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コキュトスでも涙は凍らない  作者: ひゐ
第四章 天使達は雷鳴とともに
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第四章(04)

「……これは、ベアタ様、こんなところに」


 リーダー格であろう男は、ベアタを一瞥すると、わずかに目を見開いた。


「――カイナ」


 憎々しげにベアタが彼を睨み返す。だがカイナと呼ばれた男は、何も言い返さなかった。その視線をルチフへと向ける。


 ――何故だろうか。

 カイナの顔を、どこかで見たことがあるような気がして、ルチフは自然と首を傾げた。

 ……どこか、ひどく、なじみがあった。


「お前は……?」


 と、カイナも同じように訝る。だがさっと手を出せば、


「まあいい――早く捕まえろ」


 命令に銀髪達の二人が動く。剣を構え、ルチフへにじりよる。その刃の、鋭く冷たい輝きが目に痛い。けれどもルチフは自身の剣を鞘から抜こうとしなかった。そのまま、構える。

 銀髪の一人が一歩踏み込んだ。

 瞬間、ルチフは横へとそれた。刃を避け、その銀髪を剣で殴り沈める。

 続いて、背後に気配がした。


「ルチフ! 後ろ!」


 チャーロに言われなくとも、わかっている。振り返りながらルチフはその場から一歩下がった。すると顔の前を、刃の輝きが通り過ぎていく。だが怯える間もなく、ルチフは屈み込むと、その銀髪の足を剣で払った。銀髪は背を下に倒れ、雪にまみれる。

 ――許せなかった。


「……ベアタとチャーロを、返せ!」


 立ち上がり、ついにルチフは剣の鞘を投げ捨てた。現れた刃は冷たい空気を帯びてさらに鋭く輝く。倒れたままの銀髪が、そのまま後ずさりする。


 ……人を斬った経験は、ルチフにはなかった。

 剣術の修行で、ネサと剣を交えることこそあったが、人を斬るなんてことはなかった。


 ――剣は、傷つけるための道具ではないと、ネサに教わった。

 ――剣は、守るためのものだと。狼からオビスや人を守るためのものだと。


 それならば。

 人を斬ったことはないけれども。

 今この場で刃を人に向けることは、正しいことだ――。


「くそ……」


 倒れていた銀髪が起き上がり、再び剣を構える。そこへルチフは剣を振るった。すぐさま銀髪は刃で受け止めるが、ルチフは剣を振るい続ける。刃と刃の衝突が、凛と白い世界に響く。

 そしてついに、ルチフの剣が、相手の腕を捕らえた。

 短い悲鳴が上がった。銀髪の腕に、一筋の赤色が走る。手放された剣が雪の上に転がる。と。


「――貴様ぁ!」


 横から怒声。ルチフは反射的に剣を構えて、振り下ろされた敵の剣を受け止めた――また別の銀髪だ。


 ……お前も邪魔をするというのなら。

 ――守るために、斬るしかない。


「――やめろ! 下がれ!」


 切羽詰まったような声を上げたのは、敵のリーダーであるカイナだった。

 その声に、目の前の敵が驚き、瞬間、ルチフは剣で大きく弾いた。弾かれた銀髪はふらつくかのように後ずさりする。


 ルチフがカイナを見れば、カイナは険しくも、血の気の失せた顔をしていた。


「……少年、その剣は?」


 カイナの問い。だがルチフは聞く耳を持たない。


「ベアタとチャーロを返せ! 返さないなら全員叩っきるまでだ!」


 カイナへと、ルチフは走る。


 ……リーダーさえ、倒してしまえばいいのだ。狼の時はそうだ。仲間のいくらかがやられるか、群れをまとめているリーダーさえ屠ってしまえば、統率を失って後は散り散りに逃げていく。だから、この男をしとめれば――。


 ――美しい文様のある鞘が、目に映った。木製で、黒の艶やかさが目立つ鞘。

 それは、カイナの剣だった。


 向かいながら、その剣に気付いたルチフは、青い目を大きく開いた。


 ……その鞘は。

 ――生き延びるために、洞窟で割ってしまった自分の鞘と、全く同じものだった。

 そして――鞘から抜かれた剣も。


 きぃん、と音がして、刃と刃はぶつかり合った。

 ルチフの剣と、カイナの剣。力に、震えあう。

 ……全く同じ剣だった。


 ――どういうことだ!


 ルチフが怒りを忘れて剣越しにカイナを睨むと、カイナも苦い顔をしてこちらを睨んでいた。


「まさかお前は、ディータ、か……?」


 カイナのその顔は、見えない何かに押しつぶされそうな顔だった。

 けれども「ディータ」なんて者を、ルチフは知らなかった。

 それでもルチフは、不意に恐怖を感じた。内から沸き上がってくるような、恐怖。

 具体的に何が怖いのかはわからないものの、心臓が破裂しそうになっていた。


 力を抜いて、ルチフはカイナの剣を流す。そして向き合ったまま数歩下がった。

 カイナは、追ってこなかった。


「ディータなのか……?」


 もう一度カイナはその名を口にする――一体誰なのだろうか。誰だと思っているのだろうか。


「……ごちゃごちゃうるさい奴だな」


 自分の背を押すように、ルチフは強気に言葉を吐いて、剣を構える。


「いいから! 二人を! 返せ――」


 刹那。

 カイナが、捕まったままのベアタの喉に、剣の刃を当てた。


 ベアタが息を呑む。そして驚いたのはベアタだけではなく、周りの銀髪達もだった。


「カイナ様! 一体何を……」

「ベ、ベアタぁ……!」


 捕まったままのチャーロも声を上げた。


「……剣を捨てろ。抵抗をやめろ。さもなくば……彼女を斬る」


 だがカイナは誰の声も聞かず、ルチフを睨んだままだった。

 ルチフは固まっていた。どうしたらいいのか、わからなくなってしまった――皆を守るために剣を振るわなくてはいけないのに、皆を守るために剣を捨てるしかないのか。


 カイナを見れば、その瞳の奥で激しく何かが燃えていた。飢えた狼よりもすさまじい、それ。


「――逃げて、ルチフ。この人は、私に手出ししないから」


 気丈な声を上げたのはベアタだった。だがカイナは繰り返す。


「剣を捨てろ。抵抗をやめるんだ」


 カイナの剣の刃が、ベアタの細い喉に食い込み始める。だがベアタが睨むように自分を見ているものだから、ルチフはまだ剣を手放さなかった。

 ――ベアタは、信じられる。

 しかし。


 ベアタの細い首に、赤い雫が生まれて、カイナの刃に流れた。


「―――――くそっ!」


 ルチフは投げ出すように剣を手放した。カイナと全く同じ形をした剣が、雪の上に横たわる。

 直後に、後頭部に衝撃を感じた――殴られたのだと、直感でルチフはわかった。


 チャーロが名前を呼んでいるのが聞こえた。銀髪に捕らわれていたベアタが、その手から抜け出し、首から血が流れているのも気にせず、こちらに駆け寄ってくるのが見えた。


 そしてルチフが最後に見たのは、何故か泣き出しそうになっている、カイナの顔。


 くずおれたルチフの身体は雪に沈んだ。そして意識も、白い冷たさの中に沈んでいった。



【第四章 天使達は雷鳴とともに 終】

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