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コキュトスでも涙は凍らない  作者: ひゐ
第三章 魂の在処
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第三章(02)


 * * *



「――今年はすでに、ネサの件があったからな。子供達への話は、もう済んでいる」


 ケイの家に来たルチフは、黙ってケイの話を聞いていた。


「だが、ベアタへの説明はまだだ……教えるべきことを、教えなくてはいけない」

「わかっています」


 そうルチフは返事をしたものの、戸惑いを隠せなかった。

 ――説明するべきこと。

 ベアタを驚かせてしまうかもしれない。もしかすると、嫌われるかもしれない。

 何故なら――遠くにあるほかの村ではあり得ないと聞くし、自分達のやっていることは、見方を変えれば非道だと言われかねないから。

 それでも、ベアタももう村の一員だからこそ、教えなくてはいけなかった。


「子供のオビスの件もあった……少しは理解しやすいかもしれんな」


 ケイは説明をしつつ、外套を羽織る。


「ニヘンから話させるか迷ったが……やはりルチフからの方がいいかと思ってな。では、よろしく頼むぞ」

「……はい」


 うまく説明できるだろうか――不安はあった。するとケイは、ルチフを落ち着かせるように、


「彼女が嫌だと言ったのなら、それでいい……だがモルはできれば全員に、と生前言っていた」


 ……全員に。

 ――全員に受け継いでもらう。

 ――全員の力になる。

 ――そうして死んでもなお、皆と生きていく。


 ルチフは静かに頷いた。それを見て、ケイも頷くが、首を傾げた。


「……ベアタがどこから来たのかは、未だにわからない。話そうとしないからな。けれどももしかしたら我々と同じ……いや、やはり驚いてしまうかもしれないな……ショックを受けるかもしれん……本来、人が死んだ際は、この牢獄のような世界から解き放つために、すべて燃やさないといけないのだから。それに……昨日まで生きて、話していた人間をな……」


 少し悩んだ末に、ケイはぽんと手を叩いた。


「よし……お前一人に任せようと思ったが、やはり私も行こう。大事な話だからな……全ては、命が尊いからこその考えであると、伝えなければ……さあルチフ、広場に行こう。あの子は牧場に置いてきたのだろう? 彼女の分も、シチューをもらって……チャーロも外で待っているだろう……雲行きも怪しい。吹雪になる前に、食事を――」


 その時だった。

 ケイが向かった玄関、その扉が勢いよく開いたのは。


 驚いてケイが数歩下がった。反射的にルチフは身構える。

 飛び込んできたのはチャーロだった。けれどもいつもの笑顔はない。顔を蒼白にして、肩で呼吸をしながら、日暮れに暗くなりつつある外を背に、立っていた。


 どうしたチャーロ、と、ただならぬ様子にルチフが尋ねる前に、


「ごめんなさい……! ルチフ、ばあちゃん……!」


 チャーロが顔を歪めながら、突然謝った。

 そう言われる記憶がなくて、ルチフはただただ驚くしかなかった。何があったのだろうか。そんな顔をして、それほどのことをしたのだろうか――。

 チャーロが、息を吸う。


「――ベアタが! ベアタが村の外に走ってっちゃった! 追ったけど……見失っちゃった!」


 ――ベアタが村の外に?


「ど、どういう意味だチャーロ……」


 ルチフは眉を顰めた。それは、どういう経緯で。

 チャーロは。


「――何も知らないあの子に、シチューを食べさせちゃったんだ!」


 ひどく後悔しているような声が、家に響く。


「最初にオビスの肉を食べてたから、僕、もう知ってるって思ったんだ! それでシチューを食べさせて――モルさんの、人間の肉だって知ったら、ベアタ、驚いて走ってっちゃったんだ!」



 * * *



「何のって……もちろんモルさんだよ!」


 ベアタに聞かれ、当たり前のように答えたチャーロの声は、静かに、それでいて急に暗くなり始めた空の下に響いた。


「――モルさん、って……?」


 椀を手にしていたベアタの手が、ゆっくりと下がっていく。その中にあったシチューは、少しだけではあるものの、確かに減っていた。


「モルさん……って……」

「昨日死んじゃったモルさんだよ!」


 かたん、と音がした。ベアタが椀を落とした音だった。中に入っていたシチューがこぼれる。スープは雪を溶かしながら染み渡り、白色の上には野菜と――昨日死んだ人間の肉が転がった。


「……何してるの!」


 思わずチャーロは怒鳴った。だが、目の前でベアタが口元を押さえ座り込んだかと思えば、吐き戻し始めたために、目を剥いて言葉を呑み込んでしまった。それから我に返って、


「も、もしかして……ルチフやばあちゃんから、何も聞いてなかった……? お葬式の時は……その人の肉を食べるって……」


 その言葉に、ベアタが口元を押さえたまま顔を上げた。青い瞳は怯えたように大きく見開かれていて、チャーロは察した。


「ご、ごめん! 本当に……僕、もうベアタは知ってると思って……!」


 そう、チャーロは一歩近づいたものの、


「――何で?」


 飛び退くように、ベアタはチャーロから距離をとった。


「何で、人を……? どうして……どうして食べるの? 食べさせた、の……? 私……」

「ベアタ……びっくりしちゃった……みたいだね? ごめんね、でも……」


 チャーロは言葉を紡ごうとするものの、ベアタは目を見開いたまま、震えていた。と。


「――い」

「えっ?」

「――人間じゃない……!」


 ベアタのその声に、牧場のオビス達が異変に気付いて顔を上げ始める。


「――私もそのうち食べるつもりなの……? だから、村に受け入れたの……?」

「……! ち、違うよベアタ……」


 チャーロが手を伸ばしても、ベアタはまた一歩下がった。

 その目はひどく怯えていて――ひどく軽蔑していて。


「私のこと……家畜みたいに思ってるの……?」

「……そんなわけは! ねえベアタ、話を聞いてよ、あのね……」


 しかし、ベアタはもう、話を聞こうとしなかった。

 くるりとチャーロに背を向けると、ベアタはそのまま雪原へと走り出してしまった。何もない、死の白色をした世界へ。暗くなりつつある、凍てついた世界へ。


「――待って! 待ってベアタ!」


 椀を置けば、慌ててチャーロはその背を追いかけ雪原へと走り出した。

 ベアタはチャーロの制止を聞かず走り続ける。けれども幸い、ベアタよりも、チャーロの方がより雪の中を進むのに慣れていた。距離は徐々に縮んでいく――しかし。


「――うわっ!」


 強い風が吹いて、地吹雪となって雪が舞い上がりチャーロに襲いかかった。煽られるままにチャーロは雪の中に倒れてしまい、そのまま緩やかな斜面を転がっていく。


「……うっ……ベアタ……?」


 そうして、チャーロが頭を振って顔を上げた頃には。


「……ベアタ? ベアタ! ベアタ……!」


 より暗くなり、冷え込み、風も吹いてきた世界。足跡は風にかき消された。長い銀髪を持つ少女の姿は、どこにもなかった。

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