星空症候群⑴
『羽月くん、待って。行かないで。私を置いて行かないで』
柔らかな透き通る声。白いワンピースを着た少女は、つばの広い麦わら帽子で顔を隠している。
白鳥のように白い指が、僕の腕を掴んだ。その腕をそっと引き寄せて。
「僕はずっとここにいるから。月城をひとりにはしない」
ぶわっと吹き上げる風で、麦わら帽子が落ちた。ゆっくりと顔を上げた彼女は、
「──ウソツキ。ずっと待ってたのに」
月城の顔が黒く歪み、無表情の小夜が現れた。
「うわぁぁぁ!」
地鳴りのような声で目を覚ました。荒い呼吸を肩で整えながら、血走った目を見開く。
見慣れた部屋に安堵して、夢を見ていたことに気づいた。
月城の夢なんて、何年ぶりだろう。それにしても、なんて心臓に悪い夢だ。
額に滲む玉のような汗を、寝巻きの袖で乱雑に拭う。
ベッドの上には、心地よさそうに眠る小夜がいて、妙に後ろめたい気持ちになった。
登校しながら考える。何度か声を掛けても反応がなかったのは、単に気付かなかったのか。それとも、聞こえないふりをしたのか。
閉じられた長い睫毛は、憂いを流すかのように濡れていた。
何があったのか。成仏を手伝うと言いながら、僕は彼女のことを何も知らない。
昼になって、みんなが場所の移動を開始する。僕も机を動かそうとして、視界にハイソックスと短めのスカートが飛び込んで来た。
「一緒に食べない?」
糸を張ったようなツンとした声は、クラスメイトの三好小葉だ。
洸哉の幼馴染で、僕が校内で唯一、必要事項以外の言葉を交わす女子。
「洸哉、行って来いよ」
気を遣ったつもりだった。邪魔者は取っ払って、二人で食べたいに決まっているから。
「羽月も誘ってんの!」
「僕も?」
気の抜けた顔で、自分に人差し指を向ける。
「三人で食おうぜ」と洸哉に促され、なぜか、僕まで立ち入ることになった。
屋上で弁当を広げながら、きちんと脚を揃えて座る三好に違和感たっぷり。たまに見かける時は、あぐらをかいていたりするから。
「で、どうした? 小葉が昼メシ誘うとか、一年の時以来じゃん。何企んでんだ?」
「別に、何も企んでない」
「じゃあ、何か頼みごとでもあんの?」
「ない! 純粋に、二人と食べてるだけ」
「へえー、純粋にね」
楽しそうに詮索する洸哉と、頬を染めながらそわついている三好に挟まれて、歯痒さに押し潰されそうだ。
僕ですら気付くわけだから、幼馴染の洸哉は勘づいているだろう。
見上げると、青いキャンバスに描かれた綿あめは、うろこからひつじへ変わっていた。
悩める女子の表情は、まるで空に浮かぶ雲みたいだ。
昼の終わりを告げる音楽が鳴り、洸哉が先に立ち上がる。続いて僕が歩き出すと、後ろからシャツの裾を引っ張られた。
「放課後、視聴覚室に来て。絶対、一人で来てよ」
「ええっと」
「このこと、洸哉には言わないで。じゃあ、またね」
耳打ちするような声で、三好は僕たちを抜き去っていった。




