星空の記憶⑴
三箇日が過ぎた一月四日。僕は自室の椅子で項垂れていた。
机の横に置かれた紙袋からは、クリスマスで使った装飾たちが虚しく顔を出している。
神社での出来事以来、小夜は帰って来ない。心当たりのある場所は探したけど、どこにも見つからなかった。行く当てもないはずなのに、どうしているのか。
まさか、姿を消してから成仏してしまったのか。いや、そんなことはないはずだ。この思想を何度も繰り返している。
洸哉が事故に遭ってから、四日が経った。三好から電話があった時は、緊急手術が行われた後で、しばらく意識が戻らない状態が続いたらしい。
今はまだ来ないで欲しいと断られたきり音沙汰はない。大丈夫だろうか。
正直、僕は怖かった。誰かを不幸にするだけで、自分の存在価値等ないのではないか……と。
引き出しから色褪せた桜色の紙を出して、彼女の事を考える。十三歳の女の子らしい丸みを帯びた字が、不意に懐かしさを運んでくる。
──僕は、何がしたいんだ。
重箱に入った御節の残りが夕食に出された。あまり食欲のなかった僕は、田作りや伊達巻きを軽くつまみ食事を終える。
ダウンジャケットを羽織り、黒のマフラーと手袋を装備して家を出た。身を切るような風に逆らって、自転車を漕ぐ。
暗闇を照らす小さなライトは、まるでこの世の涯を彷徨う人魂のようだ。
荒れた山道を抜け、高い石垣を前に自転車から降りる。石の階段を登って天守台と呼んでいる跡地に足を踏み込むと、そこにはすでに先客がいた。
冷たい地面に脚を揃えて腰を下ろし、その人は静かに夜空を見上げている。今にも消えてしまいそうな、憂い横顔をした小夜だった。
「……ここ、星が綺麗だね」
まっすぐ空を見上げたまま、小夜がつぶやく。
「僕の大切な場所です。きっと、今日はここにいるんじゃないかって思ってました」
「一緒に見たくないんじゃなかったの?」
「僕がここに、来たい気分だったから」
大粒の光が現れ、輝く線を描くように斜めに堕ちていく。それは宝石の欠片の如く、幾つも姿を現しては夢を振りまくように余韻を残していった。
その光景に息を呑むように、僕らは黙って眺め続けた。
どれくらい経っただろうか。三十分、いや一時間近くかもしれない。星の流れは落ち着いたように、星屑が散らばる空へと戻っていた。
冬夜の空気は、カイロを貼っている背中以外を攻撃するように、顔や指先を刺している。その感覚ですら、少し麻痺していた。
「……大丈夫?」
心配そうに眉を下げて、小夜が上下の唇をキュッと結ぶ。
「多少、寒いけど。そういえば、ポケットにもう一個カイロが……」
ダウンジャケットに手を入れると、そうじゃなくてと隣で声が漏れる。
ああ……。吐息混じりに頭を落として、なんと答えようか考えた。
「今日は流星見えないと思ってた。もしかしたら、願いが叶って消えちゃうかな」
「えっ⁉︎」と腑抜けた声が飛び出す。
「冗談だよ」
両手を動かす彼女の体はくっきりと見えていた。情けない反応を、クスクスと笑って楽しんでいる。
バツの悪い顔をしながら、僕は再びマフラーに顔の半分を沈めた。
洸哉が死ぬかもしれないと思った瞬間、僕は小夜の冷たい手を振り払った。それは彼女の存在を否定する行為なのに、僕は震える手を抑えているだけで、小さくなる姿を追いかけられなかった。
何度も悪夢で見た光景と、同じことを繰り返した。
「あんな態度取って、悪かったと思ってます」
「理人が謝ることないよ。だって、私は幽霊なんだもん。早く成仏しないと、みんなに迷惑かけちゃうからね」
自分に言い聞かせるような言葉は、本心でないとすぐに分かった。
成仏したくないと泣いていた彼女に、こんなことを言わせてしまうなんて。
「星は夜空でしか輝けない。だから、暗闇は希望を生み出す魔法の時間なの」
不思議な光に包まれて、小夜の周りが明るくなる。星屑が輝くように、彼女を二重に映し出す。
月城の微笑む顔が、小夜と重なって見えた。
「昔、心のパートナーが言ってたの。星空は大切な人と繋がってるから、好きなんだって。今なら、その言葉の意味が分かる気がする」
一瞬、彼女と影写しに見えたのは幻覚だったのだろうか。




