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星空シンドローム  作者: 月都七綺
【第二章】高校三年、幻実
8/33

秘密の場所⑴

 雨上がりの街路は、湿った落ち葉の匂いが漂って、どこからか虫のさえずりが聴こえてくる。

 五年の月日が流れて、素っ気なかった水車小屋の周りに花が咲き、坂を下った場所に洒落たカフェが出来た。中学校前にあった塾は、潰れてコインランドリーになっている。


 電車で一時間半かけて通う高校を選び、毎日乗っていた自転車はほとんど乗らなくなった。

 死神と呼ぶ人はいなくなり、今では僕の心に記憶として留められている。

 若者の姿が多く見られる華やかな街並みのくすのき駅。電車を降りてすぐに高校がある。登校するタイミングがよく重なるクラスメイトの若葉洸哉わかばこうやが声を掛けてきた。


「なあ、昨日のアレどうなった?」

「アレ?」

「とぼけんなって! 二組の女子に呼び出された件について。どうせ、また告白されたんだろー?」


 爽やかな風貌ふうぼうとは対照的に、からかうような口調で洸哉はくくっと小刻みに笑う。

 高校一年の時にクラスが同じになって 、それから僕らはずっと、なんとなく一緒にいる。


「違うよ。お前と仲良くなりたがってた」

「それ嘘だろ?」

「嘘だけど」

「コイツ、ふざけんなや!」

「冗談やって。ほんとほんと」


 晴れやかな笑い声を上げながら、アーチが三つつらなる校門をくぐる。

 何に対しても興味が持てなくて、無気力になっていた僕を高校ここが救ってくれた。

 勉強して、話して、笑って。当たり前になった日常を繰り返して、高校を卒業したら、みんなのように大学や就職をするのだろう。


 でも、ひとつだけ。僕には、彼らと同じように出来ない事がある。


「今度ね、洸哉くんたちと獅子座流星群を見ようって話になったんやけど、よかったら羽月くんも行かない?」

「それって何日?」

「十七日の日曜日なんやけど」

「ああ……その日はちょっと都合悪くて。せっかく誘ってくれたのに、ごめんね」

「ううん、また今度誘うね」


 よそよそしい態度をする女子達は、次の授業で使う化学室へ向かって行った。

 ため息が出たとたん、後ろから様子を見ていた洸哉が肩を押して来る。


「いつか聞かなくても知ってるやろ。いいかげん、女子の誘い断る癖やめろよなー」

「別に癖じゃないよ。無理に行っても、みんなに申し訳ないやろ」


 目を細めて、洸哉はふーんとする。理解出来ないとでも言いたげに。


「まあ、お前のことやからいいけど。彼女欲しいとか思わねぇの?」

「思わない」

「即答かよー」


 死神となった日から、僕は誰かと一緒にいたいという感情を持てなくなった。

 人と深く関わることに、恐怖を覚えたのかもしれない。失うくらいなら、最初から大切な物なんて作らなければ良い。


 高校入学した当初から、洸哉とも見えない境界を張ってきた。

 一緒にいると楽しくて、時間が過ぎるのも早く感じる。心を許している数少ない人。

 だけど、一歩校門を出て、また明日と別れると気が楽になる。

 そんなの上辺だけの関係だと言う人もいるだろう。僕にとっては、貴重な時間を共に過ごせる仲間であるに違いはないのだけど。


 聖川ひじりかわ駅からバスに乗り、十分ほど揺られて軫宿しんしゅくで降車する。

 石畳の敷かれた坂を歩き自宅へ着くと、通学鞄を自転車カゴに投げ入れて、勢いよくサドルにまたがり森へと向かう。

 草木が生い茂るここは、かつて月城と約束した秘密の場所。

 この森へは行くなと、幼い頃に周りの大人から言われていた事もあって、荒山あらやまであるこの先へ入ったことはなかった。


 初めて立ち入ったのは、中学二年の初夏。月城と訪れるはずだった秘密の場所を、一度見てみたいと思ったのがきっかけ。

 かろうじて残っている山道を突き進み、くねりと曲がる木の先に見えて来るのは、高い石垣と建物があった痕跡こんせきだ。


 すみに自転車を停めて、荒い呼吸を整えながら僕はその壊れた石の階段を登る。

 上がった先には、木で作られた天守台てんしゅだいのような場所があって、下の街を一望できる。僕は、すぐこの空間を気に入った。


 こうして時々、一人でやって来ては黄昏たそがれている。心が洗われるような気になれるから。

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