表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コキュトスでも涙は凍らない  作者: ひゐ
第三章 魂の在処
14/34

第三章(05)



 * * *



 ……死ぬ、という感覚が、どういうものなのかは、わからない。

 死体が燃やされなければ魂は凍りついて、この凍てついた世界に永遠に閉じこめられたままになるというが、それも、どういう感覚なのだろうか。


 ――凍りつくような感覚? 永遠の苦痛?


 けれども、誰かが魂を受け継いでくれたなら。

 ……温かい、のだと思う。


 だがいまは、何も感じられなかった。何も。何も。何も――。


 ――いや。

 ――ひどく、冷えるな。


 唐突に寒気を感じた。ぶるりとルチフは身体を震わせた。とたんに足が痛んで眉を顰める。

 それでも――生きている故の痛みだった。


「……」


 目を開けると、火が消えた焚き火が見えた。粉々に砕け散った鞘は、もう炭と化していた。


 ――そうだ、俺は……。


 徐々に記憶を取り戻していく。そこで気がついた――冷たい何かが、寄り添っている。手を誰かに、握られている。

 ベアタだった。手を握ったまま、目を瞑っている。

 ……その手はまるで、氷のように冷たくて。ベアタ自身も、温度がないようで。


「ベアタ……?」


 まるで自分がベアタの体温を奪ってしまったようだった。


「ベアタ……!」


 その頬に触れる。冷たかった。ベアタは目を覚まさない。凍りついたように、目を開けない。

 それでも。


 ――息を、してる。


 ゆっくりと、ルチフが自分の顔をベアタの顔に近づけると、吐息を感じた。

 生きている。二人とも。


 と、ベアタの瞼が震えた。やがて、青い目がわずかに開かれた。どこまでも深く、清らかな青色。それでも弱っているかのような、力のなさ。


「――ル、ルチ、フ」


 あの耳に心地よい声はかすれていて。


「私……死ぬ、のかな……」

「何を……!」


 ルチフが外を見れば、明るかった。もう吹雪いてはいない。恐らくだが、一晩で吹雪は止んだのだ。そして夜も明けた。ならば。


「村から助けが来るはずだ……弱気になるな、しっかり……!」


 あたかも自分のものではないと思えるほどに重い身体を起こし、ルチフはベアタを抱き寄せた。ひどく冷たい。こんなになるまで、寄り添っていてくれたのか。と。


「――いいよ」

「……?」

「――食べて、いいよ」


 ベアタは、目を瞑っていた。


「私……ルチフに、なら、食べられても、いい……」


 何を言い出すのだろうか。もう吹雪は止んだのだ。夜も明けたのだ。互いに怪我をしているとはいえ、助けが来るはずなのだ。


「しっかりしろ、ベアタ……もう少しの辛抱だろうから……!」


 ルチフはさらにベアタを抱き寄せる。そのベアタの胸元で、あの赤いペンダントが光を反射する。すると、ベアタは、


「それから……この石を……」

「ベアタ!」


 言わせてたまるか。言わせてしまえば、そこでベアタが死んでしまう気がして。

 死なせるわけには、いかない。

 ただただ強く、ルチフはベアタを抱きしめた。完全に力は出なかったけれども。それでも。


 自分の額を、冷たいベアタの額に押しつける。冷気が体内に入ってくるようだった。それでも、彼女が温かいと感じてくれるのなら。

 だが、このままでいるわけにはいかない。


「――外を見てくる。誰かが近くまで探しに来てるかも」


 そっと額を離して、ルチフは手も離そうとする。

 しかしベアタは手を離そうとしてくれなかった。だから。


「大丈夫だ、すぐ戻ってくる……少しの間だから……」


 そうしてそっとルチフが離れると、ベアタはぼうっとした瞳をゆっくりと閉じた。

 ルチフは痛む足を引きずりつつ、外へと向かった。身体は重く、まだ意識ももやがかかっているような気がした。それでも外に出ると、全ては真っ白に染まっていた。何もないように思えたが、目が慣れてくると、いつもの曇り空が天に広がっているのが見えた――雲の様子から見て、しばらくの間は、雪が降ることはなさそうだった。


 真っ白な世界を見回す。そして村のある方角を見つめる。見えないものの、どこに村があるのかはわかっているのだ。ただ距離がある。気候はかなりいいものの、今の状態のベアタを連れて歩くのは難しいし、それ以前に自分も歩けるかどうか怪しい。狼だって、いまこそ姿は見えないものの、どこにいるかわからないのだ――。


 そこで、白い世界で何かが動くのが見えた。白い世界で、その白に溶け込んだ何かが、動いているような。あれは。


 正体に気付いて、ルチフは被っていた黒い帽子をとって旗のように振った。

 ――白い奴なんて、自分とベアタ以外に、一人しか知らなかった。


「チャーロ! ここだ! チャーロ!」


 ルチフ――! と、返事が聞こえた。チャーロも白い帽子を取って振ると、黒髪の頭が雪原に現れた。途中雪に足を取られ転んだものの、チャーロはルチフに駆け寄ってくる。


「ルチフ! ルチフ……! ばあちゃんの言う通りだった! 洞窟かもって!」


 顔を赤くしたチャーロが目の前までやってきて、ルチフも寄るものの、足の痛みに倒れそうになった。だがその身体をチャーロが支えてくれる。そしてチャーロは怪我に気付いたようで、


「怪我してるの? ああ、しっかりして! とりあえずこれ、気付け薬! 身体も温まるから!」


 そうして小瓶を手渡してきたものだから、次にチャーロが「ベアタは?」という前に、ルチフは洞窟の中へと戻っていった。そしてもらった気付け薬を、まずはベアタに飲ませる。


「ベアタ……飲んでくれ。変な味がするかもしれないけど……」


 蓋を取り、血の気のない唇に瓶を当てた。抱き寄せたベアタはぼんやりと目を開けていて、瓶を傾ければ時間をかけて飲んでくれた。


「……ベアタも怪我してるの!」


 洞窟の中に入ってきたチャーロが、心配そうに顔を歪めた。

 薬を全て飲み終えて、ベアタはまた眠るように目を瞑った。チャーロは「じゃあ、これはルチフが飲んで。ルチフも飲まないと」とまた小瓶を取り出してルチフへと渡す。ルチフはベアタを抱いたまま、口で蓋を取ればそれを身体の中に流し込んだ。


 チャーロは洞窟の外まで戻ると「おーい!」と声を上げ両手を振った。


「ここ! ここにいたよ! 二人とも怪我してる――でも大丈夫、二人とも生きてる!」


 ――二人とも生きてる。


「……大丈夫、助かったんだ」


 ルチフはベアタに囁いた。わずかだが、ベアタが頷いたように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ