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星空シンドローム  作者: 月都七綺
【第一章】中学一年、過去の記憶
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死神になった日⑵

 脳裏のうりに浮かぶのは、資料室で隠れて一緒に弁当を食べた日のこと。弾むような透き通る声が、ゆっくり再生される。


「星ってね、人と似てるところがあるんだよ」

「似てる?」

「星にもね、人間と一緒で寿命があるの。質量の小さい星ほど長生きで、大きいほど短い命なんだよ」


 へえと感心しながら、僕は箸を運ぶ手を止める。

 いつもの大人びた印象とは違って、無邪気むじゃきな目をしている。

 僕らと変わらない。月城も、同じ中学生なんだ。


「ほとんどの星は爆発でその生涯を終えるんだけど、また新しい星になって生まれ変わるの」

「生まれ変わるかぁ」

「羽月くんは、人間も星みたいに生と死を繰り返すと思う?」


「人間は、死んだら終わりなんじゃないかな」


「……そっか、そうだよね。死んだらおしまいだよね」

「月城さんは、生まれ変わりってあると思う?」

「……どうだろう。あればロマンチックだなとは思うけど。やっぱり、そんなものないかもね」

「証明出来るものがないから、なんとも言えないけど」


「羽月くんがそう言うなら、ないんだよ」

「でも、星って面白いんだね 」

「そうなの! 色にも意味があってね……」


 あの時、一瞬だけ見せた寂しげな瞳は、単なる意見が違ったことによるものだと深く追求しなかった。

 今思うと、自分に突きつけられた言葉として、受け取っていたのかもしれない。

 日常会話の一部でしかなかったあの場面を、選択した言葉を、何度も思い出しては切り取り後悔して。


 どんな気持ちで話していたのかと考えたら、生きた心地がしなかった。


 サドルから浮いた状態で、呼吸を荒げながら強くペダルを踏み込む。ヒューヒューとうなり声をあげて、左右に揺れる自転車。

 坂を上がり水車の回る水音を左耳から聞き流す。山から香る春の匂いに押しつぶされそうになりながら、古風な軫宿しんしゅく郵便局を通り過ぎた。

 赤い首輪をした猫が、草陰くさかげから僕に向かって鳴き声を上げる。


 天へと続くような石畳の坂道を、一心不乱に駆け上がった。全てを取っ払うように、自宅の前で力尽きた。

 感覚のない足取りで部屋へ入り、ベッドへ倒れ込む。

 どうしても、月城の死を受け入れられなかった。どこか現実味がなくて、小説や映画で起きた話のような他人ごとに思えて。


 ひたいの汗をぬぐって、しばらく眠るように瞳を閉じた。

 重りを背負った体を起こして、勉強机の一段目の引き出しから、桜色の手紙を取り出す。

 初めての手紙が、彼女の形見かたみになるなんて、誰も思わないよ。


 指でなぞる文字。ついこの前のことが、遠い昔のようだ。

 のりで貼られている地図が、がれかけて浮いている。その下に何か文字が見えて、ゆっくり紙をめくった。

 指の速度とは反対に、鼓動は一気に加速していく。


「……す、き?」


 一粒の雫がぽたりと落ちる。反対の瞳からも、また一粒と大きな雫へと変わって、僕は声を殺して泣いた。

 友達に裏切られた時も、叔父の葬儀でも泣かなかった僕が、初めて涙を堪こらえきれなかった。

 僕らは、あの時、間違いなく同じ気持ちにいたのだ。



 僕の心は春を迎えきれないまま、二年生へ進級した。丸いアイスのようにくり抜かれた心は、見えない何かを探しながら、暗闇の中を途方に彷徨さまよい続けた。

 白い景色に、月城だけを置き去りにしている気がして。僕だけ、次の季節へ向かうことが出来なかった。


 しばらくして、僕は死神と呼ばれるようになる。

 同じ小学校だった人が、以前の出来事と彼女の死を結び付けて、輪を掛けて大きくなった話はあっという間に広まっていった。


 自分自身、死神という名に納得してしまったから、残りの中学生活は誰とも関わらないようにしよう。そう心の扉を閉めた。

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