表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星空シンドローム  作者: 月都七綺
【最終章】二年後の空へ
33/33

星影の夢

 二年後の秋初。大学二年生になった僕は、東京の街に揉まれていた。人の波に呑まれ、時間に追われ、鼻も味覚も都会の色に染まりつつある。

 見渡す限り高層ビルで、秋の夜空は範囲が狭く感じた。それでも、アパートの窓から見える小さな光は、あの頃眺めていた星空と似ている気がする。


「いらっしゃいませ」


 コンビニのレジに立つことを始めて、半年が過ぎた。親しんで話しかけてくれる年配女性もいるけれど、中年男性の常連客は、アルバイトにも関係なく当たりが強い。


「あ、あの……番号で言ってもらえると」

「だーかーら、いつものだって言ってるだろよ。マイセン! いい加減に覚えろよな。早くしろ」


 隣のレジに立つ女の子が戸惑うような声を上げて、背中側の棚にかじりついて探している。

 またあの客か……もう来なくていいよ。内心思いながら煙草の箱を取って、彼女へ手渡した。


「あ、ありがと……」

「いえ」


 軽く会釈をして、自分のレジへ向かう。

 ああして煙草の銘柄を略して言う人もたまにいる。昔の呼び方のままだったり、店員は全て知っていて当然と思っている人が多い。

 たしかに仕事だから知識は持っているべきなのだろうけど、チケットの詳細や商品の説明を求められても、正直それは管轄外かんかつがいだ。

 勤務時間を終えて外へ出ると、空は薄暗い幕を張っていた。


「あの……、お疲れさまです」

「お疲れさま」


 一緒にシフトを交代した彼女が隣に並ぶ。昼間のことを気にしているのか、何か言いたそうな顔をしている。


「まだ入って一ヵ月だし、これから覚えたらいいと思うよ。僕もあんな感じだったから」


 じゃあ、と帰るつもりが袖を掴まれて引き止められた。


「よかったら……その、今度ご飯行きませんか?」


 あまりにも弱々しく震える声に、息が苦しくなる。開きかけた唇は一度閉じて、小さな笑みをこぼした。


「……いいよ。どこ行く?」


 何度か食事へ行って、二ヵ月あまりが過ぎた頃、彼女から告白された。ずっと好きだったと言われて、悪い気はしなかった。むしろ嬉しかったのだと思う。

 いつもと変わらない都会の風景が、ほんのり温かく感じたから。


「……ありがとう。でも、ごめん」


 断った時、彼女は笑っていた。本心を隠すようにして向けられた瞳は少しだけ潤んでいて、胸がチクリと傷んだ。

 付き合ってみたら、彼女を好きになれるかもしれない。考えていた言葉を口にすることはなかった。


 星空の下で、自分を偽ることが出来なかった。



 黒のズボンに白いシャツ。小さめのボストンバックを肩から下げて、薄暗い都心の新幹線ホームに立つ。混み合う人に流されながら、窓側の指定席へ腰を下ろした。

 しばらくの間、ワイヤレスのイヤホンで音楽を聴きながら窓の外へ目を向けて、都会の景色を掻き消すように、高速鉄道は迅速に走り抜けていく。


 星が綺麗に見える夜は、どこにいても彼女を思い出す。今でもあの出来事は、夢だったんじゃないかと思う時がある。

 二年前のニュース記事をスクロールしていく。

 洸哉の退院からしばらくして、小夜の出来事はネットニュースにも取り上げられた。交通事故で二年間昏睡状態にあった女性が、奇跡的に目を覚ました。まだ歩けないけど、どうしてか手は動かせる状態にあったと。


 ──小夜が僕の前から消えた日と、目覚めた日が同じだった。



 スマホに残された画像を見返してみる。どこにも小夜の姿はないけど、確かにそこに存在している。一緒に過ごした時間は、決して幻想などではないと言い切れた。


 コツコツと歩くハイヒールの音、サラリーマンのスーツと革靴特有の匂いは東京(むこう)と似ているけどどこか違う。

 雨がぱらつき始めて、不意にふわりと漂う清楚な香り。惹きつけられるように振り返ると、胸を締め付ける横顔が目に入る。



「──小夜さん!」


 思わず掴んだ手を、慌てて離した。


「えっ……なんですか?」

「すみません、人違いでした」


 はっきりした目や穏やかな唇が似ている気がした。知らない影と重ねては、あるはずのない気配を探してしまう。

 適度に人が集まる楠駅の改札口を出て、懐かしさが蘇るバスへ乗り込んだ。辺りはすっかり夜の静けさを迎えていて、白い帽子を被った水車小屋を通り過ぎ、灯火の記憶を呼び起こす石畳の坂を上る。


「ただいま」


 久しぶりに帰って来るからと、僕の好物である唐揚げとオムライスが用意されていた。

 母の小さな肩を抱くことなど、昔なら絶対にしなかった。また再会出来た感謝を噛み締め、父と数人にも同じ事をする。

 数人は鬱陶しがっていたが、僕にとってはかけがえのない日常の一部なのだ。


 食事を終えて、懐かしい秘密の場所を訪れる。相変わらず人影も生活音もない無になれる世界。ここの星が一番好きだ。

 冷たく爽やかな空気を吸い込むと、心地良い自然の香りが体中を巡っていく。

 突風が吹きつけ、草や砂が躍るように宙へ舞う。目にゴロゴロとした違和感を感じて、瞼を擦った。

 閉じた瞼の先から、風に乗ったか細い声が聞こえてくる。


「すごい風ですね。 あの、大丈夫ですか……? 」


 落ち着いた声色に、心臓がトクンと波打つ。そっと目を開けると、サラサラと髪をなびかせる彼女がいた。また、幻覚でも見ているのだろうか。


「この場所、とても星が綺麗ですね」


 宝石のようにきらめく瞳は、僕を吸い込むように見据えている。

 ハア──と白い息を吹きかける両手には、黒い手袋が付けられていて、記憶の中の小夜とシンクロした。


「……よく、流れ星が見れますよ」


 夢の中でもいいから、もう少しこうしていたくて、僕は小さく息を吐く。


「初めて来るのに、なんだか懐かしい感じがします。記憶だけが、もっと前から知ってるみたいな」

「……記憶?」

「私、二年間昏睡状態で生死を彷徨っていたんです。その時に見てたある幽霊と、顔の見えない死神さんの物語」


 小さな星が夜空を流れて、キラキラと輝きながら夜の海を泳いでいく。

 何かを考えるように、彼女は静かに瞳を閉じた。


「暗闇は希望を生み出す魔法の時間だから、星に願うと叶うんですよ」


 穏やかな口調は、僕の知る彼女だった。

 一筋の滴が乾いた頬を伝っていく。


 それは、この空に輝く星屑のような運命的で必然の出会い。



                  fin.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ