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星空シンドローム  作者: 月都七綺
【第一章】中学一年、過去の記憶
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約束の流星⑵

 終業式の当日、クラスが開放感の歓喜であふれる中、僕の視点は窓の外に立つ老樹へ定まっていた。

 月城が欠席するたび、彼女が遠くへ行ってしまう気がして不安になる。言葉を交わしたことのなかった以前より、喪失感に襲われるのはなぜだろう。

 それなのに心は矛盾だらけで、僕たちには星という約束があると、どこかに余裕を持っていた。


 石畳の上り坂、左手にある水車小屋の前を通り過ぎ、木々に囲まれた民家を横目に坂を上り続ける。その一番奥にある古風な家が、我が家だ。

 靴を無造作に脱ぎ捨て、地鳴りのような音で駆け上がった階段の先で、一目散にベッドへ飛び込む。


 仰向けになった手には、淡い桜色をした一枚の便箋。帰り際、ロッカーの資料集から、これがチラリと見えていることに気が付いた。

 乱れた呼吸を整えながら、四つ折りの紙を開く。流星群を見る詳細を記す手紙だった。

 日時と集合場所、貼られている地図には星印が付けられていて、横に可愛らしい字でヒミツの場所と書かれている。


 今まで何度もスマホの購入をせがんで来たけど、無くて良かったかもしれないと初めて思えた。二人しか知らない手紙を貰えたのだから。


 冬休みに入ってからの夜は、標高が高いためさらに冷え込みが激しくなった。

 家族がリビングのコタツでぬくまる中、僕は自室でひとりパソコンの電源を入れる。なんとなく、星について調べていた。

 もっと一緒にいたい。約束の明日に早くならないかと落ち着かなくて、遠足の前日のように寝付けなかった。


 翌朝、その淡い感情は母の一声で崩れ落ちる。



「えっ……?」


 勢い良く上げられたブラインドから、眩しい日差しが僕の顔を悪戯いたずらに照らす。

 まるで、間抜けづらあざ笑うかのような冬と似つかわしくない強い光だ。

 きつねのように目を細めて、母が放った言葉を頭の中で復唱ふくしょうしてみる。


 ──和歌山へ、行く。


「……今日?」

「そう! 支度出来たらすぐ出るで、早く泊まる準備しやよ」

「ちょ、ちょっと待って。それ、僕たちも行くの? 和歌山に?」


 額には季節外れの汗が浮き出て、背筋せすじに冷たい何かが走る。


「昨日の夜、和歌山の叔父おじさん亡くなったんやよ⁉︎ 寝ぼけとらんと、早く起きや」


 心底慌てた様子で背伸びをしながら、母がクローゼットの上にあるボストンバックに手を伸ばしている。


 叔父……和歌山……死。どれを並べても、現実味はない。

 正直、叔父の事はあまり覚えていない。だから、悲しみよりも先に、僕も行かなければならないのかと言う言葉が出て来たのだろう。

 届きそうにない後ろ姿に、ため息がこぼれる。


「取るから、どいて」


 力なく立ち上がる僕を見て、母が眉をひそめた。


「ほとんど会わなくなっちゃったけど、理人りひとが小さい頃はよく世話になったんやよ。五歳くらいの時は、ふたりでバスに乗って出掛けて、本買ってもらって帰って来たり。あの頃は、まだ叔父さんこっちにおったから」


 なんとなく覚えてはいる。成長して人から聞いた話が、記憶として残っていたのかは分からない。

 叔父が亡くなった哀しみがないわけではないのだ。それ以上の悲しさと悔しさ、苛立いらだちが混ざり合って、ただ今は頷くことしか出来なかった。


 百キロの重りをつけたような足取りで階段を降りる。

 リビングの時計に目を向けると、針はちょうど午前九時を指していた。約十一時間後に月城と会えるはずだったと考えると、胸の奥が締め付けられる。

 冷蔵庫に貼ってある連絡網の紙を、手持ちの鞄へ忍ばせた。やっぱり、絶対にスマホを買ってもらう。


 聖川ひじりかわ駅から名古屋へ向かい、東海道・山陽さんよう新幹線に乗って和歌山を目指す。

 新幹線の窓から見える白昼はくちゅうの空に、薄っすらと月が浮かんでいる。

 この冬一番の快晴かいせいと言っても過言かごんでないくらい、澄み渡った空だ。

 なんて皮肉なんだと眺めていると、周りから香ばしい匂いが漂ってきた。


「あら、このひつまぶし美味しい」

「駅弁なんて何年振りやろうな」

「ちょっと、数人ってば落としとる。この味噌シミにならんかな。あんたも早く食べやよ」

「……うん」


 隣に座る弟の数人かずと、向かい席の父と母が僕の心境しんきょうなど知るよしもなく、悠長ゆうちょうに駅弁を広げて昼食をり始める。

 雨の一粒でも降ってくれないかと、しばらく窓の外へ目を向けていたけど、願いも虚しく美しい空が続くばかり。


 叔父の家に到着する頃には、すでに十五時になろうとしていた。

 不謹慎だと思いながらも、叔父の家に入る前に母のスマホを借りて、月城の自宅へ電話を掛ける。こんな寒い時期だと言うのにスマホを持つ手は汗ばんで、心なしか指が震えていた。


 行けなくなったことを謝らなければ。なんと伝えたらいいか。

 新幹線から見る景色に、何度も文字を並べてシミュレーションした言葉を頭の中で繰り返しとなえる。

 だけど、呼び出し音がむなしく鳴り続くばかりで誰も出なかった。


 きっと、どこかへ出掛けているのだろう。そう思う反面、なんの根拠こんきょもない胸騒ぎが襲う。

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