表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星空シンドローム  作者: 月都七綺
【第二章】高校三年、幻実
30/33

氷雪の蛍火⑷

 住宅街に入って少し行くと、ずらりと並ぶ一番奥に、白い戸建ての家が見えてくる。この辺りでは目立つ洋風な造りが印象的だった。間違いない。

 表札が月城であることを確認して、インターホンのチャイムを鳴らした。東京へ引っ越したと聞いていたけど、その後のことは知らない。名前がそのままなら、期待はできる。


「……はい」


 少しして、機械越しから力ない控えめな声がした。物腰の低い女性は、月城の母親だった。

 僕が中学の同級生だと告げると、初めはひどく驚いた様子だったが、家の中へあげてくれた。

 月城が亡くなってすぐ、東京からこっちへ戻ってきたらしい。向こうは、つらい思い出ばかりで、家族と長く暮らした地元へ帰る選択しかなかったと。

 リビングのテーブルに、温かいお茶が出された。

 連絡もなしに突然尋ねて、迷惑だったかもしれない。今さらになって、申し訳ない気持ちになるけど、後悔はしていない。


「羽月くん、だったかな」

「はい」

「もしかして、一度、サヤに電話をくれた……?」

「はい、僕です」

「そう、やっぱり。あの子だったの。今日は来てくれてありがとう。サヤも、きっと喜んでる」


 リビング横の和室に、小さな仏陀が見える。その手前に、あの頃と変わらない姿で笑う月城の写真があった。

 同じ年だったはずが、僕だけ高校三年生になり、大人へと近づいていく。


「あの子、頑固だったでしょう? ほとんど友達もいなくて、いつも一人だったの。羽月くんだけよ。こうして、手を合わせに家まで来てくれたの」


 月城の母親は、引き出しから一枚の封筒を持ち出し、テーブルの上へ置いた。その手元を見て、隣に立っている小夜が「あっ」と小さな声を漏らす。


「東京では、担当の看護師さんによくしてもらっていたみたい。詳しくは教えてくれなかったけど、友達みたいに話せるって」


 促されるまま、僕はおもむろに封筒の中身を取り出した。

 そこには、東京で治療を受けるなか、日々の想いを綴った僕宛の手紙が入っていた。

 何も言わずに転校したこと。病気を隠していたこと。僕へ気持ちを伝えられなかったことが、心残りだと記されていた。

 叶うならば、もう一度会いたい。ちゃんとお別れをしたい。それから、私の心のパートナーとも会ってほしかった。


 胸の奥が熱くなって、昔の思い出がよみがえる。いいことばかりではなかったけど、月城がいたから毎日を乗り越えられていた。


「読ませて下さって、ありがとうございます。僕も、ずっと心残りだったんです。気づいてあげられなかったこと。サヤさんに、さよならが出来なかったこと」


 そっと手紙が差し出されて、僕に持っていてほしいとお願いされた。その方が、サヤも喜ぶだろうと。

 膝の上に手を置いたまま、僕は慎重に口を開く。


「これは、サヤさんの物です。僕が盗み見たと知られたら、怒られそうなのでお返しします。また、会いに来ます」


 頭を下げると、啜り泣く声が聞こえてきた。彼女の形見を、僕が取り上げるわけにはいかない。


「サヤのこと、忘れないでいてくれてありがとう。友達になってくれて、ありがとう」



 小夜とお線香を上げて、月城の家を出た。自転車の後ろで、小夜がぐずぐずと泣いている。止むそぶりはなく、かれこれ何十分とこの調子だ。


「いつまで泣いてるんですか」

「なに……よ、理人ってば、涙も出ない、なんて。冷徹すぎる、よ。あんなの、泣くに、決まってるじゃん」


 まるで幼稚園児のように、周りを気にせずわんわんと叫んでいる。周囲に迷惑をかけていなくても、僕の耳にはつんざくような音が聞こえているのだ。勘弁してほしい。

 取り乱して、どうにかなってしまうかもしれない。今の小夜のように、我を忘れて泣いてしまうかもしれない。そう思っていたけど、不思議と大丈夫だった。


「バイバイ、羽月くん」と、彼女の写真が笑っている気がして、ずっと言えなかったお別れができたからだろう。


 石畳の坂を上り始め、家の近くまできたころ。ようやく落ち着きを取り戻した小夜が、しみじみと語り出す。


「懐かしくなっちゃった。サヤちゃん頑張ってたから……、よかったなって思う。うん、【はづきくん】に、伝わってよかった」


 闘病時代を思い出しているのだろうか。小夜は時折り言葉に詰まりながら、一文字ずつを噛み締めるように話した。

 頭上には茜色が広がっていて、遥か向こう側から藍色のグラデーションが降りてきている。空だけに見えるように、僕は唇の端を緩やかに上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ