死神になった日⑵
脳裏に浮かぶのは、資料室で隠れて一緒に弁当を食べた日のこと。弾むような透き通る声が、ゆっくり再生される。
「星ってね、人と似てるところがあるんだよ」
「似てる?」
「星にもね、人間と一緒で寿命があるの。質量の小さい星ほど長生きで、大きいほど短い命なんだよ」
へえと感心しながら、僕は箸を運ぶ手を止める。
いつもの大人びた印象とは違って、無邪気な目をしている。
僕らと変わらない。月城も、同じ中学生なんだ。
「ほとんどの星は爆発でその生涯を終えるんだけど、また新しい星になって生まれ変わるの」
「生まれ変わるかぁ」
「羽月くんは、人間も星みたいに生と死を繰り返すと思う?」
「人間は、死んだら終わりなんじゃないかな」
「……そっか、そうだよね。死んだらおしまいだよね」
「月城さんは、生まれ変わりってあると思う?」
「……どうだろう。あればロマンチックだなとは思うけど。やっぱり、そんなものないかもね」
「証明出来るものがないから、なんとも言えないけど」
「羽月くんがそう言うなら、ないんだよ」
「でも、星って面白いんだね 」
「そうなの! 色にも意味があってね……」
あの時、一瞬だけ見せた寂しげな瞳は、単なる意見が違ったことによるものだと深く追求しなかった。
今思うと、自分に突きつけられた言葉として、受け取っていたのかもしれない。
日常会話の一部でしかなかったあの場面を、選択した言葉を、何度も思い出しては切り取り後悔して。
どんな気持ちで話していたのかと考えたら、生きた心地がしなかった。
サドルから浮いた状態で、呼吸を荒げながら強くペダルを踏み込む。ヒューヒューと唸り声をあげて、左右に揺れる自転車。
坂を上がり水車の回る水音を左耳から聞き流す。山から香る春の匂いに押しつぶされそうになりながら、古風な軫宿郵便局を通り過ぎた。
赤い首輪をした猫が、草陰から僕に向かって鳴き声を上げる。
天へと続くような石畳の坂道を、一心不乱に駆け上がった。全てを取っ払うように、自宅の前で力尽きた。
感覚のない足取りで部屋へ入り、ベッドへ倒れ込む。
どうしても、月城の死を受け入れられなかった。どこか現実味がなくて、小説や映画で起きた話のような他人ごとに思えて。
額の汗を拭って、しばらく眠るように瞳を閉じた。
重りを背負った体を起こして、勉強机の一段目の引き出しから、桜色の手紙を取り出す。
初めての手紙が、彼女の形見になるなんて、誰も思わないよ。
指でなぞる文字。ついこの前のことが、遠い昔のようだ。
のりで貼られている地図が、剥がれかけて浮いている。その下に何か文字が見えて、ゆっくり紙をめくった。
指の速度とは反対に、鼓動は一気に加速していく。
「……す、き?」
一粒の雫がぽたりと落ちる。反対の瞳からも、また一粒と大きな雫へと変わって、僕は声を殺して泣いた。
友達に裏切られた時も、叔父の葬儀でも泣かなかった僕が、初めて涙を堪こらえきれなかった。
僕らは、あの時、間違いなく同じ気持ちにいたのだ。
僕の心は春を迎えきれないまま、二年生へ進級した。丸いアイスのようにくり抜かれた心は、見えない何かを探しながら、暗闇の中を途方に彷徨い続けた。
白い景色に、月城だけを置き去りにしている気がして。僕だけ、次の季節へ向かうことが出来なかった。
しばらくして、僕は死神と呼ばれるようになる。
同じ小学校だった人が、以前の出来事と彼女の死を結び付けて、輪を掛けて大きくなった話はあっという間に広まっていった。
自分自身、死神という名に納得してしまったから、残りの中学生活は誰とも関わらないようにしよう。そう心の扉を閉めた。