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星空シンドローム  作者: 月都七綺
【第一章】中学一年、過去の記憶
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二人乗り

 向かい側から歩いてくるクラスの女子と、すれ違いざま流れる視線が絡み合う。互いにすぐ目を逸らすけど、その瞬間が、僕にはスローモーションに見えた。


 青とグレーのグラデーションが冷たい空気を作る放課後。バスケ部の練習へ向かうため、僕は体育館通路を渡っていた。


「可愛いよな、月城つきしろ。幽霊部ってさ、部室とかあんのか?」


 僕が唯一、中学で話をする響木ひびきが、振り返りながら口を開ける。


「……天文部な。どっか空いてる教室使ってんやろ」

「こんな時間に星なんか見れんやろし、普段何しとるんやろな」


 さあなと興味がない素振りで、僕は真正面を向いたまま返事をした。


 月城つきしろサヤは、成績も良く容姿も端麗たんれいなため、校内で一際目立っている。

 風の噂では、最近芸能事務所に所属したらしい。そんな話さえ納得出来てしまうほど、彼女は特別視されていた。


「ユーレイ部ってさ、確か五人くらいしかおらんのやなかった?」

「そうそう。それで女子はあの子一人らしいやん」

「わたし絶対無理ー! よっぽどの男好きしか入らんよねぇ。ちょっと可愛いからって、調子乗ってんじゃない」


 背後から、容赦なく投げ出される女子の声。雑言は徐々に大きくなって、足早に僕らを抜き去って行く。


「あいつら、普通に月城と喋っとるよな。可愛いとか言ってさ。女ってくそぇ」


 唇を半開きにする響木の横で、あえて無表情を保つ。そんなのは上面うわつらの顔で、さっきの言葉が本心だ。


 月城サヤは人気がある反面、女子からの誹謗中傷もよく耳にする。ほとんどが、彼女の容姿に対するねたそねみ。

 現に天文部の男子は、彼女をちやほやするような性格ではない。


 冬の体育館はてつくような寒さで、ウォーミングアップを始めてしばらくは体が強張こわばっている。

 うちの中学は強豪きょうごう校ではなく、中体連もそこそこの成績。響木に誘われてなんとなく入部しただけの僕にとって、部活にそこまでの入れ込みはない。

 勝てたらラッキー程度で、何かに執着する事はないに等しい。それは、物、食、人も同じこと。


 練習を終えて外へ出ると、白い吐息が小さく広がった。

 花火のように湧き出ていた噴水は、力尽きたように静寂せいじゃくとして、辺りは夜がける準備をしている。


 正門横の駐輪場には、自転車が数台残っているだけで閑散かんさんとしていた。

 がっちりとタイヤに巻き付けられた鍵のダイヤルを回していると、視線の先に靴が見えた。

 黒のハイソックスを履いた脚が、少し膝の見えるプリーツスカートからすらりと伸びている。

 背中まである胡桃くるみ色の髪を揺らしながら、こちらに背を向けて立つ月城がいた。


「そんなとこで、何してんの?」


 跳ね上がりそうな心臓を抑えて、冷静に声を掛ける。


「鍵、無くしちゃって。羽月はづきくんは、今帰り?」


 口角をキュッと上げて、月城が柔らかな声で近寄って来た。

 なんとも言えない緊張を腹の底で感じながら、自転車のキックスタンドを上げる。


「……うん。月城さんって、家どこやっけ」

色白町いろしろちょうだよ」

「結構、遠いね」


 地面の落ち葉に視線を向けて、ゆっくりと二輪のタイヤを回転させた。

 ハンドルを握る指と湿しめった土を踏みしめる足が、心なしか強張こわばっている。


「……方向一緒やから、乗ってく?」


 素っ気ない口調だ。それほど話したことがなく親しくもないため、彼女は断るだろうか。

 下がり気味だった視線を上げた月城が、少し間を開けて。


「ちょっと困ってたから、嬉しい。ありがと」


 雪景色に咲く桜のように、僕の張り詰めていた心を溶かす。


 校門を出て、通い慣れた道を走る。ゆっくり回転するタイヤがうなり声を上げ始めるが、ペダルを踏む足がいつもより軽やかに感じた。

 冷たい向かい風が頬を刺し、小さな指が触れている肩は熱をびていく。


「羽……て……部だ……ね?」


 背中越しに線の細い声が、途切れ途切れに聞こえて来る。今にも、風に掻き消されてしまいそうで、耳を後ろへ傾ける。


「ごめん、なんて?」

「羽月くんって、バスケ部だったよね?」


 冷えきっているはずの背中が、一瞬にして体温を上昇じょうしょうさせた。

 柔らかな声がすぐ耳元で響いて、鼓膜が震える。


「私、バスケ出来ないからすごいなぁ。球技自体が得意じゃないんだけどね」

「僕なんか全然……なんの取り柄もないし。 響木は凄いよ。あいつ見てると、たまに自分が虚しくなる」


 自分の言葉に息をむ。人に本音をらしたのは、初めてだった。マイナスな印象を与えたのではないか。


「そんなことないよ。羽月くんは優しい人だと思う。だから、こうして話すきっかけが出来て嬉しい」


 月城の言葉は、まるで魔法のようだ。僕の消えかけた心の火を、一瞬にして炎にしてしまうのだから。


 平坦だった歩道は、定規じょうぎを当てたように長く伸びた下り坂になった。

 ブレーキを軽く握りながら、今にも宙を飛ぶようなスピードで駆け下りていく。風を切るという表現がとても似合う。

 そのためなのか、肩に置かれた細く長い指は、見えない何かにおびえるかのように一層力を強めていった。


「ねえ、昨日のふたご座流星群見た?」

「テレビでちょっと見たくらい……今年は凄かったみたいやね」

「羽月くんは、星興味ない?」

「いや、興味ないわけじゃない」


 あるわけでもないから、少しにごした返事になる。

 天文部である月城に対して、単純に否定的な人間だと思われたくなかった。嫌われたくない。

 坂道は弧線こせんを描いたような緩やかなカーブになって、乱れる呼吸をなだめながら自転車を走らせた。


 新しめの家が多く並ぶ住宅地に入ってしばらくして、洋風な白っぽいタイルのアパート前で自転車を止める。

 あれからここへ着くまでの間、月城は一度も口を開かなかった。彼女のひとつひとつの言葉、仕草に心理が左右される。この沈黙が小さな心臓をより掻き乱していた。

 膝丈のスカートを押さえながら、月城がゆっくりと地に足を付ける。


「ありがとう。結局、家まで送ってもらっちゃったね」


 長い髪を耳にかけて、柔らかな笑顔を見せる。かけたところから、風に揺れて少しの後れ毛が出て、それが妙に色気を作っていた。

 これっぽっちも意識などしていないような態度で、「じゃあ、また明日」とサドルにまたがる。

 そんな僕を見つめながら、月城はピンと立てた人差し指を空へとかかげた。


「また、流星見えるよ」


 首を傾げると、続けて。


「とっておきの場所があるの。今度教えてあげる」

「あ、うん」


 子どものように無邪気な笑みを浮かべて、月城は約束ねと家の敷地へと消えて行った。

 余韻に浸るように、小さく上げた手をゆっくり下ろす。

 突拍子とっぴょうしもないことを言い出す人だ。そう思いながら、漆黒しっこくの空を見上げた胸は、行き場のない高鳴りを覚える。


 彼女に特別な感情を持ってはいけない。


 全てを吹き飛ばすように、真逆に待つ闇を目指して、僕は全力で疾走した。

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