星空の記憶⑷
翌週の月曜日。相変わらずな湿っぽい朝を迎え、小夜と母に見送られて家を出た。
バスに揺られながら、素っ気ないスマホ画面を見つめる。昨晩届いた三好からのココアトークには、〝明日の放課後、洸哉のお見舞い行けるかな。話したいことがあるって〟と要件の文字だけが連なっていた。その業務的な言葉に、僕も〝わかった〟とだけ返した。
どんな絵文字を使えば正解か分からなかったのか、もしくは僕と関わりたくないのか。
あれから教室の空気も異様だ。嫌がらせをされるでもなく、無視されるでもない。
ただ、関与したくないとそれぞれが距離を置いている。
三好はと言うと、チラチラと僕を見ては目を逸らしてを繰り返している。それが何の視線なのかは、分からない。
放課後に教室を出る時、すでに三好の姿はなかった。校門の前で待ち伏せている彼女を見た瞬間、だろうなと納得した。
バスは前後で座わり、沈黙したまま隣町にある英総合病院へ向かう。隔離病棟も備えられているため、難病を患っている人や感染症など状況に応じて転院してくる人も多いと聞く。
昔の記憶にある病院特有の消毒液の匂いはそれほど気にならないが、気が滅入るようなどんよりとした空気は変わらない。息を吸うたびに肺が重くなる。
エレベーターへ乗り、洸哉の病室がある五階へ向かった。すれ違う看護師が小夜の姿と重なって、彼女と月城が病室や屋上で話す光景が脳裏に蘇る。
思い返してみても、夢のワンシーンを鮮明に見ているようだ。
静かな四人部屋で頭部に包帯を巻き、手足を固定した状態で横たわる洸哉の姿があった。
切れていたのか、唇には血の固まった跡が残っている。事故の壮絶さを語っていて、あまりの衝撃に言葉が出なかった。
「……よお、理人。久しぶり」
「ああ、大丈夫……じゃないよな」
ハハッと微かに笑い声を漏らす洸哉に、返す言葉に詰まる。死神の話を知られてから、初めて顔を合わせた。お互いのギスギスとした雰囲気が、病室を覆う。
「正直、腹立ってるけど。まあ、助かっただけ運が良かったと思ってる」
怪我のせいもあるだろうが、唇を歪ませて憤りを感じているように見える。
重症なんだ。無理もない。きっと洸哉の怒りの矛先は、人を不幸にする死神へ向いている。
「ごめん、もう僕と関わりたくな」
「なんでお前が謝るんだよ」
僕の言葉を掻き消すように、洸哉は半笑いでこっちを見た。汗を握る手のひらの力が、一層強まる。
「……なんでって」
「悪いのは飲酒運転でぶつかって来た車だろ! 理人は関係ねぇよ」
力強く放たれた言葉は、時間差で僕の胸に飛び込んでくる。確かに事故を起こした犯人が一番悪いに違いないけど。まだ揺れる心臓が落ち着かない。
「顔見に来てくれてありがとな」
穏やかな表情を向けられて、強張っていた体が少し軽くなった気がした。
僕は間違っていた。呪いのせいだと、責められると思っていた。正直、見舞いへ来るのも怖かった。
だけど、洸哉は心配してくれていた。
死神の話が出た矢先に事故が起こって、僕が気に病んでいるのではと考えたらしい。入院してからしばらく経った今が、会うには互いに良い次期だろうと。
──友達なんて作るんじゃなかった。
「……ごめん。僕は酷いことを思ってたんだ。……ごめん」
最低だ。僕は友達を信じることの出来ない醜い人間だ。
啜った鼻を手の甲で押さえると、斜めに頭を落とす。目頭に薄っすらと溜まった光りを隠すように。
「洸哉が事故したって聞いた時、すぐ羽月の顔が浮かんだ。あのタイミングだったから、もしかしてって。そんなわけないのに。なんか申し訳なくて。学校でも噂広まっちゃってるし、私どうしたらいいか分かんなかった。避けてごめん」
ずっと黙っていた三好が、小さく震える声を上げた。いつもの活発な彼女からは想像も出来ない弱々しさ。
好きな幼馴染が大怪我をしたのだから、精神的にも辛かっただろう。きっと、彼女なりに悩んで苦しんでいたに違いない。
「辛い思いをしてたのは、二人も同じだったのに。僕の方こそ、自分の事ばかりでごめん。二人の言葉で救われたよ」
友情がどういったものか、今まで考えたこともなかった。
学校生活を楽しく過ごせたら、それでいい。失うくらいなら、初めから深く関わらなければいい。そうして見えない境界を張ってきた。
でも、違ったんだ。失う悲しみを受け入れて、信じ合える人がいる幸せを知るために、僕らは出会いを繰り返しているんだ。
いつの間にか、病室の外は薄暗い世界に身を包み、羽毛のような雪が降り出していた。
──ここには、まだ僕の知らない星空が眠っている。




