で、何か記録をつけていた。と、顔を上げてチャーロをまじまじと見て。

 小さなランプの灯りが、揺れる。


「――うわっ! 何するんだ!」


 兵士は突然手を伸ばしたかと思えば、チャーロの被っていた白い帽子を奪い取った。


「……それ、大事なものだから返してくんない?」


 黒い髪をふわりと広げさせ、チャーロはさすがに顔をしかめた。すると兵士は、


「――ふん、人喰いのくせに。それでも国の礎になれるんだ、喜べ」


 そう言って、奪った帽子を手で遊ぶ。


「……いい帽子だな?」

「……そうでしょ? オビスの毛で作ったんだ」


 人と争うことは極力避けろ――それは祖母の言葉だった。

 チャーロは笑顔を作って、自慢する。


「オビスの毛はね、暖かいんだよ! そういえばこの国……オビスいないね? あ、オビスっていうのはね、おっきくてね――」

「ふん、これはいいものだから、下民達に高く売れそうだ」


 しかし兵士はチャーロの話に耳を傾けない。帽子を後ろのテーブルに置く。そこには、すでに様々な衣類が置かれて、


「……ばあちゃんのマフラーだ」


 その中に、チャーロはケイのマフラーを見つけた。

 ……よく見れば、そこにあるのはどれもオンレフ村の人間が持っていたものだった。


 そういえば、この部屋に先に入っていった村人はどこに行ったのだろうか――ふと、チャーロは気がついた。入っていったはずの人間が、どこにも見あたらない。


「ねえ、ばあちゃん、どこいったの? ……それにルチフとベアタは? ここに来てから、一度も見てないんだけど。兵士さん、知ってる? ルチフとベアタ」

「うるさい奴だな……」 


 兵士は苛立ったようにチャーロを睨む。けれどもすぐに偉ぶったように椅子に腰を下ろした。


「ふん……俺は慈悲深い、いいだろ、教えてやるよ……今回は結構小金も稼げそうだしな……本来なら、次の『薪』のためにいいものはとっておかねぇといけないが……中でもいいものは、下の人間にいい値段で売れるんだ……」


 兵士はテーブルの上に積まれたオンレフ村の人間の衣類をいじる。それから、


「ベアタ様はまだ部屋から出してもらえてないらしい……ま、国を捨てようとしたんだからな、国王様はお怒りだ……」

「ベアタは無事なの?」


 チャーロが尋ねれば、兵士は意地悪そうな笑みを浮かべた。


「しっかしお前達人喰いの村にいたわけだからなぁ……ベアタ様も人を喰ったのかな……それがなくてもリルチェ様のこともあるし……いまはまだ大丈夫だが、どうだかなぁ?」


 よくはわからないが、今は無事らしい。だが不穏だ、チャーロは眉を顰めた。それから、


「ルチフは? ルチフはどこいったの?」

「そいつは知らないな、誰だ一体?」


 兵士は面倒くさそうな表情を浮かべた。けれどもはっとして。


「――もしかして、カイナ様のお気に入りか?」


 カイナ。それは村を襲い、自分達をここに連れてきた兵士のリーダーの名前だと、チャーロは知っていた。そして気絶したままのルチフを連れていった男でもあると。


「そう! 多分そう!」


 薄暗い中にチャーロの半ば安心したような声が響く――お気に入り、ということはひどいことはされていないのだろうか。

 ルチフもベアタも、どうやら無事、らしい。だが。


「――ま、これからのことはわからないがな」


 兵士はずる賢い狼のような目で笑っていた。急に立ち上がったかと思えば、チャーロの腕をひっつかんで、引きずるように奥へ連れて行く。


「お喋りは終わりだ、後がつかえてるからな? お前も、前に部屋に入った奴がどこにいったか、気になってただろ?」


 そこでチャーロはやっと――鉄のようなにおいを感じた。

 ――薄暗い奥。大きくて奇妙な輪郭が見えた。



【第五章 天を目指す楽園 終】

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