約束の流星⑴
翌日、その次も月城は欠席だった。二学期に入ってから度々来ていないことがあったため、周りはさほど気にしていない。
それどころか、芸能人気取りだと、皮肉を込めた言い方をする女子もいる。
普段から関わりのなかった僕にとって、いつも通りの日常が過ぎただけ。
ただ、彼女を自転車の後ろに乗せたあの日以前とは、同じでいられない。
肩に触れる指先。約束と言って空を指差す姿を、脳裏にかすめては消してを繰り返している。
終業式を明日に控えた二十日、月城は二日ぶりに姿を見せた。
いくらか目が合うことはあっても、言葉を交わすことはなく、面白みのない時間が過ぎて行く。
授業から解放される昼休み。通学鞄から弁当を出そうと体を屈めたとき、誰かに右肩を叩かれた。
顔を上げると同じくらいに、細長い指が頬を軽く突く。
口をポカンと開ける僕の目に、クスクスと笑う月城の顔が映る。二秒ほど、思考が停止した。
「ちょっといい?」
「えっ、いいけど……」
クラスメイトがひそひそと視線を向ける中、僕らは教室を出た。
触れられた頬の余韻に気が散っていたのと、状況を理解出来ない自分で頭が追いついていない。
だから、弁当時間に教室から移動していいのかと疑問が浮かんだのは、廊下をしばらく歩いてからだった。
普段使われていない資料室に、月城が持っていた鍵でこっそりと入った。
「……勝手に、怒られないかな」
少し不安げな表情を浮かべつつ、辺りに目を向ける。
小さな机と丸椅子が四つ。図鑑や資料のような分厚い本が本棚にずらりと並び、傍には天体望遠鏡らしき機材が置かれている。明らかに、星関連の物が多い。
「もしかして、ここ……」
「噂の幽霊部室だよ」
「そ、そう。天文部、ここ使ってたんや」
「隠さなくていいよ。どんな活動してるか不明な幽霊部って言われてるのは、天文部のみんな知ってることだから」
平然として笑みを浮かべる彼女に、気の利いた言葉ひとつ浮かばない。
こじんまりとした空間で、向かい合わせに弁当箱を広げる。その物音だけが聞こえる資料室は、まるで世界に二人しか居ないようだ。
緊張で渇いた喉に米が突っかかって、上手く飲み込めない。
「二十三日、こぐま座流星群が見えるの。ふたご座には劣るけど、すごく綺麗なんだよ。星のこと、少しでも知ってると楽しめると思って」
「……ああ、うん。そうかもね」
「星ってね、人と似てるところがあるんだよ」
星の話をする時は、月城の声が弾んで聞こえる。心の底から好きで、天文部に入ったことが伝わってくる。
全く興味のなかった星の話を苦痛に感じる事はなくて、それどころか不思議と体が前のめりになっていた。
「羽月くんが天文部だったら、もっと楽しくなるのにな」
「……そうゆうこと、あんま言わん方がいいよ」
「どうして?」
「勘違いする奴も……いると思う」
空っぽになった弁当箱の蓋を被せながら、視線を外す声が小さくなる。
嬉しさの後にやってくるのは、いつも行き場のない虚しさだ。出口の見えない洞窟の中で、どこから差し込んでいるか分からない光を見せないで欲しい。
淡い希望だけが膨らんで、期待し損になりかねないから。
「羽月くんなら、勘違いしてもいいよ」
月城は優しいから、他の人にも言っているのだろう。その反発は、すぐに打ち消された。
ほんのりと頬を紅潮させながら、前髪を気にして触っている。
白い肌がより強調されて、色っぽさが滲み出る横顔から分かった。緊張していたのは、僕だけではなかったこと。
昼休みの終わりを告げる音楽が流れ始め、僕らは初対面かのようによそよそしく立ち上がる。
優雅に奏でられる音色と、椅子を押す甲高い雑音だけが響く。
「また星の話聞かせてよ。流星群、楽しみにしてる」
少し間をあけて、ようやく開けた唇。照れと恥じらいを交えた精一杯の声。はにかみながら頷く彼女は、差し込む太陽より眩しかった。