死神になった日⑴
「月城さんですが、冬休みの間に東京の中学校へ転校されました。家庭の事情です。突然のことで寂しいですけど……」
担任の柔らかな声が、だんだんと遠退いていく。
冬休み明けの教室。月城の姿が見えなくて、何周も視線を巡らせた。一瞬過ぎった最悪な予想が、的中したのだ。
芸能活動を本格的に始めるのだと、クラスメイトは騒ぎ立てた。
何も言わずにいなくなった彼女に対して、悲しみを露わにして泣き出す人。腹を立てて文句を言う人や、放心とする人もいる。僕の場合は、後者だ。
膝の上で握った拳を震わせて、歯を食いしばる。
言おうと思っていたんだ。休みが明けたら、今度会った時は、この前の続きを話そう。
「今度は隣で、一緒に流星を見たい」「君が好きだ」と、伝えるつもりだった。
中学校生活は、これからも続く。月城との毎日も、当たり前に訪れると信じて疑わなかった。
こんな形で、終止符を打たれるなんて。そのあっけなさに、言葉も涙すら出てこない。
教えてくれなかった彼女に、憎らしささえ芽生えた。
同じ気持ちでいると舞い上がっていたのは、僕の独りよがりだったのか。悲しさよりも、虚しさが込み上げてくる。
やっぱり彼女は、出口の見えない光だった。
机があった最前列の窓側の席。月城がよく足を止めていた掲示板。一緒に弁当を食べた資料室や、話すきっかけとなった駐輪場。
月城がふらっと出て来そうで、忘れようとするほど無意識に目で追ってしまう。
忘れたくないと、まるで心が叫んでいるみたいだ。
彼女との中学生活は、あまりに短く特別な時間であったけど、朝起きて学校へ行き、顔を合わせて話をする。
僕にとっては、当たり前に来る毎日の一部になっていた。
だから、告白も今度会う時にと思っていたのに。
その明日が必ず訪れるわけではないのだと、気付かされた。
月城が僕らの前から去って、二ヶ月が過ぎた。白銀だった世界は、春風が吹く季節へと変わっていく。
転校前に彼女が座っていた場所が、今は僕の席。
気まぐれに移り変わる空の顔や、校庭に見える米粒みたいな生徒たち。角には園芸部が育てている花壇があって、かなり成長している。
月城が見ていた景色を眺めていると、なんとなく彼女のことが分かったような気になった。
本当は、知らないことだらけだったのに。
終業の日。月城の存在などすっかり忘れてしまったように、クラスメイトは喜びに満ちた顔を浮かべている。
長期連休が悪いわけでも、笑顔のみんなが悪だと言うつもりはない。
ただ、こうして日常に流されて、いつかは僕も月城のいない毎日が当たり前になっていくのかと思うと、少し怖くなった。
教室へ入ってきた担任が、普段より神妙な面持ちをしている。元々真面目な人だけど、それとは違う緊張感が漂っているように感じた。
「先生、転任するって噂ほんとかな」
「まだ分からんのでしょ? でも、そうやったら寂しいよね」
背中から女子たちの密やかな声がして、だからなのかと、心の中でつぶやく。あんな表情をしているのは、生徒と過ごす最後の時間だから。
でも、担任の口から出た第一声は、離任や春休みの宿題の件でもなかった。
「昨日の夜、月城サヤさんが亡くなったそうです」
静まり返る教室で、突然、吐き気に襲われる。その場で口を覆ぎながら背を丸めた。
全身から血の気が引いていく。冷たいものが血管を流れて行って、心臓に氷の刺が突き刺さったような傷みと苦しさ。息ができない。
珍しい病気を患っていた月城は、学校を休んで通院していたらしい。
担当医師が東京の病院へ転勤することになり、治療を受けるために東京へ転校したことを初めて知らされた。
本人と家族の意思で、僕たちには明かさなかったことを、担任は涙ながらに話した。