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星空シンドローム  作者: 月都七綺
【第一章】中学一年、過去の記憶
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約束の流星⑶

 当てられた客間のすみで、僕は数人の指遊びに付き合った。掛け声と共に数字を言って、上がっている親指の数を当てる勝ち逃げゲーム。何度負けても、もう一回と意気込む数人の気力が羨ましい。

 漫画を持って来たけど、ここで読む気にはなれなくて。スマホがあったなら、もう少し気が紛れたかもしれないとまた後悔した。


 通夜が始まる一時間前には、約八割の親族が集まった。ほとんど交流のなかった従兄弟いとこや親戚が顔を合わせると、まるで同窓会状態だ。

 見ないうちに大きくなった。今、仕事は何してるの。結婚はまだか。その異様な空気感に、僕は一歩下がって境界きょうかいを引く。


 話を聞きたがる人たち、明らかに話しづらそうな人。質問のやいばは母にも飛び火して、愛想笑いを浮かべている。

 早くこの場から消え去りたくなるほど、空気がどよんで感じた。


 逃げるように出た縁側えんがわの風は、雪のように冷たい。それが心地よくて、思い出したように電話を掛けた。

 どうか、次は出てくれと願いながら。


 たった三コールが、とても長く感じる。四コール目で、落ち着いた声色こわいろの女性が出た。すぐに月城の母親だと分かる優しい声をしている。

 スマホを反対の耳に持ち直して、汗ばむ手をズボンで拭う。

 月城は外出していたため、母親に今日の約束に行けなくなったむねを話した。

 残念だけど、心のどこかではホッとしている。


「……そうですか。それは、ご愁傷様しゅうしょうさまでした。サヤ、もうすぐ帰って来ると思うから伝えておきます。わざわざありがとう」

「あっ、あの……」


 緊張の糸がほどけた僕は、板張りの通路へ寝転ぶように体を倒した。

 あれほどシミュレーションをしていたのに、その通りになどいかないものだ。

 なぜあんな事を口走ってしまったのかと、自問自答するけど、時すでに遅し。自ら難題をち込むなんて、僕の気はたしかか?

 気の抜けた炭酸水のようにしていると、様子を見に来たであろう母が、目を細めて僕の顔を覗き込んだ。


「こんな所で何しとるの? しーちゃん達も来たよ」

「もう行く」


 ぬかるみに浸かったような体を起こして、借りていたスマホを母へ渡す。

 ナマケモノにでもなったのか。肉体も心も重すぎて、動ける気がしない。


「もしかして、今日何かあった?」

「別に、なんもないよ」

「ずっと時間気にしとったし、電話も友達に掛けたんやろ?」

「もういいから」

「何か約束でも……」


「──だったらなんだってうんだよ!」


 怒鳴どなるような声が、乾いた空に響く。

 縁側の向こうから歩いてくる叔母おば達が、あんぐりと口を開いて僕へ視線を向けた。

 ……やってしまった。

 気まずそうに眉を下げる母が、軽く頭を下げながら声を潜める。


「理人の話も聞かんと、朝は一方的に話してごめんね。突然やったから、母さんたちも慌てちゃって」


 穏やかな表情が、さらに僕をみじめにする。感情的になっても仕方がない事くらい分かっていた。

 和歌山ここへ来たくなかったわけじゃない。

 心待ちにしていた約束を守れなくて、このやるせ無い気持ちをどこへぶつけたらいいのか分からなかった。


 通夜が終わって、約束の二十時になる頃には、空はすっかり夜へと変わっていた。

 他の親戚が帰る中、遠方えんぽうの僕と従姉妹いとこしおりの家族は、叔父の家で泊まる予定だ。

 みんなは畳の部屋でくつろいでいるけど、僕は縁側が一番落ち着く。うるしを塗ったように続く空の川を眺めながら、顔を思い浮かべる。

 今日は星が多く見える。今頃、月城はどうしているだろうか。


「こんな所にいた」


 背後からのっそりと現れた母の手には、スマホが握られている。


「あまり長電話しないように」


 頭を軽く小突こつくと、母は穏やかな表情で奥の部屋へと消えて行った。

 にぶい痛みが残る頭をさすりながら、手の中に残されたスマホを見つめる。


 名前はない。けれど、表示されている通話中の文字がより緊張感を与える。

 一呼吸置いて、意を決したように。


「……もしもし」

「あっ、羽月くん?」


 一番聴きたかった声が、受話器の向こう側から鼓膜を震わせる。冷え切っていた心に光が灯った。


「今日は、ごめん。電話、ありがとう」

「ううん。羽月くんこそ大変だったね。ねえ、今空見てる?」

「見てるよ」


 あの時、月城の母親に、折り返し電話を掛け直して欲しいと頼んだ。どうしても、月城の声が聞きたかったから。


 空を見上げると、打ち上げ花火のような白く太い光の線が青緑の光となって二つに割れて消えた。

 それはほんの四、五秒の出来事。

 一瞬の輝きが、美しい尾を引いて夜空に吸い込まれるように消えていく。それはまるで、存在していた証を刻み込むように余韻よいんを残していた。


 何も言わず、暗い川を流れていく星屑ほしくずを眺める。

 言葉を交わさなくても、例え違う場所にいたとしても、彼女と同じ空を見ていると思うと胸が熱くなった。


「月城さんと一緒に見れてよかった」

「羽月くんって、結構ロマンチストなんだね」

「えっ、えっ⁉︎」

「もしかして照れてる?」


 クスクスと楽しそうに笑う声を耳元で感じながら、夜に隠れた頬がほんのりと赤らんでいく。


「一人より二人だと何倍も綺麗に見えるって本当なんだね。なんか感動しちゃった」


 鼻をすするような音が、電話越しに小さく聞こえた。向こうの夜は、和歌山よりとても冷える。


「大丈夫? 風邪、引かないようにね」

「平気だよ。毛布羽織もうふはおってるから。和歌山は寒い?」

聖川ひじりかわ市の方が、ずっと寒いよ」

「この辺は山に囲まれてるからね」

「……そうだね」

「次の流星は、一月……だね」


 僕と彼女は、きっと同じ気持ちにいる。そう勝手に思っていた。全て上手くいく気がしたんだ。

 淡く締め付ける空気が、想像通りの答えを運んできてくれる。根拠のない自信が、この時にはあった。


「あの、今度は、となりで見れたらなって。僕、月城さんのことが……」


 しぼるように出した言葉が最後まで続くことなく、プツンと音を立てて闇に消えた。

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 ああ、そうか。運悪く電波不良で電源が落ちたのだ。


「タイミング……最悪やな」


 今思えば、それは僕が抱く彼女への淡い想いが砕け散る音でもあったんだ。


 翌日、叔父の葬儀は晴空せいくうの下で密やかに行われた。すすり泣く声が聞こえて来て、故人を忍ぶために流された映像や別れの際は目頭を熱くさせるものがある。

 親族は夕食に出される御膳ごぜんを食べて帰るけど、僕としおりの家族は遠方のため助六をもらって帰宅することになった。


 母たちが帰る支度したくをする間、また僕は縁側で頭を冷やす。何も考えないで、過ぎ去った昨日の空を見ていた。


「よっ、りっくん。また黄昏たそがれてるね」


 僕のことを幼子おさなごのようにそう呼ぶのは、三歳上の栞しかいない。

 三年前に会った時、今の僕と同じ中学一年だった彼女は、ブレザーを着こなす高校生になっていた。まだ僕らと同じだと思っていたけど、すっかり大人の顔に見える。


「その呼び方やめて」

「何よ、可愛いじゃない。りっくんのくせに色気付いちゃって」

「恥ずかしいから」

「まあそういうお年頃か。ねっねっ、昨日の電話、もしかして彼女?」


 聞かれていたとは思わなかった。

 栞は身を乗り出して、僕の顔を覗き込む。違うと素っ気ない態度で彼女をあしらった。そうやって詮索せんさくされるのは嫌なんだ。


「素直じゃないなぁ。久しぶりなのに。そんなに私のことキライ?」

「別に好きも嫌いもない」


 栞は何も悪くない。全部、ムシャクシャする性格がいけないだけ。


「だけどさ。人間って、はかないもんだよね。今日伯父(おじ)さん見てて思ったの。ちゃんと、彼氏と仲直りしなくちゃって」

「……いきなり、何それ」

「今回は私が悪いの。失ってからでは遅いでしょ」


 意味が分からない。話が飛躍し過ぎている。


「会えるうちに、大切なことは伝えておかないとね」


 栞の言葉は漠然ばくぜんとし過ぎていて、僕の胸にはあまり響かなかった。

 これからも中学生活は続くわけで、いくらでも挽回ばんかいの余地はあると思っていたから。


 自宅へ戻ってからの冬休み。電話の受話器を取っては戻すを、何度も繰り返している。あの時の勢いは、緊張と臆病とやらに押しつぶられてしまったらしい。

 明日にしよう。次こそは必ずが重なって、何も出来ないまま、長期連休は幕を閉じた。

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