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星空シンドローム  作者: 月都七綺
【第二章】高校三年、幻実
16/33

星空症候群⑴

『羽月くん、待って。行かないで。私を置いて行かないで』


 柔らかな透き通る声。白いワンピースを着た少女は、つばの広い麦わら帽子で顔を隠している。

 白鳥のように白い指が、僕の腕を掴んだ。その腕をそっと引き寄せて。


「僕はずっとここにいるから。月城をひとりにはしない」


 ぶわっと吹き上げる風で、麦わら帽子が落ちた。ゆっくりと顔を上げた彼女は、


「──ウソツキ。ずっと待ってたのに」


 月城の顔が黒くゆがみ、無表情の小夜が現れた。


「うわぁぁぁ!」


 地鳴りのような声で目を覚ました。荒い呼吸を肩で整えながら、血走った目を見開く。

 見慣れた部屋に安堵あんどして、夢を見ていたことに気づいた。

 月城の夢なんて、何年ぶりだろう。それにしても、なんて心臓に悪い夢だ。

 ひたいにじむ玉のような汗を、寝巻きのそでで乱雑にぬぐう。

 ベッドの上には、心地よさそうに眠る小夜がいて、妙に後ろめたい気持ちになった。


 登校しながら考える。何度か声を掛けても反応がなかったのは、単に気付かなかったのか。それとも、聞こえないふりをしたのか。

 閉じられた長い睫毛まつげは、うれいを流すかのように濡れていた。

 何があったのか。成仏を手伝うと言いながら、僕は彼女のことを何も知らない。


 昼になって、みんなが場所の移動を開始する。僕も机を動かそうとして、視界にハイソックスと短めのスカートが飛び込んで来た。


「一緒に食べない?」


 糸を張ったようなツンとした声は、クラスメイトの三好みよし小葉このはだ。

 洸哉の幼馴染で、僕が校内で唯一、必要事項以外の言葉を交わす女子。


「洸哉、行って来いよ」


 気を遣ったつもりだった。邪魔者は取っ払って、二人で食べたいに決まっているから。


「羽月も誘ってんの!」

「僕も?」


 気の抜けた顔で、自分に人差し指を向ける。

「三人で食おうぜ」と洸哉にうながされ、なぜか、僕まで立ち入ることになった。


 屋上で弁当を広げながら、きちんと脚を揃えて座る三好に違和感たっぷり。たまに見かける時は、あぐらをかいていたりするから。


「で、どうした? 小葉このはが昼メシ誘うとか、一年の時以来じゃん。何企んでんだ?」

「別に、何も企んでない」

「じゃあ、何か頼みごとでもあんの?」

「ない! 純粋に、二人と食べてるだけ」

「へえー、純粋にね」


 楽しそうに詮索する洸哉と、頬を染めながらそわついている三好に挟まれて、歯痒さに押し潰されそうだ。

 僕ですら気付くわけだから、幼馴染の洸哉は勘づいているだろう。

 見上げると、青いキャンバスに描かれた綿あめは、うろこからひつじへ変わっていた。

 悩める女子の表情は、まるで空に浮かぶ雲みたいだ。


 昼の終わりを告げる音楽が鳴り、洸哉が先に立ち上がる。続いて僕が歩き出すと、後ろからシャツのすそを引っ張られた。


「放課後、視聴覚室に来て。絶対、一人で来てよ」

「ええっと」

「このこと、洸哉には言わないで。じゃあ、またね」


 耳打ちするような声で、三好は僕たちを抜き去っていった。

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