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星空シンドローム  作者: 月都七綺
【第二章】高校三年、幻実
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氷雪の蛍火⑶

 知らないうちに、魂だけが別の場所で生きている。そんなオカルト小説みたいなことが、現実で起こり得るのか。

 病室で目の当たりにした小夜の姿が、何日も頭から離れない。

 僕のとなりで菓子を食べ、僕の部屋で眠る彼女は、幽霊ではなく生きる魂だというのだから笑えない。いくら心残りを消していっても、成仏しないわけだ。


 誰もいないリビングのソファーで、小夜はクッションを抱きながらテレビを見ている。この生活にも慣れたようで、最近は僕とドラマの考察をしたりと、日常を謳歌(おうか)している。


「理人も座って見ようよ。このアニメ、すっごく面白いの。主人公がカッコよくて。もっと早く出会いたかったなぁ」


 ちょうど二年前に流行ったアニメだ。テレビやネットで連日取り上げられて、社会現象にもなった。子どもからお年寄りまで、知らない人はいないほど有名だ。

 会話が噛み合わないことがあったのは、二年の時差があったからなのか。


「……僕は、もう見ました」

「そうなの? じゃあ、この先誰が死んじゃうとか、ネタバレしないでね」

「言わないよ」


 瞳をキラキラとさせる小夜に、事実を伝えることはしなかった。

 あの夜から、開きかけた唇を何度結んだだろう。


『君は死んでいなくて、家族の見守る病室で眠り続けている』


 そう告げたなら、小夜は自分の体へ戻り意識を取り戻すかもしれない。

 それが出来ないでいるのは、僕に迷いがあるから。二年前の小夜が目覚めた時、僕の存在は彼女の中から消えてしまう可能性が高い。

 フッとテレビの映像が暗くなり、小夜がこちらを向いた。


「もうひとつ、思い出した。心残り」


 気分が高揚している様子で、すぐにでも話したいと顔に書かれている。バタバタと駆け寄り、黒い手袋で僕の腕を掴むと。


「お墓参りしたい」


 まっすぐに目を見て、言い放った。



 二輪のタイヤを走らせ、長い坂道を下る。久しぶりに乗ったとは思えないほど、自転車は軽く感じた。

 背中に感じる冷たい空気は、小夜の温度だろう。息は白くなるのに、頬は赤みを帯びていく。


 中学一年の時、一度だけ月城を送ったことがあった。あの頃はまだ、それほど二人乗りに厳しくなかったはずだけど、今は厳禁だ。小夜は幽霊みたいな体だから、セーフとしておこう。


 古い記憶を手繰り寄せて、横断歩道を急ぐ。ケーキ屋を過ぎ、小学校の前を通り抜けた。小さな本屋があったはずだが、見当たらない。さっきのイングリッシュスクールがその辺りだろうか。

 息を切らしながら、足に力が入る。

 あの頃は、少なくともバスケ部や自転車通学で体力を保てていたけど、今は完全に運動不足だ。月城を乗せて、よくここまで走ったと感心する。


「……人は、ど……して、わかる……?」


 途切れ途切れの声が、追い風に拐われていく。


「すみません、なんですか?」

「理人は、どうして、家がわかるの? 月城……サヤちゃんの」


 近づけられた体に、少しばかり肩が強張った。なんと答えるのが正解なのか、探しても見つかる気がしない。

 好きだったと、小夜に告白するのは違う。かと言って、友達と口にしてもいいものなのか。その資格が僕にあったのか、今でもよく分からない。


「……中学の、クラスメイト、だったんです」


 無難な返答に、小夜は詰めていた体を離して口を閉じた。いくらか間をあけてから、ポツリと落とす。


「……そう。はづきくん、か」


 墓参りをしたいと小夜が言い出したとき、最初に浮かんだ言葉は「誰の」だった。

 冷静に考えたら、心のパートナーと言うほど月城と親しかったのだから、彼女しかいないだろうに。その時の僕は、少しおかしかったのだ。

 なにを思ったのか、墓参りへ行く約束を交わした。さすがに、実家の電話番号は覚えていなかったけど、家の場所ならなんとなくわかる。


 罪滅ぼしをしているのだ。本来の場所へ帰れるはずの小夜に対して、口を固く閉ざしている背徳感に負けて。


 今、僕の出来ることで償うと決めた。

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