星空症候群⑵
放課後の閑散とした視聴覚室前。掃除が終わり人影がないのを確認して、彼女を待った。
少し遅れて来た三好が、周りを気にしつつ僕を教室の中へ引き込む。
「羽月ってさ、ほんとに女子に興味ないの?」
「何、急に」
ドアの鍵を閉めるなり体を囲われて、身動きが取れなくなる。これがいわゆる壁ドンと言うやつか。
冷静に考えながら、どうしても状況を読み込めない。
「彼女欲しいって思わない? あの子可愛いとか、デートしたいとか。キス」
「ちょっと、ストップ! ごめん、質問の意図が見えないんやけど」
止めどなく出てくる言葉を思わず阻止する。そうしなければ、呪文のような話が続いていただろう。
桃色の頬を膨らませて、三好がいじらしいと言う感じにため息をつく。
「それでも思春期の男子? 健全?」
見上げて覗き込む彼女から、シトラスのような香りが漂ってきた。香水でも付けているんだろうか。
いつも月城からは、シャンプーのような匂いがしていた。
透明感あふれる彼女はあの頃のまま。その隣には大人の色を持つ小夜がいて、ふたりは黙って僕を見ている。
喜び、悲しみ、怒りも何もない無の世界で、ただ立っている。
月城への後悔を重ね見て、小夜で埋めようとする愚かな部分が、今朝の夢として映し出されたのかもしれない。
「僕だって、好きな子はいたよ」
「そうなの⁉︎ ごめん、羽月をバカにしてるわけじゃなくてさ」
「分かってるよ。で、本題は何? わざわざ人目を避けたい話って」
「……合コン、来て欲しい」
「合コン?」
「同中の友達から、幹事みたいなの頼まれてて。誘える男子が羽月しかおらんの」
適任がいるだろう。真っ先に洸哉の名前が浮かんだ。
僕は合コンで盛り上がるタイプじゃない。みんなが楽しむためには、洸哉みたいな明るく活動的な人を誘うべきだと誰でも分かる。
「お願い! 洸哉は誘いたくないの。アイツカッコいいし、他の子が気に入っちゃったら嫌じゃん」
「たしかにね」と、わざとらしく鼻で笑う。
「ちがっ、羽月も結構イケメンだから女子喜ぶと思うし。てか、別に洸哉が好きとか、そうゆうんじゃないから」
否定すればするほど、三好の頬は異常な赤みを帯びていく。その異常な慌てぶりに、思わず吹き出しそうになった。
こんな三好の姿は、今まで見たことがない。
誰かを好きになるって、その人を強情にも素直にもする。
常に冷静な印象だった月城にも、取り乱すことがあったんだろうか。
「一生のお願いだから。考えといてよね」
「そんなに誘える奴いないから、期待はしないで」
そう答えたのは、きっと偽善心から。直向きな彼女を見ていたら、一方的に断ることが出来なかった。
僕は、何もかもが中途半端な人間だ。
守れない約束をして、また空知らぬ雨を降らせてしまう。
部屋のベッドで仰向けになり、ココアトークの画面を眺める。
『合コンの話、お願いね!』
三好からの念を押した文字に、頭が煮詰まる。
ああ……、この困難なミッションは、どうすればクリア出来るだろう。そればかり考えて、三度目のため息がこぼれた。
「理人って、女の子とココアするんだね」
気付けば、小夜がスマホ画面を覗き込んでいる。
見られたらマズいみたいに、僕はサッと画面を伏せた。徐ろに上半身を起こして、少し不機嫌な声になる。
「今日、なりゆきで交換したんですよ。勝手に見ないで下さい」
画面を消して、スマホを机に置く。
「ごめん、見えちゃったから」
苦笑しながら、黒レースの指を唇に当てている。僕の顔色を伺っているらしい。
怒らせたら、追い出されるとでも思っているんだろうか。
「合コン、行くの?」
「……最近の高校生は、珍しくないですよね」
素気ない態度だ。強がっている口調でもある。
どうして迷っていると言わなかったのか。はっきりした理由なんて分からないけど、子どもだと思われたくなくて。僕は曖昧な返答をした。
「なんか理人のイメージ変わっちゃうなぁ、お姉さん」
腰掛けていたベッドを降りて、小夜は机に置いてある教科書を手にした。手品師がトランプを操るみたいに、パラパラとページをめくっている。
「……お姉さんとか、自分で言って恥ずかしくないですか?」
「だって本当じゃない。いいんじゃない。若いうちにいろんな経験しておくといいよ」
「急におばさんになった」
「今、なんて言った?」
唇を尖らせて、「こら、ねぇ!」と僕の両頬をグイグイと引っ張ってきた。
やめてよと顔を背けようとするけど、本気でしているわけじゃない。頬に伝わる指先は、喜びを噛みしめるように触れていると気付いたから。
「そっちこそ、合コン行ったことあるんですか?」
「就職してから、飲み会と言う名の合コンなら一回あったかなぁ」
就職、飲み会。何気ない言葉の端々に、改めて彼女は大人なのだと思い知らされる。




