凛冽なる冬⑴
今年のクリスマスは白景色になり、世間は浮き立っている。巨大ツリーと煌く音楽で、素っ気ない町がこの季節ばかりは色鮮やかな装飾をするけど。
僕にとって、こんなイベントは縁のないどうでもいい事だ。
乾いたため息を付いて部屋のドアを開けると、一度開けたドアを閉める。
ここは僕の部屋だよな?
再びノブを引くと、目を疑う光景が飛び込む。やはり見間違いでは無かった。
「おかえり。もう帰ってきちゃったか。あと少しで終わるから、ちょっと待ってて」
椅子に乗って、小夜が輪繋ぎを付けている。折り紙で作ったクリスマスマスツリー、バルーンや花が部屋中に飾られて。
「これ、どうしたんですか」
見る影もない自室に、思わず唇が引きつった。これじゃあまるで幼稚園の部屋だ。
「可愛いでしょ? 少しでもクリスマス気分を味わえたらと思って」
爪先で立つ彼女の脚が、小刻みに震えている。
思い倦ねる反面、ほっとけなくて。僕は後ろに立つと、輪繋ぎを渡すよう要求した。
振り返った瞳がキラキラしていて、何がそんなに楽しいのかと不思議になる。嬉しそうなら、それでいいか。
故郷である朱鷺へ行った日から、ずっと顔色が冴えなかった。元恋人と会って涙を流したきり、強がりなのか、もう平気だと見せつける振る舞いをする。
結局、小夜は成仏はしなかった。僕がさせた行動によって傷を広げているのだとしたらと思うと、少し怖かった。
部屋の装飾を終えた小夜はベッドに腰を下ろして満足げに笑みを浮かべる。愛想のない辛気臭かった部屋は、鮮やかな色で埋め尽くされていた。
「折り紙は得意だったの。よく子どもたちと作ってたから」
教師でもしていたのだろうか。面倒見が良さそうだから、子どもに囲まれている想像が付く。
「クリスマスは楽しい思い出がいっぱいだったの。プレゼントとか用意して、子どもみたいにワクワクして」
彼女の瞳がどこか寂しく映って、僕は小さく拳を握る。
「僕、何もないです。その、プレゼントとか」
こんな時、気の利く男ならサプライズで何かを渡すのが鉄板だろうに。
「じゃあ、抱きしめてよ」
僕は、ただ放心と立ち尽くす。声が出たのは二秒ほど経ったあと。それも、えっ、えっと、と情け無い文字。
「冗談だよ」
「な、なんだ。急に、どうしたのかと思った」
「誰かと一緒にいられるなら、それでいいの。理人がここに居てくれるなら。理人が、私を認識してくれてるから」
心を落ち着かせる呪文を唱えているみたいだ。
睫毛が微妙に濡れている。隣に座るけど、僕は何も言わなかった。どうしたらいいのか、正解を導き出せない。
しばらく沈黙が続き、鼻をすする音が数回聞こえてくる。
「たぶん、私、成仏出来ないと思う」
声が波打っていた。故郷へ行ったのは、間違いだったのか。
「ちゃんと成仏して、家族を安心させないとって思ったのに。だんだん怖くなって来た。みんなの記憶から、いつかは消えちゃうと思うと、怖くて。まだ、ここにいたい。理人にまで、忘れられたくない」
弱々しくて、今にも壊れそうな声だ。
「じゃあ、しなくていいんじゃない。成仏なんて」
レースに覆われた手を包むように、そっと握った。雪のように冷たい手は、想像よりもずっと小さい。
「こうすると安心するって、聞いたことあるから」
彼女は何も言わない。手を振り払うでもなく、じっと動かなかった。
出口が分からず、彷徨う心を受け入れてあげたかった。君の居場所は、ここにあるという事を示していたい。ただ、それだけなんだ。
冬休みに入り、今年も残り四日となった。冬木立の上には、薄い青と灰色の空が広がっている。黒のマフラーと手袋を付けて、僕は石畳の長い坂を下りた。
三好に頼まれていた合コンとやらへ出掛けるため、バスから電車に乗って楠駅へ向かう。
結局、洸哉も参加することになった。僕が頼んだわけではなく、誘っていたクラスメイトの和泉が、あろうことか彼にも声を掛けてしまったのだ。
誰か誘ってくれると言う彼の好意に甘えた自分が悪いのだけど、三好にどう謝罪しようか。
洸哉を連れて行きたくないから、視聴覚室にまで呼び出して僕に頼んできたのに。改めて人望の無さに肩を竦める。
駅近にあるブティックのような白造りの建物。大きな窓ガラスが連なり、初めて見るとカラオケボックスとは思えない風貌をしている。
すでに洸哉と合流していた三好が僕を見つけて冷淡な視線を向けてきた。
やっぱり、相当怒っている。僕は眉を下げて、ごめんと唇だけを動かした。
三好の不満そうな顔は継続のまま、そのカラオケボックスにて会は始まった。足首に付けられた鎖が後方へ引っ張られるように、足取りは重い。
個室にはシャンデリアがぶら下がり、アジアンテイストな非日常感溢れる空間に、思わず挙動不審になった。今時のカラオケは次元が違うのか?
あまり外へ出歩く性分ではなく、況してや人前で歌を歌うなど以っての他だ。
そんな僕の陰鬱な気分とは裏腹に、他の人たちは慣れた様子でメニューを開き選曲している。
なぜ来たのかと問われれば、明確な回答を出す自信はない。場の空気を壊さないようにとだけ、心掛けるつもりだ。
男女四人ずつ向かい合わせに座り、端から順に自己紹介をしていく。クラスメイトの和泉、その友達の三枝という人。
一番端の僕は、洸哉の影に身を潜める。陽気に話す彼とは対照的に、淡々とした口調でその場をやり過ごした。




